株価値下りの原因とその前途

 最近の株(かぶ)価(か)は、一(ひと)頃(ころ)からみると、普通半分から三分の一、ひどいのになると十分の一以下になったものもある。これが為、大損(おおぞん)をした者数(かず)知(し)れずというわけで、実に同情(どうじょう)に堪(た)えないものがある、中には気違(きちがい)になったり、自殺する者さえあるというのだから、全く気の毒を通り越して悲(ひ)惨(さん)事(じ)である。一(ひと)頃(ころ)、株式の民(みん)衆(しゅう)化(か)等と言って、新聞にラジオに盛んに宣伝(せんでん)しておきながら、今の有様(ありさま)に対しては言訳(いいわけ)の仕(し)様(よう)もあるまい。今更(いまさら)、責任がどうのこうの言った処で後(あと)の祭(まつり)で、当局者もこんなに下るとは想像していなかったからで、咎(とが)めるわけにもゆかないであろう。

 処が、この暴落(ぼうらく)は私にはよく分っていたので、随分警告(けいこく)を与えたものである。昨春から夏頃へかけてよく質問されたもので、物価や株式の前途に就いてどういう方針をとるのがいいかという事で、その都度(つど)私は、今に何(なん)でも彼(か)んでも下るから、今の内極力売れと言ったものである。私は年末迄に株は何分の一位になると言ったのであるが、幸か不幸か今日の如く、先ず的中(てきちゅう)したというわけである。それでは右の予言は神示かというと、そうでもなかった。寧(むし)ろ常識(じょうしき)から割(わり)出(だ)したという方が本当である。というのは、諸物価の値上りは、全く戦争の為であるから、戦争が終れば元通りに下るのは至(し)極(ごく)当り前である。上るから下る、下るから上るという、ブランコみたいなもので、相場師がよく言う言葉に「山高ければ、谷深し」というが、全くその通りである。ただ上る時より下る時の方がズーッと速いのは致し方ない。丁度ニュートンの引力説(いんりょくせつ)の如く、物を持上げる時間より落す方が早いのと同様である。

 茲で一つ株式虎(とら)の巻(まき)というようなものを書いてみるが、抑々(そもそも)株式の本質は何であるかと言うと、大事業を営(いとな)むには大資本を要するから、大勢(おおぜい)で金を出し合わなければ出来ない。と言って一人で大資本を出せるものがあるとしても、独占(どくせん)的になるから面白くない。というわけで、終戦前の財閥(ざいばつ)なども、一人で出せる力があっても、遠慮して、株(かぶ)式(しき)組(そ)織(しき)にしたものである。処が今日は独占禁止法などもあるから、尚更(なおさら)困難(こんなん)で、どうしても大衆本位にしなければならないのである。以上が正当(せいとう)な行(や)り方で、勿論株(かぶ)金(きん)に対する利益(りえき)配当(はいとう)を得るのが目的で、銀行預金や公債などより割がいいと増資や値上り等の楽しみもあり、又経済振興(しんこう)上貯金の幾分かを投資に宛てるのは、国民の義務と言ってもいいからである。

 従って、以上の如く、配当を目的とする投(とう)資(し)ならば正当(せいとう)であり、何にも問題はないから、損をするような事は殆んどないと言ってもいい。処が配当だけでは面白(おもしろ)くないから、どうしても値段の上り下りを狙(ねら)って差金(さしがね)を得ようとする。これが所謂(いわゆる)相場であるから、根本的(こんぽんてき)に間違っている。凡そ何事(なにごと)も、正しい行(や)り方なら決して損はしないもので、損をするのは間違った行(や)り方をするからである。つまり悪銭(あくせん)身(み)に附かずで、一時は儲(もう)かってもいつか必ず損をするものである。何よりの証拠は、相場で儲けたものは、成金(なりきん)でも株式の商売人でも、二代も三代も続いたものは一人もないので、必ず没落(ぼつらく)する。事実はその道の者はよく知っている筈(はず)である。

 処が、昨年株の景(けい)気(き)のいい時に買った人達は、テンデ配当などは考えてもみない。ただ上れば幾ら儲かるという、差(さし)金(がね)目(め)当(あて)のものばかりであって、全然株の知識のないサラリーマンや未亡人、若干(じゃっかん)の貯えのあるもの等の素人(しろうと)が、無(む)茶(ちゃ)苦(く)茶(ちゃ)に買いついたのであるから、私は、実に危険処か恐ろしいとさえ思ったのである。何となれば、当時の値段で相当の配当をした処で、年一(いち)分(ぶ)にも当らないというのが随分(ずいぶん)あったから、配当目(め)当(あて)の真面目な投資家は手を出す筈がないからである。という事は、一朝(いっちょう)下(さ)げ相場になると、群衆(ぐんしゅう)は到底気が持てないから、投げ出すに決(きま)っている。投げは投げを生み、下げ足を速くするから、アッという間にみらるる通りの下値(したね)になってしまったのである。茲で注意すべきは、昔なら底(そこ)値(ね)になった場合、資本家が買出動するから、下値は食(くい)止(と)め得るが、今日は、そういう大手筋(おおてすじ)はなくなった以上、相場は底知れずで、回復(かいふく)には相当長い期間を要すると見なければならないであろう。

 元来(がんらい)、株式などは、よほど金の余(よ)裕(ゆう)が出来てから持つべきもので、そうすればどんな値下りがあってもビクともするわけがない。処が大抵な人は力もないのに大きくやりたがる。これが失敗の元なのだ。というのは、株を買う時は騰(あが)る事ばかり考えて下る事は考えない。それがいけないのだ。尤(もっと)も株に限らず何事を計画するにも、成功(せいこう)する事よりも失敗(しっぱい)の場合を考えるべきである。つまり、失敗したらどうするかという対策(たいさく)を予(あらかじ)め決めておく。それに就いて、以前こういう事を聞いた事がある。人間は、商売でも何でもそれと心中(しんじゅう)をしてはいけない。いつでも離(はな)れる事の出来るようにしてやる。そうすれば決して失敗する事はないので、実に味(あじ)がある言葉と思ったのである。

 私は、昨年霊的にみた相場の事を書いたから、こんどは体的にみた相場を書いたのがこの文章(ぶんしょう)である。

(救世 四八号)

 

 

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