3.自然浄化作用の経過

① 第一・第二浄化作用

(天国の福音『病気の真因』▲より)

 およそ人間がこの世に生を享くるや、遺伝黴毒や最初に述べた天然痘毒素を主なるものとして、種々の毒素を保有している事は前項に述べた通りである。そうしてこれらの毒素の支障によって健康が完全に保持出来得ないから、生理的に体外に排泄せらるべく、断えず自然浄化作用が行われるよう造られているのが人体である。しかしながら自然浄化作用が行われる場合ある程度の苦痛が伴うので、その苦痛過程を称して病気というのである。この例を説明するに当って一般的に最も多い病気すなわち感冒を採上げてみよう。感冒だけはいかなる人といえども体験しない者はないであろうからである。しかるに感冒は今もって医学上原因不明とされているが、私の発見によればこれは最も簡単なる浄化作用の一種に過ぎないのである。

 それはまず、感冒に罹るとすると、発熱、頭痛、咳嗽、喀痰、鼻汁、食欲不振、発汗、倦怠感、節々の痛苦等が伴うのである。これらについて詳細説明するについて―まず浄化作用とはいかなるものであるか、私はこれを大別して第一と第二に分類する。第一浄化作用とは血液中にある種々の毒素が身体各局所に集溜固結するのである。集溜すべき局所としては、すべて神経を集注する局所及び人体静止の場合の下部である。そうして集溜毒素は時日を経るに従い、漸次硬化する。俗に凝りと名づくるのもそれである。この場合苦痛は全然無い事もあり、ありとするも肩の凝り位の程度である。

 次に、第二浄化作用であるが、これは第一浄化作用である固結がある程度を超ゆる場合、自然排除作用が発生する。その際排除しやすからしめんがため液体化せんとする作用がすなわち発熱である。発熱の高下は固結の毒素の性質と硬軟と量と患者の体質とによるのである。よく運動後疲労の結果往々発熱するのは、運動が浄化促進の役目をするからである。そうして液体化した毒素は、発汗、喀痰、鼻汁等によって体外へ排泄さるるのである。この場合の咳嗽は喀痰を排泄せんがためのいわばポンプ作用ともいうべきものであり、また鼻汁を排泄せんがためのくしゃみである。故に咳嗽の後は必ず吐痰があり、くしゃみの後は必ず鼻汁が出るにみても明らかである。また食欲不振は発熱と吐痰と服薬のためである。頭痛及び節々の痛苦は、その部に固結する毒素が溶解し、液体となって排除されようとしての運動が神経を刺戟するからであり、咽喉部の痛みは喀痰中に含まれている毒素が粘膜に触れるため、粘膜を刺戟しカタルを起すからで、声が嗄(しわが)れるのも右の理によって声帯にカタルを起すからである。

 以上のごときものが感冒であるから、何等の手当を施さず服薬もせず放置しておけば順調に浄化作用が行われる故、短時日に治癒するのである。この様に自然治癒であれば保有毒素が軽減するをもって、それだけ健康の度を増すのである。(中略)昔から感冒は万病の基などというが、実は感冒こそは万病を免れ得る唯一の手段である事を首肯すべきである。

 感冒の原因に不明である医学は、罹病の場合種々の方法を行う。その方法とは徹頭徹尾浄化作用停止である。それはまず発熱に対し解熱剤を与え氷冷や湿布法を行う。これは折角発生した第二浄化作用を第一浄化作用の状態にまで還元せしめようとする。すなわち溶解し始めた毒素を再び固結せしめんとする手段である。従って固結するだけは解熱、喀痰、鼻汁その他の痛苦は軽減するから病気軽快と錯覚し、それが全く固結した場合、医師も患者も治癒したと思うのであるが、何ぞ知らん実は第二浄化作用発生以前の状態に還元したまでであるから再発するのが当然である。そうしてここに注意すべきは、還元治療による薬剤使用と氷冷、湿布等の浄化停止方法が、次の罹病に対しより増悪の原因となる事である。故に大患の原因は小浄化作用発生の場合、その都度薬毒等によって度々停止する以上、その毒素が累加し増大され、一時に大浄化作用発生となるためである。右のごとくである以上、今日医学が進歩したというのは浄化停止方法が進歩したまでで、実際は病気を治癒させる進歩ではなく、病気を治癒させない進歩という事になる。すなわち小患で済むべきものを大患にまで発展させるのである。この様な誤謬を進歩と錯覚し、貴重な生命と健康を害う現代人は、まことに哀れむべきであると私は思うのである。

(『感冒・結核は治る』より/自觀叢書第一篇『結核と神霊療法』)

 寒冒の場合の頭痛は、頭脳内にある毒結が協力浄化である第一次発熱によって、一旦肺臓内に滞溜するのは前同様である。その際液体が肺臓内へ移行する作用が、神経を刺戟する、それの痛みである。その他後頭部、延髄付近の毒結溶解は、クシャミというポンプ作用によって鼻汁となり、また浅部の毒素は発汗となり、上半身のそれは盗汗となり、下半身のそれは多く尿となるのである。この理が判れば感冒なるものは、いかに有難いかが、知らるるであろう。

② 風邪ひき運動の提唱

ア.風邪はありがたいもの

(『御教え集』第18号/S28.1.25より)

 何の病気でも、特に怖いという病気はありませんが、特に風邪は薬さえのまなければ、なおるに決まったものですから安心なものです。それで風邪は、べつに何処の毒という事ではなくて、体中にあるものは何処からでも溶けて、咳と痰になって出るのです。(中略)今まで気が付かない様な所から溶けて、毒を出してくれるのです。ですから風邪というものは実に結構なものです。

イ.風邪は脳病であり、全身の病気でもある。

(『御教え集』第18号/S28.1.16より)

 今度の私の風邪は非常に水洟になるのです。何処から出たかというと、頭全体に薬毒が残っているのですが、これは前の歯の薬です。三十七年前に歯に付けた薬が頭に上って、それがいまだにモヤモヤしていて、それが溶けて水洟になって出たのです。随分出て、一帖くらいの紙を使ったかも知れません。それであとは頭が非常に軽くなりました。それは原稿を書いても、非常に頭の働きがよくなりました。ですから今流行の風邪は何かと言いますと、頭の病気つまり脳病風邪です。(中略)そして今年の風邪は鼻血が出るとか言ってますが、なるほど頭の浄化ですから、鼻血が出るわけです。という様で、今の浄化はほとんど頭から頸の廻りです。だから風邪というものは一番はっきり言えば頭の病気です。

(『御教え集』第18号/S28.1.26より)

 今度の風邪のしつこいのには驚いてしまいました。(中略)私のは、最初は目茶目茶に水洟が出たのです。鼻紙が山の様になるくらいでした。それは何処の毒かと言うと、頭全体の毒が溶けたのです。それが二、三日出ましたが、それが済むと頭が非常に軽くなりました。それから歯が痛くなりましたが、歯を浄霊すると水洟が出ました。(中略)それが一旦なおってヤレヤレと思っていると、腰から足がだるいのです。それで〝おかしいな、これは一体何処の浄化かな〟と思ってましたが、熱があって寒気がするのです。ですから一寸仕事をして、十分か二十分寝ないと、どうも足が変なのです。ところが見ると、下腹の方に浄化を起しているのです。それでやっぱり、ここから咳と痰が出るのです。ですから風邪と言うと、肩か胸か首の廻りと思ってますが、とんでもない事です。下腹が風邪の原因という事になります。そこを浄霊すると熱が冷めて、寒気がするのがとれました。今度の私の風邪は、頭全体に歯茎に下腹です。だから普通の人が、風邪を引いても分らないわけです。それから外の風邪引きでは、家の者はほとんど風邪を引きましたが、調べてみると首の廻りです。腹などは少ないのです。ですから、頭、首の廻り、肩という様な所を浄霊すれば間違いありません。女中の一人でばかに咳をするので、見ると、ここ(延髄)に固まりがあるのです。それを溶かしたら止まりました。(中略)それは肋間神経痛で咳が出る者もありますし、背中から出るのもありますし、股から出たりします。それがみんな一旦肺にはいってくるのです。腰の辺から出る咳もありますし、それが因で肺病にされる者があります。(中略)中には額から咳が出る人があります。額を浄霊すると咳が出るのです。だから肺病などで青い顔をしているのは、額の病、股の病、と言っていいです。胸の病というのは本当ではありません。

ウ.できるだけ風邪を引くようにするのが第一の健康法

(天国の福音『風邪引運動と薬廃運動』▲より)

 私は最も簡単な浄化作用として風邪を引く事のいかに有効であるかはさきに説いたごとくである。(中略)しかるに私の説が真理として受入れられるとしたら、この事のみでも社会人がいかに安心感を得、明朗になるかは想像に難からない。特に子を持つ母親などは日常最大なる危惧から開放さるるであろう。また結核も半減するであろう。脳溢血、頭痛、中耳炎、扁桃腺炎、淋巴腺炎、不眠症、神経衰弱等々も大いに減少するであろう。この意味において私は風邪引運動を提唱するのである。

 次に、本医術が全般に知れ渡るに従い、薬剤廃止運動の大々的に起る事も必然である。

エ.身体の内部の健康法である風邪を引く度に、軽く済むようになり、遂には全く引かなくなる。

(『医療誤点の種々相』▲より/『栄光』152号)

 風邪くらい結構なものはない。身体のどこかに溜っている毒の掃除であるから、熱で溶けた痰や、水ッ洟、汗などが出るだけ出ればそれで治ってしまい、サッパリとし健康は増すのだから、早くいえばロハで体内の掃除が出来るようなものである。ちょうど入浴は外部の清潔法であるに対し、風邪は内部の清潔法と思えばいい。つまり皮膚に溜った垢を落すと同様、体内に溜った垢を落すのである。もちろん皮膚は手で洗えるが、腹の中はそうはゆかないから、自然は風邪という体内入浴法で洗ってくれるのだから、何と造物主は巧く造ってくれたものではあるまいか。全く風邪様々である。だから人間はできるだけ風邪を引くのが天理に適っており、それによって体内は清まり、健康は増進するとしたら、健康法の第一は風邪を引く事である。しかもこれで健康になった人は真の健康者であるから、結核など絶対感染する憂はないのである。

 右のごとく自然療法によって治せば毒が減るから、風邪引く度に軽く済むようになり、遂には全く引かなくなる。こうなってこそ通勤者や通学者も、いかなる階級の人も無病息災年中無休で働かれ、日々愉快に仕事ができ、家族一同も病気の心配がなくなるから、家庭の集合体が社会であるとしたら、社会全体天国化するのは必然である。

オ.風邪を引かないのは良く固まっている人だから、溶け始めると危ない。

 (『御教え集』第18号/S28.1.25より)

 特に信者の人は溶けやすいから風邪を引きやすいのです。ところで風邪を引かない人は、健康でもなんでもないので、つまりよく固まっている人なのです。こういう人の方が、溶け始めると急激ですから、かえって危ぶないのです。ですから風邪は早く引く人ほど、軽く済むのですから、いいわけです。     

カ.流行時に風邪にかからないのは、ごく頑固で素直でない人。うんと薬毒が固まっているから非常に危険。

(『御教え集』第18号/S28.1.25より)

 約半分くらいは風邪を引いている様な話ですが、この時期に風邪を引かない人はどういう人かというと、うんと固まっているのです。固まりが強いのです。ですからこういう人が溶け始めたら一ぺんですから大変です。無論肺炎の様な、ごく重いわけです。ですから今風邪を引く人は幾らか溶けやすい方ですから、非常に結構なのです。大事なく済むわけです。(中略)要するに今風邪を引かない人は、ごく頑固な人なのです。素直でない人なのです。だから一番頑固であって非常に危険性があるわけです。だから今度風邪を引かない人は大いに注意しなければなりません。

キ.風邪を引いた時は、普段通りに苦しくない程度にやっている方が得。

(『御教え集』第18号/S28.1.27より)

 私も十二日から風邪を引いて、まだすっかりとはいきません。けれども、する事は不断と違いません。一晩だけは仕事もしないでゴロゴロしてましたが、あとは不断と変りません。(中略)〝風邪というものはなおるに決まったものだから、若しなおらないとすれば、それはなおさないのです。放ったらかしておけばなおるに決まっているので、長引くとかこじれるというのは、なおさない様にいろんな事をしているからで、そうしてみれば怖い事もないので、不断どおりに苦しくない程度にやっている方が得だから〟と言ったのです。今の人はそれさえ分らないのですから実に可哀相です。

ク.感冒      

(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)

 原因 人間は先天的に種々の毒素を保有している事は、医学でも認めている。そうして毒素は最初一旦人体の各局部に集溜する。その場合神経を使う所程多く集る。人間が最も神経を使うのは上半身特に頭脳に近い程そうである。としたら毒素集溜の場合もそうであって、肩、頸、淋巴腺、延髄、耳下腺附近は(もと)より、頭脳が主となっている。このように各部に集溜した毒素は時日を経るに従って漸次固結する。それが或る程度に達するや排泄作用が発生する。これが感冒である。

 症状 初め感冒に罹るや発熱が先駆となる。自然は固結毒素の排泄を容易ならしめんが為、熱で溶解させ液体化するのである。この液毒は速かに肺に浸入する。そして稀薄な場合は痰となって即時排泄されるが、濃度の場合は一時停滞し、咳というポンプ作用によって間もなく気管を通じて外部へ排泄される。液毒の濃いのは喀痰、鼻汁、下痢等になるが、極く淡いのは水様となり、盗汗や尿によって排泄される。

③ 日光で浄化が起こりやすくなる。

(『医療誤点の種々相』▲より/『栄光』152号)

 以前はサナトリウム等で日光療法を勧めたものだが、近頃は悪いとして廃めてしまった。これなども日光に当れば新陳代謝が旺盛となり、浄化が発り易いからである。

 

 

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