一体、人間というものは、何の為に何の必要あって、誰がこの世の中に生まれさせたものであろうか。少し物を考える人なら、この事が一番先に頭に浮かんで来なければならない。これが分らなければ、どんなに七難しい理窟を説かれても、額に青筋を立てて捲くし立てられても、頭痛の種を頂戴する丈で、屁の突支棒にもなるまい。処が今までは猫も杓子も、ヤレ文化とかヤレ科学とか、丸で蚊に喰われる様な名前の学問を、神様の様に有難がって来たんだ。処がこの神様は、どういうものかサッパリ人間に就いては教えてくれない。たった一人ダーウィンというオッサンが出て来て、進化論という本をかいた。それを見ると人間の先祖はアミーバという黴菌みたいなものだとした。そこまではいいとして、これからが大変だ。というのは、アミーバが段々進化して、蜥蜴となり、大蜥蜴となり、猿となり、類人猿となり、それから人間様になったんだというんだから、奇々妙々大魔術である。それが本当とすればゴリラやチンバンジーやオランウータンなどは、間もなく人間様に進化するんだから、この進化し立ての人間がアフリカ辺りの蕃地にはウヨウヨ居なければならない筈だが、一向そんな話は聞いた事がない。とすればこの有名な進化論も眉唾物でしかあるまい。
そこで、吾々が唱える人間説を一つかいてみるが、手近な処で、先ず自分自身である。一体俺という者は、どういう訳で何をする為にこの世に生まれて来たものであろうか。何も生れたいと思って生まれて来たものでもない。只親が生んでしまったんだ。といって、親とても俺を作ろうと思ったんじゃあるまい。偶然に宿り、月満ちて生まれたまでである。こんな分り切った事が実は真理なんだから、真理というものは案外平々凡々たるもので、当り前すぎる位だ。これを昔から宿命というが巧い言葉だと感心する。処が人間という奴、大人になって世の中の事が段々分ってくると、一番知りたくなるのは、何故人間が生まれるかという事だ。併し進化論以外、宗教の方でもチョッピリ説くには説いたが、余り漠然としていてサッパリ摑みどこがない。そこで拙者は、今人間に就いて、みんなが知りたいと思いそうな事を、分り易くかいてみよう。
ここに、男と女がいる。するとどこから誰がそうするのが判らないが、アミーバの様な、目に見えない人間の種が植附けられるのだ。それが段々大きくなり、オギャーと生まれるや、又段々大きくなり、一人前の人間になる。すると働かなければ飯が食えないように出来ているので、一生懸命働くんだが、人によりズルイ奴もあり、怠ける奴もあり、泣く奴も、笑う奴も、生意気な奴も、理窟を捏る奴もあり、又出世をする奴も、失敗する奴も、種々様々な人間が出来てしまうんだから、人間という代物も随分手数のかかる生物だ。そうして今言った様に、人間は食わなければ生きられないように出来ていて、食い物もチャンと具わっている。何者がそうしたのか分らないが、山からも海からも平地からも、食いたい美味いものはお誂え通り揃っている。太陽も空気も水も、一切人間に必要なものばかりで、一つも無駄はない。無駄と思うのは、その使い途が判らないからで、判る程そこまで人智が発達していないんだから、人間様もあんまり威張れたものではない。処が人間に必要がなくなったものは自然淘汰といって、無くなって消えてしまう。そうかといって、新しく生まれてくるものもある。昔人力車という便利なものが生まれて来たが、自動車というそれ以上便利なものが生まれたので、淘汰されてしまった。行灯が電燈に、木と紙の家が鉄とセメントの家という様に、学問でいう新陳代謝である。
この様な具合で、何だかんだと言い乍ら、地球は段々拓けてゆく。どんな山の中でも、海の涯でも行けない所はない様になった。昔テクテク一月がかりで歩いた所も、今は寝乍ら一時間で行けるというんだから、この分でいったらどこまで拓けるか見当がつかない程だ。こうかいてみると、どこか人間の目に見えない所に、何者かドエライお方がいて、人間を作り自由自在に働かせ、段々地球を立派なものにしているとしか思えない。どう考えてもそれより他に考えようがない。としたら先ず人間は威張る事も、文句を言う事も出来ない。恐れ入ってその何者様に頭を下げる事だ。然もその何者様は人間の命まで自由自在にされるんだから、お気に入れば無事だが、お気に入らないとなると、いつ何時命を召上げられてしまうか判らない。だから精々お気に入られるように努めるのが長生きの秘訣である。
そうして人間という奴、何でも判らなければ承知しないという厄介な代物で、学問というものを作って智慧を磨いたんだ。何故学問を作ったかというと、極く昔は信仰という目に見えない空気みたいのものが出来て、これも見えない神様というものがあると言って、いろんな事を教えた。第一この世の中には、造物主という得体の知ない変な御方がいて、一切を作ったんだというのである。その時代の人間は、こんな簡単な、この御託宣でも有難がって、随喜の涙を零したらしい。処が人間という奴段々小賢しくなって来ると、目に見えもしない空気か煙みたいなものは信じられないという理窟を言い出し、科学というヤヤコしいものをデッチ上げてしまった。処が此奴はハッキリ目に見えるんだから、人間共は鼻高々となって、へンどんなもんじゃいと言ったかどうだか知らないが、到頭この科学という奴に人間様は虜にされてしまった。又此奴中々気の利いた奴で、色々な面白い便利なものを作ったんで、人間を有頂天にしてしまったのはいいが、おこがましくも、自分の領分以外何でも彼んでも分った様に自惚れてしまって一々理窟をつけたんだ。ヤレ天文がどうだとか、人間の病気はこうだとか言って、大自然の上っ面をチョッピリ知った位で慢心してしまい、終には月の世界まで行けるんだといって、目下準備中というんだから、吾々否何者様も呆れ返って物もいえない次第で御座ろう。
以上のように、科学というものを神様以上に崇めて来たんだから、御利益イヤチコで、サゾ結構な世の中になっていなければならない筈だのに、これは又意外も意外、世界中の人間共はみんな青くなってビクビクしているんだから驚いた。これを御覧になった何者様は、ソーレみた事かと言って、鼻の先で笑ってもいられない。というのは、元々人間はみんな何者様の子供なんだから、助けてやらなけりゃ可哀想だという思召で、メシヤという、居酒屋の親父みたいな名前の人間を何者様の代理として、今働かせているんだから有難いでは御座らぬか。
そこでメシヤの親父は、早速この事を大勢に知らして目を醒まさせようとしているが、何しろ今までの人間共は、科学という神様を有難がっていたんだから、メシヤの言う事は間違っている。第一メシヤなどというのは、飛んでもない偽神だよ。だからそんなものに騙されては大変だと言って、警戒オサオサ怠りなしだ。それかと言って、実の処内心はビクビクものらしい。何故かと言えば、科学の神様は色々結構な便利なものを作ってはくれたが、肝腎要の安心というものを作ってくれなかった。そこで人間共は、こんな筈ではなかったと少々疑いが起って来たんだが、何しろ長い間惚れ込んで来た恋人みたいな科学様なので、今更思い返す事も出来ず、一生懸命科学様を頼りにして齧りついているのが今の有様だ。そんな訳で、科学信者共は偽神などのホザク事はとても耳障りになるので、五月蠅い気味の悪い奴だ。エーやっつけてしまえというので、霊界のギャング共を総動員し、偽神退治をやらせたんだ。これが誰方も御存知の通りのメシヤ教の法難、受難、税難という訳である。処がよく考えてみれば、先様も心細くなったんで、最後のあがきと言う奴であろう。
そこで、可哀想なのは人間小羊の群なんだ。というのは、今迄の世の中は、科学という結構な道具を、神様から授けて下さったんだが、人間の中には了(料?)簡の悪い奴もいて、其奴等が人間を仕合せにするための道具を、自分勝手に慾の爪を伸ばして、小羊共をいじめる道具に使ったんだから堪らない。処が善人の方では、この仕事、折角人間と生まれたからにゃお手伝せずにはおられまい。もし外れたら万古末代まで名折れになったり臍を噛むのは知れた事、グズグズしてはおられまい。もし外れたら万古末代まで名折れになったり臍を噛むのは知れた事、グズグズしてはおられまい。サアサア、イラッシャイ、イラッシャイ、いいと知ったら思い切って実行するこそ男で御座る、と御勧め申す次第なり。
(世界救世教早わかり 一八頁)
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