第百五十九章 皇統第204代[神倭第107代]

  正(おお) 親(ぎ) 町(まち) 天 皇

 天正3年、「織田信長」[身魂:天(アマ)照彦(テルヒコ)大神]が「足利氏」を滅し、天正10年、「明智光秀」[身魂:青(アホ)森(キ)白(シラ)木(キ)上(ジョウ)大神]が「信長」を滅す。天正13年、「豊臣秀吉」[身魂:大(タイ)地(チ)将(シャウウ)軍(グン)]が関白に任ぜられる。これは、「天(アマ)照(テル)日(ヒ)大神」「青(アホ)森(キ)白(シラ)木(キ)上(ジョウ)大神」「大(タイ)地(チ)将(シャウウ)軍(グン)」の葛藤で、遂に「大(タイ)地(チ)将(シャウウ)軍(グン)」の勝利に帰したものだが、幾何もなく第108代「後(ご)陽(よう)成(ぜい)天皇」の慶弔5年、関ヶ原の戦で「豊臣家」が滅亡。同8年、「徳川家康」[身魂:天(アマ)照彦(テルヒコ)大神]が遂に征夷大将軍に任じられて、幕府を江戸に開くに到り、この葛藤の勝利は再び「天(アマ)照彦(テルヒコ)大神」の手中に帰して、武門政治300年の基礎を開く。慶長十年「秀忠」[身魂:天若彦大神]が征夷大将軍に任じられるに及び、国祖「国万造主(クニヨロズツクリヌシ)大神」が隠退されて後、「天(アマ)照彦(テルヒコ)大神」が表にははっきり出ないが強い勢力で管理する代は、依然として継続されつつあった。

 

 

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