神仙郷緑蔭縦横談

 このごろの慌(あわただ)しい世相、人の心を暗くする社会不安、そして不景気来の暗澹(あんたん)たる先(さき)行(ゆ)き、一体これからどうなるのでろうという不安定が巷(ちまた)に満ちている。こうした世相の原因はどこにあり、誰に責任があるのであろうか。政治か、或いは日本人自身か。左か、右か。兎に角このモヤモヤをほうりっ放しにしてはおけぬ。記者(光紙記者)はこれら国民めいめいがもつ「謎」を携えて、一日箱根神仙郷の山荘にたゆみなき神示の御仕事に日夜わかたぬ汗の精進に奔命(ほんめい)されている自観大先生を訪問し、したしく諸問題について含蓄(がんちく)ある御見解を聞くことを得た。大先生の御健康はいよいよ勝れ、本教の次期発展のため目下歴史的偉業の想を練られる一方、まさに畢生(ひっせい)の大文章とも言うべき「救世の書」の著作に超人的な精力ぶりを発揮されている。本教の前途や、希望と光明に燃えたつ感を更に深めたのである。

(昭和二十四年九月一日)

 

 記者「最近の社会不安および世相観をどう御批判されますか」

 大先生「社会不安の主なる原因は思想的対立(たいりつ)に端を発していると見てよい。左とか、右とか、とにかく激(はげ)しい衝突(しょうとつ)を演(えん)じているが、しかしこれはいわゆる過渡的(かとてき)な現象で、すべて時が解決するであろう。だいたい日本の共産党がやっていることに非常な無理がある。人間の心というものは、そんなにたやすくつかめるものではない。無理な手をつかって、そして無理やりに人の心をつかもうとしても、それは結(けっ)局(きょく)において自(みずか)らの破(は)滅(めつ)をまねくことになり、最後の勝利とはならない。人間というものは、腹から共鳴(きょうめい)し合わねば真実の結合とは言えない。共産党のやっていることは、いわば小児病的で、大人らしさがない。こんなところに共産党が滅亡(めつぼう)する原因があると思う。既に共産党はさかりが過ぎている、下り坂だネ」

 記者「では、こうした世相は共産党の精力減退に伴なって好転するでしょうか」

 大先生「思想の対立が世の中を暗くしているのであるから、対立が弱くなれば、漸次世間は明るくなる」

 記者「世間一般は非常な金詰りに弱っていますが、何か、これについての御見解を……」

 大先生「戦争中は軍隊で殆んど消化されたが、平和状態に帰ったら、それだけに大きな消(しょう)化(か)力(りょく)をもつものがなくなったから、生産が向上(こうじょう)すればするほど物資が過(か)剰(じょう)となり、需要(じゅよう)がそれに伴(とも)なわないから、不景気になるのは当然である。しかし物が余れば、その物の値(ね)段(だん)が下がるのは経済(けいざい)の原則(げんそく)であるから、最近のように物資の過(か)剰(じょう)状(じょう)態(たい)がおきてくれば物価は下(さが)る一方だ。物価が下れば金の価値(かち)が出てくる。いまの金詰りは、よく世間で言っている安定(あんてい)恐慌(きょうこう)の一現象である。近く見返り資金の放出(ほうしゅつ)もあろうし、貨(か)幣(へい)の価値も以前よりは増大するから、そんなに金詰りを心配することはない」

 記者「では少しは景気が回復しましょうか」

 大先生「前にも指(し)摘(てき)したように、共産党がとっている産業、交通破(は)壊(かい)の戦略(せんりゃく)もどうやら失敗に帰したから、産業界の人(にん)気(き)もよくなる。また人心の安定も得ることになるから、私は今後の景(けい)気(き)観(かん)測(そく)については非常に楽観(らっかん)している」

 記者「日本における現今の政治家についての御見解を……」

 大先生「政治家も楽ではないと思っているが、だいたいいまの日本には腹のある政治家がいない。実際問題として、吉田さんなどはやはり日本の政治家としてはA級とみるべきでしょう。人物貧困が然らしむるところで、これは止むを得ないでしょう。しかしそれよりも、もっと日本人の政治教育を徹底的にやらねばいけない。しかもその政治教育は嘗(かつ)ての唯物基(き)盤(ばん)に眼をおいた教育のあり方では絶対駄目である。政治教育にも、宗教的な考え方を織(おり)交(ま)ぜないと、どうしても空虚(くうきょ)なものとなる。宗教心がないと骨のない人間が出来上り、考え方が偏(へん)狭(きょう)に陥(おちい)りやすい」

 記者「最近集団赤痢の発生事件等で、その責任を医師がひどく追及されているようですが」

 大先生「医師にのみ責任を問うのは可哀想(かわいそう)だ。医師としてはおそらく最善(さいぜん)をつくしているのであろうが、いかにせん医学そのものに欠陥(けっかん)があるものだから、医師の力ではどうにもならないのである。医学の誤(ご)謬(びゅう)を訂正(ていせい)しない限り、病気の世界は浄化されない。私は最近、医師に心からの同情を禁じ得ないのである」

 記者「宗教心、とくに本教によってなんとか、日本をもっと速かに建直す方策(ほうさく)がありましょうか」

 大先生「従来(じゅうらい)の日本人は、あまりにも力なき宗教に頼り過ぎていたようである。もはや時代は、架(か)空(くう)的(てき)な、迷信的な宗教を必要としていない。生きた宗教、力ある宗教の現(げん)出(しゅつ)と加護(かご)を願っている。本教こそその時代的な要請(ようせい)によって生まれ、且つ発展してきているのである。一部外国の要(よう)路(ろ)方(ほう)面(めん)でさえも非常な関心を持ち始めたということを最近聞いている。宗教とは、即ち奇蹟を信ずることである。唯物論者はその奇蹟を信じようとしないで、徒(いたず)らに唯物万能の心の虜囚(とりこ)となっている。唯心主義は眼に見えないものつまり奇蹟を信じているのである。いまや世界は唯物主義によって絶対救われざるを覚り、唯心主義即ち宗教心をすべての根底(こんてい)において、新しい世界観をつくり出そうとしている。正に、奇蹟を信ぜざるを得ない世界情勢が、激しく脈(みゃく)打(う)っていることを我々は知らねばならない。本教の前(ぜん)途(と)やまことに洋々たるものがあり、観音力の御救いの手はひろく拡げられていることを、深く心に銘記(めいき)すべき時期に入ったといえる」

(光 二五号)

 

 

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