信仰と戒律

 政治にも封建的と自由主義的とあるが、宗教も同様である。今日までの既成宗教は封建的が大部分を占めていた。その現われとして、何をすべからずとか、何をすべしとかいう戒律が多かった。これらは何れも封建的であって、小乗的である。それに引替え本教には殆んど戒律がない。実に自由主義的である。

 宗教における戒律は社会における法規と同様であって、人間は法規の力で不正を支えているという事は本当ではない。本当に立派な人間になれば、どんな所に放り出しておいても取締法規がなくとも、悪は行えないというのが真の人間である。

 この理によって、戒律とは所謂宗教の法規である。したがって戒律によらなければ正しい信仰的行いが出来ないという事は、本当の信仰ではないという事になる。とはいうものの人類が野蛮未開の時代は人間の智能が低いので、宗教を真に理解し得ないので、どうしても戒律によって悪を制御しなければならないからである。

 以上によってみても明らかなるが如く、高度の文化時代の宗教は、真に神意を理解し得らるる人間にまで進歩したとしたら、戒律という刑罰は必要がないので、そういう宗教こそ恒久平和の地上天国を造り得る資格ありというべきである。

(光 四〇号)

 

 

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