5.天災その他の浄化作用

① 風水火の大三災、飢病戦の小三災も浄化作用。

(『大三災と小三災』より/『光』22号)

 昔から言われている風水火の大三災、飢病戦の小三災とは如何なるものであるか、これについてその根本義を書いてみよう。

 風水の原因は天地の浄化作用であって、何故浄化作用が発生するかというと、霊界における曇り即ち目に見えざる汚濁が堆積するのである。それを風力によって吹き払い、雨水によって洗浄される。それがための暴風雨である。然らば右の如き曇りとは如何なるもので如何にして堆積するかを解説してみるが、それは人間の想念と言霊によるのである。即ち想念の悪に属するものとして、不平、憎み、呪い、嫉み、個人的怒り、偽り、復讐心、執着等が霊界を曇らせるのである。

 次に言葉であるが気候が悪いとか悪天候とか米の不作とかいうような自然に対する不平や、人に対する非難攻撃、怒号、罵声、秘密、欺瞞、咎め、愚痴等、すべて悪から発するものは想念界の次位である言霊界を曇らすのである。それら種々の曇りの堆積の量がある程度を越ゆる時一種の毒素が発生し、人間生活に支障を来たす事になるので、その自然浄化が発生する。それが天地の法則である。前述の如く霊界の曇りは人間の健康にも影響すると共に、草木特に農作物にも悪影響を与える結果、凶作との原因ともなり、害虫の発生も旺盛になるのである。(中略)

 右の天災に引き替え人災もまた怖るべきものがある事は何人も知る通りである。特に最も人間に被害を与えるものとしてはかの戦争であろう。(中略)

 如何なる人間と雖も、先天性及び後天性に種々の毒素を保有している。それらの毒素は人間が神経を使う個所へ集中するという、私の唱うる説に従えば、神経を最も使う局所としては首から上である。(中略)この集溜毒素は時日を経るに従い一旦固結するが、固結がある程度に達すると、反対作用即ち溶解排除作用が発生する。これを我らは浄化作用というのである。その際必ず発熱を伴うが、それは毒素排除を容易ならしむるための固結の溶解作用で、それによって固結は液体化するのである。この自然浄化が感冒であって、喀痰、鼻汁、汗等の排泄物はその現われであるが、感冒のごく軽微な浄化作用は、たいていの人は平常と雖も持続しているのである。これは殆ど気の付かない程度であるから、本人は健康と思っているがこの程度の人と雖も決して真の健康的感覚はない。(中略)これがために絶えず一種の不快感がある。この不快感こそ曲者である。即ちこの原因によって怒りとなり、怒りの具体化が争いとなり、争いの発展が戦いとなるのであるから、人類が闘争心を除去する手段としては、この不快感を除去する以外他に方法は絶対ないのである。(中略)

 以上の如く、争いの根源は頭脳と首肩付近の毒結の浄化熱とすれば、それを全治させる事こそ唯一の解決の手段である。とすれば、本教浄霊こそ世界広しと雖も唯一無二の根本的争闘除去の絶対法といっても過言ではあるまい。また今日戦争以外の苦悩に属するあらゆる問題と雖も同様であって、かの破壊的思想や階級的闘争等の思想は、不快感による不平不満が原因である。その他不快感から免れんがため、不知不識強烈な刺戟を求めようとする。それが飲酒、淫蕩、怠惰、争闘等の犯罪発生の結果となるのは勿論である。

(中略)従ってこの地球上に永遠の平和を樹立するとすれば、まず人間一人々々の不快感を祓除し、爽快感を充実させる事である。その結果として闘争を嫌忌し、平和愛好者となる事は一点の疑いない事実である。

 以上の如き原理を把握させ、実際効果を挙ぐる力は本教以外ない事を知るべきである。

② 天災と人命損失を防ぐ万全の方法は、人事を尽くすとともに、神を本位として罪を溜めないこと。

(『台風の霊的考察』▲より/『栄光』219号)

 台風といえども人間の病気と同様、それ自体科学の分野ではない。霊の分野に属しているのである。(中略)

 以前もかいた事だが、この世界における森羅万象一切は、絶えず汚穢が溜ると共に、それに浄化作用が起って浄められるのが法則となっている。従って地上の霊界、現界共に絶えず汚穢が溜り、ある限度を越えるやここに浄化作用が発生する。それが台風であって、つまり風で吹き払い、雨で洗い浄め、天日で焼くのである。この理によって今回のごとく田畑百数十万町()も水底に沈んだという事は、全く人肥金肥の肥毒によって土壌が汚され切っているからで、それを洗い浄めなければ農作物に影響を及ぼし、減収になって食糧難に陥る憂いがあるからである。そうなるとここに浄化担任の神々はその活動を開始されるのである。

 また破砕され流されたりする家屋は、その物の霊に汚穢が充ちたためであり、溺死した人間はやはりその人の霊に罪穢が溜って、生存の資格が失われたからである。(中略)それは火災である。(中略)これらもやはり浄化であって、それぞれの建造物に罪穢が溜っているからである。それは今日どんな家でも土地購入、建築等に費した金が汚れていると共に、使用の場合その家屋を大なり小なり間違った事をするからで、これも現代生活上ある程度は止むを得ないが、それでも神仏の信仰者か余程善徳を積むとしたら、それだけ穢れは消されるからいいが、そういう人は滅多になく、ほとんどは罪の溜め放題であるから、どうしても火で焼き浄めなければならないからで、それが火災の原因である。火災の多いという事は無信仰者や悪徳者のいかに多いかを物語っている訳である。また山林もよく焼けるが、これも購入費やその目的に含まれている不正や邪念の汚れのためであるのは言うまでもない。

(中略)従って結論としては人事を尽くすと共に、神を本位として罪穢を溜めないようにする事で、それ以外万全の方法はない事を心得べきである。

③ 人間の無智が、暴風の霊的・体的原因を作る。原因を作らないようにすれば、大災も小災となり、小災も無災となる。

(『台風禍』▲より/『栄光』230号)

 それは度々言うごとく台風は天災ではなく人災であって、人間が作って人間が苦しむという呆れる程の無智なためである。(中略)

 そもそもこの世界とは見ゆる物質と見えぬ霊との二つから成立っており、ちょうど掌のようなもので、表(手の平)は体で裏が霊と思えばいい。つまり表裏結合一体となっている。そうして一切は霊が主で、体が従であるのが万有の法則である以上、現界に発生するすべては最初霊界に発生し、それが現界に移写するのである。ゆえに台風も最初霊界に発生するのはもちろんであるから、この発生原因を作らないようにすればいいので、それ以外の方法は決してないのである。(中略)では霊的原因とは何かというと、すなわち霊界を曇らす事である。その曇りがある程度を越えるや、ここに自然浄化作用が発生する。これが台風であるから、この曇りを作らなければいいので、それには人間の想念と言葉に注意する。というのは想念が悪に属するもの、すなわち憎み、(ねた)み、そねみ、怨み、嫉妬、不平等が霊界に反映し、気候不順の原因となると共に、今度は悪に属する言葉、行為すなわち讒侮(ざんぶ)、中傷、欺瞞、愚痴、卑劣、あらゆる罪悪等で、前者は一次元、後者は二次元の霊界を曇らす事になる。これを台風という自然浄化作用発生によって払拭するのである。

 今一つは全然物質的原因である人肥金肥等の肥料、病虫害防止の薬剤等によって土を汚すため、自然はこの浄化のため大雨によって水で洗い流すのである。といったようにすべては人間の無智が作るのであるから、この事を知って原因を作らないようにすれば解決するのは当然で、大災も小災となり、小災も無災となる。これが宇宙の真理であるから、これを守る以外根本的効果のない事は断言するのである。

④ 悪行をして霊的に不潔となった人間を掃除するため、悪人という害虫人間が生まれ、その悪人もまた悪人によって浄化される。

(『御教え集』第14号/S27.9.7より)

 人間が悪い事をしますが、悪い行をすると其人間が穢れますから、霊的に不潔な人間になるわけです。何うしても其人間を掃除しなければならない。そうするとやっぱり黴菌が必要なのです。黴菌なり害虫が必要になります。然し人間は農作物と異って、害虫という奴が人間なのです。それが悪人です。悪人が其人を苦しめるわけです。苦しめて不潔になった人間の不潔分丈を掃除するのです。だから無論病気が主ですが、病気以外の色んな災難とか悪い奴が瞞して損をかけるとかいう事は沢山ありますが、そういう事もやはりその人の持っている金が不潔な金、間違った金、ずるい事をして溜めた金、というそういう不潔な金は何うしても掃除しなければならない。その代りに黴菌人間が瞞して捲上げる。という事は一つの浄化作用です。そうしてみると、あいつに酷い目に遭ったとか悪い奴に瞞されたとか泥棒に盗られたとか、色んな事で損したり苦しめられたりする事は、其人自体に不潔物があるからです。処が面白いのは害虫人間が又浄化される事になるのです。そうするとそれを浄化するのは、やっぱり害虫人間です。丁度薬で病気の苦しみを抑えて、その薬毒が又苦しみを作るというそういった経路と良く似ているのです。そこで悪い奴が益々増える、益々人間はずるくなる。そうするとその不潔物を食う害虫人間が又増えるという事になって、つまり今の人間はそういう様な経路が良く出てます。それは、何処の監獄や刑務所に行っても年中満員です。それで警官をいくら増やしても足りないのです。

⑤ 気候異変の原因は、人間の想念。大多数が温和なら温和順調で、冷ややかな場合はその時あるべきよりも寒冷に、情熱の適性を欠く場合に温熱が過ぎる。

(信仰雑話『天候と気候』より)

 これについてまず気候の変化の原因をかいてみるが、冬の寒さから夏の暑さに至るまでを四季に分けられているが、その時々の流れに従う気候の変化が順調に推移するのが本来であるに拘わらず、時によると異変する事がある。それは何のためかというと、全く人間の想念が、霊界に反映するからである。例えば人間大多数の想念が正しく温和であれば、気候もその如く温和順調であるが、平調を欠く人間が多い場合、即ち愛の熱に乏しく冷ややかな人間の想念は、その時あるべき気候よりも寒冷となり、その反対に何かの出来事に昂奮(こうふん)し、情熱の適正を欠く場合、その時あるべき気候に対し温熱が過ぎるという結果となる。以上の外に人間が悪に属する想念、即ち不平不満、呪い、自暴自棄等の多い場合、それが霊界に反映して、何となく陰鬱の気が漂うのである。

 

 

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