① 病気の原因
ア.内臓の病気の原因は、病気の現れた所にはない。肺病は体中の病。
(『御教え集』24号/S28.7.16より)
病気の原因というものは大抵その部分の原因という事はありません。ただオデキや何かはその場所ですが、他の内臓の病気というものは、原因は病気の現われた所ではないのです。これは何でもそうですが、元があるのです。(中略)それは大体決まっているのです。ただ肺だけは何処からでも一旦肺にはいって行くのです。頭でも手でも足でも、何処の固まりでも溶ければ一旦肺にはいって痰になって出るのです。ですから肺病は肺の病と言いますが、表面に現われたのが胸だからそう思ってしまうのですが、そうではないので、体中の病と言ってもよいです。それは頸から肩から腹から背中から、溶けた毒はみんな一旦肺に行くのです。ただその場合、多く溜まっている所と少なく溜まっている所の違いはあります。そこで肺病で一番多いのは頸の廻りです。ですから私は結核というものは頸の病だと言った方がよいと思います。又頸の廻りに溜まった毒というものは必ず熱が出ます。それが溶けて痰になるのです。だから人間、頸は非常に肝腎なものです。
イ.今の病気の一番の原因は、頭、頸、肩の凝り。神経衰弱も同じ。
(『御教え集』26号/S28.9.6より)
今はどんな人でも、とに角一番の病気の原因は頭で、それから頸から肩の凝りです。ですからどんな人でも頭が痛いとか、或いは食欲がないとか、体がだるいとか、いろんな事は殆んど微熱です。いわゆる神経衰弱というのがそれです。それは今言ったとおり、頸の廻りとか肩とかの凝りです。
② 火素による病気治癒の流れ
ア.固まった薬毒の毒粒子を浄霊で焼き、その残留物がいろいろな排泄物となって体外に出る。人間の身体にあってはならないものは、どうしても出るようになっている。
(『御教え集』第30号/S29.1.3より)
霊の火力が患者の病気の所に放射すると治ってしまう。治ってしまうという事は、霊体の曇りを溶かすという事になってます。曇りというのは不純水素という事を私は言いますが、不純水素というものは、水素の中に毒粒子……薬毒が固まったものです。薬毒は、最初の、薬をのんだり注射をした時は霊全体に拡がっているのですが、だんだん固まって、つまり硬化作用ですが、そうして此処なら此処が痛いとか、腫れるというのは、其処に固まったわけです。それで固まったその不純水素というものは、つまり毒粒子が沢山其処に集まってしまうのです。ですから肩が張る、此処が固くなるという事は、今の毒粒子がだんだん固まってしまうわけです。それで、浄霊すると、此処から出る殆んど計算ができないくらいの強い火力……原子爆弾よりずっと強い……それがゆくと、毒粒子が焼けてしまうのです。要するに粒子ですが、粒子と言っても、非常に細かいもので、顕微鏡などで摑まえる事はできないくらい細かいものですが、それが焼けてしまうのです。毒粒子が焼けた後の灰――生物とすれば死骸――それがいろんな排泄物、膿とかになって出るわけです。ですから放射して、痛みなら痛みが無くなりますが、痛みはなくなっても灰は其処にあるのです。あっても痛くないという事は、みんな死んでしまって活動力がなくなるからです。それが、活動力があると動くので、痛みとかいろいろあるのです。それで死骸になると人間の神経を刺戟しないから痛くなくなるのです。しかしまだあるのです。ですからこれはどうしても排泄しなければならないのです。そこで人間には、邪魔者は其処においておくわけにはゆかないという活動力がチャンと備わっているのです。よく、お腹の子供が死んだ場合に、医者は切開して出しますが、これは浄霊すると死骸は出てしまいます。それは、其処にあってはならない物はどうしても出るという作用が起こるのです。ですから、お蔭話になるとおり、針をさして、これを浄霊すると、結局出るのです。この間のお蔭話にも足に針をさして、それが何カ月かたった後に、針の先がだんだん移動して行って、反対側から先の方から出てしまったというのがありましたが、そういうようで、人間の体にあってはならない物はどうしても出る事になっているのです。それで、今言う曇りの中にある毒粒子も、死ねば必ず出るのです。それを殺すという事は焼き殺すわけです。それが此処から出る火素で、この火素というのはそういうものなのです。
③ 霊界の浄化が強くなるにしたがって浄化箇所が変わる。
ア.明主様が体験された頭の浄化
(『御教え集』第13号/S27.8.5より)
この一日の晩に大浄化が起きて夜中中下痢で、寝たのは朝の三時頃です。それも時々痛む、ウトウトすると腹が痛む。それから凄い下痢でして、何処に斯んな材料があるのかと思う位です。食物にあたったかと思ったが、若し食物にあたったとすると、他の人もならなければならないが、私丈ですからそれもない。一昨日は一日中何も仕事しないで寝たり起きたりしてました。
(『御教え集』第13号/S27.8.6より)
一日の晩に私が今迄に経験した事のない様な下痢で、四回――よくも斯んなにあると思う位下痢したのです。目が眩んで来て、便所に行くのに壁に摑まって行く位で、便所に行っても良く物が見えない。斯んな事はないのです。それから食当りかと思って考えてみても、それらしいものがないのです。(中略)それで翌る朝迄眠らないで只ウトウトしてました。
イ.身体の毒がある程度減ると起きる強烈な下痢で、後頭部の毒素が出、骨みたいに固まっていたものが小さくなり頭の働きが良くなった。
(『御教え集』第13号/S27.8.5より)
よく調べてみると此処(後頭部)に元から固りがある。八つ頭の小さい様なもので、固くて骨みたいなものです。之は何んだと言うと以前歯の薬をつけた、それが此処に固まってそれが溶けて来た。だから非常に良い事なのです。そして少し原稿なんか書くと、直き此処(後頭部)が凝って来て、三十分は書けるが一時間は難しい。そうすると後三十分か一時間休まなければならない。処が下痢の為に之が大分小さくなったので昨日も書いてみたが非常に工合が良い。頭の働きが良いのです。だからもっと出たら尚良いと思います。未だ可成人りあります。そんな様な工合で私が何時も言う、赤痢は頭の浄化だと言うがよく合うのです。之は赤痢ではないが、兎に角後頭部に浄化しているのです。ですから近頃は非常に浄化が強くなって来て、家の太田が非常に強く下痢して日に十数回あったが、之は頭なのです。だからお腹なんかも頭をやると治って来るのです。以前ですとそういう浄化はなかった――頭が痛いとかガンガンするとか、そんなだったが、今のは頭の浄化で下痢をするのです。之は早く治って大変良いのです。そこで今の人の浄化は殆ど頭と頸です。ですから一番先に此処(前頭部)をみて、熱ければ此処に浄化が起きています。それから頭を見て、何処かしらに熱がありますから、それを浄霊する。そうすれば下痢も治ります。私は斯んな事は五、六年振り位です。私は斯んな浄化は大抵一日です。で、普通の浄化は大抵半日かゝる。之は私丈でなく、何んな人でも体の毒が或程度に減っていくとそういう風になるのです。(中略)ですからその後非常に工合が良いから大いに病気を礼讃して良い。病気位有難いものはないのです。健康には最も良いものです。
ウ.霊界の浄化が強くなるにしたがって浄化箇所がかわり、以前溶けにくかった頭や頸が原因の下痢が多くなる。赤痢の下痢は新しい薬毒だから早く済むが、今回の明主様の下痢は古い薬毒だから質が悪い。
(『御教え集』第13号/S27.8.6より)
頭を見てみると後頭部に瘤の様な物が出来ている。之は昔本にも書きましたが、歯の薬です。(中略)処がそれが此処(後頭部)に固まっていたのです。その浄化が起った。其為に此処が大変小さくなったのです。で、非常に頭の工合も良くなったのです。そうして嘔吐をしそうになったから、嘔吐丈は自分で浄霊して、しない様になりました。それで熱が出て、やっぱり汗をかいたりしますが、その臭いが――丁度歯の薬――それはチモールと言って殺菌剤の強いものです。で、その臭いが丁度三十七年前――大正三年ですから、三十七年前のその臭いが消えない。其時の臭いを想い出す位によく臭うのです。ですから薬毒というものは三十年以上経っても変わらないという事がよく分ったのです。如何に恐ろしいものかという事が分った。今では大分柔くなったが――尤も之は去年あたりから浄霊しているのですから少し宛小さくなっていたが、今度は大分柔かく小さくなった。今でも半分位は残ってます。今でも浄霊すると直き下痢したくなるので、厄介だからあまり浄霊しないでいる。(中略)だから下痢というものは、頭の病気であるという事は、もう間違いないです。私の場合は赤痢でないから、それ丈に之は良いとも言えず悪いとも言えない。本当は赤痢の方が楽なのです。というのは赤痢の方は薬毒が割に新しいのです。それから赤痢でない方は薬毒が古いのです。毒血が古くなると段々膿になるのです。で、新しい内は赤いのです。処が赤痢の方は新しい薬毒ですから、本当はその方が早く済むから良いのです。私のは古い丈に反って上等ではない。そういう訳なのです。それと、以前は下痢というと腹の――腹膜です。慢性腹膜という様な固まりが多かったのです。近頃の下痢というのは殆ど頭の浄化が多いのです。之からは下痢の患者は頭を浄霊するという事を良く心得ていると良いです。それから家に居る太田という男が、私以上の下痢なのです。三十分置きなのです。みると頭の浄化です。頭にうんと薬毒がある。顔が土気色をしている。で、頭をやってやるが急に治らない。それで可笑しいと思って背中をやると、背中にうんと浄化が起っている。ですから之は頭と背中と両方の浄化です。ですから先ず頭をして、背中の浄化の処をやる。それから肋間神経痛なんかの胸の毒も、之が下痢になる。そういう様にみて、触ってみれば熱がありますから直き分ります。着物の上からでも触ってみれば温いですから、それが浄霊の本元です。そうすれば何んな下痢でも治ります。やっぱり霊界の浄化が強くなるに従って起る場所が違って来る訳です。以前は頭の毒は中々溶け悪かったが、此頃は溶け易くなった。だから今は、何処か悪い人と言うと必ず頭と頸です。斯ういう処にとても熱がある。之から段々頭と其の為の下痢が多くなると見て良いです。
④ 発熱
ア.火素と発熱、心臓の関係
(天国の福音『発熱・病気症状の解剖』▲より)
発熱の場合世人は全身的と思うが、実はそのほとんどが局部的である。例えば高熱の場合、指頭をもって発熱の焦点を探査する時、指頭位の小塊を発見する。これは火のごとき強熱さでよく判明する。それを溶解するやたちまち全身的に下熱するのである。これによってみても発熱中枢なる機関など無い事は余りにも明らかである。また世人が信ずるごとき体温計なるものは正確とはいえない。何となれば発熱中心部が腋下に近い場合 高熱が顕われ、腋下に遠い頭脳かあるいは脚部等の場合は割合体温計に高熱は現われないのである。すなわち発熱中心部から遠離(とおざか)るに従い、放射状的に低熱化するからである。この証左として人により左右の腋下を計熱する場合、五、六分位の差異を往々発見するのである。
次に高熱に対し氷冷法を行うが、これは最も不可である。それは人体適正の体温は三十六度台であるという事は、その程度が機能活動に適しているからである。しかるに氷冷は零度であるから、氷冷を受ける局部の機能はその活動を著しく阻害され、はなはだしきは失う事になる。それは凍結的麻痺状態になるからである。従って私の経験上、脳溢血、肺炎、チブスその他高熱病の場合、その本来の病患のためではなく氷冷のために死を招く事実はすくなからずある事である。
(中略)次に、発熱に対し解熱剤の連続服用の恐るべき事も知らねばならない。普通解熱剤を一週間以上持続するにおいて、多くは徐々としてその反動作用が表われ始める。これは非常に執拗であるため、医家はよく原因不明の熱というのである。
イ.太陽熱である火素が発熱の素
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『痛みと熱』▲より)
身体の一部に病気が起るとする。これは汚毒を排除しようとする為の症状で、それを溶解する為の熱である事は、充分お解りになったと思います。(中略)しからば一体どこからどうして熱という素晴しい膿結溶解作用が出て来るかという事でありますが、この最も肝腎な事が今日まで更に判っていないのであります。三界の説明にもある通り「霊界は太陽熱」即ち火素が主となっております。この火素が発熱の素なのであります。即ち、熱を要する場合心臓は旺んにこの火素を吸収する。その吸収旺盛の為に鼓動が激しいのであります。又、心臓が火素を吸収せんとする時寒気がしますが、あれは病気治癒に要する熱を取る為に、身体全部への必要量の吸収を一時停止するからであります。
ウ.病気の方が強すぎると、衰弱しているのに高熱となる。病気が軽いか、浄化力が特に旺盛で発熱を必要としない人は、割合熱が出ない。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『痛みと熱』▲より)
衰弱している人でも、割合高熱のある場合もありますが、これは病気の方が強過ぎるのであります。又、病気があっても割合熱が出ないのは、その病気が割合軽い場合か、又は第一種健康体の人で、浄化力が特に旺盛だからであります。第一種の人は熱を必要としない程に浄化力が強盛であります。でありますから、あらゆる病気は苦痛でない限りは身体を活動させて差支えないのであります。それは安静にする程活力が弱まり、従って、発熱が減少するからであります。
エ.急所を早く見つられける神経の敏感さを心がける。熱には深い所と浅い所の熱があり、深い場合は浄化が重い。急所を浄霊すると必ず咳や痰が出る。
(『御教え集』第23号/S28.6.6より)
病気を治す場合にも、私は何時も頭を触りますが、額の熱で大体分ります。又熱にもいろいろあって、深い所の熱浅い所の熱があります。浅い所の熱は、蕊の方の深い所は熱くないのです。それから深い場合は蕊の方から熱くて、浅い所は大してないのです。これは質が悪いのです。こういうのは浄化が重いのです。そういうように重さ軽さが分ります。又咳が出る痰が出るという事も直ぐ分ります。此処だと思う時は必ず咳が出、痰が出ます。そうすると其処に毒素があるのです。そういうようにやると浄霊の場合も早く効果が上がります。それも神経の敏感さです。ですから何事にもそういうように心掛けると余程違います。それは初めからそうはゆきませんが、そのつもりで心掛けると、それになれるに従って無駄がなくなります。
オ.薬毒は皆、頭に上っていく。頭や頸部は冷たいのがよい。
(『御教え集』第1号/S26.8.25より)
人間は薬を飲んで、そして始終頭を使いますからね。そこで薬毒が皆んな頭に上っていく。そこで、今の人の頭を見ると熱のない人はないです(。?)頭は冷めたいものですがね。処が何んな人でも冷めたい人はないです。私は浄霊する場合に、先ず頭を見ると熱がある。それで、毒の多い少いが分る。それで見るのが簡単ですね。少し位は結構ですがね。あんまりあるのはいけない。それから、ここ(頸部)を見る。ここ(頸部)の冷めたいのは良いがね。暖かいのはいけない。そう言う毒血――毒結ですね。それが溶けて肛門から出るんです。
カ.熱は芯とか面にあるが、どんな人でも前頭部に熱がある。人間の上半身と下半身は天地になっているから、前頭部に熱がある人は、下部を浄霊するのが急所。
(『御教え集』第24号/S28.7.17より)
どんな人でも前頭部に熱があります。脳貧血の人は冷たいですが、普通の人は必ず熱があります。この熱は或る程度はやむを得ませんが、触ってみて芯に熱のある人と上面に熱のある人と両方あります。触ってみて、芯に熱のある人はどこまでも熱いですが、上面の人は何時までも感じません。本当から言えば上面の熱もやっぱりいけませんが、そういうのは別に何でもないと言ってよいです。やっぱりいろんな事を考えると毒が此処に集まるのです。首から上に毒がなければ幾ら考えても集まりませんが、そういう人はないから、いろいろ考えたり心配すると前頭部に毒が集まるのです。それで男はそうでもないが、女のヤキモチは其処に一番集まります。だからヤキモチでなくてヤキ頭です。それからこういう事を考えなければならないのです。人間は上半身と下半身は天地になってますから、天底(額の中央)が丁度女の前にあたる事になってます。もう一層突込んで話をすると、性的の意味は前頭部の此処に関係があるのです。これは男子に多い事ですが、ストリップを見ると、目から前頭部のこの中を刺激するのです。そするとこれが直ぐ下に行くのです。これは性科学です。男子の性慾というのは、原因は前頭部にあるのです。(中略)ですから前頭部に熱がある人はやはり下部を浄霊するという事が肝腎なのです。どうも頭痛がして頭が工合が悪いという人は今の下部の急所をやると治ります。ですからこれは天地になっているわけです。やはり病気でも急所があります。つまり楽屋と舞台があります。病気は舞台の方で、原因は楽屋の方です。それで楽屋の方をやっつけなければ根本的には治らないわけです。
キ.現在、浄化の原因はほとんど頸の周りの発熱だから、頸部、額、脳天を浄霊すれば大体治る。後ろの固まりは前から見た方が分かりやすい。
(『御教え集』第16号/S27.11.15より)
それで急所ですが、原因は大抵熱です。それは何と言っても頸の廻りです。今の浄化している人をみると殆ど頸の廻りです。十人の内八、九人迄そうです。それで頸の廻りの固りを発見するのです。それに一番良いのは、前から頸、延髄の後の方をみるのです。そうすると一番良く分る。反って後を向かせるよりか分ります。そうすると之(頸部)の左が右のどっちかが必ず腫れてます。そうすると下の方から手を入れてみると、此処(延髄)にグリグリがあります。そうしたら離して力を入れないでやる。そうすると熱を取るには一番早いです。そうして指で一寸やると直ぐ分ります。それから額が肝腎なのです。それから人に依ってはこうして(頭の上部より)頭の蕊の方をやっても良いです。それから今言う此処(額)です。之で熱は大体取れます。(中略)それで後の固りは、後向きになってやるより前からみた方が反って分ります。それから片方の、右が固くて左が柔かいというのがあります。それから下顎に固りがあります。結局頸の廻りを一番みるのです。そうすると大抵分ります。
ク.発熱の原因はほとんど頸の廻り(延髄から少し下の方や顎の下)、次が頭、腰で、背中や胸は滅多にない。頸から頭の発熱は全身的で、股からはその部分だけ。腰からの熱は簡単に治る。草臥れないよう小指を当てて天庭と脳天を浄霊すればたいてい解熱する。胸からの発熱は肋間神経痛か肋膜。肋間神経痛は常に痛いが、肋膜は息をすると痛い。肺からの発熱は肺炎。結核はたいてい頸の廻りが原因で肩もある。喘息で骨を押すと痛いのは、骨にからんでいた毒が溶けてそれを引き引き上げるため。
(『御教え集』第16号/S27.11.16より)
熱の原因を今教え様と思ってますが、熱は殆ど頸の廻りが十中八、九です。頸の廻りの次が頭、腰です。背中や胸という事は滅多にありません。よく肺病などで胸に熱があると言いますが、あれは胸から熱が出るのではありません。若し胸から出るなら肋間神経痛です。骨から出る事があるが之が肋間神経痛です。だから肺から出るという事は肺炎以外にありません。結核ではありません。結核の熱は大抵頸の廻りです。それから肩の事もありますが、大抵頸の廻りです。その頸の廻りから出る熱を、肺からと間違っているのです。それを発見するのに一番良いのは、前に坐らせて斯う( )見るのです。延髄から少し横の方に固りがある。斯うしてみると必ずどっちかに固りがある。そうして斯うしてみると、此処にグリグリがあります。それから人に依っては顎の下にグリグリがある。ですから此処(頸部)をやると必ず熱は下ります。それからくっつけてはいけません。それで離すと草臥れるから小指をつけて、少しも力を入れないで気持丈を通してやると、案外早く熱は取れます。之が一番の急所です。それから額にいって、此処をやると取れる事もありますし、頭脳の中心を此の位(少し)離して真中を狙ってやるのです。それから一尺位離して額の奥の方をやるのです。そうすると大抵の熱は冷めます。それから又胸に痛みの無い場合は、先ず此処から熱は出ないと思って良い。それから腰から熱が出る場合がありますが、之は訳なく治ります。それ丈覚えて置くと間違いなく冷めます。それで斯う(御浄霊)やる場合に、力を入れると溶けが悪いから熱は冷めません。だから出来る丈力を抜くのです。そうすると割合早く熱は冷めます、頭痛などというのは早く取れます。肺病は胸から出ると思っているから、いくらやっても熱は冷めるわけがありません。見当違いだからです。それから股から熱が出る人が沢山ありますが、それは局部的でその部分だけです。全身的の場合は極く強い場合で、普通は全身的という事はない。頸から頭の方は全身的になります。
(『御教え集』第16号/S27.11.17より)
熱の原因は殆ど頸の廻りです。頸のこの辺が一番多いです。つまり延髄の少し横の方です。ですからこのゴリゴリをみると直ぐ分ります。之をこの位(少し)離して、草臥れますから小指を当てて全然力を抜いて、只気丈をこっち(反対側)に通る様にするのです。そうすると良く治ります。熱がある時は此処( )をみると大抵熱があります。頭が重いとかボーッとするというのは大抵之です。それから人に依っては頸のこの辺( )迄ある人があります。此の辺だったら、斯うやれば良いです。それから前頭部、額です。此処を触ってみれば大抵熱がありますから、此処は遠くからやるのです。そうすると大抵の熱はそれで冷めます。で、よく肺病で胸が悪くて肺から熱が出たというが、肺から熱が出るわけはありません。あれはお医者が分らないからです。若し肺から熱が出れば肋間神経痛の場合です。之は圧すと痛いのです。息をしても痛いのです。肋間神経痛か肋膜です。肺自身から出ているのは肺炎です。肺炎は一旦毒が溶けて肺に入って行くからで、結核は肺から熱が出る事は先ずないとみて良い。(中略)肺病というのは大抵肩からです。頸の廻りの病気が肺病と思って良いです。(中略)頭から此処(頸の廻り)の毒が溶けて肺に入るのです。肺病という場合は胸は問題ではないのです。但し肋間神経痛は此処に熱があるのです。之は痛いから分ります。それから肋膜の方は息をすると痛いのです。肋間神経痛は身体を動かしたり、又じっとしていても痛いのです。それで、骨を一寸圧してみると痛いから直き分ります。それからよく喘息などで非常に強い痰が出ます。発作もそうですが、あれは肋膜の場合が多いのです。ですから喘息の場合は骨を圧してみて痛ければ、骨に絡んだ毒が溶けてそれを引上げる為に強い咳が出ると思っていれば良いです。その外に熱が出るのは腰ですが、之は微熱でそんなに強い熱は出ません。それから股から出る熱もありますが之も局部的で、全体に出るのは余程強い――横根か何かでなければ出ません。熱は大体今言った様で、それから頭の中心から肩と、その位知って居れば先ず熱は冷めます。
⑤ 痛苦
ア.急所は、熱のある所、痛い所。
(『御教え集』24号/S28.7.5より)
浄霊の場合でも急所を発見する事です。急所を発見するという事は、今言ったような事を大体知っていると急所が非常に分りやすいわけです。自分で自分の健康診断をする場合にも、体中を触ってみて熱のある所に毒素があるのだから、触ってみてずっと冷たければよいですが、何処かに熱がありますから、其処が急所です。それから押してみて必ず痛い所があります。人によってはまるっきり痛くない人がありますが、これは何かというと毒が無くて痛くない人はまずないでしょうが、毒が固まりきって少しも浄化が起こってないのです。それで痛いという事は固まりに幾らか浄化が起こっているから痛むのですが、浄化が全然起こってないと痛まないのです。ですからこういうのはかえって危ぶないのです。そういうのはかえって信仰にはいると、痛みのない人が痛みが出て来ますが、これは其処だけが活動を始めたのです。しかしそういう人はごく少ないので、大抵な人は何処か痛いのです。そういう所を自分で浄霊するなり、後の所は人にやってもらうなりすると、それは健康になります。
イ.痛苦の原因はことごとく薬毒で、痛む状況は使用した薬剤によって異なる。火傷、刀傷、打撲傷は自然治癒する。
(天国の福音『痛苦』▲より)
痛苦すなわち痛みなるものは前にも述べたごとく、浄化発熱によって固結毒素が溶解され液体化され、それがいずれかに出口を求め、その方向に進まんとする運動が筋肉の神経を刺戟するためである。痛みの症状は盲腸炎、急性腹膜炎、急性腎臓炎、胃及び腸の痙攣、頭痛、歯痛、中耳炎、リョウマチス、各種神経痛等実に多種多様であるが、多くは右の理によるのである。
また骨膜炎、骨髄炎、肋骨カリエス等 骨に関する痛みの原因は骨膜に凝結した毒素が浄化溶解によって表面へ滲出せんとし、骨そのものに無数の極微な穿孔をする、そのための激痛である。歯根膜炎、中耳炎等もそうである。右の穿孔の窖(あな)は病気治癒後速かに原形に復すのである。この場合医家は往々骨が腐るというが、これは誤謬である。
次にひょう疽脱疽の激痛がある。これは患部が暗紫色に腫脹し、漸次拡充する。その状態がちょうど腐れゆくごとく見ゆるので医家は腐敗となし一刻も速く切断するを可とするが、これは大いなる誤謬である。何となれば右の状態はある程度拡充してから必ず停止するものであるにみて腐敗でない事は明らかである。
その他火傷、刀傷、打撲傷等もあるが、これらは病気と異なり、自然治癒するのである。しかしこれらに対し、消毒薬の塗布等を行うために、容易に治癒し難くなる例は非常に多いのである。かかる場合薬剤を廃し、患部を清水に洗うだけで自然によく治癒するのである。既記のごとく痛苦の原因はことごとく薬毒によるのであるから、多種多様の痛みは多種多様の薬剤があるからである。本医術に依る時、痛苦は速かに治癒する。特にひょう疽、脱疽等のごとき激痛といえども一回ないし三回位にて無痛となり、患者は驚喜するのである。
ウ.熱と痛みがあれば、最も旺んに治りつつある時。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『痛みと熱』▲より)
痛みというものは何であるか、吾々の方の解釈では毒素の排除作用が神経を刺戟するのであります。故に、排除しようとする活動力が旺盛であればある程・・・痛みが激しいのであります。ですから痛みがある程・・・治る工作が迅速に進んで居る証拠であります。故に、熱があり、痛みがあれば、その時こそ最も旺んに治りつゝあるのであります。随って、この場合解熱法を施しますと、熱という溶解作用が停止される。即ち治るべき作用を停止されるから一時苦痛は楽になるが病気の治癒は遅れる事になるのであります。
エ.頭痛には、毒血による場合と脳貧血による場合がある。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『頭痛』▲より)
頭痛には、全体的頭痛と偏頭痛と、前頭部頭痛と後頭部頭痛とがあります。原因は、毒血に因る場合と脳貧血に因る場合と二通りありますから、毒血の方から先にお話致します。この症状は、世間非常に多いもので、時々痛む人と慢性的に休みなく痛む人とあります。原因としては、毒血が上昇して前額部から前頭部両こめかみ等に滞溜し、それの浄化作用が痛みとなるのであります。まず患者の前述の部へ掌を宛(あ)ててみれば、必ず熱く感ずる。それは毒血のある証拠であります。それが治療によって冷くなるので、冷くなっただけは痛みが除れたのであります。次に、脳貧血に因る頭痛は右とは反対であって、頭脳に血液が欠乏して痛むのであります。これは頸腺付近に水膿溜結し、頭脳への血液送流を妨げられるからであります。後頭頭痛も、毒血又は貧血いずれかが原因でありますが、それは触査すればよく判るのであります。本療法に依れば、軽症で二三回、重症で二三週間で全治するのであります。
オ.脳貧血による頭痛は頸周囲の固結による貧血で、その溶解のために発熱して痛む。
(『対症療法の可否』▲より/『栄光』114号)
頭痛にしても、脳貧血のためと、発熱のためと両方ある。前者は頸(くび)の周囲に固結があり、それが血管を圧迫して貧血する、後者はその固結の溶解のため発熱する、それが頭脳へ影響して痛むのである。
カ.浄化停止を繰り返すから、慢性的な頭痛になる。
(天国の福音『脳疾患』▲より)
頭痛は最も多い病気で、しかもほとんどが慢性的である。これは既説のごとく風邪等によって頭痛のおこる場合、浄化停止を行うためであるから頭痛の場合放任しておけば自然治癒するのである。
キ.痛みは、熱で溶けた毒素が出口を求める際、神経を刺激するため。
(医学革命の書『浄霊の原理』より)
頭痛は頭脳内の毒素が熱で溶け、何れかに出口を求めようとし、神経を刺戟する為であり、中耳炎、淋巴腺炎、扁桃腺炎、眼疾、歯痛等悉くそうである。 又、 彼の神経痛、関節リョウマチスもそうであって、人間が手足、指等を屈曲する為、その部に毒素固結するその浄化の激痛である。
ク.一般発熱者は、耳下腺、淋巴腺、扁桃腺部に固結
(天国の福音『治療についての注意』▲より)
頭痛の場合は必ず前額部に熱発を認めるが、その部を治療してもあまり効果のない事がある。その場合耳下腺を主とし、淋巴腺へかけて大抵の人は固結があるから、そこを治療する事によってたちまち下熱、頭痛は去るのである。故に頭痛以外の一般発熱者に対しても耳下腺、淋巴腺、扁桃腺部等を一応指査すれば必ず大小の固結を認めるから、それを治療する事によって下熱する場合が多いのである。
ケ.痛苦
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
浄化発熱によって固結毒素が溶解されて液体化され、それが何れかに出口を求め、その方向に進まんとする運動が神経を刺戟する為である。
⑥ 不快感(吐気、中毒、悪阻、船車の酔、痙攣、憂鬱感等)
(天国の福音『不快感及び嘔吐』▲より)
ここに不快感といっても一様ではない。おもなる症状を記せば嘔気、痙攣、船車の酔、憂鬱感等であろう。そうして最も多いのは嘔気である。この原因は脳貧血による胃の反射作用と高熱、食物中毒、薬剤中毒、溜飲、幽門狭窄、妊娠の場合等である。脳貧血が強度に発生する時必ず嘔吐を伴うものである。この際額に掌を触るれば氷のごとく冷え、膏(あぶら)汗を掻き、顔面蒼白を呈するので、脳貧血を確認するのである。この際 頚部及び延髄部を探れば必ず固結がある。その固結を溶解施術すれば速かに快癒する。その訳は固結の圧迫が消え、血液が頭脳に流通し得るようになるからである。また高熱による頭脳浄化の場合、脳貧血と等しく胃の反射作用を起し、嘔吐の原因となる事もある。食物中毒は食物中の毒素を体外に排泄すべき浄化作用であり、多くは下痢が伴うものである。薬剤中毒は、年月を経て一旦吸収された薬剤が、胃内に還元する。その場合一種の毒素となり嘔吐するのであるから、かかる場合服用せる薬剤の臭いがする事がある。溜飲は胃中に流入せし胆汁が、胃弱のため嘔吐するのである。幽門狭窄による嘔吐は、胃によって消化せる食餌が幽門狭窄のため下降し難いから逆流せんとするためである。故にかかる場合、柔軟食または流動食なれば狭窄せる幽門も通過しやすいから嘔気は起らないのである。悪阻(つわり)は胃の外部に滞溜凝結せる毒素が子宮の膨脹によって外部へ排泄されんとするためであるから、この毒素を溶解排除する事によって容易に治癒するのである。痙攣は霊的原因と高熱発生時の悪寒の二原因があるが、霊的説明は最後の付録中に詳説する。船車の酔は、胃の外部に毒結あり、それが動揺によって少しずつ溶解、胃内に滲透するためである。憂欝感は霊的の場合、または胃の不活発、黄疸、脳貧血または肩及び背部の凝り等である。
ア.吐気
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 脳貧血に因る胃の反射作用と高熱、食物中毒、薬剤中毒、溜飲、幽門狭窄、妊娠及び脳の内出血(脳震盪、脳溢血)等の場合である。
症状 脳貧血の場合は頸部及び延髄部、頸部浄化の場合は頭脳に高熱がある。
薬剤中毒は年月を経て一旦吸収された薬剤が胃内に還元する為で、その場合一種の毒素となり嘔吐するのである。かかる場合服用せる薬剤の臭いがする事がある。
溜飲は胃内に流入せる胆汁が、胃が弱い為嘔吐するのである。
幽門狭窄は幽門の廻りに毒素があって、その圧迫の為に幽門が狭くなり、胃で消化された食餌が下降しにくいので嘔吐を起す。慢性嘔吐というのは大部分この症状である。
船の酔は、胃の外部に毒素あり、それが動揺によって少しずつ溶解し、胃内に浸透する為である。
浄霊 原因部及び背部より胃を浄霊する。
⑦ 浮腫み、汗、寝汗、固太り
ア.浮腫みの原因は腎臓萎縮と膀胱の支障。浮腫みの状況による判断。萎縮腎による余剰尿の固結を世人は知らない。局部的発汗と全身的発汗の違い。
(天国の福音『浮腫及び盗汗』▲より)
浮腫みはその原因に二種ある。普通は腎臓萎縮または膀胱の支障であって、腎臓萎縮は一般的浮腫の原因である。重症は全身的、軽症は局部的で、例えば左右いずれかの半身または下半身というような事もある。しかしながら局部的といえども顔面または片腕、脚等の場合は萎縮腎でなくその浮腫部にあった固結毒素の浄化溶解のためである。
ここに注意すべき事は種々の病気が重症に進む場合、脚の甲に浮腫発生する事がある。これは死の信号ともいうべく、まず恢復困難と見るべきである。また脚気の浮腫は膝下に限るとみていいので、医診は足部に浮腫さえあれば無差別的に脚気と断定するが、軽率もはなはだしいのである。
次に医家も世人も全然気付かない浮腫がある。これは女学生に最も多い症状で、すこぶる肥満し、俗に固肥りという訳で一見非常に健康そうに見えるが、健康でない証拠は常に疲労しやすく、動悸、息切、身体重量感等種々の支障が起りやすいのである。この原因としては、萎縮腎による余剰尿が全身的に少量ずつ溜積しそれが長時日にわたり固結するので、もちろん本人は気付かないのである。故に少量の食餌を摂るに拘わらず肥満する人があるが、それは右のごとき人である。
また膀胱と尿道との境に結石、または膿結がつかえそのため尿の流下が妨害され、浮腫の原因となる事もあるが、これらも本医術によれば容易に治癒するのである。盗汗(ねあせ)は結核の項目に述べたから、ここでは局部的発汗を説明する。よく頭脳、顔面、腋下等何かの衝動によって発汗する人があるがこれはその部に尿毒があり、その浄化としての発汗である。そうして健康者は常に全身的に発汗しやすいのが普通で、健康そうに見えても、局部的発汗またはあまり発汗のない人は、いずれかに故障があるとみるべきである。
イ.浮腫
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 浮腫はその原因に二種ある。普通は腎臓委縮又は膀胱の支障であって、腎臓委縮は一般的浮腫の原因である。重症は全身的、軽症は局部的で、例えば左右何れかの半身又は下半身というような事もある。併し乍ら局部的と雖も、顔面又は片腕、脚等の場合は萎縮腎でなくその浮腫部にあった固結毒素の浄化溶解の為である。茲に注意すべきは、種々の病気が重症に進む場合、脚の甲に浮腫の発生する事がある。これは死の信号ともいうべく恢復困難と見るべきである。又脚気の浮腫は膝下に限るとみていいのである。
浄霊 全身の場合は背面腎臓部、局部的の場合は浮腫の個所。
ウ.膀胱の支障に因る浮腫
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 輸尿管末及び膀胱と尿道との境に結石又は膿が閊え、その為尿の流下が妨害され浮腫となる。
症状 鼠蹊部及び下腹部と腎臓部。(膀胱は下腹恥骨あたりである。)
エ.盗汗者は割合体力があるから、おおむね経過が良好。
(天国の福音『結核問題』▲より/「結核」でのお言葉を重複掲載)
「盗汗(ねあせ)」 医学の解釈によれば疲労のためというがこれは逆である。何となれば浄化作用の一種であって、熱によって溶解され液体化した毒素が毛細管から滲出するのである。ちょうど汚れ物を熱湯で洗濯したーその洗い水のごときものである。故に盗汗者は割合体力がある訳である。老人に盗汗者の少ないに見ても明らかである。私の経験上、盗汗者は概ね経過良好である。また感冒の場合、発汗すると治るのも同一の理である。
オ.盗汗
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 熱によって溶解され、液体化した毒素が、毛細管から滲出するのである。よく頭脳、顔面、腋下等に何らかの衝動によって発刊する人があるが、これはその部に尿毒があり、それの浄化としての発刊である。
局部的発汗者があるが、こういう人は大抵右か左の一方的であって、その側の腎臓が萎縮しているのである。
浄霊 腎臓部及び患部。
カ.体内に吸収した水分中の不要分を排泄する尿と発汗は、同じもの。
(『冷えるという事』▲より/『救世』48号)
冷えると小便が近くなるのはどういう訳かと時々聞かれるからここにかいてみよう。
まず人体と水分との関係であるが、人間は水分を口から飲用するばかりではなく、不断に空気中の水分を肺臓の呼吸によって吸収しているので、この量は予想外に多量に上るのである。何となれば呼吸は一分間三十回くらい、一時の休みもなく吸収しているからである。
右に対し、水分中の必要分を吸収し不必要分を排泄する、それが尿である。ところが尿は下ばかりではない、皮膚からも出る、それが発汗である。ところが発汗は誰も知るごとく熱のためであるから、夏の暑い時に多量に出るのである。ゆえに寒い時は発汗が少量となるからその分だけ尿量を増す事になる、つまり尿も発汗も同じものであるから、臭気も似ている訳である。
右の理は、湿性肋膜炎の場合よく判る。湿性肋膜は二枚の肺膜に間隙を生じ、それに尿が溜るのであるからこの病気の特性は盗汗を非常にかく、これは右のごとく肋膜に溜った尿が汗となって出るからである。
キ.汗っかきは健康
(お伺い/昭和24年4月)
――私は首から上に特に汗をかき、食事のとき、目上の人と会うとき、湯から上がったときなど発汗がはなはだしいのですが、
よく、わきの下に非常に冷や汗をかいたり、ちょっとしたことでたいへん汗の出る人がありますが、これはとてもいいんですよ。だから「汗っかき」は健康ですね。局部的に例えば腰や胸からだけうんと汗の出る人がありますが、これはそこのところに毒が多いんですね。……この人なんか脳溢血を免れますね。頭だけ汗をかく人ってずいぶんあるもんですよ。痔の出血ね、あれなんか頭から下がって出血する人もたくさんあるんですよ。
ク.女学生に多い固肥り
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因
萎縮腎に因る余剰尿が全身的に少量ずつ溜積し固結したものと、尿意をもよおしているのに辛抱するためである。
症状
健康そうにみえるが、健康でない証拠には常に疲労し易く、動悸 息切 身体重量感等種々の支障が起り易い。
浄霊 背面腎臓部。
(『神経痛、頭痛、及び尿量と天候』より/「教えの光」)
女学生には太っているのが多いが、それは学校へ行って小便を我慢する癖がついている。其為尿が腎臓から外部へ滲出してそれが身体へ溜る。それで身体が太るので之が健康体と誤られ易いが、実は俗にいう小便太りであって、之が病気の原因になる。こんなのは固太りで一見丈夫そうにみえるが、一度病気が起ると悪性である。此好例として或娘が固太りで神奈川県で三人の有料健康女学生が表彰された一人であったが浄化が起り終に死亡した。余剰尿は腎部から背中を伝って背部に溜り諸病の原因となる。よく背部張りきって筋肉隆々とみゆる人があるが、これが実は尿毒である。小便を我慢するのは右の如く不可であるが、頻繁に尿をするのも本当ではない。之は腹膜のため膀胱が圧迫され萎縮している為である。
<事例1> 腎臓の浮腫みは全身的で、薬毒による浮腫みは局部的。
(『御教え集』第1号/S26.8.8)
(お 伺) 五十二歳の子宮脱出せる者。御守護を頂き、子宮に附着せし毒素が取れ、鶏卵大に縮小致しました。排便は普通より数回多く出て居りますが、大腿部より上部全体が浮腫し相当の水分が含まれ歩行にも困難の程度で御座います。食事は半膳程戴いて居ります。腎臓を特に浄霊致して居りますが、浮腫に就て注意事項を御教示御願申上げます。
〔御 垂 示〕
この浮腫ですね。腎臓の浮腫と薬毒の浮腫と両方ありますから、例えて見れば、片方の股っ玉だけとか或いは腰の廻りだとか、お腹だとか、そう云う局部的の浮腫は、そこに固まっていた薬毒が溶けて来て出きらないで、しばらく溜るのです。それから腎臓の浮腫はもっと大きな――全身的ですね。中には半身の場合もありますが、つまり顔がむくんで瞼が重いとか、体全体が重いとかですね(。?)そう云う風に心得て置けば良い。之は局部的の様ですからね。勿論腎臓も大事ですが浮腫のある所を浄霊すれば良い。
⑧ 咳嗽、息切れ
ア.身体中にある固結毒素は、溶解されると間髪を入れず咳嗽、吐痰する。
(天国の福音『咳嗽及び逆上と耳鳴』▲より)
咳嗽(がいそう)はさきに詳説したが、なお二、三補遺する事がある。咳嗽発生の原因は実に身体あらゆる局部からであって、医学でいうがごとき咽喉とする事は問題にならない錯誤である。意外と思うのは頭脳、顔面、歯齦(しぎん)、手足の指、特に股間陰部等にある固結毒素を溶解施術するや、間髪を容れず咳嗽し吐痰するのである。
私は以前弟子である某医学博士の股間を施術した事がある。その都度 咳嗽吐痰をするので、その博士はいわく「たとえ、毒結が溶解排除されるとして、間髪を入れず喀痰が咽喉部に移動するのはいかなる脈管を通過するのであるか不可解極まる」というのであるが、それに対し私はこう説明したのである。「人体内の生理作用は、不要物を排除する場合、筋肉も臓器も難なく一瞬にして透過するので、この理は霊と物質の関係を知るにおいて、容易に理解し得るのである」と。霊と物質との関係は付録中に詳説する。
イ.溶けた毒素は一秒の何分の一という速さで霊的に移動し、痰などの物質に変化。
(『御教え集』23号/S28.6.17より)
頭を溶かしますが、これが痰になるのは早いもので、間髪を入れずに肺にはいって出ます。それから股とかお腹をやると、すぐ溶けて腎臓に行きますが、この速さは一秒の何分の一という速さです。その場合には管とか筋とかは通らないのです。一ぺんにパッと来るのです。これは霊的に来るのです。そうしてそれが物質に変化するのですから、実に神秘なものです。何処かがちょっと痛いとすると、その痛いと感じるのは頭ですが、それは一秒の何分の一か何百万分の一か分らない速さです。痰もそうです。何処かで溶けるとパッと肺に来るのです。そして肺から出るのです。ですからこの辺の毒が痰になるのもすぐです。
ウ.溶けても早く下りない重い毒は、始終浄霊していると肩、背中、腰に溜まり、息切れの原因となる。また、尾骶骨付近に毒素があると足腰が重いため、息が切れる。
(『御教え集』第24号/S28.7.15より)
その場合[頭の毒素が溶けて下がる場合]に毒の性質によっていろいろに違います。早く溶けて下りるのとそうでないもの、これは毒の重い軽いという意味もあります。それで重いのは早くいかないからして遅い。遅い時に、人間は使う所に固まりやすいのです。ですから浄霊を始終やっていると、肩の神経を使うからどうも腕に固まりやすいのです。それから割合に背中に固まります。それからそれがだんだん下がって行って腰に固まります。これが息切れの原因になります。背中から脇の下、肋間が息切れの原因なのです。それから喘息の原因にもなります。だから喘息と言っても頭や頸の廻りに非常に原因がありますから、そのつもりで浄霊する事です。それからこの間一度言いましたが、尾骶骨の附近に溜まった毒素のために、それが息切れの原因になります。よく、歩いて息の切れる人、特に坂などを上って息が切れる人は、尾骶骨の附近に溜まった毒素のためなのです。というのは腰が重いから、それにつれてやっぱり足が重いのです。そうすると骨が折れるから息が切れるというわけです。(中略)つまり坂などを速く上れないという事は息が切れるためです。というのは腰が痛んだり圧迫されたりするためです。そのために骨が折れて息が切れるのです。そういう人は腰の真中のところを自分で浄霊するとよいです。そうするとウンと良くなります。
エ.運動によって軽い浄化作用が起こり、肋骨(横腹、脇の下など)に溜まった膿が溶け、それを肺が吸引しようとして引っ張るのが息切れ。横隔膜に毒がある場合は喘息に近い症状となり、腹にある場合はごく軽い。
(『御教え集』第23号/S28.6.17より)
息切れというものは、大体肋骨です。肋間神経痛と言えば痛みですが、肋間神経痛みたいなもので、肋骨に固まった膿が溶けるのです。それが息切れです。よく息切れで咽喉がヒュウヒュウすると咽喉が悪いと思ってやりますが、これは咽喉ではないのです。それは下痢にしても別に肛門が悪いわけではないというようなものです。ところがよく医者の方では咽喉が悪いと言います。咳が出ると気管支が悪い、気管支喘息などと言いますが、それは気管支ではないのです。気管支はただ痰をつり上げるためのもので、それでゼーゼー言ったりするのです。ですから息切れというものは肋骨附近にある毒の固まりが、歩いたりすると息が切れるという事は、歩くと軽い浄化作用が起こりますから、此処にある物が少し溶けるのです。溶けると肺が吸収しようとして引張るのです。それで息切れがするのです。ですから息切れのする場合に押してみれば必ず痛い所がありますから、其処を浄霊するのです。そうすると息切れはずっと良くなります。これが根本です。それで一番多いのは横腹です。脇の下なども多いです。それで息切れをして、今にも息が止まりそうなのは、ちょっと触ってみると固まりがありますから、それを溶かすとスーッと良くなります。ですから、息切れはそう心得ておかなければならないです。それから、そればかりでなく横隔膜の毒がやっぱり息切れの原因になります。これは喘息に一番多い症状です。それから息切れは腹にあるのもありますが、これはごく軽いものです。妊娠した婦人が、腹が大きくなって肩で息をすると言いますが、これはずっと楽なものです。一番息切れが起こりやすくて苦しいのは肋骨附近と思っていればよいです。ですから結核というと胸をやりますが、おうよそ見当違いと思うくらいなものです。それから咽喉が悪く、咳や何かが出ると、咽頭結核とか言いますが、これも見当違いです。
オ.肺病患者の息切れは肋骨に毒素があるためで、肋間に熱がある場合も多い。
(『御教え集』第23号/S28.6.16より)
この息切れの原因はいろいろありますが、一番の原因は肋間神経痛です。痛まないのは痛とは言わないが、とに角肋間の骨に毒が固まっていて、少し運動をしたりすると溶けるのです。それを肺が引張るので、これが息切れです。ですから息切れのある人は自分で触ってみても必ず痛い所がありますから、其処が因ですからそれを溶かすようにするのです。他に息切れの原因があるように見えますが、しかし一番の原因は肋骨です。ですから肺病と言っても一番は熱は無論ですが、熱も肋間の熱が多いです。熱と食欲ですが、熱は固まりさえ溶かせば下がります。しかしとに角症状としては熱と食欲の不振、息切れが結核の一番のつき物ですから、その原因についてお話したわけです。
カ.息切れのある人は横腹に毒が多い。肩から少し溶けた毒が横腹の骨に固まり、それが溶けると、出そうとして肺が引っ張るために息切れが起きる。
(『御教え集』第23号/S28.6.15より)
息切れのある人は横腹に毒が多いですが、押してみると必ず痛い所があります。骨に固まっているというのが多いのです。それで歩いたり急いだりすると、肋骨にからんでいた毒素の固まりが、少しでも溶けますが、溶けると出そうとして肺が引張るのです。それが息切れです。だから特に喘息などはそうです。よく肺病の人に息切れが多いですが、あれは肩が少し溶けたものが此処に来て固まるのですから、やはり元は肩にあります。
キ.下半身は尾骶骨付近を浄霊すると、足が重い、くたびれる、息切れなどに一番効果がある。
(『御教え集』第24号/S28.7.25より)
それで下の方は何と言っても何時も言うとおり尾骶骨の附近を浄霊すると、腰から下の、足などの重いのや、くたびれるのや、息の切れるのに一番効果があります。今話したのが急所です。
ク.咳嗽(せき)
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 痰を排泄する為のポンプ作用である。そして単に呼吸関係の局部のみならず実に身体凡ゆる局部の毒素溶解がその原因であって、時に頭脳、顔面、歯根、手足の指、股間、陰部等の固結毒素溶解の場合すらある。
浄霊 右の原因部。
<事例1> 耳下腺の固結から出る痰が治っても咳が出るなら、他の所が原因。浄霊して具合がよかったら急所だから、その急所を探せば直に治る。
(『御教え集』第8号/S27.3.7)
(お伺) 辻 源次郎(昨年十月入信。六十三歳)胃が悪く、入信により楽にさせて戴きました。二月八日四十一度五分の高熱が三日許り続き、御浄霊戴き熱も下りましたが、相当きつい咳が出ます。せき始めますと二、三時間続きますので、良く眠れません。御浄霊の個所に就きまして御垂示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
咳は色々な処から出ますからね。之は身体を見なければ判らないですね。痰は出ないですか。
「良く出ております。右側耳下腺に固結が御座います」
其処から一番出る処ですから、熱いですね――熱がありますね。じゃそれでしょう。そこが治っても、未だ出る様だったら、他から出るんだから、調べて見れば分ります。それで、そう言う時には、此処だなと思った処を浄霊して、それで、あと具合が良かったら、急所に当ったんです。それでも良くなかったら、違うんだから、又違う処をやる。そうすれば直き急所は分ります。そうすれば直き治ります。
⑨ 逆上せ、耳鳴り
ア.逆上せは顔面や額の毒素の浄化作用。耳鳴りは耳下腺付近の毒素溶解音。
(天国の福音『咳嗽及び逆上と耳鳴』▲より)
逆上(のぼせ)は、世人の考えるような血液が上昇するのではない。顔面または額部に溜結せる毒素の浄化作用で、紅潮を呈するのはその熱のためである。耳鳴は、耳下腺に溜結せる毒素及び内耳近接部及延髄部に溜結せる毒素が、浄化のため溶解する音響であるから、それ等の毒結を溶解排除するにおいて容易に治癒するのである。
イ.逆上
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 頸部、顔面及び前額部に溜結せる毒素の浄化作用。紅潮を呈するは熱の為である。
浄霊 頭部、頸部、淋巴腺部及び顔面、前額部等を浄霊する。
ウ.耳鳴
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 耳下腺に溜結せる毒素と、内耳近接部、及び延髄部に溜結せる毒素が浄化溶解する音響が自分の耳に響くのである。
浄霊 耳下腺及び内耳近接部、及び延髄部の溜結毒素のある個所。
エ.目眩
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 右側後頭部及び延髄附近に毒素の溜結があって、眼球へ送流する血管を圧迫するからである。この毒素の固結は第一浄化作用によって固結が強化される為であるが、その作用が不定的であるためその都度視力が弱まり、又強まるというように、刹那的、間歇的であるため、それが目眩の症状となるのである。
又一つは前額部から眼球附近に溜結する毒素の浄化作用として、常に微熱が発生する為、その微熱が視力を動揺させる場合である。
浄霊 主に右側延髄と頸部淋巴腺及び前額部
⑩ 下痢
ア.下痢の時は、症状に合わせた食物を摂る。
(『御教え集』第13号/S27.8.27より)
長く寝ていて非常に胃腸が弱ってますが、そういう人は固形物だと一寸合いませんから、やっぱり胃腸なんか弱っているから、流動物とかお粥とかやります。それから下痢の場合にはそれに合う様にして良いのですが、それは下痢にも依るのです。私なんかこの間非常な下痢をしましたが、普通の物と同じです。というのは下痢の正体が分ったからです。此処(後頭部)の毒が溶けて下痢になっているのだから、食物は関係ない。只斯ういう場合に気を附ける。潰瘍です。始終胃の薬を飲んで――胃の薬というのは消化薬で、消化薬は重曹が元ですから、重曹というのは柔くする癖がある。そうすると胃壁や腸を段々柔くして了うから、胃の粘膜が一寸触っても切れる様なそういった習慣になってますから、固形物が其処につっかゝると、傷をして出血したり痛んだりします。それから十二指腸潰瘍もそうです。そういう場合丈です。そういう場合は分ります。出血があります。喀血するとか――胃潰瘍の喀血ですが、それから便が出るとかするから其時は潰瘍が出来ているのですから、其時はそれに障らない物を食べる。それから腸チフスは、やっぱり腸の粘膜が柔くなるのですから、そこでそれに虫が湧くのです。そうして穴があくのです。そうすると、固形物ですと其穴に入るのです。そうすると熱が出るのです。そこで、医学でもそうですが、流動物をやるのです。然し浄霊すると直き治ります。(中略)病院に入院している人は、腸に穴があいているのが容易に治ってませんから流動物です。だから症状に依ってそれに合わせる食物を摂ると良い。
イ.腹や背中の固まりが下痢になることが多かったが、近頃は浄化が強くなり、頭の固まりが下痢となる。今後、下痢患者は頭を主に浄霊する。
(『御教え集』第13号/S27.8.6より)
以前は下痢というと、腹の固まりそれから背中の固まり――そういうのが多かったのです。頭の下痢は、近頃浄化が強くなった為です。今年は赤痢が多いのもそういう関係です。(中略)
そういう訳だから、之から下痢患者は頭を浄霊する。そうしてお腹の方や何かは簡単で良い。頭を主にする。頭も前頭部の方と後頭部の場合がある。前頭部は触ってみると熱が強い、後頭部は固りがありますから、それをやると一時は余計下痢をしますが、後治りが良いのです。その代り頭が良くなります。
ウ.浄化が強くなると、溶けた後頭部の毒素が胃に入ると吐き気がし、肺に入ると咳で痰を出す。胃がむかつく場合は鳩尾や背中を浄霊する。
(『御教え集』第10号/S27.5.15より)
此処(後頭部)を浄霊していると、此処(後頭部)は良くなるんですね。そうすると胸が悪くなる。極く軽い吐気が起る。そういう事はよくあるんです。それは、こういう所(後頭部)の毒が溶けたのが、一旦胃に行くんです。胃に行って、胃でそれを自然浄化で溶かす。その間気持が悪くなる。ですから方々浄霊して、胸が悪くなったら、溶けた毒が胃に入ったんだから、之は直き治ります。それから溶けた毒が肺に入ると、咳をして痰になります。よく浄霊すると咳をしますが、あれは溶けた毒素が肺に入るんです。そうでなくムカムカする人がありますが、それは溶けた毒が胃に入るんです。それは、多く下痢になりますね。それをよく心得て置くと良い。(中略)段々浄化が強くなりますから、そういう事が苦しくなるんです。此頃は、一寸悪い人をやると、直ぐに咳が出て痰が出ますが、そういう様な訳だから、今言う毒の溶けたのは、肺から出る場合と、胃に行って胃から排泄されるというのと両方あるという事を心得て置けば良いですね。
(『御教え集』第10号/S27.5.17より)
よく浄霊した場合に――頭をやると頭は大変気持良くなったが、胸がムカムカするというのがある。それは溶けた毒が胃にいくので――之は大抵下痢になります。そういう時に胸がムカムカする。其時には鳩尾を狙ってやる。そうすると、胸がムカムカするのは直きに良くなります。
(『御教え集』第10号/S27.5.16より)
よく頭が痛いとかで、浄霊をやると頭は大変良くなって、胸が何んだか工合が悪いという事がよくあります。それは溶けたのが肺の方に行かないで胃の方に行くんです。それで胸がムカムカする。(中略)そういう時には鳩尾の辺を目掛けて霊を放射するんです。それから場合に依ると背中の方ですね。そうすると胸の悪いのは割合に早く治ります。
エ.頭の毒素は性質によって下りる遅速があり、男女によって出方が違う。
(『御教え集』第24号/S28.7.15より)
頭から頸の廻り、肩という所の毒素が溶けると、一旦胃にはいって、それから下痢になって出るという順序ですが、それがお腹に一旦溜まって、それが男は無論肛門から出るのですが、女はそれがコシケになる方が多いのです。これは男は穴が一つで女は二つあるから大変便利には出来ています。
オ.下痢
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
下痢は最も多い症状で、最近は頭の毒素の浄化が一番多い原因である。前額部、後頭部の毒が徐々に、または急激に溶けて下痢となるので、今迄は腹膜や背面の毒素が多かったが、最近は頭からのが多く、症状も激烈であるが、治りは早いようである。この頭の原因と、腹膜浄化と、飲食物中毒とである。
(慢性下痢)
原因 頭と化膿性腹膜の浄化作用で、後者の原因は腎臓委縮に因る尿毒が常に腹膜に溜結するためである。
浄霊 前頭部、後頭部及び背面より腎臓部及び腹膜部を主に浄霊する事。
(急性下痢)
原因 頭の浄化と食中で、膿や毒血の固結の猛烈な浄化作用による為である。
症状 食中以外、突如として猛烈に発生する下痢症がある。一日十数回乃至数十回に及ぶものさえある。血液の混入するものもあり、甚だしきは腐肉とも見ゆるものが下る場合がある。
浄霊 頭部、特に後頭部及び背面部の熱と腫れのある所、及び背面腎臓部。
注意 下痢症の場合は林檎等の果実類は避けた方がいい。
⑪ 冷え、便秘
ア.冷えは局部的発熱による悪寒か、局部的毒結による血液不循環。便秘は腹膜部の毒結による直腸圧迫。下剤や浣腸の悪影響。
(天国の福音『冷えと便秘』▲より)
冷えの原因は局部的発熱による悪寒または局部的毒結による血液不循環のためである。多くは腰、下腹部、脚部、足の甲及び指先等で、特に婦人に多いが、これらは毒結を解除すれば下熱及血液が循環するから簡単に治癒するのである。
便秘は非常に多い症状で、かつ長期にわたって苦しむが、この原因は腹膜部に毒結があり、それが直腸を圧迫する。そのため糞便が直腸管を通過し難いためで、これらも毒結溶解によって容易に治癒するのである。
そうして便秘症の人は常に下剤を服用して辛くも目的を達するが、この方法は非常に不可である。何となればこれが習慣となり、便秘は漸次悪化し、下剤服用によらざれば排便が困難となるからである。しかもそれが長年月にわたるに従い、増悪しついには下剤の量を多くするか、または異なる下剤によらなければならない事になる。しかも下剤の薬毒が累積し、種々の病原となるのである。元来人体は上から食物を入れ下から糞便が出るのは自然であって造物主はその様に造られたのである。故にいかなる人間といえども食餌を入れる以上、糞便は排泄するに決っている。ただ人により一日一回もあれば、二日に一回もあり、一週間に一回の人もある。それでいいのである。しかるに医学においては便秘は健康に害あるごとく誤認し、毎日便通がなければならぬように宣伝するので、一般人は便秘を恐れるあまり、便秘すれば神経的に不快を感ずるので、下剤使用となるのである。しかるに下剤によって排便する以上、排便機能は退化するから便秘する。便秘するから下剤を使用するという悪循環となり、ついに下剤なしでは生きてゆかれないようになるのである。よく発熱時便通を付ければ下熱するといい下剤を用いるが、これらも反って治癒妨害となり全治を鈍らす結果となる。またある種の病気は反対に下剤によって高熱に導く事さえある。
便秘がなんら懸念すべきでない事の実例を示してみよう。私が以前 胃癌の患者を取扱った際、便秘二十八日間に及んだが病気にはなんら影響が無かった。それは全治し数年後農業に従事し、健康である事の報告があったにみても明らかである。また私が扱った患者の中で、二ケ月間の人と六ケ月間便秘の経験を持った人の談によれば、いずれも便秘による何等の影響もなかったとの事である。その後某婦人雑誌に掲載されてあった実例に、二ケ年の便秘でこれもそのための異常のない事が書かれてあった。
また医学においては、便秘を放任しておくと自家中毒なるものを発生するというがこれらも誤謬である。この説は多分、便毒が血液中にでも混入するように想像したのであろうが、この様な事はあり得べからざる事で事実は宿便は時日を経るに従い、増々硬化するだけの事であるから悪影響などはないのである。
次に乳幼児に対する浣腸で、これは恐るべきである。嬰児の中から浣腸する結果、一種の浣腸中毒となり、浣腸によらざれば排便不能となる例がよくある。その結果として、三、四歳頃になると、少し便が溜ると腹部膨満し苦しむので、止むなく浣腸して一時的緩和を計るのであるが結局は死にまで到るのはいうまでもない。これによってみても、浣腸などの不自然極まる人為的方法は、断然廃めるべきである。
イ.冷え
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 局部的発熱による悪寒又は局部部的毒結による血液不循環の為。
症状 腰、下腹部、脚部、足の甲、指先等で、特に婦人に多い。
浄霊 腰は腎臓部。下腹部は腎臓部及び下腹。脚は腎臓部、鼠蹊部、臀部の下。足の甲は患部、足首、足の裏。指先は手頸の辺。
ウ.下剤やカルシウム注射が便秘を起こす。
(『観音講座』(七)▲より)
便秘は下剤を飲むから反って便秘を起す事になるのである。カルシューム注射も悪い。これは水分の少い人又は体に熱のある人等が便秘する。これらは水分を多く採ればよい。それでない人は熱をとれば便秘は癒るのである。下剤をかけると薬により下るから大便を出す機関が退化して働かなくなるから益々便秘する様になるのである。薬を飲んで治そうと飲めば飲む程便秘するのである。
エ.便秘
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 腹膜即ち臍の周囲から下腹部へかけて溜結毒素が糞便の通路である直腸を圧迫するためである。
浄霊 臍の周囲から下腹部。
⑫ 血液、淋巴腺
ア.血液は、日の霊素である赤血と月の霊素である白血から成り立つ。罹病時、赤血は毒血、白血は膿汁と化す。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『人体の構成』▲より)
血液は、赤血と白血とに成っております。赤血は「日の霊素」から成り、白血は「月の霊素」から成っております。赤血が速く流れるのが、動脈で、白血が緩かに流れるのが静脈であります。・・・これは、健康時の状態であります。病気になると・・・「月の霊素」は「膿汁」と化し、「日の要素」は「毒血」に化するんであります。
イ.白い膿は毒血が分離したカスで、赤い膿は毒血と膿両方が混じる。毒血の浄化は非常に苦しく、白い膿の浄化は楽だが、白い膿が固まると苦痛がひどい。
(S24.3.23)
白血球は膿で、赤血球は毒血であり、毒血は浄化によって粕として白いものを分離します。これが白い膿なんです。どうかすると赤い膿が出ることがあるでしょ、あれは毒血と膿の両方が混じって出る場合です。(中略)毒血のほうの浄化は非常に苦しくて、白い膿の浄化は楽ですからね。しかしこの白い膿が固まったやつはまた苦痛がひどいですがね
ウ.淋巴腺は毒素の集まり場所。医療は風邪を止めて結核を作っている。
(『御教え集』第6号/S27.1.15)
(お 伺) 淋巴の機能と血液および毒素との関係に就き御教えを御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
「心臓と肝臓と言う様な密接な関係がある様に想像されますが――」
心臓と肝臓と言う様な関係とは違いますがね。つまり、頭脳とか特に使うから神経が集中するでしょう。淋巴腺と言うのは、毒素の集まり場所なんです。つまりハキ溜めなんです。風邪を引くと熱が出るでしょう。横から前の方は痰になって出る。と言って、ここから直ぐ出るんじゃないですよ。一旦肺に行って、それから痰になって出るんです。つまり、毒素が一時的溜る機関ですね。それから――出て了えば良いですがここに出ない様に色んな事をして固めますね。それが瘰癧です。瘰癧と言うと、固く引っ込む様になりますね。あれは、人間が作ったんです。だから、実に風邪と言うのは結構なものなんです。風邪を引くと熱が出て、痰や洟が出るでしょう。そうすると、人間は何時も健康で居られるんです。それを、固めるから、しつこくて――肺の中に固める――それで結核を作っているんですね。あれは、実に旨く結核を作ってますよ。あれは、余程研究しなければね。医学が病気を作る研究は、実に進歩してます。ですから、その犠牲になった人間は、実に可哀相なものですよ。
⑬ 結石
(『御教え集』9号/S27.4.7より)
鉱物と言うものは、硬化作用ですね。土が固まると石になる。それから、石がもう一層硬化すると金になる。金になると言っても、石の中に処々に結晶が出来る。之は丁度人間の膿と同じなんです。万物は理屈は一つなんですからね。だから、全体に――身体に毒がありますね。それが結晶して処々に固まりが出来る。それが段々固まると、丸で骨みたいになるんですね。私は先の歯の毒が固まって、骨の様です。此頃段々溶けて柔くなりましたがね。そう言う様なものです。だから、よく腎臓結石とか胆嚢に結石が出来ますがね。人間の膿でさえ石になるんだからね。あの石を取って細工すれば、何しろ指輪の石やボタンになるんだからね。膿の固まりの結石した物は立派な物ですよ。磨いてあるとピカピカ光ってね。驚きましたね。膿の因は薬ですからね。水薬なんていうのは、結局人間の身体にやると石になるんですからね。従って土が石になり金になると言うのは何でもないですね。
⑭ 平均浄化は、本教浄霊の特殊性
(天国の福音『治療についての注意』▲より)
ここで重要な事がある。それは平均浄化作用なるもので、ある一局部の溜結毒素を溶解した場合、間もなく右以外の局所に浄化が起る。これを平均浄化という。たとえば左腕が痛むからそれを治療し治癒すると今度は右腕が痛み出す。それを治療すると背中が痛むというように、ちょうど痛みが移動するごとく想えるので、患者も痛みの移動を訴えるが、実際は痛みの移動などという事はあり得ない。これらは平均浄化作用によるのである。
(『平均浄化に就て』▲より/『救世』59号)
浄霊施術者に対し大いに注意すべき事がある。それは施術の場合平均浄化が起るという事である、例えば右の腕が痛いとする。それが良くなると今度は左の腕が痛くなる。ちょうど痛みが移行したように思えるが、実はこれが平均浄化である、つまり右の腕の毒素が除れ浄まると、左の腕に毒素がある場合、右腕の状態と平均すべく自然浄化が発生するという訳である。もちろん腕には限らない。腹でも背中でも痛みが移動などは決してあるものではない。前記のごとく平均浄化のためである。
またこういう事もある、例えば咳の患者を浄霊すればする程余計出る事があるが、これは見当違いのためである。その訳は数ケ所に毒結がある場合、一ケ所を浄霊すればする程他の個所にある毒結の平均浄化が起る。大いに咳が出るのである、従ってこういう時は見当違いを早く覚り他の患部を探すべきである。それによって急所が見つかり、そこを浄霊すれば咳はたちまち減るのである。
ただ一つ注意すべきは例外のある事で、これは腹部の痛みに限るのである。原因は蛇霊であるが、これは腹部の一個所に激痛があり、それを浄霊すると逃げ廻るから根気よく追かけては浄霊する。すると漸次的に痛みは軽減しついに無痛となる。ところがこのようなのは一、二日経つとまた痛む、また右のごとく浄霊すると、その度に痛みは軽減し、ついに全治するのである。
この平均浄化という事は治る医術であるからで、本教浄霊の特殊性で、他には決してない。何となれば他のあらゆる療法は治病の力がないから、平均浄化などあり得ないからである。
⑮ 浄化作用で失った体の部分が、霊主体従によって再生。
(『御教え集』第23号/S28.6.25より)
最近のお蔭話の中に奇蹟中の奇蹟というのがありました。それは、六つになる子供ですが、普通医学上では小便が出ないのは八時間以上は危険だとなっているのですが六日間出なかったのです。それで命は取り止めました。ところが睾丸と陰茎が、膿がひどく出るために根本から取れてぶら下がって、何にも無くなってしまったのです。だから其処から腸が出ないかと心配したくらいです。その跡が握り拳ぐらいあったのです。それが僅かの間に元通りに生えたのです。
(中略)
「五月十五日に行って参りまして本人の陰部を見て参りましたが、陰茎は一寸五分くらい、睾丸は小さな盃くらいで三分の二くらい下がっております。誠に有難うございました」
(『御教え集』第23号/S28.6.27より)
今度素晴らしい奇蹟のお蔭話がありました。大抵な奇蹟には驚きませんが、これだけは何と言ってよいか、一言も言葉が出ません。(中略)
御論文〔超奇跡〕 【註 栄光二一八号】
今読んだとおりですが、陰茎の方は、三分の一くらいを手術で切って元通りに伸びたという事は以前聞いた事がありますが、睾丸が取れて元通りになったという事は実に奇蹟以上です。よく昔から〝睾丸を一つつぶせば命はない〟と言われてますが、金玉一つどころでなく二つとも無くなったのです。それで生きているだけでなく元通りになったのですから、どう考えても分らない事です。ですからこれは世界的問題として大いに人類に知らせる必要があると思います。この事は神様の方ではチャンと分ります。しかしこれを説明したところで、あまりに神秘でちょっと信じられないというかも分りません。いずれ時期が来たらこういう説明もしますが、今のところは致し方ないわけです。
(『御教え集』第25号/S28.8.17より)
睾丸が出来るという事は何でもない事で、霊主体従の法則によって出来るのです。睾丸が取れても、霊の方は取れてないのです。そうすると霊の形だけはだんだん埋めてゆくわけですが、これは当り前の事です。ところが医学の方は、そういう場合に薬をつけますが、そうすると埋めて行こうという作用を遮断してしまうから、押しつけてしまうから駄目になるのです。それともう一つは、医学の方で切っても、その後出来るものもあるのです。指位は切っても必ず元通りになるのは何でもありません。ところが医学の方では薬をつけるから、そこで止まってしまって片端になるのです。というのは霊があるので埋めてゆくのですから、埋まるに決まったものですが、埋めるには霊の力が相当に要るのです。ですから普通放っておくと暇がかかるのです。そこで浄霊すると霊の力が出るからにして埋めるのが早いわけです。ですから睾丸が落ちても、自然に放っておいて何もしないでいると、十年も二十年もして出来るのですが、それを浄霊したために十分の一、二十分の一も早く出来るのです。(中略)一番分るのは、手を切りますが、肉体の先の方の、何も無い所が痛む人があるのです。私は以前よく患者から聞いたのですが、それは霊があるからで、霊があるからつながっているのです。睾丸が取れた人に聞いてみると、白い細い物が残っていたというのですが、それは神経なのです。しかしその神経が取れてしまってはちょっと難かしいですが、簡単なものは出来ます。重要なものはちょっと難かしいです。それが医者が切断したものだと神経も切断してしまいますから出来ないが、そういうのは神経が残っているから出来るのです。指などは神経を切っても埋まってくるものです。それが霊主体従の法則です。その原理さえ分れば何でもなく分ります。
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.