4.貧乏追放

 偖(さ)て、つくづくと世の中を、見れば見る程、ヤレ金詰り、ヤレ税金、ヤレ足りないと、泣言(なきごと)ばかりの意気地(いくじ)なさ。先ず考えても見るがいい。昔からお足(あし)と言って、お金には足が生えているんだから、気を許したら逃げちまう。だから、しっかり財布(さいふ)の紐を、結んでおくより仕方がない。だが待てよ、稼(かせ)ぐに追(おい)附(つ)く貧乏なし、と言うじゃないかとぬかすだろうが、それは昔の奴の世迷(よまい)言(ごと)、そんな生やさしい話じゃ追っ附かぬ。いくら稼げ稼げと、貧乏神、追附き過ぎて足元に、絡(から)みついてて離れない、と来ているんだから、やりきれぬ。処がだ、馬鹿の一つ覚えのように又しても、苦しい元(もと)は税金や、金詰りという奴だと、無闇(むやみ)に罪をナスリつけ、見当違いの的外(まとはず)れに、御気が附かない明盲(あきめくら)。よくよく考えてみるがいい、今の世の中で、一家揃(そろ)って一年中、病気のないという家は、唯の一軒(いっけん)もありますまい。少し人数の多い家(うち)と来りゃ、一人や二人の病人のない御家庭は、鉦(かね)と太鼓で探したとても御座んすまい。それだけならばまだいいが、少々運の悪いのは、入院、手術と来るんだから、やりきれぬ処かうっかりすると、彼(あ)の世とやらへ旅(たび)立(だち)とくるんだから、オッカナイ。散々(さんざ)っパラお医者さんへ、いりあげ奉(たてまつ)ったその揚句(あげく)、葬式(そうしき)万端(ばんたん)の払いから、お寺様への附け届け、ヤレ法事だ、ヤレ御(お)供養だ、などと金の要る事夥(おびただ)しい。長年掛って溜めといた、虎の子同様の貯金帳、残り少なの心細さ、こんなわけだとしたならば、二、三人も次々と、彼の世往きとなったなら、愈々以て大事(おおごと)だ。先祖代々の身上(しんしょう)も、吹ッ飛んでしまうのは知れた事、考えりゃ考える程、テモ恐ろしい世の中じゃ。これが本当の貧乏の、原因なんで御座んする。そこへ誰方(どなた)も気が附かぬ、明盲(あきめくら)とは情ない。相も変らぬ懐(ふところ)の、御(お)寒い御仁(ごじん)がそこら中、ウヨウヨしている有様は、見てはおれない拙者で御座る。只生きているだけの、名ばかりの人間様が、愚痴(ぐち)や不平の言い続け、何処(いずこ)も同じ秋の夕暮。

 そこで先ず、阿呆の拙者、正直に言ってみたなら斯様で御座る。右の通り、凡そ検討違いの事ばかり、何でも悪い事柄(ことがら)は、みんなお上(かみ)の所為(せい)にする。自分の意気地なしを棚(たな)に上げ、文句(もんく)タラタラ役人へ、打(ぶ)っつけるんだから堪らない。人民共を見下(みくだ)して、フンゾリ返って威張(いば)ってる、お偉方でもこりゃならぬと、頭(ず)痛(つう)鉢(はち)巻(まき)の体(てい)タラク、洵(まこと)に以てお気の毒と、大いに同情してあげるんだから、何と阿呆という奴は、感心なものじゃによって、これから阿呆の税金は、負けてやってもよかろうと、仰言る事は、マアー御座んすまい。右の通りに貧乏の、因(もと)はと言えば病(やまい)神(がみ)、だとしたならば何よりも、病気を退(たい)治(じ)しない限り、貧乏という化女(ばけおんな)に可愛がられて、金輪際(こんりんざい)離れっこないんだから、堪らない。だから有難いメシヤ教に、願えば変な化物(ばけもの)は、早速逃げてしまうから、貧乏嫌いのお方なら、何を措(お)いても早速に、メシヤ教へと御出(おいで)なされ。

 処が今の人間と来ちゃ、病気は医者と薬より、外(ほか)に治すものはないと、決めてしまっている安本(あんぽん)丹(たん)、貧乏は税金が高い為、女は嫉妬(やきもち)を焼くもので、親父はイヤに威張るもの、アプレゲールは親不孝、新宗教はインチキで、御役人は賄賂(わいろ)とるもの、若い女優は裸を見せるものと、てんから決めてしまうんだから、何と始(し)末(まつ)の悪い世の中じゃ。とうわけだから、仕合せになりたいお方なら、思い切って物は試(ため)しと本教へ、入ったならば案(あん)の定(じょう)、身体はピンピン若返り、年が年中、薬要らずの、無駄な金一銭も出さない結構さ、懐(ふところ)工合(ぐあい)はいつも満点(まんてん)、御札(おさつ)は溜(たま)り放題(ほうだい)で、おまけに大黒様と来りゃ、不断から奉(まつ)ってくれる御(ご)褒(ほう)美(び)と、小(こ)槌(づち)振り振り打出すは、小(こ)判(ばん)ザグザク、オットドッコイ、札束バラバラ降らすは勿論で、ずっしり重たそうな大袋(おおぶくろ)には、ありと凡(あら)ゆる宝物(たからもの)、運んで下さる有難さ。こうなりゃ、誰方も不足など、爪の垢(あか)程も申すまい。これが本当の彌勒(みろく)の世、七福神の楽遊び、などと阿呆の一人よがり、太平(たいへい)楽(らく)を並べ立て、この世(せ)智(ち)辛(がら)い世の中を、知らぬが仏の呑気者(のんきもの)、などと言おうが言うまいが、それはそちらの御(お)勝手(かって)次第、これでおしまい左(さ)様(よう)奈(な)良(ら)。

(栄光 九三号)

 

 

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