8.只生きている

 只生きているとは、何とマア、湯の中で屁をヒったような、寔(まこと)に以て頼りない言葉では御座らぬか。空気を吸って、飯を食い、糞を垂(た)れて睡(ねむ)るという、只それだけを毎日日々(ひにち)、繰返して死んでゆく、只それだけの人間共の、如何に多い事よ。悪く言うんじゃないけれど、娑婆ッ塞(ふさ)げの飯泥棒、人造肥料の機械と言っても、腹も立てられまい。その通りなんで御座るから仕方ない。全くの人間の形(かたち)をした、虫ケラ同然、犬猫同然、フイゴの向う面、徳利(とっくり)野郎、口だけ開いているばかり、ワンワン泣けば犬も同然、安本(あんぽん)丹(たん)の抜け殻(がら)、と言うより外に言いようがないというわけさ。

 こんな虫ケラ人間を、神様とも言わるる御方が、何故(なぜ)造ったのかと言うじゃろが、そんな事をぬかすと罰が当るよ。実は虫ケラ人間が虫ケラ人間を、後から後から作るんだから、堪らない。そこで阿呆は神様に、代ってすっかり底の底、裏の裏迄も教えてやろうから、耳(みみ)糞(くそ)ホジってよっく聞けと、これから御託(ごたく)じゃない、アプレゲールの御説教、聞かしてやるから、有難いと思ったら、タンマリ御賽銭(おさいせん)を、献(あ)げて貰おうと思うんじゃないから、安心して聞きなされ。

 抑々、安本(あんぽん)丹(たん)先生のその原因は、言わずと知れた面(つら)の上にくっついている、丸い形の問題じゃ。では何故丸い中の働きが、悪い処か空ッポーの、ような人間が多いかと言うと、それこそ機械が錆(さび)付(つ)いているんだよ。何しろ中(なか)身(み)は毒だらけ、毒がカチコチに固って、機械の運転(うんてん)を停(と)めているので、どうにもこうにも動かないと来てるんだ。サテ然(しか)らば、その毒という奴は、一体全体何の毒かと聞くだけ野暮(やぼ)だよ。じゃと言って、実は大きな声では言われないんだが、ツマリその、アレなんだよ。ハッキリ言ったが最後之助、阿呆の妖怪しくりからん事抜かす奴だと、叱(しか)られそうで危なくて仕(し)様(よう)がないんだ。こう見えても、元来阿呆は、肚は素(す)敵(てき)に大きいが、気は馬鹿に小さいんだ。そこで恐々(こわごわ)内密(ないみつ)で、お知らせするが、アノー、ソノー、何を隠そうクの字と言えば、ハハアー成程と、頭のいいお方揃いのメシヤ教の御連中なんだから、直ぐに分るで御座んしょう。

 そんな訳じゃで、今の世は、大々的に安本丹を、製造して御座るんだから、大変だよ。だがガッカリするには及ばない。ここにメシヤ教という、ド偉(えら)い宗教が出来たんで、一人々々の安本丹の、丸の中に溜っている毒を、綺麗サッパリ溶かしてしまい、本当に生きている、人間様にするんだから、何と結構な宗教では御座らぬか。などとあんまり、手(て)前(まえ)味(み)噌(そ)を並べ立てると嫌われるから、ここらでお終い、ヘイ、さよお(・)なら(・・)。

(栄光 一〇一号)

 

 

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