東洋と西洋

 天地間(あら)ゆる物に、陰と陽のある事は誰知らぬ者もない。そうして私はこの陰陽を経緯(たてよこ)に別けてみるが、陽は(たて)であり、陰は(よこ)である。この経緯(たてよこ)を左に分類してみよう。

  経――日、火、東洋、霊、男、仏教、赤、山、昼。

  緯――月、水、西洋、体、女、(キリ)(スト)教、白、海、夜。

 以上は概略(がいりゃく)で、これを解説してみるが、右の如く(あら)ゆるものに経緯がある。例えば東洋は経であるから祖先崇拝(すうはい)であり、忠孝を(たっと)び、子孫に美田を買い、厳然(げんぜん)たる階級制度であるに反し、緯の西洋は夫婦愛が基調(きちょう)で、隣人愛となり、遂には人類愛にまで発展するというように、緯への無限の拡がりである。又東洋では男子の絶対権を認め、女性は男子に追随(ついずい)するものとされているが、西洋は女子の権利を認め、男女同権が当然とされている。

 右の如く、今日迄は東洋は経の線を固持(こじ)し、西洋は緯の線に満足していた。併し乍ら(いず)れの日かこの経緯の線が結んで十字の形にならなければならない。というのは、東洋の精神文明と西洋の物質文明との結合である。この結ぶ事によって、世界人類は初めて理想の文化時代に入るのである。キリスト教の十字架はそれの暗示(あんじ)であり、仏教の(まんじ)も同様の意味であろう。

 そうして経は霊で、緯は体であるから、これが結んで力の発生となる。チカラのチは血で、霊であり、血は人体を経に昇降しているが、カラは(から)で、体であり、霊の入物(いれもの)である。故に血である霊が脱出すれば体は空となるから、ナキガラと言い、肉体をカラダと言う。(また)人(ヒト)とは言霊学上、ヒは(れい)でありトは()であるから、(れい)(とどま)ってヒトとなり、人と言うのである。人間が生きている間は立体であるのは、経である霊の物質化である血が通ってゐるからで、死と共に横体(おうたい)になるのは、霊が脱出して緯である体のみになるからである。又人間立体の時は温く、横臥(おうが)すれば寒く、夜着(よぎ)を着なければならないのは、霊界に於ては火素が経に昇降し、水素が緯に流れているからである。

 (ここ)で、十字形に()て述べたい事がある。それは終戦前までの日本は封建制(ほうけんせい)によってあまりに経となり、階級制が(はなは)だしかった結果、戦争の原因ともなり、人民大衆の苦悩の原因ともなっていた。そこで神様は日本人を民主主義という緯の力によって救うべくなされたのであるが、これを分り易くいえば、経の棒である日本へ、緯の棒である米国式を(とり)()れ給うた。即ち経と緯が結んで、ここに十字形の文化が呱々(ここ)の声を挙げたのである。この事が分れば今度の敗戦は喜ぶべき事であって、実に有難い国になったのであるから、日本人もそのつもりで将来を楽しみに、世界から(あお)がれるような立派な国にならなければならないと、私は思うのである。

 

 

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