狂信

 私が大本教へ入信後聞いた話であるが、大本教発祥の頃例のお筆先が信仰の中心であった為、お筆先の一字一句も見逃さないで、それを直訳的(ちょくやくてき)に実行した連中があったから堪らない。その結果実に笑うにも笑えない喜劇が生まれたのである。

 その頃大本教の本元綾部(あやべ)の町の出来事で、こういう面白い事があった。それは真昼間提灯をつけて、往来の真中を大手をふって威風堂々(いふうどうどう)と数人がねり歩いたのである。車や自動車が来ても決して除けない。そこで町民も非常に困って勧告をしたが、いつかな言う事を聞かない。彼等に言わせると「お筆先通りをやっているのだ。神様の思召しや」と頑としている。という嘘のような本当の事があった。そのお筆先というのはこう書いてある。『今の世は(やみ)の世であるから、提灯がなければ危うて歩けんぞよ』とあり、又『大本の道は真中の道であるから、端を通るようの事では、神のきかいに叶わんぞよ』という事を文字通り実行した訳である。

(自觀随談 七三頁)

 

 

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