宗教・哲学・科学の一致

 この論旨の内容は、現在ある処の宗教、哲学、科学の水準よりも幾層倍進歩したものであるが、これを読むに従って納得される筈である。

 先ず科学界の現在であるが、これは誰も知る如く原子時代にまで進んで来て、彼の湯川博士の中間子発見となったが、これは御承知の如く、原子科学の理論物理学としては最尖(さいせん)(せん)?)(たん)にまで来ているのである。処が全世界の科学者は、これ以上の発見を目差して非常な努力を払っているが、殆んど行詰り状態で、壁に突当ってどうにもならないというのが現状という事である。

 そうして面白い事には、哲学でも同様であって、最も新しいものとしては彼の実存哲学であるが、これによるも科学と同様壁に突当ってしまって、どうにも動きがとれないのが事実である。そこで近来の哲学者は、絶対者の言葉に論理の鉾先(ほこさき)をボカしているが、これは実に面白い。絶対者とはいうまでもなく神の代名詞である。神の言葉を使うと宗教の分野に入る事になるから、止むを得ずそう言わざるを得ないのであろう。

 又宗教であるが、これも御多分に漏れず行詰ってどうにもならない。というのは、宗教の本領である奇蹟が(まこと)に少い実状である。そこでやむなく理論によってそれを補おうとしたり、種々の社会事業等によって存在の価値を意義附けようとしている位で、人類の最も苦悩である病気、犯罪、戦争等に対しては、殆んど何等有効なる活動はなし得ないにみても、やはり行詰りをよく物語っている。

 この様な現実は、一体何を示唆しているのであろうか。勿論世界の有識者の誰もが同一観念の下に行き悩んでいるのである。ここに到って私は、これ等一切の行詰りを打開し、一大指針を示すべく、今その論文を執筆中である。

 従って、今その概念だけをかいてみるが、例えば原子科学にしろ、今一歩進めば無機質界に突入してしまうのである。何しろこの無機質界は機械での測定は不可能であるから、把握(はあく)することは全然出来ないのである。言うまでもなく、この世界こそ神霊界の手前であり、一切万有の根原であって、科学的に言えば勿論無限小の粒子(りゅうし)によって構成されている世界で、その粒子は光の根原でもあり、これを放射能として応用する事も出来る。然もこの放射能力は人類の経験にもない威力を発揮し得るのである。これを科学的に言えば理論神霊学である。そうして又科学上の実験物理学と同様実験神霊学でもある。

 この実験神霊学の現われとして、最近報告された処の神霊の光に対しレントゲン光線が透過出来なかったという事や、誰も居ないのに一大音響を発し未信者である隣家の塀が倒れんとした事などの奇蹟にみても明らかである。従って現在人類が最も恐怖の的とされている彼の原子爆弾の光にしろ、恐らく透過は不可能であろう。とすれば、この神霊の力によって、戦争なき時代を招来する事も敢えて不可能ではないであろう。

 今一つは、医学上唯一の病原とされている黴菌の発生原も、理論神霊学によれば明確に把握出来るのであるから、これによって病なき世界の実現もさ程難かしい事ではないのである。

 これを一言にしていえば、宗教も哲学も科学も、神霊界の一歩手前に来て行き悩んでいる以上、今日の如き暗黒無明の時代となっているのである。ここに於て神は、私をしてその障壁(しょうへき)否岩戸を押開き、光明世界に導かんとする、その大愛が本教の出現となったのである。所謂、世界の岩戸開きといってもよかろう。

(栄光 九一号)

 

 

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