4.健康者、擬健康者、病者

① 現在の病者は既発者、現在の健康者は未発者

(天国の福音『真健康と擬健康』▲より)

 私は現在世界人類少なくとも文化民族のほとんどは病者であると言い得るのである。ただ既発と未発との相違だけで、すなわち現在の病者は既発者であり、現在の健康者は未発者であるまでである。

 既発者については説明の要はないから、未発者についてのみここに説明するが、さきに説いたごとく未発者とは保有毒素がありながら、固結に対し浄化未発生のためである。そうして真の健康とは全く無毒素で浄化発生のない身体の持主であるに引かえ保有毒素がありながら、ともかくも健康を維持し得て、立派に日常業務に携わり、労働にも堪え得るという訳で、誰が眼にも健康に見え、また医診においても現在の医学では保有毒素の発見は困難であるから健康者と断定するのである。こういう人を私は擬健康という。従って現在爆弾を抱き乱舞している人のいかに多きかを想う時、慄然たらざるを得ないのである。昔から人は病の器という言葉があるが、これは全く擬健康を指したのである。

② 人間の健康三種と、死

(天国の福音『病気の真因』▲より)

 人口増加率逓減と死亡率減少と並行するという事はいかなる訳かを説明する。まず欧州文明国において、近年伝染病や肺結核が著減したという事をもって社会衛生の進歩によるものと一般は信じているがそれは一部の理由とはなるが、真の理由ではない。もちろん衛生施設の完備がある程度の効果はあるが、それよりも大きな原因は体力低下のためである。体力低下が伝染病減少の原因になるとは読者は不思議に想うであろうが、真相は次のごときものである。元来、伝染病や結核等は体力旺盛による強力浄化のためであるから、体力低下の民族は浄化不発生または微弱であるのは当然である。劣等民族に伝染病が多いという事は、衛生に無関心である事よりも体力強盛による事の方が有力な原因である。

 右の理論を判りやすくするため人間の健康を三種に分けてみよう。すなわち第一種の人は完全健康体で無毒であるから、浄化作用すなわち罹病する事はないが、こういう人は極稀である。次に第二種の人は有毒者にして体力強盛なるがため浄化作用が起りやすく、小患または大患に時折罹る。まずこの種の人が大多数である。次に第三種の人で有毒者でありながら、体力劣弱なるため浄化作用が起り得ない。起っても微弱である。ただこの種の人は運動等によって体力が多少強盛になった場合起るのである。故にこういう人の場合は早速薬を用いて安静にすれば還元するから一時快復する。故にこれらの人は過労を避けようと努めるのである。しかるに今日の医学は、第二種の人を第三種にする事を治療道と考え努力する。その例として都会児童や医師の子女すなわち最も医師に触れる機会の多い者及び今日の医学衛生の理論を忠実に守る人程虚弱者であるという事実がそれを物語っている。しかしながら第二種の人を第一種に改善しようとしても、現代医学では到底不可能である。

 そうして死とはいかなる理由によるのであるかというと、世人は病気のためと思っているが、実は病気による死は極稀であって、その大部分は衰弱のためである。それは病気即浄化作用を抑圧するからである。何となればさきに説いたごとく医学は浄化停止を行うに対し、肉体は浄化を反撥するという訳で相剋的に苦痛が増加する。それがため衰弱は加増し、ついに死の転機に及ぶのである。医学によって体位低下せる文化民族は浄化微弱によって強烈なる浄化が起り得ない理由によって大患が少なく、それが死の機会を延期する。すなわち弱体ながらに漸く生命を保ちつつ生存するという訳である。しかるに今日の文化民族がいまだ体力旺盛であった時代は、強烈なる浄化すなわち大患に罹りやすい。医療はそれを強圧するため摩擦する―衰弱する―死ぬ―という訳である。その証左として死亡率の高い時代ほど人口増加もまた高いという統計が表われるのであって、これが人口問題第二の謎の解説である。

(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『健康の種類』▲より)

 健康の種類とは何であるか、私は仮に三種類に分けてみたのであります。まず第一種に属する人は、真の健康者であって滅多に病気には罹らない、偶々罹るとするも、放任しておけば簡単に治ってしまうという人などであります。それは浄化力が旺盛であるから病原である毒素が、多量に堆積しない内に排除作用が行われるからであります。しかし、こういう健康体の人は年々減少する様であります。

 第二種に属する人は、これは一番多いので普通健康体といわれる人であります。即ち風邪を引けば熱が出、喉が痛んで咳が出る。又、時々頭が痛むが直に治る。食物に中(あた)れば下痢をするという様な程度であります。この種の人はちょうど健康体と病弱との中間者であって、摂生法によっては健康体にもなれば弱体にもなるという程度であります。

 第三種に属する人は、普通病弱者といわれるのであって、絶えず薬餌に親しみつつ衛生に注意はするが、健康体にもならず、といって重症にもならないという程度で、こういう人が非常に多くなっているのは事実であります。この種の弱体者が近来、青年男女に多くなった事と、又激増しつつあるいわゆる弱体児童もこの第三種である事とは、実に寒心に堪えないのであります。そうしてこれらの病弱者は一人前の業務を執り得ないで、廃人的生活を送る者が多いのであって、社会国家へ対し一種の負担を与えて居る訳であります。

 右の三種の中、最も多数である第二種健康体の人を第一種にしなければならないのでありますが、不幸にしてどうも第三種の方へ落ちてゆく傾向のあるのはどうしたものでありましょうか。それについて吾々の研究を述べてみたいのであります。第二種健康者が偶々病気に罹った場合、発熱苦痛等を緩和すべき療法をするのですが、この苦痛緩和療法は、実は浄化作用を停止する訳になりますから、一時は快いが、結局は病気が長引きあるいは悪化する結果になるのであります。それが為、益々苦痛緩和療法を行うという訳で、ついに第三種弱体者に陥ちてしまうのでありますが、こうなったのはなかなか復活出来ないで、現状維持か又は不幸な結果になるのであります。この理によって、第一種健康者たらんとするには、どうしても浄化作用を充分徹底させなければならない。それは物質の力を借りないで自分自身の自然力即ち霊的療法で以て治す、それより外にないのであります。

③ 延髄の固まりが無くなると百歳以上生きる。

(『御教え集』第24号/S28.7.17より)

 一番厄介なのは必ず此処(延髄)に固まりがあるので、此処にない人というのはありません。多い少ないはありますが、必ず棒のような人とか石がはいっているようなのがあります。全部柔らかいという人はありません。だから今の人は全部病人です。大体今の人で長生しても大抵七十から八十が長生の方ですが、ところがそういった固まりが無くなると百以上は必ず生きるのです。

 

 

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