地上天国を造る

 私は、救世教教主岡田茂吉であります。これから約三十分間講演を致しますが、前以て断っておきたい事は、私の話は今日まで誰も言わなかった事ばかりなのであります。というのは、今までの宗教家や(えら)い人達が、言ったり、書いたりした事と同じような話であるとしたら、敢えて私が喋る必要はないからであります。そのような訳で、私の喋る内容は殆んど今までの教えや説とは変っている。少しばかりの変り方ではない、大いに変っているのであります。処が実をいうと、(いささ)かも変っていない、当り前のことなのであります。そういうとチト変でありますが、今までの世の中の色々なことは、私からみれば、変っていることが非常に多い。それが誰にも気が附かないだけの事で、その変った大勢の頭で、変っていない一人の私を見るので、私の方が変っているように思えるのであります。何だかヤヤコシイ言い方でありますが、これからお話するに従って、成程と思わない訳にはゆかないでありましょう。

 偖て前置はこの位にしておいて、愈々本論に取掛りますが、先ず何人も現在の世界は進歩した文明世界と思っているでありましょう。処が私からみれば、文明が半分、野蛮(やばん)が半分位にしか見えないのであります。これも私の変っている点かも知れません。

 では一体文明世界とは、どのような世界をいうのでありましょうか。私が思うのは、先ず第一人間生命の安全(あんぜん)確保(かくほ)であります。この生命の安全がない限り、文明とは言えないと思います。これを具体的に言うならば、戦争と病気のない世界、これが本当の文明世界であります。何故なれば、この二つの災いが絶えず人間の生命を脅かしているからであります。というと、成程そういう結構(けっこう)な世界が出来ればいいが、そんな夢のような話は、馬鹿々々しくて信じられないと言うでしょう。処が私は出来ると断言するのであります。すると又言うでしょう。そりゃあ何千年か何万年先なら出来るか知れないが、吾々の時代に出来るなんていう奴はマア頭がどうかしているに違いない、とするでしょう。これも全く無理(むり)はないのであります。何しろ有史以来何千年もの間、人類は苦しみ続けて来たので、これが人間社会の常態と思い込んでしまって、人生というものは(あざな)える縄の如く、苦楽交々到ると聖人の言った通りだと思うでしょう。処がそれ処ではない、現実は苦しみの方がずっと多いんだから厄介です。お釈迦さんでさえ、この娑婆(しゃば)厭離(おんり)穢土(えど)とか、火宅(かたく)だとか言って、生病老死の四苦は免れない、と仰言る。だから四苦が倍になるとすれば、四苦八苦という訳でありましょう。

 斯う説いて来ると、この苦しみの原因は何かというと、勿論半分の野蛮性(やばんせい)にあると言えましょう。だからこの野蛮性を取り除いてしまわない限り、良い世の中は来ないに決っている。併し、実際上中々一ペンには到底出来る訳がないから、つまり野蛮より文明の方が少しずつでも多くなれば、いつか真の文明世界が出来上るのであります。処が今まで人類は其処まで気が附かなかった。それは文明の上面ばかりをみて有難がっていたからで、いわば立派な身形(みなり)だけを感心していて、それに包まれている垢だらけの臭気(しゅうき)芬々(ふんぷん)たる肉体に気附かなかったのであります。全く外形に幻惑されたので、言わば、文明の迷信にかかっいたようなものであります。それを知らない迷信文明者は、よく、吾々の方を迷信呼ばわりをするのでありますから、どちらが迷信か、迷信競べをしてみようと思うので、勝った方が正信という事になりましょう。処が、仮令(たとえ)外形文化にでも浴す事が出来たら、幸福には違いないが、その恩恵(おんけい)(あずか)る者は洵に少い。何処の国でも一握りの人達だけで、大多数は相変らず不安に(おび)え、苦悩のドン底に喘いでいる有様であります。

 これ等の現実を見る時、最初の目的である幸福は行方不明になってしまって、何処にも見当らないのであります。最初の考えであった物質文明を進歩(しんぽ)させさえすれば、幸福世界が実現する様に思って、一生懸命に努力して来た事の予想は見事裏切られたのであります。それでもまだ気が附かない人類は、科学文明の虜となってしまい、相変らず間違った道に突進しつつあるのであります。成程科学文明の進歩は、仮に、百年前に死んで墓の下で眠っている人を揺り起して、今の世の中を見せたら、吃驚仰天気絶(きぜつ)してしまうでしょう。尤も、死人が気絶しても元々だからいいようなものの、兎に角一昼夜も掛らないで何千里先のアメリカへ寝乍ら飛んでゆけたり、此処で喋っている私の声が、地球の何処にいても聞えるし、一瞬にして何百万の人間を(ほふ)る原子爆弾も出来たが、これは平和的な道具に使えば、指の頭位のもので汽車や自動車を幾日も走らせる事が出来るということであります。このように驚く程便利になり、立派になっただけをみたら、勿論物質文化の進歩に魅了せらるるのも無理はないが、それに只感心しているだけでは何にもならない。大衆がその恩恵に浴してこそ価値があるのであります。処がどうでしょう、大多数は戦争の恐怖、食糧の不安、病気の氾濫(はんらん)という、所謂人類の三大苦である飢病戦に遺憾なく悩まされ通しではありませんか。これでは最大多数の最大幸福処ではなく、最大多数の最大不幸でありましょう。

 先ず手近な処で、日本の現状をみてみましょう。ヤレ結核、ヤレ伝染病、一家心中、自殺、人殺、兇悪犯罪、青少年犯罪の激増、(ごう)窃盗(せっとう)、瀆職、疑獄、脱税等々、迚も一口では言えない程忌わしい事ばかりであります。全く地獄宛らの世界と言えましょう。この原因は最初に述べた如く文明の内面に野蛮性が多分に残っているからであります。そこでこの迷蒙を覚まさせるべく、神様は私を選んで、この大任を御任せになったのであります。言変えれば、今までの人類が歩んで来た幸福と思っていた道が、何ぞ知らん地獄の道だったのであります。

 そうして私は今文明の創造(そうぞう)という本をかいておりますが、これは今言った通り、今までの文明は本当の文明ではない、片端(かたわ)の文明であるから、何程進歩したとて幸福は得られない以上、現在までに進歩した物質文明に魂を入れて、新しい本当の文明を創造すべく、そのプランを示すのであります。つまり悪の文明を善の文明に置換える事で、地上天国の設計書とも言うべきものであります。これが出来上がった上は、英文に訳して全世界の大学は固より、学界、著名人等に出来る丈広く配布すると共に、ノーベル賞審査委員会へも出す積りであります。併し乍ら同審査委員も、既成文化の権威(けんい)である以上、余りに進歩した私の説は容易に受入れ難いでありましょうが、絶対の真理である以上、結局は理解されることとなりましょう。としたら世界的一大センセーションを捲き起すのは勿論、現代文明は百八十度の転換となり、全人類待望の理想世界はここに実現の順序となるでありましょう。これは勿論神様の大経綸であり、空前の大事業でありますが、成功する事は一点の疑いない事を信ずるのであります。皆さん、私は斯んなドエライ抱負(ほうふ)を申しましたが、若しこれが単なる大言壮語に終るとすれば、私という者は大法螺(おおほら)吹きの大山師で、怪しからん奴と指弾され、葬り去られるでありましょう。或は松沢病院行となるかも知れません。だとしたらそんな馬鹿気た自殺行為は、私は真平(まっぴら)御免(ごめん)であります。

 最後に一言いいたいことは、キリストは「天国は近づけり」と言い、釈尊は「ミロクの世が来る」と予言されました、併しこの二大聖者は、御自身が天国を造るとは言われなかった。処が大胆不敵にも、それを私は造ると宣言(せんげん)するのであります。併しこれは驚くには当らない。何となれば、キリストも釈尊も、実現性のない予言をする筈がないからで、若しそうだとしたら、予言ではなく虚言(きょげん)であり、嘘吐(うそつ)きであります。全世界何億の信者に仰がれている二大聖者が嘘吐きの筈はありますまい。又各宗教の開祖も、同様なことを言われた人が幾人もありますから、全世界各宗の信者が開祖を信じると同様の意味に於て、私が現在実行しつつある天国建設の大経綸も信ずべきが当然と思うのであります。これを一言にして言えば、各聖者の予言を如実に裏附するのが私の使命なのであります。

 以上によってみても、我救世教は宗教ではないのであります。甚だ申し難いことですが、宗教よりもずっと大きな救いの業であることはお分りになったでしょう。一言にしていえば、全人類を苦悩から脱却させ、歓喜(かんき)の生活に導くのであります。真の文明とはどういうものであるかを教えると共に病貧争絶無の地上天国建設の指針を与えるのであります。

(栄光 一〇八号)

 

 

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