人間は神様が造られたもので、学者でも技術家でも造ったものでない事は今更言う迄もない。従って病気に罹った場合、神様に治して戴くのが当然の理窟であって、薬や機械で治そうとするのは、まるっきり見当違いである。というように、治して貰うというよりも救うて戴くのである。すると、救って貰う人と、救ってやる者との地位は自ら別である。即ちどちらかが下で、どちらかが上という事になる。としたら、言う迄もなく救ってやる方が上に違いない。この理を具体的にいえば、こういう事になろう。即ち病人は救って貰う方で、医療が救ってやる方である。としたら医療は機械と薬を用いる以上、人間の地位は機械や薬という物質より以下になる。近来流行の青苔から出来た薬の方が上になり、人間様の方が下になる訳で、青苔が人間の生命を救うとしたら、人間は余りに情ない小さな虫ケラ同様になってしまうという道理である。
すると反対者はいうであろう。それは人間生きてる為には食物が必要であるから、人間より食物の方が上ではないかという理窟も成立たない事はないが、併しこれは人間が死ぬべき運命を救って貰うのとはならない筈であるからである。私はいつかも言った如く、若しお医者が病気を治してくれたなら、その医者の写真を神棚へ上げて拝むのも本当だし、薬や注射で助かったとしたら、その薬と注射器に向って三拝九拝すべきであり、又手術で助かったとしたら、メスやピンセットと消毒薬等を一生涯家宝として子々孫々に伝えてもいい訳である。 とマアー言ってもみたくなるが、今の人はこれを読んでも、フフンと鼻の先で笑う位がおちであろう。併しそれでピンピンしているのなら何をか言わんやであるが、処がどうだ。やれインフルエンザ、赤痢、脳炎、結核、癌、中風、小児麻痺、脊髄カリエス、心臓病、盲腸炎、扁桃腺炎等々、並べ切れない程の病気に一杞一憂している有様である。としたら何処か大いに間違った点があるに違いないから、其処にお気が附かねばならないではないかと言いたいのである。
(栄光 一九五号)
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