① 自己診断で病気を知る
ア.自分で自分の体を触る自己診断が、最も正確で進歩した診断法。
(『自分で病気を知る法』▲より/『栄光』125号)
病気というものは、いつもいう通り、毒素が身体のどこかしらに固まっており、それが熱で溶けて、排泄する苦痛なのであるから、病気を知る方法としては、自分で自分の体を触ってみる事である。頭の天近(辺?)から足の爪先まで撫ぜてみるのが、一番よく分る方法である、必ず熱のあるところが、一個所や二個所くらいあるもので、そこに病気があるのだから、そこのところを自分もしくは誰かに浄霊して貰えばいいのである。
ところがこういう場合がある、よく結核などで強い注射などを多くしている人は、一時浄化は停止されているから、身体中どこを触っても熱がないから、安心していると、いつかは必ず発熱する、それが速い程よいのであるから、もしそういう疑いがあった場合、少しの間そのままにしておくと、必ず浄化熱が起るから、その時査べればいいのである。以上によってみても、ヤレ体温計だ、何んだ彼んだと手数をかけて騒がなくとも、右のように至極簡単に掌だけで自己診断をすれば、最も正確である、としたら何と進歩した診断法ではなかろうか。
イ.熱かったり痛ければ毒血がある。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『患者取扱』▲より)
私等が新患者に対する場合、まずイキナリ額へ手を宛てる。そして熱ければ必ずそこに毒血がある証拠です。そういう人は頭が重いとか、眩暈がするとかいう症状がある。次に、両方のこめかみへ手を宛てると熱い。こういう人は必ず頭痛がするのであります。次に、眉毛の部を押してみて痛い人は毒血がそこに溜って居て眼に異常がある。上瞼を押して痛い人は確実に眼病になっている。それは眼球に毒血が溜結しているからであります。まず、病原発見はこういう工合なのであります。
② 正確で簡単な理想的健康診断法は肩部を診ることで、肩を柔らかくするのが一番の健康法。
ア.肩部が柔らかければ重患者でも回復しやすいが、硬い人は軽病者でも回復が困難で、強浄化が発生しやすいため生命の危険がある。
(天国の福音『治療についての注意』▲より)
人間の健康不健康を判別するについて最も明確に知り得る方法として、まず肩部を診る事である。肩部が柔軟で、指で圧して指頭が一寸位没するような人は必ず健康であるが、肩部が硬く柔軟でない人は不健康と断定して差支えないのである。結核者は例外なく肩部は固く、重患者といえども肩部柔軟者は恢復しやすく、軽病者といえども肩部強堅者は恢復困難と共に、強浄化発生しやすく、そのため生命の危険は免れ得ないのである。故に理想的健康診断法として肩部を診る事こそ、正確であり簡単である事を世人に告げたいのである。
イ.健康上一番重要なのは肩が柔らかさ。肩が固い人は自分で浄霊する。浄霊でどんな病気でも治るが、治るまでに衰弱で倒れるから、肩を柔らかくして食欲を出して衰弱を防ぐ。自分でも始終浄霊して、肩を触ってフカフカになれば良いが、そうなるのはなかなか大変。
(『御教え集』第24号/S28.7.17より)
この間肩を柔らかくしろという事を言いましたが、それはつまり食欲が一番出るという事なのですが、どのくらい柔らかくすればよいかというと、触ってみて、或いは本人でも分りますから、本人が触ってみて、フカフカになればよいのですが、ところがそうなるにはなかなか大変です。何処かしらに必ずあるものです。あるばかりではないので、柔らかい所はないくらいなものです。それがうまく一ぱいに固まってますから、それが当り前のように思うのです。それで或る程度半分くらいに溶けて来ると食欲が大いに増えて来ます。そうすると肥って来ます。痩せているという事は肩です。〝肥るのも痩せるのも自由自在だ〟という事を前に言った事がありますが、それは肩を柔らかくする事だけで肥ります。それが分れば痩せている人は助かります。これは大体人にやってもらわなくても、自分で溶かすと溶けます。手をくっつけないように少し浮かしてやるのです。私も始終やっていますから大分柔らかくなりました。それから上からやってもよいです。とに角食欲さえあれば結局何でも治ります。浄霊すればどんな病気でも治るに決まっているので、ただ治るまでに衰弱で倒れるので、衰弱は食事ですから、そこでこれによって衰弱を防ぐという事になりますから、根本的の事です。
(『御教え集』第23号/S28.6.25より)
健康診断は肩で分ります。肩が柔らかい人は健康です。病人で助かる病人と助からない病人は、肩が柔らかい人は随分悪くても助かります。それから肩の固い人はそれほどでなくても駄目になってしまいます。健康上一番重要なのは肩の固い柔らかいという事です。(中略)これからは病気についても、一切は肩を柔らかくするという主義でやらなければいけません。(中略)人の肩もそうですが、自分の肩も固い人は自分でやればよいです。(中略)それから肩の柔らかい人はみんな太ってます。それは食欲が増えるからして太るわけです。
ウ.肩こそあらゆる病気の急所。ウンと力を抜いて肩を浄霊すると、頸の廻りの固まりも溶け易くなり、頭や方々にある熱も大抵下がる。
(『御教え集』第24号/S28.7.6より)
この前〝結核は肩が肝腎だ〟という事を言いましたが、これは結核ばかりでなく、心臓病、胃にも非常によいです。(中略)それからみんな頸の廻りに固まりがあります。これがいろんな病気の原因になりますが、これは一旦肩に固まった物が頸の方へ行くのですから、肩をやると頸の廻りの固まりも非常に溶けやすくなります。ですから肩こそあらゆる病気の急所です。(中略)それで一番肝腎な事は、ウンと固ければ固いほど力を入れてはいけません。ところが固いと固いほど溶かそうとするのに力を入れてしまうのです。だから溶けないのです。これは溶けないなと思う時には必ず力がはいっているのです。だから力は、ほんのあるかなしかくらいで、はいっているかいないか分らないくらいにフワフワとやるのです。そうして想念だけは強く通す気持ですればよいのです。力を抜くとずっと治るのです。そういう工合で、肩を柔らかくするという事が一番の急所だと思っていればよいです。それから熱ですが、頭や方々にある熱も肩をやると大抵は下がります。
(『御教え集』第24号/S28.7.7より)
それで浄霊の場合に、前から肩を狙ってやり後からやり、酷い人は上からやれば、だんだん柔らかくなって来ます。
エ.肩はもむ必要はなく、後方や上から痛い所や凝っている所を浄霊する。風邪の一番の原因は肩の凝りだから、凝りがなくなると風邪を引くのが軽くなるか、引かなくなる。
(『御教え集』第23号/S28.6.26より)
それで肩というと按摩さんみたいに揉まなくてはならないように思うかも知れませんが、その必要はありません。後方から肩の所を目がけて浄霊すればよいのです。それで着物の上からでも押してみて、痛いか凝っているかという事を聞いてもよいです。その方が尚はっきり分ります。それで場合によっては肩の上から霊を入れ、又後方からやってもよいです。とに角肩を柔らかくするという事です。よく子供で腺病質と言いますが、腺病質というのはみんな肩が固いのです。肩をよくやるのです。それから風邪を引くのは一番は肩の凝りです。この凝りをとれば風邪引くのも軽く済むか、或いは引かなくなります。それから頭がそうです。首の廻りの毒というのは、最初肩に行って、肩から行くのです。ですから何にしても肩を柔らかくするのが第一番の健康法です。
オ.肩を浄霊するときは、これ以上力を抜けないところまで力を抜く。肩は揉むほど固くなるから、揉む場合はごく柔らかい按摩をする。下半身は尾骶骨付近を浄霊すると、足が重い、くたびれる、息切れなどに一番効果がある。
(『御教え集』第24号/S28.7.25より)
大森時代、始終按摩にもませた明主様の肩は、だんだん固くなって普通の按摩ではきかないくらいになられた。
肩を柔らかくするのに、よく間違える事があります。というのは肩をもむという事を言いますが、もんで柔らかくするのは按摩です。ところが肩をもむほど余計固くなるのです。ですから按摩を始終やっている人はだんだん肩が凝るようになります。(中略)その時分は分らなかったのですが、今考えると体的にやるから駄目なのです。それで信仰をする人になってからそういう事が分ったので、ごく柔らかい按摩をしました。家の奉仕の若い女の人の素人もみをやりました。そうしているとだんだん柔らかくなって来たのです。それで浄霊を知るようになってから、浄霊でよくなって来て、この頃はもんでもらっても簡単にちょっとやるくらいで、それにいい気持でなくなって来ました。ですからもうじきもむ事もいらなくなるわけです。無論肩を柔らかくするという事も、固いほど力を入れないのです。ところが固いほど力を入れたがるのです。凡て力を入れないのがよいのですが、固いと、ちょっと力を入れたい気になりますから、それを注意して、これ以上力を抜けないというところまで力を抜くのです。そうすると固い肩でも柔らかくなって来ます。(中略)それで一番は結核によいです。それから心臓病によいです。心臓病によければ喘息にもよいし、それから食欲が出ますから、胃によいから、消化不良などは忽ち治ってしまいます。それから胃が良くなれば肝臓も膵臓も良くなり、胆嚢も良くなります。
カ.内臓の病気は肩を主に浄霊するのが最も効果大で、肺、心臓、胃の三位一体が良くなれば問題ない。頭を使うと肩に溜まったものが来て固まるが、これも肩を柔らかくすれば柔らかくなる。
(『御教え集』第24号/S28.7.7より)
それからこの前も〝結核は肩を主にして浄霊する〟という事を言いましたが、これは結核ばかりでなく、心臓病でも胃病でもこれが最も効果があります。心臓病の人は必ず左の肩が凝ってます。これが溶けたものが心臓の廻りに固まって圧迫するのです。それが心臓病です。喘息も無論それです。喘息の方は横隔膜の方に固まるのです。ですからよく医者の方では心臓性喘息と言います。それで心臓の活動が悪くなるから肺の活動が悪くなるのです。これはみんな知っているでしょうが、肺は水で心臓は火ですから、火が多くなれば水がよく活動しますから肺にもよい影響がゆくわけです。そういうようで肩を柔らかくすると肺が良くなるという事は、心臓が良くなるからです。それから肩が柔らかくなると非常に腹が減るのです。私はいろいろと昔の薬毒がウンとあります。順繰りにとれてますが、去年の秋あたりから肩を柔らかくするため肩を浄霊しました。それでごく固い所は指から霊を入れるのです。そうするとだんだん柔らかくなるのですが、今は去年からみると食欲は倍くらいになりました。そうして非常に美味いのです。そういうようで食欲が増えるという事は胃の活動がよくなるわけです。ですから肩を柔らかくするという事は、肺と心臓と胃が良くなります。ですからこの三つが良くなるという事は、他は問題ではありません。他の事は附録みたいなものです。肝臓が悪いと言ったところで、やはり肩から下がって行って溜まるのです。それから腎臓が悪いと、こういう所(腰)に溜まりますが、それも肩から下がって来るのです。それから糖尿病は膵臓ですが、左の方です。此処も肝臓と同じようなもので、肝臓が悪くなるから圧迫されて、胆嚢も起こり黄疸も起こるというわけですから、大体肺、心臓、胃とこの三位一体が良くなれば問題はありません。あとは頭ですが、今は非常に頭を使わなくては生活できません。昔のように暢気な時代ではないから、どうしても頭を使います。それで頭を使うと、これに固まりが来ます。これは大体は肩に溜まったものが、頭を使うので此処に来るのです。ですから肩を柔らかくすると、これも柔らかくなります。
キ.再浄化の時は非常に体力を消耗するから、増す衰弱を補うため肩を柔らかくして食欲を出す。
(『御教え集』第23号/S28.6.25より)
〝結核は浄霊するだけは毒が減ってゆくから病気が治りつつあるのに悪化する〟という事について話しましたが、それは衰弱のためです。という事は食欲が減るためです。再浄化の時にはよくあります。再浄化の時には、長くのんだ薬毒が咳になり痰になり、又熱が出る。そうすると咳で夜も眠られないとか、非常にセキ込んで体力を消耗します。それから熱というものがやはり体力を最も消耗するものです。そのために薬毒はだんだん取れつつあるにかかわらず衰弱を増して来るのです。それを補うには食事より他にありません。その食欲を出すには、一番に肩を柔らかくするのです。これは結核ばかりでなく、何病気もそうです。胃が悪い人でもそうです。肩を柔らかくすると非常に食欲が増します。ですから胃病の人は胃をやるより肩をやる方が効果があります。
ク.頭の入り口で上半身と下半身のつなぎ目である肩を柔らかくすることが、一番肝腎。
(『御教え集』第24号/S28.7.16より)
この前結核は衰弱をさせない事と、それには肩を柔らかくする事を話しましたが、無論肩を柔らかくする事が一番食欲が出ますから、胃病でも心臓病でも非常に結構なのです。心臓病は左の肩が凝ってますから、この肩を柔らかくするとまず治ります。それから他のいろいろな病気などもそれによってよくなります。今どんな人をみても頸の廻りと頭にありますが、これは何時も言うとおり毒素が肩に溜まって固まり、それが頭を使うと頸の廻りから頭に移行して其処に溜まるのですからして、丁度肩が頭の一つの入口です。ですから入口をゴミだらけにするようなものです。門の所をよく掃除しないから、風が吹いてゴミが室内にはいって来るようなものです。それから肩は上半身と下半身のつなぎ目になっているわけです。それで肩を柔らかくするという事が一番肝腎なのです。
ケ.腎臓で処理されなかった不自然な物が肩の毒となり、それが溶けて下がるといろいろな病気になる。
(『御教え集』/S28.7.17より)
肩の毒というものは大体は腎臓です。薬毒とかいろいろな物を人間の体に入れると、その毒が一旦腎臓に行って、腎臓で処理されるのです。というのは腎臓で小便によって外に出すという働きになるのです。そこで腎臓で処理されない分、それは薬毒とかそういった不自然な物は腎臓に行っても処理されないので余るのです。その余った物がだんだん肩に来るのです。人間は凝りますが、それは腕を使わないから肩に来るのです。足は凝りませんが、これは始終歩いているからです。じっとして手を使うとか、そういうために肩に来るのです。ところが手を始終動かしているとそうでもないが、人間は足だけしか使わないから、肩に来るのです。そして頭を使ったりいろんな道具を使いますから、頸や頭に来るのです。それでこの辺の浄化によって溶けて下に下がるといろんな病気になるのです。
コ.肩の毒が、淋巴腺や耳下腺の毒となる。
(『御教え集』23号/S28.6.17より)
大体この淋巴腺とか耳下腺の毒は、肩の毒が行くのです。薬毒が体の中にはいると、薬毒というものは一番最初は腎臓に行くのです。腎臓が薬毒を無くする働きをするのです。それで腎臓は或る程度までで、腎臓で固まるか固まらないうちに、みんな頭を使いますから頭に上って行くのです。頭に上って来ると肩に集まるのです。これは手を使ったり、根をつめたりすると肩が凝ると言います。それが出ようとして鼻になったり痰になったりして出ようとして、これが頸の方まで行くわけです。それで頸が凝るというわけです。
サ.肩が柔らかいと健康で精力があるから成功者となる。肩が硬い人は持続力がないから中途半端で成功しない。肩が柔らかい子供は学校の成績もよく、出世する。
(『御教え集』第23号/S28.6.26より)
私は昔偉い人を治療した事がありますが、(中略)大抵な人は肩には固まりがありますが、今言った人達はブヨブヨです。世の中で成功している人は肩が柔らかいと思いました。(中略)そういうようで柔らかい人に限って成功するというのは、肩の柔らかい人に限って健康なのです。つまり精力があるのです。此処に居る渋井さんは肩が柔らかいのです。ですから四、五年前の中風も余計順調に治ったのです。随分酷い病人でも肩の柔らかい病人は助かります。それから、それほどでなくても肩の固いのは駄目になります。大した病気でもないのに急に悪くなって駄目になるのがありますが、そういうのは必ず肩が固いのです。(中略)そこで結核に限らずどんな病気でも、肩を柔らかくするという事が一番です。
(『御教え集』第23号/S28.6.25より)
成功者の人の肩は必ず柔らかいのです。私は以前相当偉い人を時時治療しましたが、成功した人は肩が柔らかいです。(中略)何故かというと、肩が柔らかい人は非常に精力が続くのです。だからどこまでも突進して行くから成功するのです。それで大抵な人は相当にやっても途中で挫けるのです。いい加減な所で妥協してしまうのです。欲が制限されるのです。それだから中途半端になってしまうのです。それは肩の原因が大いにあるのです。だから子供などの肩を柔らかくしてやるという事が、子供が社会に出て出世するとか、或いは学校の成績がよいという事になります。
これからは病気についても、一切は肩を柔らかくするという主義でやらなければいけません。
(『御教え集』第24号/S28.7.7より)
それから赤ん坊に沢山あります。カン持ちや、ジレたり、非常によく泣くのはみんな肩が固いのです。それからよく熱を出すのがそうです。それから扁桃腺は子供に多いですが、やはり肩の毒が行くのです。
シ.痩せていたり腺病質の人の肩は石のように固く、その部に微熱があって食欲が衰え、細胞が消耗されている。
(『誰でも太れる法』▲より/『栄光』86号)
世間よく、生まれながら痩せてる人で、太りたい太りたいと思って、色々な事をしても仲々効果がないので、悲観している人が随分多いと思う、またこういう事もよくある、目鼻立ちの、非常に美しい女性であっても、痩せているために、天性の美を発揮されていない人があるがそれを見る度に、今少し太ったらどんなに美しいだろうと思い、実に惜しい気がする事があるが、誰でもそういう経験はよくあるであろう、また子供などにも腺病質と言われ、カンの虫みたいな貧弱なのをよく見るがこれらももちろん身体が弱いためでその親は太らせたいと思ってやれ牛乳だとか、肝油だとか、色々な栄養食をやるが、仲々思うように太らないので、歎いている者も世間ザラにあるであろう。(中略)
右のような人の肩を見ると、必ず固く石のようになっているもので、その部に必ず微熱があり、その微熱のために食欲が衰え、細胞が消耗されるためであるから、右の塊を浄霊によって溶かすと、その部が段々軟かくなるに従い食欲が増してくる。それにつれて太って来るという訳で実に百発百中である。
ス.スポーツマンは肩に力を入れるから肩が固く、割に早死にする。
(『御教え集』第24号/S28.7.7より)
スポーツマンが割に早死というのは肩が固いからです。砲丸投とか棒高飛(跳?)とか水泳とか、みんな肩に力を入れるから肩が固いのです。又スポーツマンに限って結核になります。これは肩に固まったものが、浄化熱が起こって溶けて咳と痰が出ますから、それは医者に行けば結核にされます。そういうようで肩が柔らかいという事が一番です。
セ.誰でも太れる法
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
世間生まれながら瘠せている人があるが、このような人の肩を見ると必ず固く、石のようになっているもので、その部に必ず微熱があり、その微熱の為食慾が衰え、細胞が消耗される為であるから、右の塊りを浄霊によって溶かすと、その部が段々柔かくなるに従い食慾が増して来、それにつれて太ってくる。
<事例1> 肩が固い人は不断丈夫でもパッと死にするから、浄霊して肩を柔くしておくことが肝腎。神様の方に訳があって死んだから、理由はその後分る。
(『御教え集』第8号/S27.3.5)
(お伺) 教師小野寺文四郎の妻ナミ子(昨年十一月三十日帰幽)肩、腎臓が固くありましたが、寝る事はなく、平常は他の人と同様に御浄霊は戴きませんでした。胃部と下腹が痛いと言い、御浄霊で其都度楽にさせて戴きました。六日目より下腹の痛みが強くなり、御浄霊中胃部と下腹が交互に痛み、最後に胃部の痛みが止まってより、チョコレート色のヌラヌラしたものを洗面器に三分の一位出しました。一時間に十回位出しました。下腹は痛みませんでしたが、重苦しいと申し、右下腹に直径四寸位の丸い固いものがあり、三か月前より段々大きくなり、痛んだと申します。右下腹の痛みが段々楽になり、全身がだるいと申し乍ら翌朝帰幽致しました。死後右下腹の両手先が薄黒くなりました。右御浄化に就き御教示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
チョコレート色というのは血の古いのですからね。よく吐くものですがね。この人は胃の下の方にオデキが出来たんです。オデキが出来て、其処から始終血が少しづ(ず?)つ出ていたんですね。出ていたのが、段々溜って来た。それが下腹の方に行って固まりになる。それから、胃の方は嘔吐したんですがね。それで出たんですがね。この位で死ぬ訳がないんですがね。
之は注意しなければいけないですね。誰でもそうですがね。肩の固い人は早死なんです。不断丈夫な様でいてパッと死ぬんです。だから、人間は肩が固いのは安心出来ない。で、この人は普通の病気で死んだんじゃないんです。之は霊的に訳があるんですね。之は或る時期に分りますよ。何で死んだと言う事がね。今は一寸言う訳にいかないがね。何年か経つ内に分る時があります。之は、神様の方に訳があるんです。
ですから、不断健康であっても、浄霊して肩を柔くして置くと言う事は肝腎ですよ。だから、病人でも肩の固い人は結果が悪い。肩の柔い人は、随分助かります。この、肩の固い柔いは、非常に関係があるですね。肩の柔い人は、何処かしらに強い処があるね。
③ あらゆる病患は体である腹部より、霊に相応する背部が重要。背部の毒素が溶解しただけ前部の病患は軽減する。
(天国の福音『治療についての注意』▲より)
治療についての個々の注意を挙げてみるが、人間を霊と体に区別する時、背部は霊にして腹部は体に相応するのである。従って霊主体従の法則により、あらゆる病患は背面部が重要であり、背部の治療をよく行わなければ真の効果はないのである。すなわち背部の毒素が溶解しただけ前部の病患は軽減するのである。
例えば胃痙攣の激痛といえども、その激痛部だけの治療では効果は少ない。その場合背部を診れば左右いずれかの肩胛骨と脊柱との中間に必ず固結がある。その固結を治療するやたちまち胃部の激痛は解消するのである。しからば右固結は何であるかというと、これは薬剤の固結したもので、服薬を持続し仰臥する関係上、胃の後方から滲透背部へ沈澱固結したものである。また湿性腹膜炎における膨満も、化膿性腹膜炎の膿結も、背面腎臓部を治療する事によって奏効するのである。その他心臓、肺、胃腸に関する疾患も、すべて背部を主に治療すべきである。
④ 病気の軽重は薬毒の多少で判別
(天国の福音『薬毒』▲より)
私が幾多の患者を取扱った経験上薬毒の多少によって病気の軽重を判別するのであるが、洵に正確である。そうして薬毒多有者は左のごとき症状を呈するものである。常に不快感がある。すなわち薬毒集溜個所に微熱があるからでそのため軽微な悪寒があり、普通人以上に寒がりである。また物に億劫がり、横臥する事を好み、根気が薄く長く一つ事に携わる事が出来ない。そうして頭脳が散漫で集注力がない。また物事の解釈はすべて悲観的であり、常識を欠き陰欝を好み、明るい所より暗い所を好むから、晴天の日より雨天の日を好むのである。また腹立やすく、自暴自棄的となり勝ちで、いささかの事が気に懸るからヒステリー的ともなり、物事に対し自分で間違っている事を知りながら、それを矯(た)める事が出来ないばかりか、反ってその様な精神状態を煩悶するという事になる。はなはだしくなると厭世の結果自殺を企図したり、また精神変質の結果廃人同様となる者さえある。一家にこういう人があると、他の者まで影響を受け家庭は暗く争いの絶間がないという訳で、幸福生活などは到底期し得ないのである。
また現代人は非常に頭脳が鈍くなっている。それは今日重要なる地位にある人の講演がほとんど原稿なしではやれないという始末である。これ等は講演の意味が前後撞着したり、順序を誤ったり、また渋滞を防ぐためでもあろうが、自分自信の頭脳に自信が持てないからでもあろう。また現代人の多数は、簡単な所説では頭に入り難い。くどくどしく微に入り細にわたって種々の例証を挙げて説かなければ納得が出来ないのである。本来頭脳が良ければ一事を聞いて、それに関連する事を類推なし得る訳である。また今日世界の文明国とされている政府はもちろん民間の諸機関に至るまで、すべての問題に対し何回もの会議をなし、多数者の頭脳を鳩(あつ)め種々練らなければ適切なる答案を得られないというのが実情で、会議外交などという言葉も現われる位である。特に日本の官庁や会社等における頻繁なる会議は、よくそれを物語っているが、全く時間の浪費はおびただしいものがあろう。また政府が新しい施設や政策を行う場合、国民に対しラジオ、新聞、ポスター等、あの手この手と執拗に宣伝しなければ、国民の頭脳に入らないというのも同様の理由である。
⑤ 憑霊も心の病気も、まず薬毒を取ることを考える。
(『御教え集』11号/S27.6.26より)
此間ラジオかで一寸聞きましたが、今病気の数は千百幾つというんです。だから、昔は四百四病と言ったが、ずっと増えた訳です。三倍になった。(中略)処が病気の原因が薬という事が分れば、何んでもなく分ります。つまり薬の種類が増えたから、病気の数が増えたんです。兎に角そういう様な工合で、何んの病気でも先ず薬を考えてみる。そうすると分ります。よく信者の人なんかで、どうも治らない、しつこい、憑霊現象ではないか、何んの霊でしょう。と、よく聞く事があるが、それよりか薬毒の方がずっと多いんです。それからもう一つは、憑霊と言っても、そういう霊は悪霊ですが、悪霊が憑くのは頭が曇っている。曇っているというのは薬毒です。薬毒で曇ると、そこに霊が憑くんです。ですから憑霊を何うしよう斯うしよう、解決しようという事は気にしなくて良いんです。それより薬毒を取っちゃおうと考える。それが根本です。精神病というと霊に違いないが、因は薬毒です。精神病は不眠になる。不眠が因という事は延髄に固りがある。延髄に固りがあるという事は薬毒です(。?)だから、精神病でも何んでも、そういった心の病気も全部薬毒です。そこで人間不幸の原因も薬毒なんです。だから薬を身体に入れなかったら其人は仕合せです。色んな災難なんかはないんです。魂が曇っているから、曇り相応の浄化が来るんです。災難というのは浄化です。そうすると薬毒で血が濁っているから霊が曇るんです。だからこの根本は薬を無くする事です。そうすると地上天国が出来るんです。だから浄霊というのは曇を取る事ですよ。薬で逆に曇らせたのを浄霊で取るんです。
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