世間一般の宗教観は、宗教というものは、非常に自由がないように思い、窮屈を恐れて触れない者も相当あるようである。処がこれは大きな誤りで、こういう誤りの原因は全く既成宗教の中の小乗信仰に因るのである。小乗信仰は難行苦行と禁欲主義を実行する事によって、魂が磨け悟道に徹するという建前であるから、吾々からみると一種の宗教地獄に落ちるのである。これは何によって起ったかというと、その信仰の本尊である神仏に力が足りないからで、本来なればその本尊の御光によってさ程苦しまずに悟りを得、安心立命の境地になるのが本当である。とすれば、小乗信仰は自力であり、大乗信仰は他力という事になる。そしてこの小乗道は印度のバラモン宗から起ったものである。
以上によっても分る通り、小乗信仰は自由がなく、大乗信仰は無碍の自由がある訳である。といってただ単なる自由ではない、叡智が働かなければ我が儘的自由となる危険がある。真の自由とは他人の自由を尊重する事であるから、そこに自らなる限度がある。所謂一定枠内の自由で、この自由こそ真の自由である。何となれば他人に聊かでも障害を与えるとすれば、気が咎める、不愉快であるから、そこに天空海闊的の気持にはなり得ない。どうしても他人に愉快を与える事によって、自分も愉快になる、これが真の自由である事を知るべきである。
(救世 四八号)
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