① メシヤ教では簡単に、生命の継ぎ足しという信仰の徳をいただける。
(『御教え集』第6号/S27.1.26より)
一旦霊界に行って、又生返ると言う人が時々あるものですが、それがはっきり書いてありますからね。今読ませますけれども、人間の寿命と言うのは、大体決っているんですからね。それより長く伸びると言う事は、命を継ぎ足して戴けるんですね。それが信仰の得なんです。だから、実に信仰と言うのは素晴らしいものです。他の宗教にも、ない事はないが、極く弱かった。誰も彼もと、はっきりとはいかなかった。それが為には、難行苦行したり、色々お祈りするとかですが、メシヤ教は簡単に、そう言う素晴らしい命を継ぎ足し――それをして戴ける。汽車の中でそう言う事があったんですからね。実にメシヤ教の神様の力のある事と、御守護の強い事が良く解るんです。
(「生命の継ぎ足し」のあとの御教え) 【註 栄光 一四二号】
つまり、この人は、この時は寿命だったんですね。ですから、一旦死んで、新たに神様が命を下さった。こう言う事で助かった人は、後の命は、全然神様の御用をさせられるべき人なんです。そこで、私有財産みたいに自分勝手に使ったら、お取上げになります。そう言う風に命を戴いて、相変らず金儲けだとかして、命をお取上げになった人がありますよ。
② 夢で済ませていただくのは、ごく軽い命の継ぎ足し。息が止まったり冷たくなったりしてからの覚醒は、重い命の継ぎ足し。
(『御教え集』第6号/S27.1.27より)
お蔭話ですけれども、一旦霊界に行って、天国を見せて貰ったんですが、良い塩梅に神様から命を貰ったんですね。つまり命の継ぎ足しと言うんです。人間の寿命と言うのは、生れ乍らに決っているんです。幾つの時死ぬと言う事がね。そう言う時には、一旦死ぬ型をするんです。そうして、継ぎ足しを戴くんですね。之は、良く解るんです。入信すると、そう言う事が良くあるんですね。命の継ぎ足しに、極く軽いのと重いのがある。極く軽いのは夢で見るのですがね。あれは、命の継ぎ足しを夢で済ませるんです。極く重いのは、之ですね。息が止まったり、冷たくなったりして――この人は汽車の中であった。非常に面白く、正確にいってますからね。
(「生命の継ぎ足し」のあとの御教え) 【註 栄光 一四二号】
こう言う風に助かった人は、それからの命は神様から戴いたんですね。それを私有財産的に使ってはいけないんですね。やっぱり、そう言う因縁のある人で、神様が生かされて使われるですから、素直にそうやれば、未だ随分長生きが出来るんです。よくそう言うのがありますよ。女にはありませんが、男にはよく命を貰ってから欲張って、銭儲けをして、結局死んじゃいますがね。
③ 神有物に関する事例
<事例1> 神様に助けていただいてからの命は神有物で、神様以外の事はできないと断固として言わなかった指導者にも責任がある。心底お詫びして神様が聞き届けられたら助かるが、霊界で働けと言われたら仕方がない。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 井関勇吉(五十九才)昭和十五年夏頃大変に疲労を覚え、医診の結果糖尿病との事で、毎日インシュリン、葡萄糖の注射をし、内服薬も用い、食事は糖分は控目に、魚肉類を多く摂る様にしておりました。昭和十六年バセドウ氏病を併発し、疲労感が一層加わり、十九年九月頃一時小康を得ましたが、十二月に面疔及び鼻梁軟骨炎を併発し、約三カ月床に就き、インシュリンの代用薬ミニグリン、インペリン等の注射をうち、手術は致しませんでしたが鼻、眼の縁から排膿し、漸次快復に向いました。二十三年秋頃から眼が充血し、視力減退し、医診の結果腎臓病併発の為眼底出血し失明の直前で、同時に糖尿病も併発し、放置すれば生命が危険との事で入院し、毎食前にインシュリン、ビタミンC、ニッサリジン等注射及び服薬し、一週間二回眼球の注射等を三カ月続けました。他に漢方薬、ニハトコ、木ササギ、トウモロコシ等も一カ月程服薬致しましたが、思わしくありませんでした。二十五年五月本教の福音を承り、御浄霊を戴き、七月に退院し、一切の医薬を廃し御浄霊にお縋りする様になりましてより、身動きも出来なかったお腹の膨れも、段々と引き、楽になり、殆ど盲目に近かった視力も稍々恢復し、少しづ(ず?)つ読み書も出来る迄になりましたので、廿五年秋から廿六年秋迄公務の為に身心を使い、それ迄戴いて居りました会長先生及び支部長先生の御浄霊も怠り勝ちとなり、又々悪化し御浄化が激しくなって参りました。其間指導者の方々より、先生方の御浄霊は出来得る限り多く戴き、又御高恩にお報い奉るべく人々をお救いする様にとお話戴き乍ら、忙しさや我事に追われ、御報恩も意に任せず、御浄霊も偶に戴く程度にて、寔に申訳なく心より御詫び申し上げて居ります。今日では頭から足の指先迄腫れ上り、腹部は太鼓の様で、副睾丸は握り拳三つ程の大きさに腫れ、横臥する事も出来ません。昨年末より咳を頻に致し、濃い痰が出る様になり、体を動かしますと咳が出て、腹部に力が入り、膨満と咳の圧迫の為にか、副睾丸が痛み、呼吸が困難になります。一月七日代人にて御参拝させて戴きましたが、代人出立の日御守護戴き下痢を致し、同時に副睾丸は段々小さくなり、咳激しく、痰も多量に出させて戴き、大分楽にさせて戴きました。尚、下痢は未だ激しく続いておりますが、三日前より異常な眠気を催しております。現在最も苦しいのは、腹部膨満の為胸部圧迫され、胸元が息苦しい状態で御座います。尿量は非常に少なくなっております。御浄霊は一日四、五回戴いております。尚、今回も代人にて御参拝させて戴いております。光明如来様、御屏風観音様は御奉斎させて戴き、只管お縋りさせて戴いておりますが、御浄霊の急所御教示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は、急所は――命を救われた事を忘れた事が急所です。大体この人は命が無かったんです。之は非常な薬毒ですよ。医学の犠牲者ですね。気の毒なものですね。そうして、折角務(勤?)めが出来る迄に治ったら、直ぐに神様の為にはたらかなければならない。命は神様に戴いたんですからね。だから、私有物じゃない。助かってからの命は神有物なんです。処が自分勝手にしたから御守護が離れたんです。だから、こう言う事になるのは当り前です。だから、そこを自覚しなければならない。神様から戴くと言う事は、神様の御用をしろと言って戴くんですから、そう言うのは神様以外の事は出来ないんです。こう言うのは沢山あるんです。処が、それを私有物にして、折角戴いた命を勝手に使って――一旦神様から戴いた命を、会社か何かに使っては、人が助かりません。そうでなく――神様は、命をやるから御神業に使えと言って下さったんです。それを忘れた。この点は指導者も責任があります。それは言ったでしょう。併し、言い方が足りなかった。断固として言えば――他の事をしては命は無い。神様以外の事はいけないと、断固として言うんです。それで言う事を聞かなければ、突っ離す。だから、浄霊も良いですが、腹の中から――間違っていた。今度治ったら人助けをさせて戴く。だから、もう一ぺん命を戴きたいと御願いするんですね。それで、神様が聞届けられたら、助かりますが、神様がもう駄目だ――中々神様は、そう言う処は厳しいですからね。もう駄目だ。お前は霊界に行って働けと言われたら、もう仕方がないですがね。
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