① 肺患の原因
ア.中体の主要機関である肺は、心臓が左にある関係で、右が大きく左が小さい。胸部の発熱は、胸骨に水膿が溜結している証拠。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『結核及び喘息』▲より)
中体の主要機関は、何といっても肺であります。右肺は大きく左肺は小さい。それは、心臓が左にある為で・・・心臓は日に相応し、肺臓は月に当る事は前にお話致しました。症状としては、微熱又は高熱、咳嗽、喀痰、血痰、喀血、食欲不振、下痢、盗汗、息切、疲労、胸痛、首及び肩の凝り・・・等であります。まず、発熱の原因は種々ありますが、その「熱発部」としては・・・淋巴腺及び耳下腺、頸腺、首の付根、肩部、背部、胸部、腹部、腰部・・・等であります。診査の際、掌を宛(あ)つれば、熱のある個所はよく判るのであります。その熱発部を指査し、特に痛む個所は・・・水膿溜結であって、それを溶解すべく「熱の工作」が起りつゝあるのであります。胸部の熱発は、胸骨に水膿が溜結している証拠であって、指圧すれば必ず痛みがあります。これらの症状の場合・・・まず「肺尖加答児」又は「肺門淋巴腺」・・・といわれるのでありますが、吾々の見る所では・・・この際肺には未だ異常はないのであります。
イ.肺病は、溶けた肩と頭の毒が一旦中継所である肺に入り、痰となって出るもので、胸が悪いのではない。肋間神経痛は肺病と間違えられやすい。
(『御教え集』第23号/S28.6.26より)
肺病は胸の病、精神病は頭の病というように思い勝ちですが、実は肺病は胸の病ではないので、胸は中継所です。肺病の人はやっぱり肩と頭です。その毒が溶けて一旦肺にはいって、それから痰になって出るのです。肺は中継ぎですから、肺病は胸が悪いのではありません。胸が悪いというのは肋間神経痛ですが、これはよく肺病と間違えられやすいのです。
② 喘息、気管支喘息、心臓性喘息
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『結核及び喘息』▲より)
いわゆる、肺患になるまでの順序を述べてみましょう。最初、浄化作用に因る水膿や毒血が頸部の周囲に滞溜しますが、それの浄化作用が風邪であって、それを繰り返しつゝ胸部の水膿溜結にまで及ぶ、順序は「病気の本体」の項目に詳しく述べてありますから略しますが、それから進んで心窩(しんか)部の両側・・・臍部辺にかけて水膿が溜結する。これが喘息の原因であって、咳嗽や息切がおこるのは勿論、喀痰も伴うのであります。なお進んで腹膜部まで水膿溜結するので・・・それが腸を圧迫し、又は水膿排除作用によって、下痢症を起すのであります。肺患の場合の咳嗽も、ほとんどこの喘息の為が大部分であります。もっとも肺患そのものからの咳嗽もあるにはありますが、それは肺炎の予後「肺臓内に残存せる喀痰」による場合と・・・肺壊疽(えそ)、肺臓癌、粟粒(ぞくりゅう)結核などであります。もっとも「頸部、肩部、胸部における熱発」による咳嗽などもありますが、それは軽微であります。
ここに喘息についてお話致します。この病気は誰しも咳が出る為、気管がわるいように思いますが、原因は意外にも気管ではなくて、前述の個所であります。故に、この部を指査しますと、水膿溜結がアリアリ判って、相当痛みを感ずるのであります。これを溶解するに従って、漸次、咳嗽は減少してゆくので、指圧しても無痛になった時は咳嗽も消滅した時で、昔から不治とされた喘息も、本療法によれば確実に全治するのであります。この病気は、最も治癒し難いとされておりますが、実験上まず七十パーセント位は治るのであります。そうして、衰弱がはなはだしくない限り順調に治癒しますが、相当の日数即ち普通二、三ケ月から六ケ月位を要するのであります。
(アメリカを救う『喘息』より)
薬毒が肺の外郭付近に固結したものが浄化されて肺へ浸入する場合、肺から相当間隔のある為と痰が濃厚の為と、肺膜が厚い為とで容易でないので、肺の方から吸引し様と呼吸を大きく強くする。これが喘息であって、発作も又強い咳もその為である。この証拠には痰が出ると一時楽になるにみて明らかである。又肺炎の予後喘息も軽快になるのは、痰が多く排泄されるからで、これも肺炎の特徴である。
そうして喘息の発作は非常に苦しいもので、今にも息が絶えそうなので、一時的でも楽になりたいと注射をする為、それが中毒となり、最初一週間に一回位で済んだものが、段々増えてしまいには一日数回或は数十回に及ぶ者さえある。こうなると死の一歩手前に来た訳で医療はどうしようもないが、浄霊によれば容易に全治するのである。
(天国の福音『喘息』▲より)
喘息は医学上原因不明で治癒最も困難とされている。また医学は喘息に二種あるとしている。一は心臓性喘息、一は気管支性喘息という。すなわち前者は発作的で、発作の際激しい呼吸困難を来し、重症に及ベは呼吸切迫ほとんど死の直前を想わしむるものがある。後者は強烈頻繁なる咳嗽(せき)に苦しみ、不眠、食欲不振、呼吸困難等痛苦はなはだしいのである。そうして多くは周期的で、冬季または夏季に一ケ月または二ケ月位に限るというのもあり、重症は二六時中不定期的に苦しむのである。発作の場合、医療は多く注射によって一時的苦痛を除去するが、これは著効はあるが、ある時間の経過によって再発する。従ってまた注射をするという事を繰返す結果、漸次悪化し、時間は短縮され、はなはだしきは一日二、三十本位注射を行う事になり、注射の中毒によって昏倒人事不省になる者さえある。近来医学においてはその原因を迷走神経の異常などといい手術を行うが、これは全然見当違いである。
喘息の原因は、私の発見によれば心臓性喘息は横隔膜の下辺を主とし、肩部、腎臓部、胸部、腹膜、鼠蹊部、その他の溜結毒素が浄化液体化し、それが肺臓内に浸潤する場合、肺膜の厚い人か、または喀痰濃度の場合、肺自身が吸収せんとするその運動のための呼吸困難である。故に発作の場合吐痰すれば軽快になるにみても明らかである。次に、気管支性喘息は、強烈なる咳嗽によって濃度の喀痰を吸引するためで、頻繁なる咳嗽は喀痰多量によるためである。本医術によれば相当の時日を要するが、いずれも完全に治癒するのである。
ア.心臓性喘息
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 横隔膜の下辺を主とし、肩部、腎臓部、胸部、腹部、鼠蹊部、その他の溜結毒素が浄化液体化し、それが肺臓内へ浸潤する場合、肋膜の厚い人か、喀痰が濃度の場合、肺自身が吸引せんとするその運動の為の呼吸困難である。
症状 発作的で、発作の際激しい呼吸困難を来たし、重症は呼吸切迫し殆んど死の直前を思わしむるものがある。
強烈頻繁なる咳嗽に苦しみ、不眠、食慾不振、呼吸困難等痛苦甚だしいのである。多くは周期的で、多期又は夏季一カ月又は二カ月位に限るというものである。
浄霊 横隔膜の下辺、即ち胃の上部及び肝臓の上部が第一原因で、主にみぞおちの両側と背中の丁度心臓の裏に当る所。次が背部、心臓の裏面、胸部及び腋下及びその肋間部。次に肩部(主に左)、臍部の周囲及び大腸部(主に右側)、鼠蹊部(主に右)、背面腎臓部(右又は左)、頸のまわり及びあごの下等々である。
イ.気管支性喘息
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 前項(註 心臓性喘息)の通りであるが、濃度で多量の喀痰を吸引する為に頻繁なる咳嗽となるのでる。
浄霊 前項に準ず。
<事例1> 長い喘息は気長に、食欲が出るよう衰弱しないようにすれば治る。熱のために食欲がない。発熱して発汗は非常に結構。
(『御教え集』第4号/S26.11.18)
(お 伺) 御子柴泰弘(四十歳)心臓喘息の為、五年前に入信(約十五年前発病、エフエドリンを多量に使用)徐々に快方に向わせて戴きましたが、九月末より頭部、脊髄に高熱の浄化を戴き、痛みは無く常に朦朧として居り、十月末頃より腎盂炎の様に頭、頸筋、手先に、ぐっしょりと一日数回発汗あり、腎盂の御浄霊により発汗は止り熱も下がりましたが、頭がはっきりせず、脈搏は百十位常にありまして、体躯中調べても、熱は左の肩胛骨の処に少々あるのみにて、他には見あたりません。食事は一日二回、軽く二杯づ(ず?)つで衰弱がひどく中々回復致しません。最近、近親者より医診を奨められて居りますが、本人は真剣にお縋り致し居り、医診を好みませんが、御浄霊により御救い戴けましょうか。又今後何の様にさせて戴きましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は順調にいってますがね。食欲が少ない為に衰弱している。熱が出て発汗した――と言うのは非常に結構ですがね。エフエドリンを多量に服用した――この薬毒ですからね。だから、エフエドリンが出る迄――こう言う事が、チョイチョイあります。その積りでやらなければならない。それから、肩胛骨に熱があると言うから、そこを浄霊するんですね。未だ――喘息が治るには、何うしても二、三年かゝりますよ。長い喘息はね。この人のは、十五年の喘息ですから、二カ月や半年で治る筈がない。気長に、出来る丈け食欲の出る様にして、衰弱しない様にすれば治ります。食欲がないのは熱の為ですから、肩胛骨の処から熱が出るから、そこを良く浄霊してやる。それから、医者を奨められてますが、いけないと言えば、医療妨害になるから、いけないとは言えないが、本を読ませるんですね。御神書をね。特に病気の処を。そうして、本人に心から解らせるんですね。
③ 肺結核
ア.医学は溶けた毒素が一旦肺に集まっているのをみて肺の病とするが、肺病は頸、肩、頭が原因。結核の肩の固結は骨と間違えるほど固いが、肩と頸の廻りを溶かせばだいたい治る。発病の心配で前頭部に集まった薬毒は、頭の中心を浄霊すると発熱によって溶け、一旦肺に入って咳や痰が出る。
(『御教え集』第23号/S28.6.17より)
結核の人は必ず肩が固いのです。中には骨みたいに固い人があります。骨と間違える事があります。私なども元結核をやりましたから、肩胛骨のちょっと上のところに骨か肩胛骨の続きだと思っていたが、押すと痛みがあった所をだんだん溶かしていたら、これはやっぱり薬毒の固まりです。それは非常に固いものです。だから肩を主に溶かすのです。それで肩が柔らかくなると食欲が非常に増します。(中略)それで食欲さえ相当にあれば結局衰弱しないから治るに決まっています。(中略)それでこれが又心配したりして頭を使ったりすると、結核になってからですが、〝結核だと言われた。オレはもう結核だ、どうしよう〟というような心配をすると、前頭部に集まって来るのです。それを溶かすには此処(頭の中心)をやればよいが、そうすると熱が出ます。それで体温計をやると、その反響が脇の下まで来てますから、七度五分とか八度とか言うことになります。此処(脇の下)に熱があるからお医者さんは胸だと間違えるのです。肺病というのは肺の病気ではないのです。頸の病気、肩の病気、中には頭の病気と言ってもよいです。ですから頭を浄霊すると盛んに咳をし痰が出たりします。そういうようで、結核は胸に関係はあるが原因はありません。これが熱で全部溶けると、一旦肺にはいって、咳と痰が出るのです。それで此処(胸)をレントゲンで見ると其処にあるから、それで其処が悪いと考えるのです。実に単純な考え方です。(中略)ですからとに角肩です。肩を第一にして、頸の廻りを第二にすれば、これで肺病は大体治ります。
イ.結核は、病気が重くなって死ぬのではなく、発熱による食欲減退や睡眠不足などで衰弱死する。結核は肩、頸の廻り、肋骨付近を浄霊して毒素を溶かすと治る。結核の熱は頭が多いが、肩を浄霊すればある程度取れ、前頭部をするとより早く治る。衰弱がある程度を越えると浄霊を始めても間に合わないことを心得る。
(『御教え集』第23号/S28.6.15より)
結核でも、病気が重くなって死ぬという事は殆んどありません。みんな衰弱で死ぬのです。病気はだんだんよくなって行っていて、衰弱のためにやられるのです。そういうわけですから、衰弱さえせず命さえ続いていれば、だんだん毒素は減って行きますから治るわけです。では衰弱は何かというと食べ物です。食べ物さえ食べていればよいのです。なにしろ食べ物が少ないのと、熱のために食欲がなかったり、咳をしたり睡眠がとれないという事でやられて行くのです。ですから、むしろ食欲が減らないようにするのです。それには肩です。結核の人は必ず肩が固くてコチコチです。結核の人で肩が柔らかいという人はありません。拳骨を入れたような人がありますし、まるで骨としか思われないような人がありますが、これが食欲に一番関係するのです。だから結核の人は何がなんでも肩を柔らかくする事です。それを溶かす事です。そうして肩さえ柔らかくなれば必ず食欲が出ます。だから結核とは肩の凝った病気と思っていれば間違いありません。(中略)そうして肩が柔らかくなれば、必ず食欲は出るし、熱も減ります。肩からの熱が一番多いのです。それで肩が柔らかくなれば、此処(頸)も柔らかくなります。ですから大体結核というものは胸の病気ではありません。肩と頸の病気なのです。だから此処で溶けたものが肺にはいって痰になって出るのですが、医学の方では此処(頸、肩)の方を見ないのです。(中略)結局結核は肩が第一、それから頸の廻り、それから肋骨附近と思って、その浄霊をすれば、まず治ると言ってよいです。ただ衰弱が或る程度を越えて過ぎていると、浄霊を始めても間に合わない事がありますから、それだけは心得ておかなければいけません。やはり肩をやっても、肩で溶けたものが一旦肺にはいって痰になって出るのですから、衰弱しきっているのをやっても間に合いませんから、それだけは心得ておくとよいです。それから食欲がないという事は肩のためという事を知っていればよいです。ですから胃を浄霊するより肩を浄霊した方が食欲はつきます。
それからもう一つは頭ですが、結核の熱というのは頭が多いですから、これは肩をやれば頭もよくなります。けれども前頭部を触ってみれば熱があるのは分りますから、それも一緒にやれば、より早く治るというわけです。
(『御教え集』第23号/S28.6.17より)
今言ったようにやれば結核はまず治ります。ただごく酷くなって、末期になった者はしようがありません。骨と皮になって、熱が高くて、もう医者は見放したというのはしようがありません。これは程度を越してしまっているのです。それでも治ると思ってやると飛んだ目に遭います。つまり、やはり肩をある程度柔らかくするまで生命が持続するというのが根本ですから、肩を柔らかくし、食欲が増すまでに間に合わなかったら、これはしようがありません。そこのところをよく見別けるようにしなければいけません。
ウ.肺は痰を排泄するための取り次ぎ所。風邪を浄化停止させて毒素を固めるから、再び浄化作用が起こり、結核という胸部疾患を作る。体温という好条件の中、肺内の痰の固りが古くなって腐敗するから結核菌が湧く。毒素が固結個所は、頭脳を中心に首の周り、肩、肋骨付近、背部、腹部、股等の順。
(医学革命の書『結核の病原』より)
今最も日本で難問題とされている結核に就て、徹底的に説明してみるが、結核は大体感冒から始まるとしているが之は誤りで、実は斯ういう理由によるのである。既記の如く感冒に罹るや、液体毒素即ち痰が一旦肺臓内に停滞する場合、医療は之を凡ゆる手段を以て排泄させないようにする。其為解熱し咳というポンプ作用も停止されるので、痰はそのまま肺臓内に残り固り、治ったように見えるのである。そこで安心していると又風邪を引く。何しろ折角出ようとした痰を固めた以上、再び浄化作用が起るからである。その時医師に診て貰うと、風邪の症状の外に肺内に痰の固りがあり、ラッセルも聴え、レントゲン写真にも溶けかかった痰が雲翳状に映るので、茲に結核初期と診断するのである。之によってみても分る如く、初めから肺に病はなかったのを、医療が凡ゆる手段を以て作った訳である。それを一層詳しくかいてみるが、元来体内各局所に固結した毒素が浄化作用発生するや、一ケ所乃至数ケ所から溶けはじめた痰は、間髪を入れず肺を目掛けて浸入するのである。そうして毒素固結個所としては、頭脳を中心に首の周り、肩、肋骨付近、背部、腹部、股等の順になっており、之によってみても結核の根本は体内全部といってもいいのである。此発見こそ全く世界的のものといってもよかろう。
以上によって肺臓なるものは、言わば痰排泄の為の取次所の役目をしているのである。処が之を知らない世人は、よく胸の病などというが、之はナンセンスで全然的外れであり、全く医学が胸部疾患に作り上げたものであるのは明かである。そうして何といっても医学は、結核問題の焦点は結核菌とされている。之に就ては医学の盲点を充分開(解?)明しなければならないが、右の如く肺内の痰の固りが古くなって、腐敗するから菌は湧いたのである。腐敗すれば微生虫が湧くのは物質の原則であり、而も体温という好条件が拍車をかけるに於てをやである。その結果菌は益々殖え、肺胞を蚕食するに至り、空洞が出来るので、それが写真に映るや医診は悪性と断ずる為、それを曰われた患者は精神的大打撃を受け、失望落胆急に悪化するのは誰も知る通りである。以上の如く、最初の風邪から真症結核になるまでの経過をよく検討してみると、全く誤れる医療によって作られた事は、余りに明白である。
エ.結核菌は伝染ではなく自然発生。明主様が家庭内で行われた結核感染実験。
(天国の福音『結核は絶対に感染しない』▲より)
元来結核菌なるものは伝染ではなく自然発生のものである。それはいかなる訳かというとさきに病原として説いた毒素の固結が体内に残存し、時日を経るに従い腐敗する。腐敗せるものに微生物が自然発生するのは万物共通の事実である。視よ、木材が腐敗すれば白蟻が湧く、いか程精白した白米といえども古くなれば蛆が発生する。腐敗によって無機質から有機物が発生するのである。白米をいかに厳重に密封しても必ず蛆が湧くによってみても、蛆の卵が他から侵入したのでない事は明らかである。故に結核は非伝染である事を、いずれ医学においても発見する時が来ると私は信ずるのである。
右の理を実証するため私の経験をかいてみよう。私の家族は私等夫妻の外に子女が六人(その当時二、三歳ないし十五、六歳まで)常に同宿していた。そうして十数年にわたる間、研究のため、重症結核患者と大病院において診断された者常に一人か二人同宿さして治療したのである。少なくとも二十数人に及んだであろう。もちろん一切家族と同様に取扱い、食事も共にし食器等も一切消毒はしなかった。私は実験のため患者と子供を同室に寝させるようにした。その中の数人の患者は私の家で死亡した事によってみても、いずれも重症で、医師からは不治の烙印を押された者ばかりであった。しかるに十数年を経た今日に到るも六人の子女は一人の感染者もないばかりかいずれも健康そのもののような者ばかりである。この実験によってみても、結核は非伝染である事は、私の断言してはばからない所である。故に私はいつでも結核感染の実験をして貰いたいのである。私自身でも私の家族でも、または私の弟子またはその家族数万人といえどもよろこんで実験台に応ずる事は言うまでもない。
オ.薬をあまりたくさん入れない内なら、結核は全治する。
(『宗教なるが故に』▲より/『栄光』104号)
また今最も恐れられている結核なども、薬を余り沢山身体へ入れない内なら、十人が十人全治させる事が出来るのであるから、結核菌など、いささかも恐れる必要はない。なぜなれば、よしんば感染しても、雑作なく治るからである。
カ.結核は健康の子供の方がかかる。
(『医療とは』▲より/『栄光』185号)
現在の病理であるが、病原は最初黴菌が口からか、鼻からか、皮膚等から侵入し、繁殖するためとされているが、これはまことに単純な考え方である。では御質ねしたいが黴菌が侵入しても病が発生する人と、しない人とが出来るのはどういう訳であろうかである。するとお医者さんは言うであろう。黴菌に負ける弱い身体だから発病するのだとの定り文句であろうが、事実はその反対である事が近来分って来た。それは結核は腺病質の子供は余り罹らないで、健康な子供の方が罹るという事実である。これだけでも医学は丸っきり判っていないのである。
キ.医学が肺結核とする初期患者のほとんどは誤診。医学の機械的診断法――ラッセルの有無、マントウ氏反応、赤血球の沈降速度、結核菌の顕微鏡検査、レントゲン写真等は誤りで結核増加の役割をしている。結核症状の概略説明。
(天国の福音『結核問題』▲より)
今日医学が肺結核と診断する患者、特に初期の患者においては、肺に異常は全然無いのであって驚くべし、そのほとんどが誤診である事である。今日医学上の診断法としては種々あるが、まずラッセル(水泡音)の有無、マントウ氏反応、赤血球の沈降速度、結核菌の顕微鏡検査、レントゲン写真等であり、症状としては持続熱、咳嗽、喀痰、血痰、喀血、羸痩(るいそう)、盗汗、胃腸障碍、呼吸困難、疲労感等であるが、それ等について順次説いでみよう。
病気の真因の項目において詳説したごとく、感冒防遏(ぼうあつ)の結果、漸次身体各局部に然毒及び尿毒、薬毒(この三毒については別に詳説する)が集溜凝結する。しからばその局所とはいかなる所かというに大体一定している。すなわち頭部の全部または一部、頸部淋巴腺、延髄付近、肩部、腕の付根、肋骨及びその付近、横隔膜及び胃部、肝臓部、腹膜部付近、鼠蹊部淋巴腺、肩胛骨付近より脊柱の両側及び腎臓部等である。これら局部または数局部の毒結が第二浄化作用によって発熱し、咳嗽喀痰その他種々の症状を発生する。その際医家は感冒と診断し浄化停止を行うが、その結果幸いに奏効すればしばらくは健康保持の状態を続けるが、毒素は依然として残存固結し、しかも薬毒の追増によって復び浄化発生する。また停止するという事を繰返すにおいて停止力よりも浄化力の方が勝ち、発熱その他の症状は慢性的となる。これが一般結核初期までの経路である。しかるに近来医学の進歩によって結核の早期発見ととなえ、種々の機械的診断法を行い断定するのである。そうしてそれらの機械的診断法が、医家はもとより社会一般にいかに信じられいるかは周知の事実である。しかるにその診断方法が実は誤謬の因となり、結核増加の役目をしているというのであるから問題は大きいのである。それをここに詳説してみよう。
(一)「ラッセル」とは肺臓の一部に滞溜せる喀痰が、呼吸のために一種の喘音を発するのである。この原因は、身体各局部に固結せる毒素が発熱によって溶解すると共に一旦肺臓内に浸透滞溜し、咳嗽による吸出をまっているという訳である。故に吐痰によってラッセルは消滅すべきであるが、後続喀痰がある以上容易にラッセルは消えないのである。この状態を医診はその局部に病があるごとく誤解するのである。
(二)「マントウ氏反応」とは、ツベルクリン注射によって陽性または陰性の区別を知るのであるが注射の結果その部に紅潮または腫脹を呈するを陽性といい、何等異常なきを陰性という。医学の解釈によれば陽性は既に結核菌に侵されており、陰性は未侵というのであるが私の解釈によればこれは反対である。その理由を事実によって解いてみよう。人間が毒虫や蜂に刺された場合腫脹を呈するのは、もちろん虫毒による浄化作用のためであるがそれは毒に対するに処女的肉体であるからである。彼の中国人の一部には南京虫に刺されても何等の症状のないのは、既に抗毒素の発生によって解毒せしむるからである。また私の体験によればブヨに刺された場合非常に掻痒を感ずるが、頻繁に刺され慣れるに従い漸次掻痒を感じなくなる。これらもブヨ毒に対する抗毒素発生のためである。これらの例によってみても陽性とは結核生菌に対し抗毒素未発生のためであり陰性とは既に生菌に侵されて抗毒素既発生であるからである。そうして結核菌はなんら恐るべきものではない。何となれば決して感染するものではないからで、この事については後段に詳説する。
(三)「赤血球の沈降速度」
これは血液の清濁を測定する方法であるが、いうまでもなく濁血者は血液中に不純物を保有しているから、浄化作用発生しやすく罹病の機会が多い訳である。しかしながら濁血者は結核のみ発病するとは限らない。あらゆる病原となるのであるから、結核のみの病原に限定する点に医学の誤謬がある。
(四)「結核菌の顕微鏡検査」
医学は結核菌の有無によって病症の重軽を判定する。すなわち保菌者を解放性と称して警戒する。これはなんらの意味はない。となれば結核菌は前述のごとく感染の憂はないからである。
(五)「レントゲン写真」
医学の診断においてはレントゲン写真をすこぶる重要視しているがこれについて解説してみよう。レントゲン写真に表われたる胸部の雲翳(うんえい)の有無大小によって診断を下すのであるが、一体この雲翳なるものは何であるかという事である。私の研究によればこれは胸部または背部に滞溜せる毒素の固結である。しかるに多くの場合、肺臓の外部すなわち肺膜外、肋骨及びその付近の筋肉中に溜結せるものであって、肺臓内部に固結のある事は極めて稀である。ただこの場合肺臓外か肺臓内かの区別は容易に判明する。それは肺臓内の場合は呼吸に影響するからで、呼吸に異常のない場合、肺臓は健全であるとみてよいのである。また写真は平面的であるから、肺臓の内外前後等の判別は付け難いのであるが、医学は雲翳さえあれば直に肺結核と断定するのであるから洵に軽率というべきである。故にレントゲン写真の診断は不正確というべきである。もっとも医学においても正面側面背面等部分的に撮影し、繋ぎ合わしてみるという方法を執る場合もあるとの事であるが、これらは非常に手数を要し、一般的利用は不可能である。また何人といえどもレントゲン写真によれば多少の雲翳は必ずあるもので、全然ない人は極稀である。医学は大体右のごとき数方法を唯一のものとして診断を下すのであるが、その適確性を欠く事は右の解説によってみても識らるるであろう。
次に症状について概略説明してみよう。持続熱、咳嗽、喀痰はさきに説いたから略すが、血痰は毒血が少量ずつ痰に混入するのである。ちょうど腫物の破れたる場合、膿液に血液の混入をみるのと同様の理である。また喀血は毒素が排泄されんとして肺臓外の一局部に血管の亀裂を生ずるためで、これは脳溢血の場合と同様でただ脳溢血は脳に近接せる血管が亀裂するのである。もちろんこれらも浄化作用のためであって、毒血はいずれかの排泄口を求めて必ず出血するもので、痔出血、赤痢等も同様である。右の理によって喀血性結核は医学においても治癒しやすいとしてあるが、私の経験からいうもその通りである。
「羸痩(るいそう)」 結核者に羸痩は付物である。この原因は発熱、食欲不振、運動不足等によるのであって、特に発熱は体力の消耗おびただしいものがある。また食欲不振を緩和するため健胃剤を用うるが、これは一時的効果はあるが、その後に到って反動的に食欲不振を増進させるものである。次に運動は体力増進に効果ある代り発熱の原因ともなるので、この取捨按配が難しいのである。要は自然に心の欲するままに行動するのが最良の方法である。
「盗汗(ねあせ)」 医学の解釈によれば疲労のためというがこれは逆である。何となれば浄化作用の一種であって、熱によって溶解され液体化した毒素が毛細管から滲出するのである。ちょうど汚れ物を熱湯で洗濯したーその洗い水のごときものである。故に盗汗者は割合体力がある訳である。老人に盗汗者の少ないに見ても明らかである。私の経験上、盗汗者は概ね経過良好である。また感冒の場合、発汗すると治るのも同一の理である。
「胃腸障碍」 絶対安静によって結核者は運動不足となり非常に胃腸を弱らせる。これは健康者といえども絶対安静を永く続くるにおいて、胃腸は睡眠状態となり衰弱するのが当然である。いわんや病者においておやである。私はこの絶対安静程不可なるものはないと思う。この点も後段に詳説する。すなわち消化薬連続服用が逆効果を来し、発熱が食欲を鈍らせる等、実に結核者の胃腸障碍は多くの場合致命的ともいうべきである。そうして特に注意すべきは、結核と診断された患者の大多数は化膿固結性腹膜炎を保有している事である。この症状は腹部は普通の腹膜炎のごとく膨大がないので、医診は発見出来得ないのであろう。腹部はむしろ縮小している者さえあるが、触診すると硬化著しいのと熱感によって知らるるのである。故に硬化が胃腸を圧迫し、食欲不振の原因となり、腹部の固結が浄化排除さるる場合持続性下痢となるので、医家はこれを腸結核と誤るのである。またこの固結膿は咳嗽、喀痰、呼吸逼迫の原因ともなるので、これらの腹部症状の患者に対し医家は結核者となすが私はこれらの患者に対し、腹膜治療を施すにおいて漸次快方に向いついにいわゆる結核は治癒するのであるから、医家の誤診もまたはなはだしいというべきである。
「呼吸困難」 この症状も結核者に最も多く、患者によって差異がはなはだしいが、いずれかといえば悪性である。そうしてこの原因は左のごとくである。
(一)肺臓内に毒素滲透し、それが多量の場合肺の容積が減少するため、必要量の空気を吸収するには呼吸回数を多くせねばならず、その為の場合。
(二)肺膜外に、既往症である湿性または化膿性肋膜の治癒後、その残存膿結のある場合浄化発生によって呼吸に支障を与える。
(三)横隔膜付近の膿結に浄化発生の場合、これが呼吸に圧迫を及ぼす。
(四)発熱により全身各局部特に肋骨付近にある毒結が溶解し肺臓に滲透せんとする場合肺自体がそれを吸収せんとし、呼吸運動が強化さるる場合
「疲労感」 これは発熱及び体力消耗による全身的衰弱のためである。
ク.医学の肺病治療法――安静法、薬物栄養療法、解熱剤使用、気胸療法の問題点。
(天国の福音『結核の経路』▲より)
結核初期に到るまでの経路はさきに述べた通りであるが、次の段階からが問題である。すなわち医師はまず絶対安静、薬剤使用、栄養食、空気療法等を奨めるが、空気療法以外はいずれも浄化停止療法である。まず安静法は最も効果ある衰弱法で、その結果浄化力微弱になるから下熱を始め、他の症状は緩和する。また薬物栄養療法も同様浄化停止法である以上、軽快に向かうよう誤認するのである。故にたまたま患者が運動をなす場合浄化力発生し発熱する。医師は驚いて運動を戒めるという事実は、結核者の常に経験する所であろう。
ここで注意すべきは、解熱剤使用は最初はある程度効果を奏するも、これを持続する時は漸次反動作用を起し、執拗な高熱が持続し、いかなる解熱法も奏効せぬようになるものである。すべて薬物持続は中毒的反動作用を起し、逆効果となるのである。彼の下剤持続者が慢性便秘症となる事や、モルヒネ、コカイン等の中毒者がいつしか放す事が出来なくなるにみても肯かるるであろう。以上のごとき高熱症状が長時日持続する場合漸次衰弱を増し斃れるのである。また末期の場合多くは喉頭結核及び腸結核に侵されるものであるが、実は私の研究によれば喉頭結核とは腐敗せる古き痰の猛烈なる毒素が咽喉を通過するためと喉頭付近の毒結に浄化発生のためとであり、腸結核はさきに説いたごとくである。
(『医療誤点の種々相』▲より/『栄光』152号)
気胸療法であるが、これも肺の外部にある膜と膜との間に空気を入れ、肺を圧迫して活動を弱らせ、呼吸を微弱にする。それによって肺の内部にある毒素の浄化は停止されるから、それだけ下熱し、咳も痰も減って治るように見えるので、言わば肺臓だけの局部安静法である。このように医療は固める事を原則としている以上医学の進歩とは固める方法の進歩でしかない事は、余りにも明白である。何よりも安静中少しでも運動をするとたちまち熱発するが、これは幾分でも浄化が発るからで、医師は慌てて戒めるのは、毒結溶解を極度に恐れるためである。
(『御教え集』第10号/S27.5.17より)
肺を取巻いている膜と膜の間に空気を入れて、肺を圧迫するんですね。だから肺が、こう(伸縮自由)になっていたのが、少ししかならなくなる。つまり肺の絶対安静ですね。それで段々萎びていくんです。あれは人間でも、手など使わずに置くと段々萎びて来ます。あれと同じです。萎びて来るから空洞が小さくなる。あれで良い様に思っているが、あれを普通にすると又空洞も大きくなる。つまらない事なんですよ。だから気胸というのは、一時的に症状が減るんですね。それで治ると、斯ういう風に間違えちゃったんです。
ケ.浄化が強くなり、結核の再浄化が起きている。結核に多い再浄化は漢方薬が主な原因。
(『御教え集』第13号/S27.8.5より)
結核の再浄化――一旦良くなってそれから再浄化が起って、それが反ってしつこくて、症状も熱が出、痰と咳が出て、食欲が減り衰弱が強い、という事は御決の様になってますが、それはやっぱり浄化が強くなっているのです。
(『御教え集』第31号/S29.2.27より)
結核などで再浄化がよく出ますが、あれは何かというと、西洋の薬もありますが、結核などの人は最初は西洋の薬でやっているがどうしても治らないのです。迷って、大抵は漢方薬を飲むのです。ですから結核の再浄化というものは漢方薬が主な原因です。そしてお茶の代りに飲むようなものですから、非常に量が多いのです。取っても取っても後から後から出て来るのですが、これはみんな漢方薬です。
コ.結核の再浄化は、寝たり起きたりする程度の安静で発熱しないように、気長にゆっくりやる。
(『御教え集』第13号/S27.8.7より)
再浄化で一番いけないのは熱が出る為に咳と痰がうんと出るというので、食欲が無くなってそれで衰弱するのです。衰弱で参って了うのです。だからそうしない様にするには熱を無くするのです。それには安静に限ります。安静と言っても医学の様に床縛りみたいでなくて良いです。寝たり起きたり位の程度でそうして熱を冷すのを主にするのです。そうして熱が無くなって――無熱になってからボツボツ運動をし始める。それで又熱が出そうになったら安静にする。という様に気長にゆっくりやるのです。そうすると心配なく必ず治ります。
サ.肺結核
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 一番の急所は右の延髄で、次は頸、咽喉の辺の淋巴腺である。又、頭の脳天の事もあるし、腋の下、肩、腎臓、背中、それから股(鼠蹊部)や陰部等を浄霊すると熱は下る。急所を浄霊すると直ぐ楽にはなるが、急所を外れると平均浄化して熱が下らないとか、咳がふえるとかいう事になる。そして病気が段々治って行くのに倒れるというのは衰弱の為が殆んどである。熱が出る、咳が出る、その為睡眠不足になる。そして食欲不振となり、死亡するという訳で、食慾を減らさぬ方法は、よく肩を浄霊して、柔かくする事である。
結核の再浄化の場合は、安静(床縛りの意味でなく発熱を少くする為)にし、あまり運動はせず、浄霊は幾度やってもよいが、肩を主とし、頸の廻り、肋骨附近をする。次に頭であるが、結核の熱は頭が多いが、肩をやれば頭もよくなるからその心持でやるべきである。
(註) 本項については御神書「結核の革命的療法」「結核信仰療法」を熟読されたい。
(註 霊的な肺結核は「第5章 2.死霊 ④ 喘息、肺結核」で掲載)
④ 慢性気管支炎
(アメリカを救う『慢性気管支炎』より)
「慢性気管支炎」 これは体内の何処かに、薬毒の固結があって、それが少しずつ溶けて出ようとする場合、割合固い為、頻繁に強い咳をしなければならないのが原因である。何よりも痰さえ出れば楽になるのはそういう訳である。処が医療は咳を停めようとするから逆になり、遂に慢性となってしまい、長い間苦しむのであるから、この病気も自然にしていれば必ず治るものである。
⑤ 肺炎
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『肺炎』▲より)
「肺炎」 これはよくある病気ですが、診査も至極簡単であります。肺臓の下部即ちちょうど「乳の下」に当る個所、そこへ膿が溜る。即ち「痰」が溜るんであります。手をあてると「乳の下」だけが特に火のように熱いので、すぐに判るのであります。症状は、喉がぜいぜいいって、咳と痰が非常に出る。熱は四十度前後であります。原因は浄化法の最も急激徹底したもので、要するに「風邪の重いもの」と思えばいいのであります。ですから、肺炎はむしろ健康の人に起ります。つまり「健康だからおこる」訳です。まず、大浄化法が行われる訳で・・・「風邪」の熱で溶解された・・・頸部及び肩部の膿が、胸部一帯に氾濫すると、その重味によって一旦肺の下部に溜る。そしてなおも熱を以て溶解され、痰になって肺胞を通過して出るのであります。それで喘音のあるのは、肺に痰が滞溜している為であります。右の方が鳴る時は右肺、左の方が鳴る時は左肺に痰があるのであります。治療の場合は、乳の下の浄化をやればとても簡単に治るのであります。そして間もなく平熱になるのであります。肺炎を平熱にしようとして、一時間位治療すれば一回でも治るのであります。私は肺炎の患者を働きながら一週間で治した事があります。肺炎から喘息になる場合がよくあります。それは・・・肺炎の時、解熱剤を使用する為、溶け損ねた痰が下降して、喘息部に滞溜するからであります。肺炎が拗(こじ)れるのは、解熱法の為であります。肺炎の痰が溶解され損ねるから、外部へ排泄する力を失い、肺臓の中途で停滞するからであります。こういう人は、非常にラッセルが聞えるので・・・肺結核の進んだように思われる事がよくあります。この痰は、一旦浄化作用をされた痰ですから、非常に溶けやすいのであります。肺炎が治ったと思っても、未だはっきりしない人がある。そういう人は「乳の下」がやはり熱い。そこに残っている訳であります。肋膜肺炎というのがありますが、これはやはり、膿が下部へ溜ったのが溢れて、幾分肋膜へ滲出するからであります。これも治癒は非常に速かであります。小児にも多いんで小児肺炎といいます。
(『麻疹なんか何でもない』▲/『栄光』205号)
肺炎になるや、非常に呼吸が急(せわ)しく苦しそうなので、周囲の者は驚くがこれは何でもない。そのままにしておけば、精々二日か三日で治ってしまうのである。というのは肺胞にも麻疹すなわちブツブツが出来るからで、ツマリ肺の容積がそれだけ減るから、呼吸を頻繁にしなければならないからである。また中耳炎もその部に麻疹の毒が集り排除されようとする苦痛であるから、これも二、三日で治り、少しも心配は要らないのである。ところがこの病気も浄霊によれば、発病から二、三日で峠を越し、快復に向うのである。
ア.肺炎
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 感冒に罹った場合、薬毒やその他の方法で浄化停止を行う以上、再び固まってしまうと共に、新しい薬毒も追加されるので、感冒に罹る度毎に毒素は累加し、或る程度に達するや一時に浄化活動が起る。それが肺炎である。
浄霊 肺臓の下部、即ち乳の下に当る個所、其処に毒結がある。それを背部より浄霊する。
⑥ 肋膜炎(湿性、乾性、化膿性)、肋間神経痛、肋骨カリエス
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『肋膜炎及び肋間神経痛』▲より)
この病気[肋膜炎]は、肺の外部に肺を包んでいる膜があります。その「膜と膜との間」へ水が溜り、又は「高熱」を発するのであります。肋膜炎には、湿性、乾性、化膿性の三種があります。一番多いのは湿性肋膜炎であります。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『湿性肋膜炎』▲より)
これ[湿性肋膜炎]は「水」が溜るので、その「水」というのは尿であります。ですから、発病して水が溜る際には尿の量が一時非常に少いのであります。発熱は大抵三十九度台が普通で、四十度を越す事は滅多にないのであります。最初は非常に痛む。これは水が溜る為、膜に間隙を生ずるからで・・・水が溜りきると、痛みが減りますが、その代り呼吸苦しくなるのであります。特徴としては・・・眩暈と盗汗、過眠等であります。特に呼吸苦しい事であります。それは、水が溜る為、肺が圧迫されるからであります。ですから・・・「肋膜炎の息苦しさ」は・・・「吸う息は長く、吐く息は短い」のであります。専門家は、普通最初利尿剤を服ませますから、小水が余計出て一時快くなりますが、日を経るに従い「逆作用」が起ってきて、再び尿量が減り、水が溜るので、今度は止むを得ず、針で穿孔して水を除るのです。普通一合ないし三合位出るものであります。しかし、水を除ってから、そのまゝ治ってしまう事もありますが、また溜ってくる事もあります。原因としては、腕を使う為に起る場合が多い。例えば、非常に力業をするとか、高い所へ手を挙げるとか、胸を打つとか、そういう事が動機となるもので、器械体操など、上へ飛びついて力を入れる為、殊におこし易いのであります。又「自然におこる」場合もあります。肋膜の水が肺へ浸潤して、咳や痰が出る場合があります。最初はそういう事はないが、少し長びくと、そうなるのであります。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『乾性肋膜炎』▲より)
「乾性肋膜炎」 これは水が溜らぬもので、水は溜らぬが、湿性と同様に膜間に空虚が出来るので、非常に痛むのであります。この痛みは、膜と膜とが「離れる為の痛み」と「擦れる痛み」とであります。これは、一週間位で全治致します。しかし、乾性肋膜炎は極少い病気で、よく、「乾性肋膜」といわれて来る患者を査べてみますと、ほとんどそうではないのであります。それは、肋骨に水膿が固結して痛むので、実は肋間神経痛でありますが、よく間違えられるのであります。この痛みは・・・稲妻のように迷走的に痛むのであります。これは普通一ケ月位、重症で三月位かかるが順調に治るのであります。肋間神経痛である・・・いわゆる乾性肋膜炎の治療法は・・・骨の痛む所を一所一所溶してゆくから相当時日がかかります。これにもひどいのがあって、以前、両腕から背部全体が痛むという、頗る広範囲の神経痛の患者があったが、三月位かかって漸く治ったのであります。こういう例もありました。これは霊的でありますが・・・ある商店員で「胸が痛い」というので、そこを治すと、こちらが痛む・・・というように胸中に痛みが動くのです。これは「蛇の霊」なんで、最初はその家の娘さんが肋膜になり、私の所で治り、次に、女中が同様の状態で治り、次に小僧さんが同じ様な症状で来た訳であります。その「蛇の霊」を私に憑かしてきいてみると、それは、そこの家の「祖先」であって「祀ってもらいたい」という訳だったので、早速、「龍神」として祀ってやったら、それから、その家にそういう病人は全然なくなったのであります。この種のものでも、別に祀らなくとも本療法で治るのであります。肋膜炎を治療する時は・・・胸に触ると熱の所があるから、そこをやりつつ、痛みを問診しながらやればいいのであります。息を深くさせると痛い所がありますから、そこを治療して、息をさせて痛くなくなればそれで治った訳であります。患部としては、乳部付近から横腹から、背中へかけてであります。もう一つの眼診でも判る場合があります。背中を見ながら息を大きくさせると、余計拡がる方の肺は健康で、拡がらない方は水が溜っている訳であります。右が悪いか左がわるいか・・・という事を見別けるのに、病人は右か左かどっちかわるい方を下にして寝るものであります。何となれば、悪い方を上にして寝ると、圧迫されて苦しいからであります。食物は、普通の米飯でよく、安静にしなくとも、苦痛でない限り働いていてもいいのであります。肺でも肋膜でも、絶対安静にすると治りがわるいので、なるべく身体を動かした方がいいのであります。肋膜など、発病したてなら二、三度で治ります。風邪より治りいい位のもので、極くひどいのでも一週間と思えばよいのであります。肋膜が治ってから二、三年も経つと、背中又は胸部に腫物が出来る事がある。これは、肺が丈夫になり、浄化作用によって膿が押出されて来たので、チッとも心配ないどころか、極めて結構な事なんで、ほったらかしておけば、自然に膿が出て治るんであります。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『化膿性肋膜炎』▲より)
「化膿性肋膜炎」 これは湿性肋膜炎で水が溜るように、その個所に膿が溜るのであります。最初から膿が溜るのと、湿性肋膜が長引いて化膿性になるのと両方あります。普通、悪性とされていますが、吾々の方では、とても治りいいのであります。随分ひどいのも治るのであります。「湿性肋膜が化膿性肋膜になり」又は、「本来の化膿性肋膜のその膿が、肺に浸潤して、痰になって出る」場合があります。この場合よく肺結核と診られるのであります。以前三十位の婦人で、某大病院に入院していたんですが、私が行ってみると、背中へ孔を穿(あ)けて毎日膿を除っていた。そして断えず膿が出る。咳一つしても、息を一寸深くしてもダラダラと牛乳のような膿が流れ出るのでした。段々衰弱してゆくので、ついに退院して私の方へ治療に来たのです。すると、傷口には「ガーゼ」が細く入れてある。そしてその穴が塞がるといけないから・・・というので、近日もう一個所大きく切る事になっていたのであります。その穴は、針の穴位になっていたんですが、私の所へ来てからガーゼを詰めなかったので、翌日穴は塞がってしまった。その日治療に行ってみると、その婦人は御亭主の前で泣いている。「なぜ泣いているのか」と訊くと「実は、傷が塞がると、膿が頭へ昇って脳症を起し、生命がないとの事を聞いているから、穴が塞がった以上もう生命がない」と絶望しているのであります。「それではもう一遍病院へ行って切ってもらったら・・・」と御亭主は奨めるけれど、「もう今更再び病院は嫌だ」と御本人は言っている。それで私は「そんな事はない。外から膿を溶かせるから」と慰めた所・・・まあ、半信半疑でとにかくそのままになった。そのうち段々具合がよくなって、食欲はつき、歩いて便所へ行けるようになった。そして一週間程経ったらお正月で、お雑煮を三杯も喰べたのであります。そして一ケ月余りですっかり治ったのであります。これは化膿性肋膜炎でも、随分ひどいものだったのですが、今でもピンピンしております。
ア.湿性肋膜炎
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 腎臓委縮による余剰尿が、肺臓を包囲せる膜と膜との間に間隙を作って溜る。
症状 大抵は三十九度から四十度位の発熱があり、目眩と盗汗、過眠で特に息苦しい。
浄霊 背面より腎臓部と肋間部を浄霊する。
イ.乾性肋膜炎
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 膜と膜とが離れる為の痛みと、擦れる痛みである。
症状 激痛を伴なうのである。
浄霊 背中を正して痛む所、及び有熱部。
注意 本病はごくまれで、大抵は肋間神経痛である。
ウ.化膿性肋膜炎
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 脊椎カリエスと殆んど同様であって、脊髄から膿が肋膜へ浸潤滞留するので、その膿量は割合多量である。悪性に至っては医療は穿孔排膿を行い、数カ月又はそれ以上に亘って毎日相当量の排膿があるのである。最初からの化膿性もあるし、湿性が化膿性になることもある。
浄霊 背面腎臓部及び肋膜部。
エ.肋間神経痛
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 肋骨に水膿が固結して痛む。
症状 非常に痛む。この痛みは稲妻型である。
浄霊 骨の痛む個所を浄霊する。
オ.肋骨カリエス
(天国の福音『カリエス』▲より)
肋骨カリエスは右(註 脊椎カリエス)と異なり、これは単なる薬毒が骨膜の裏面に溜着し、浄化によって外部へ排泄されんとして肋骨または骨膜を穿孔する。それがための激痛であるから、本医術によれば容易に全治する。
(註 脊椎カリエス、腰骨カリエス等は霊的な原因)
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 薬毒が骨膜の裏面に溜着し、浄化によって外部へ排泄されんとして、肋骨又は骨膜を穿孔する。激痛はそれが為である。
浄霊 肋骨部の押して痛む所を表裏より浄霊する。
<事例1> 固まっている肋膜の水の溶け方が悪いから衰弱しているが、グズグズしていると死ぬ。浄霊の商売人がやって、ある程度までいったら素人でもよい。
(『御教え集』第8号/S27.3.7)
(お伺) 曳野清野(昨年十一月入信。三十歳)五年前湿性肋膜炎にて、少量の排水とカルシウム注射十五本で、一時良くなっておりましたが、昨年風邪が因で再発し、肺結核と言われ、絶対安静を致しパス十日分服用致し、その頃より御浄霊を戴く様になり、一時大変良くなり外出も出来る様になりました。本年二月再浄化を戴き、吐痰激しく、食も進まず衰弱して参りました。発熱は余りありませんが、激しい咳と多量の喀痰に苦しんでおります。喉頭に痛みを感じ、声も出ず、食事も出来兼ねますが、咽喉が渇くと言い水は可成り飲みます。盗汗や痔(痰?)も出ますが、衰弱は殆ど其極に達した感が御座います。兄は咽頭結核で、母は胃癌で死亡しております。御屏風観音様はお祀りさせて戴いておりますが、御神体は未だで御座います(。?)御浄霊の急所に就き御教示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
やっぱり胸です。胸から横腹、背中にかけて、触って見ると、熱の一番強い処に毒が未だ残っている。肋膜の水が固ってね。そこを浄霊すれば訳なく治るんです。之は、教団の教師の人にはやって貰ってないですか。
「支部の教師が時々参っておりますが、他は主人がしております」
主人じゃ駄目だな。やっぱり、商売人――と言っては変だが、浄霊の商売人がやらなければね。グズグズしていると、之は死んじゃいますよ。万一、商売人がやって、或る程度迄いったら、素人で良いんですがね。何でもないんですよ。肋膜の水が固っているんで、それが溶け切らない。溶け方が悪いんだ。それで衰弱しているんです。それと、食欲がないしね。まあ、一週間位商売人にやって貰うんですね。
<事例2> 肋間に毒が固まっている。咳は頸部淋巴腺。治りはいい方だが、浄霊個所の見当違いで遅れている。
(『御教え集』第4号/S26.11.1)
(お 伺) 昨年九月、結核再発以来絶対安静にて専ら灸療法にて薬は殆んど服用せずに治療して居りましたが、はかばかしくないので、本年に入りマイシン二本とパス三十日間服用致しましたが、益々衰弱し、一時は食事もろくに入らず苦しんで居りました処、三月末より本教の浄霊を戴き、五月中旬には大変元気にさせて戴きました。六月廿三日には御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。妻は結婚前、昭和二十四年の暮に入信させて戴いて居りましたが、私が分らなかった為、一時お道から遠ざかって居たのですが、私の入信により、改めて信仰させて戴く事になりました。御屏風観音様を御奉斎した翌日、再び再浄化を戴き痰が多量に出ましたが、その後お蔭様にて漸次楽にして戴き、痰も少量となり、七月中旬よりぼつぼつ起きる事が出来る様になりましたが、動くと呼吸が苦しくなるので、戸外散歩は出来ず、室内丈けをぼつぼつ動いて居りました。九月上旬より咽喉が痛くなり、声がかすれて来ましたが、御浄霊により、間もなく痛みは取れました。現在二、三日咳が続くと咽喉が痛くなり、咳が少なくなると痛みは取れます。只今の所、常時床に就いて居りまして、咳をすると呼吸困難になります。食事は毎食茶碗で山盛一杯は入りますが、余り美味しく頂けません。毎日妻に浄霊を受けて居りますが、先生にして戴くと其日及び翌日は非常に元気が出ます。因に私の家では、最初私が肋膜炎で病状はかばかしくない時に、実兄が戦地より帰り、胆石病らしい原因不明の病気に罹り、私の病気は治りましたが、兄は手術をし原因が分らず、以後持病となり苦しんで居りましたが、家を分ける事になって、兄が現在私の住んで居る家を出て行きましたら、兄の持病は次第に治り、只今では元気になって居りますが、私が発病しました。父は二十六年前腹膜炎で死亡、弟は十二年前肋膜炎にて死亡して居ります。位牌は御教え通りに御祀りさせて戴いて居ります。私の浄化は、何か家にも関係がある様にも考えられますが、御垂示の程御願い申し上げます。尚、只今は浄霊箇所として後頭部、頸部、延髄、肩、心臓(前後)、腎臓、鼠蹊部を主として居ります。
〔御 垂 示〕
之は、浄霊を少し見当違いをしている。だから治りが悪い。之は割合に治りが悪い方じゃないですね―旨く急所に当れば、相当早く良くなっていきますからね。普通息苦しいと言うのはよくありますがね。肋間神経痛じゃないんだが、肋間に毒が固まっている。そう言うのは押してみて、一番痛い所を――大抵横腹が多いですが――そこを浄霊すれば、息苦しいのは、非常に良く治ります。それから、こゝ(頸部淋巴腺)です。之が大抵の原因ですね。熱、息苦しい――咳ですね。そこがどっちか熱いですね。固まりがあります。この人も、そこをやって御覧なさい。そうすると、ずっと良くなる。霊的も幾らかありますね。肋膜で死んだこの人が、救われたくて憑るんですがね。悪い意味じゃない。だから、自然に段々救われていきますからね。弟は十二年前――之ですね。父は二十八年前――之は関係ありません。方々を浄霊してますがね。こう言う――動悸や息切れは、心臓が悪いんじゃないんだからね。他に原因がある。こう言う処(咽喉)が悪くてドキドキするのがありますからね。今言った様にしてやれば治りますよ。
<事例3> 肋間神経痛。少しよく浄霊すれば大したことはない。呪いは怨の霊だから効くが、神様の御守護があれば障りはない。
(『御教え集』第4号/S26.11.18)
(お 伺) 柏木薫(二十七歳)昭和二十四年十月肺の御浄化を戴き、お道によって治して戴き、夫婦にて入信させて戴きました。今年四月頃より再度御浄化を戴き、咳がひどく八月十九日より私方(支部)に泊り、御浄霊をさせて戴いて居ります。来た当時は、非常に痩せ、又よく眠たがり、暇があれば眠って居ります。現在は少し肥った様で、咳は多少少なくなり痰がよく出る様になりました。左を下にして寝ると咳が激しく眠れません。何かすると、呼吸が激しくなります。私方え(へ?)来る前、皆に奨められレントゲンを撮りましたが、左肺は全部、右肺は半分悪くなっていると言われたそうです。又、耳も聞え兼ねる様になり、呼吸激しく入浴や散歩も好みません。光明如来様、御屏風観音様はお祀りさせて戴いて居ります。六年程前、初めの妻と折り合い悪く別れ、間もなく再婚し二人の子供がありましたが、当人が支部に来た頃亡くなり、子供の死因が不明にて行者(島根県)にみて貰った処、先妻の呪にて病人に対し、地方でよくある「午の刻参り」がしてあり、稲荷の裏の木に人の形を彫り、六寸釘が七本打込んであったそうです。病人は島根県にて、現在滋賀県の支部え(へ?)来て居り、本人は子供の死を知りません。何の様に御浄霊致しましたら宜敷いでしょうか。又この悪縁を何うすれば宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
之は、霊的は少しありますが、あんまりありません。肋間神経痛ですね。肋間に毒がありますから、少し良く浄霊してやれば大した事はない。左を下にして寝ると――と言うのは、右のこゝ(横腹)に毒があるんです。息が激しく――と言うのも之です。右の横腹を押して御覧なさい。痛い所があります。その浄化です。こう(左を下に寝る)すると、垂れて来て肺を圧迫するんで、それで咳が出て息苦しかったりするんですね。耳が聞え兼ねる――之も、耳の方に来ているんだから、こう言うのは治ります。入浴、散歩を好まない――息苦しくなるから好まない。
それから、こんな呪をされる事がありますが、神様の御守護があれば何でもないですよ。呪と言う事が間違っているんですからね。然し、呪と言うのは、効かない事はないですよ。中々効きますよ。あれは、怨の霊ですからね。効くけれども、こっちに神様の御守護がある以上、障りはありませんよ。然し、こっちが信仰する神様の力がないと、或る程度やられますが、メシヤ教の神様は何んでもありませんからね。そんなものは寄り附けもしません。ですから、今言った――胸から横腹にあるから、それを浄霊してやれば良い。力を入れないで、痛い処か熱い処がありますから、それをやると、段々治っていきます。
<事例4> 心臓弁膜症ではなく、肋間神経痛。急所さえやれば訳なく治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.25)
(お 伺) 増田しげ(三十四歳)六年前より心臓弁膜症にて注射、服薬等良いと言う事は何でも致しましたが、段々悪化する許りとなり、本年八月御浄霊を戴く様になりましてより、食事も美味しくなり、大変良くさせて戴き、腹部に下がり、下り物が致しました。九月には主人と二人入信させて戴きました。其後咳の御浄化を戴き、呼吸激しく、床に就いても上半身の圧迫感が強く、呼吸が苦しくなります。今後何処を御浄霊させて戴きましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
良いと思う事が悪いです。之は見当違いをしているな。之は、心臓の周りに毒があるんですからね。之は、胸から横腹――後ですね。押してみて、痛い処があるから――其処から出る。之は肋間神経痛ですよ。だから、急所さえやれば、訳なく治るんです。急所をはずれている。咳だから、咽喉と思って、咽喉をやっているんじゃないかな。自分で押して見るんです。そうすると良く分りますよ。そこを取ってやれば、ずんずん良くなりますからね。
<事例5> 乾性肋膜炎。薬毒が喉に出てきたからしみる。衰弱していないから治る。
(『御教え集』第1号/S26.8.5)
(お 伺) 私の娘(美智子24才)昭和二十四年九月、急に発熱、頭痛の為医師の診断を受けました処、乾性肋膜炎と診断され、それより一週間後診断を受けました処、今度は肺結核と診断。絶対安静をする様に申され昭和廿年十月迄(?)一日おき位に、カルシウム及びブドー糖の注射を廿六年七月迄受けて居りましたが、経過は弱るばかりで、其後医師の勧めによりマイシン二十本とパス六箱服用致して居りました。其間殆んど絶対安静を致して居りましたが七月上旬、此お道を知り御浄霊を受けました処、大変気持もよくなり起上って散歩も出来る程度迄良くなりましたので、早速同月十八日私が入信さして頂き御浄霊をさして頂いて居ります。其間備前町の教会へもお参りさせて頂き、又教師の先生にも約一週間程出張して御浄霊を受けました為大変元気になり嬉んで居りましたが、最近暑いためか身体がだるく食事も以前よりは余り進まず、又塩気の物等は咽喉にしみ、大変気持が悪いと申して居ります。御浄霊の箇所及今度どの様に致しましたら御救い頂けましょうや御教示御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
前と同じです。喉にしみるのは薬毒が喉に出て来たのです。今云ったやり方でよろしい。喉にしみるのは余り面白くない。たんと衰弱していない様ですから治るでしょう。
<事例6> 異物は体内にあってはならず、苦痛になるから早く出す。
(『御教え集』第1号/S26.8.16)
(お 伺) 謹んで御伺い申上げます。私は田中由男と申す者で御座いますが、三年前医師より結核と称する病名を付けられ色々な治療を受けて参りましたが治らず、最近では気胸療法数十回施しましたが尚効果なく、現在では、整形手術慮法を行い肋骨二本を切離し、手術個所よりピンポン玉の様な玉を入れて肺を縮小させると言う治療を施して居りますが尚結果は悪く、現在迄に十七個の玉を入れて戴いたがますます呼吸は困難となり苦しんで居りました処、有難い事には救世教の御浄霊を戴き、現在では約一カ月位の御浄霊を戴きまして大変楽になり喜んで居ります。尚八月十一日には御光様を戴いて観音様の御用をさせて戴き度懸命で御座います。
右の場合入れました十七個の玉は出して貰った方が宜しいで御座いましょうか。医師の言うのには此玉はいやな時には何時でも簡単に出して上げますとの事であります。私は気持が悪いから出した方が良いと思います。玉を出しました後の結果と御浄霊の方法を御教え下され度御願申上げます。
〔御 垂 示〕
玉は出した方が良いですよ。玉があってはいけないんですから。若しあっても良いなら、神様――造物主が玉を入れて下さる。肺に玉を入れると云う事は大変な間違いです。実際医学は――何と云って良いか判らないですね。だから早く出した方がいいです。最初、他に苦痛があるので紛れるが、他の苦痛がなくなると、苦痛になるから早く出した方が良い。出せば、空洞とかも段々治って来ますから、早く出した方が良い。恐らくこんな馬鹿気た事はないですよ。
<事例7> 肋間に毒がある。肺浸潤は肋間などの毒が溶けて、痰になって出るから非常に良い。薄い痰だから直に治る。
(『御教え集』第4号/S26.11.28)
(お 伺) 辰巳芳子(昭和二十三年二月入信。二十七才)昭和二十二年十二月より左肺浸潤の為御浄霊を戴き、大学へ通学出来る程に良くなりました。然るに本年四月頃より咳(息を吸う時ヒューと音が致します)が続いたり良くなったりを繰返し、八月頃からは咳が頻繁となり、御浄霊を毎日戴いて居ります。医診では、右肺浸潤で熱は夕方六度七分から七度位の程度であり、痰は極く薄いのが出てを(お?)ります。咳はヒューヒューと言うのは無くなりましたが、未だに頻繁で特に夜激しく御座います。御浄霊の急所、並びに一日の回数に就き御教え戴き度く御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は何でもないですがね。肋間に毒があるんです。肋骨の間にね。胸から横腹にかけてね。押すと痛いですからね――直きに分ります。それから出るんですね。肺浸潤と言うのは、非常に良いんですよ。あんな結構なものはないですよ。こう言う処の毒が溶けて、痰になって出るんですからね(。?)この人は、薄い痰だから直き治りますが、浄霊に力が入るからですよ。力を抜けば、こう言う処なんか、どんどん溶けますがね。それから、ここをやったら良い――顎の下ですね。そこに必ず熱がありますよ。
<事例8> 気胸で肋膜が敗れたことが原因。たくさんある薬毒が痰、ヌラ、血痰、喀血で出れば治るが長くかかる。身体が傷物だから労働せずに絶対菜食で、治ってからも一年位はブラブラし、特に手に力を入れるのが悪い。
(『御教え集』第5号/S26.12.15)
(お 伺) 昭和十八年肺浸潤にて医療を受け、昭和二十年秋に再発しマイシン二本注射しましたが効果なく気胸を致しました。其の時医師の不注意により肋膜が少々破れ、空気が洩れる為呼吸困難となり、大変苦しみました。其後はラジオドクターの放送を聞き乍ら安静療法を致し、半年余りカルシウム剤を服用致しました。昭和二十五年お道を知り、妻が入信、会長先生と妻の御浄霊により、一カ月位で大分呼吸も楽になりましたので、家業の八百屋の仕入れに自転車でかけ廻って居りました。九月頃より又呼吸困難となり、其後三カ月程会長先生の御浄霊を戴き楽になり、私も入信。光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。本年五月喘息で、息苦しさ甚だしく、横にもなれず苦しみました。之も先生の御浄霊で楽にならせて戴きました。十月三十日名古屋別院にて明主様の御参拝を戴き、翌日より一層呼吸が苦しくなり寝ついて了いました。咳や痰が甚だしく、体が段々衰弱して参り、先生の御浄霊を戴き、楽になりました。食物は魚、鳥、獣肉、サッカリン、ズルチン、合成酢、色粉等を入れた物を食べますと三、四時間後に、其物丈吐きます。最近は菜食に致して居りますが、何を食べても美味しく感じます。発病後少量乍ら十回程喀血し、血痰は毎日の様に出、朝夕は「ヌラ」の如きものを必ず吐きます。痰や唾は一日七、八合位出ます。右の息苦しいのは如何なる訳で御座いましょうか。又御浄霊の箇所御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
空気が洩れ――ああ、之はひどいな。つまり、気胸の時に肋膜――空気が――之ですね、原因は(。?)之が未だ治らないんだな。之がいずれ――膜でも、段々治るんですが、こう言うのは非常に暇がかかるんですよ。だから少し良くなって、八百屋さんか何かで――車引いて、之が悪かったですね。膜が、薄く着いた位だったのが、労働した為にはずれたんですね。元は医学に因る被害者だ。それで、未だ薬毒が沢山あります。それが、痰やヌラになって、それから血痰や喀血になるんだから、それは出る丈出れば無くなるが、労働は暫らく出来ませんね。治ってから一年位は――ぶらぶらしているのは良いが、力を入れるのはね。手に力を入れるのが悪いですからね。手に力を入れると肋膜にひびきますから、そんな風にして、気長に段々良くして――身体が疵物だから、少しづ(ず?)つ起きて、慣らせる様にして、一年位ぶらぶらしているんですね。菜食にしたのは、結構ですね。こう言うのは魚鳥獣肉は絶対いけない。そんなものだね。ですから、今じっとして寝て居れば、息苦しくないんだから、じっとして少しづ(ず?)つ――段々身体を慣らしていく、そんな風で治りますよ。
<事例9> 病気保存と病気増加法で入れた薬を、できるだけ早く外に出す。結果が良いから割合に早く治る。血痰が出ればなお結構。
(『御教え集』第8号/S27.3.5)
(お伺) 井上昇(二十七歳)昭和十八年中学にて体格検査の結果肋膜を発見、一カ年休学療養致し、二十年応召し、軍務中発病し、部隊内にて静養。終戦後は自宅にて療養致しました。二十二年第一健康相談所にて気胸不能と言われ、翌月右胸廓(郭?)整形手術にて、肋骨八本切断。二十四年左充填手術をし、樹脂球十五個充填。二十五年マイシン四十瓶注射(衰弱した為)し、二十六年腸結核との事にマイシン十瓶注射し、以後吸入器、アストールを用い、マイシン二十瓶吸薬す。今迄に使用したマイシンは七十瓶で御座います。樹脂充填後約半年頃より局部に微疼を感じ、水分が生じた為との事に、パス、チビオンを服薬療養致しました(。?)充填部腫状で、其後空洞に豆粒大の穿孔を生じ、該部より出膿、爾来連続して出膿、現在に至っております(。?)御浄霊を戴きましてより、樹脂球二十個全部脱出致しました。其後孔は縮まり血膿が少し出ております。淡黄色の痰は少量となっております。充填球脱出後は気分軽快となり、尿は濁りが減り、透明となりました。又食欲も旺盛になりました。以上の様な状態で御座いますが、御浄霊の重点御垂示願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
樹脂――プラスチックの玉ですね。マイシン七十本――随分金がかかったですね。脱出――之は結構でしたね。二十個――結構ですね。この人はお医者で作って貰ったんだからね。最初から打擲らかして置けば、とうに治っちゃった。一生懸命に、色んな事で病気保存と病気増加法をやっていた。だから、之は薬毒ですからね。今迄入れた薬を、出来る丈早く外に出して了う。そうすると治るんです。然し、この人は結果が良いですね。治りますよ。割合に早く治りますね。痰が出るのは結構ですね。血痰が出れば尚結構です。ですから浄霊は、自覚症状が幾らかある処ですね。そこを浄霊すれば良いんですからね。頸から肩ですね。それから胸の廻り――そう言う処を触って、熱のある処、そこに薬毒があるんだから、そこを浄霊すれば順調に治りますよ。それから肺の空洞――玉を入れた処ですね。そこも段々埋まってきますから――段々出来てきますから、少しも心配ない。
⑦ 肺壊疽、肺臓癌、粟粒結核、肺浸潤、肺門リンパ腺、肺尖カタル
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『結核及び喘息』▲より)
肺壊疽、肺臓癌、粟粒結核等は、稀な病気ですが、悪質であります。初期なら全治するが、二期以上はまず不治と見なければならないのであります。この病気は、徹底的説明をするには、どうしても現代医学を非難する事になりますから、徳義上、差控えたいと思うのであります。宜しく、実験によって知るより致方ないのであります。
(医学革命の書『結核の病原』より)
又肺浸潤は肺の外部にあった薬毒の固りが溶けて、肺に浸入し痰になって出ようとする病気で、之も自然にしておけば出るだけ出て完全に治るものを、医療は固めて出さないようにするから、結核にまで進展するのである。又肺門淋巴腺と肺尖加答児は、首肩の凝りが溶けて肺の上部から浸入する、それを曰ったもので、之も自然なら簡単に治るのである。又肺壊疽は肺の内部から外部へかけての腫物であり、粟粒結核は肺胞に出来た湿疹であるから、 放っておけば血膿が出るだけ出て必ず治るのである。 その他喀血及び血痰は濁血が出るので、結構な浄化作用であるから、医学でも喀血性は治りがいいとされている。斯うみてくると結核は治るに決ったものであって、治らないのは医療が治さないようにするのである。此事が分ったなら結核医学は百八十度の転換とならざるを得ないであろう。今日結核が益々増え、その対策に腐心し、莫大なる国費を支出しつつあるその無益なる努力は、到底黙視し得ないのである。
<事例1> 浄霊個所の見当違い。良い浄化状態だから衰弱を増さないようにしていれば治る。
(『御教え集』第3号/S26.10.21)
(お 伺) 昨年二月入信、七月に光明如来様御奉斎。本年四月資格拝受させて戴きました。入信当時肺浸潤にて二カ月程御浄霊を戴き、その後二回程喀血、後軽い御浄化をずっと戴いて居りまして、御守護によりまして、驚くべき多量の喀痰を排出させて戴きました。今月初旬左前胸部下部に激痛の御浄化を戴き、三回程の御浄霊にて喀血の御浄化を戴き、激痛も大変楽にさせて戴きました。現在の御浄化の状態は呼吸困難の為歩行に非常に激痛を覚えます。非常に元気で御座いましたが、この四、五日衰弱を増し、大変に痩せて参りました。食欲は普通人よりある位で御座います。小尿は普通位にて、強烈頻繁な咳嗽に苦しみ、多量の痰及び血痰、寝汗を出させて戴いて居ります。全身的に疲労感(脈搏百二十位)が御座います。二年程前に気胸十八回及びその時半年近く服薬及び注射をして居り、又以前淋病の折、相当量の薬毒が入って居ります。御浄霊の重点御垂示賜り度御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
之は、浄霊は誰がやったんですか。浄霊が見当違いをやっている。この人は肋間神経痛があります。肋骨に膿が溜っている。だから、肋骨を押して見て、痛い処に固まりがあるんだから、その為に息切れと熱が出、それで衰弱するんです。それを見つけるんです。こう言うのはこゝ(頸部)にありますから、之を見つける。それから頭、肩ですね。押して痛い処ですね。それから触って熱い処ですね。熱のある処、そこをやれば良い。浄化の状態は非常に良いですがね。之は治らない事はないですがね。原因は勿論薬毒です。薬毒が方々に固まっているんです。それを早く取ると言う事です。何時も言う通り、一寸でも力を入れない。そうすると溶け易いですからね。食欲があるんでしょう。ですから治ります。良い浄化です。唯、衰弱を増さない様にするんだが、今言った様にすれば衰弱も治りますがね。
<事例2> 睾丸結核も腎臓結核も誤診で、肺浸潤。医療が全快不能にしたが、若いから仕事ができるまでには回復するも、その間浄化がある。
(『御教え集』第4号/S26.11.28)
(お 伺) 二十四才の男子。昨年一月に下腹部の苦痛と尿の濁りに、驚いて医者にかかり、尿道炎との事でペニシリン十本、ダイアジン三十本を注射しましたが何の効果なく、八月には睾丸結核で、右を手術にて取り去りましたが変化なく、他の医師に診て貰いました処、右腎臓結核故、至急手術せよと言われ、十二月手術しましたが、猶はっきりせず、今年一月には両肺浸潤と言われ、以後気胸を左肺に行って参りましたが、三月頃より猛烈に尿道が痛み、全く不眠状態となりましたので、又ペニシリン四十本を打ち、レントゲンで焼き固めて参りましたが、依然として痛みは取れず、九月には医者も全快不能と言い、死を待つ許りでしたが、十一月に御道を知り、九死に一生を念じつつ御浄霊を戴きました処、十日目頃より猛烈な下痢の浄化を戴き、激痛は殆んど無くなりました。然し、尿は二十分に一回づ(ず?)つ御座いますが、完全なる体になるとは思われませんが、今度如何なる方法をさせて戴きましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
全快不能と――之がおかしいんですね。全快不能にしたんですからね――御自分がね。放ったらかして置けば、ちゃんと治っちゃうのを、一生懸命に病気保存法をやった訳ですね。実に――之をどうしても知らしてやらないと、人間は可哀相ですよ。如何なる方法って、つまり浄霊ですね。之は、睾丸結核なんて、之は間違いらしいね。と言うのは、手術にて方法なく――と言うんですからね。若し、それが病気の原因なら良くならなければならない。それが、変化なく――と言うんだから、誤診だった訳ですね。右腎臓結核――之も誤診ですね。と言うのは、手術をしても、猶はっきりせず――と言うんだからね。両肺浸潤――之は本当でしょう。肺浸潤と言うのは、さっきも言った通り結構なものですから、放ったらかして置くと良い。之は薬毒ですよ。小便に薬毒が混じって尿道を荒らす、そこに小便がしみますから、それで痛む。痛みは取れず――見当が違いますからね(。?)全快不能――実に罪悪ですね。之は何でもないのを、段々やって命迄奪うんですからね。実に大変な、恐るべきものですね。この人のは、大した病気じゃないんです。之は、医者がつくったんです。つくったと言うのは、レントゲン――薬毒が一番ですね。未だ、年も若いしするから、まあ――仕事が出来る位に迄は治るでしょう。然し、その間浄化がありますから――然し若いから大した事はないです。咳だとか下痢だとか、それから濃い小便だとか、そんな程度ですから。そう悲観する事はありませんが、実際、お医者が散々壊したのをこっちで修繕するんだからね。うんと金を使って壊して貰うんだから、之程愚かな、悲惨な話はないですね。
⑧ 肺患の事例
<事例1> 肺病は薬毒次第。肺病はそのまま治るように見えて再度薬毒の浄化が起こり、簡単にはいかない。
(『御教え集』第1号/S26.8.5)
(お 伺) 私の夫(岡崎照路30歳)は昭和二十四年四月発病(肺炎)陸軍病院にて療養、其後家事の手伝を致して居りました。昭和廿二年二月喀血致しましたが、翌年九月より約一年程明石師範学校に勤めて居りました。身体の調子が変って来ましたので郷里にて養生する様勧められ、三日置きにカルシウム、ビタミン注射を約四カ月間続け、其後マイシン二十本を打ちました処体も少し良くなり、農業の手伝を致して居りました(。?)二十五年四月に胃痙攣を起し、其際麻薬を二本打ってから動けなくなり、絶対安静半カ年、其後二十六年四月迄にパス七箱を飲みましたが何うにもならず、手術をする決心をして、レントゲンを取(撮?)りに早島療養所に行きましたら、左肺は鶏卵大の空洞と肺全体が悪くなって居り右肺は少し悪いらしいとの事で、手術は不可能との事、本人も死を覚悟していました処、本年四月中旬此お道を知らして頂き御浄霊を受けました処、大変気分も良く食事も美味しくなり、十日程してぼつぼつ散歩も出来る様になりましたので、約七里離れた備前町片上の教会へ汽車にてお参りさせて頂き、先生の御浄霊も受け其後十日程して大変良くなり、早速主人も又私も入信、続いて母(義母)も入信、六月十日光明如来様も御奉斎さして頂き、共にお道の為御用をさして頂いて居ります。本人も躯の調子が良いので近所のお方など毎日五、六人程御浄霊さして頂き、私も共に御手伝をして今日迄に五人お導きさして頂き微力乍ら御用をさして頂いて居ります。其間四日置位に教会へお参りさせて頂き今日に至って居ります。
最近の病状は足が痺れて少しむくみ気味で、甲も少し腫れて居るのと食事が以前よりは進まず、少し多く食べますと腹がはり、時々背中を引締める様で、だるい様な状況でありますが、本人も今は少し暑いからとも申して居ります。私が御浄霊をさして頂きますと楽になり、又ひどくなると云う澤(訳?)で御座いますが、本人の気持は大変しっかりしては居ります。現在では寝たり起きたりして居ります。今後どの様に致しましたら御救い頂けましょうや御教示御願い申します。尚叔母が三十年前肺結核、母が二十五年前腸結核で死亡して居ります。
〔御 垂 示〕
普通の順序です。一回良くなって、その儘治る様に見えて、再度薬毒の浄化が起る。之は一寸簡単には行かない。長くかかる。一週間に二度位浄霊する方が却って良い。浄化が強いと衰弱でやられてしまう。肺病は薬毒次第です。日の経たない人は皆治る。斯う云う場合、急所がありますから何処から熱が出るかを探り当て、そこだけを浄霊する様にする。そして、次々に熱の出る箇所を順序よくやって行けば治って行きます。右か左の頸、延髄、頭、腎臓、足の附根から股等が大体急所です。
<事例2> 浄霊すると薬毒の浄化作用が起ることを予め承知してやる。
(『御教え集』第4号/S26.11.28)
(お 伺) 二十七才の男、二十四年の暮より、急に声がかれ食物が通らなくなり、医診では咽頭結核と言われ、それ迄胸は、何の自覚症状もなかったのですが、レントゲンの結果両肺が相当に進んでいるとの事で、医療を加えてを(お?)りましたが、余り良くないので、二十五年九月より二十六年四月迄約七カ月入院致し、ストレプトマイシン五十本、他にチビオン六カ月服用致しましたが、右肺が癒着しているから肋骨五本切らなくてはいけないと言われ、手術が嫌で退院致し、専ら食事療法を行って居ります。自分では今の処、何の苦痛もなく少し位の仕事ができますが、血沈も多くレントゲンも完全でないので、勤める事も出来ませんので、御浄霊で治したいと申して居ります。チビオンが大変腎臓を侵すとの事で御座いますが、之を浄霊させて戴いて宜敷いもので御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
浄霊させて戴いて――宜敷いでしょうかと言うのは変ですね。だって浄霊しなかったら、絶対に治りませんよ。他に治す方法はないんですからね。させて戴いて――良いも悪いもない――治りたければ、すれば良い。あの世に行きたければ、止すと。この人は大しい(た?)事はないですね。
唯、薬毒ですね。薬毒を入れなかったら簡単に治るものですがね。浄霊すると薬毒の浄化作用が起りますから、それを、予め承知してやれば良いですね。それに、未だ体が衰弱してないから、体を掃除する間は大した事はないから、普通の浄霊で良い訳ですね。
<事例3> 病気の浄化に薬毒の浄化が加わった。肋膜と胸が急所。薬毒は五十年経ってもは固まったきりで溶けない。
(『御教え集』第4号/S26.11.15)
(お 伺) 池田修二(三十歳)昭和十六年左湿性肋膜炎に罹り、二年後左肺浸潤を患いカルシウム注射、漢方薬、縞蛇二十匹をやり、更にサフアランチン数本を注射し、一時小康を得ましたが、二十二年(四年後)に再発致しました。同年三月入信させて戴き、数回の御浄霊で元気にさせて戴きましたが、其の後疥癬、急性腎臓炎の御浄化を戴き、本年三月頃より衰弱が加わり、食事は茶碗に軽く二杯、一日二食にて時々吐気を催し、唾の様な苦い液体が出ます。雨の日や寒い日は起きる事が出来ません。午後になりますと三十八、九度の発熱があり、常に上半身に微熱がありますが、御浄霊を戴きますと下熱し気分が良くなります。夕刻一キロ位ゆっくり歩いて居りますが、僅かな坂でも相当に息苦しく感じます。痰は相当多量に出て、毎日軽い下痢が御座います。又黄色の小便が多量に出て居ります。発熱時は非常に肩から腎臓の固い処が痛みます。現在三、四日置きに教師の方に御浄霊戴き、自分でも致して居ります。御浄霊の急所を御教えの程御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
之は順調です。色んな――この為に治るものを治さないで置いてあるんですね。之で固めて、浄化が起って、今度は薬毒の浄化も加わった訳です。それから熱が出ると、やっぱり食欲が減って体力が消耗するから、相当衰弱は致し方ないですね。時々吐気――と言うのは薬ですね。結構です。唾の様な苦い――之も薬毒です。之は、元肋膜をやった時の、その水――湿性肋膜だからね――それが固まっているんだから、それで肺浸潤をすれば治るんだけれども、肺浸潤も止めちゃったからね。それで治るんだがね。浄霊の箇所は、肋膜の箇所で良い。こうやってみると、固りがありますよ。背中と横腹の間――胸ですね。そこを押してみて、痛い処があったら――グリグリがあったら――そこを浄霊すれば良い。私も始終やってますが、五十年位前に肋膜をやって、今もやってますが、大分溶けて来て、非常に具合が良くなっている。之はやって居れば治るから、ちっとも心配要らない。痰になって出るんですから、何も心配する事はありませんよ。それから胸です。胸を押すと痛いですからね。私なんかも、やっぱり痛いです。自分でやってますが、段々具合が良くなって来る。今迄に覚えない位気持が良いです。尤も五十年ですからね。五十年経っても、薬毒と言うのは固まったきりで、溶けないですからね。
<事例4> 浄霊する人によほど霊力がないと早く取れない。神様のご守護が違ってきているから、浄霊に力を入れたら駄目。急所を外れているから平均浄化が起こっている。
(『御教え集』第3号/S26.10.25)
(お 伺) 尾川嵩(本年六月御垂示戴きました者で御座います)当時の浄化は強い疲労感、胸部圧迫感、発熱、咳等で、熱は朝三十七度五、六分、最高は午後四時頃三十九度近くを前後し、発熱時に於て、胸部の疼痛最も激しく、定って午後一時頃大量の盗汗があり、熱が下がりました。少しの動作にても下腹部より絞り出す如き痰が出、連発する時は呼吸困難とさえなる事がありましたが、喀痰は割に少なく全然出ない事も御座いました。その他鼻血、歯茎より毒血の出る事も御座いました。その後の浄化は、痰が溶け易くなり濃い痰も出る様になりました。咳も以前より大変楽になって参りましたが、八月頃より、次第に胸部の圧迫が強まり、右肺中央部及び上部附近と胸側に空洞を覚えました。以後呼吸が頻繁となり、本年に入って背部の圧迫が著しく強くなって参りました。熱は平常朝三十七度四、五分。午後に至って最高三十八度五、六分を上下し、胸部は胸側から下肺部にかけて熱を持ち、特に指圧すると激痛又は鈍痛を覚えます。喀痰の排泄次第により胸の圧迫も幾分和いで参りますが、一旦痰が出ると、又甚だ呼吸が苦しくなり、夜分は特に咳がひどく(仰向いて臥床した時)痰の排泄もひどいので中々眠れない時も御座いますが、比較的に熱は低くなり、朝のうちは楽ですが、昼過ぎより次第に発熱、背部圧迫感と呼吸が困難となり、息切れがして苦しく、脈搏は百乃至百二十を越す事もあります。一週間前用便に行って失神し、それからは人手を借りる様になりました。腹部の動脈が硬化し、横隔膜附近より下腹に熱が出、圧迫されますので、食欲が減退して居ります。尚、腎臓部より腰部にかけて筋金が入っている様な感じがし、大腿部より足にかけて横筋が痛み、脚全体がだるく感じます。御浄霊は主として、圧迫されている処、熱のある処、痛い処をさせて戴いて居ります。御浄霊を戴きました後には大変楽になり、気分も良くさせて戴いて居ります。暫くすると、又段々苦しくなって参ります。苦痛の箇所は毎日の様に異(移?)動致し、御浄霊の箇所もそれに伴い異って居ります。この様な御浄化が毎日繰返されて居りますうちに、次第に疲労致して来ている様に思われます。尚、嵩は六月、私は本月入信させて戴きましたが、未だ御神体、御屏風観音様は御奉斎致して居りません。祖母は熱心な日蓮宗信者で御座います。家庭も色々に複雑致して居ります。右御教えの程御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
背部圧迫感――前の胸の方の肋骨附近に薬毒が溜っているので、圧迫するからですね。之わ(は?)ね、簡単なものなんです。薬毒ですね。それが一杯溜っている訳ですね。固まっているんです。ですからその為に呼吸困難も熱も痛みもあるんですから、之を早く取れば良い。早く取るには、浄霊する人に余程霊力がないと、早く取れない。誰がやっているんです。霊力が強くてやるか、さもなければ浄霊を成だけしない様にする。溶かさない様にする。そして気長にやる。今の、このやり方では、結局危ぶないです。つまり、良く溶かさない様にするんですね。だから一週間に二回位浄霊する。そうすると、咳も痰も少なくなり、食欲もあるから衰弱しないで済む。それが一番無事だね。こう言うのは、そう言うやり方をしなさい。然し、一時苦しいかも知れないが、そうかと言って浄霊すると、一時良くなるが、あと浄化が強くなって、平均浄化が起るからね。そうすると苦しむから、今言った様にする方が安全ですね。家の人で反対する人があるんですか。
「御座いません」
毎日浄霊しているんでしょう。
「左様で御座います」
今言った様に良く訳を話して、二日置きか三日置きにやる。今は安静にしているんですか。起きているんですか。
「一週間前から寝たっきりになって居ります」
寝た居た方が良い。浄化を弱らせるんですね。食事は――(。?)
「一杯位です」
駄目だね。喀血は――(。?)
「ありません」
上っ側に溜っているんですね。大体肋間神経痛ですね。それが一番ひどい。やっぱり、あなたも力を入れているんだね。
「心配の為に力が入る様で御座います」
心配の為に力を入れると余計駄目なんです。浄霊に力を入れたら駄目ですよ。以前とは違うんだからね、神様の御守護が違って来ているからね。浄霊は何分位やっている。
「四十分位で御座います」
それから、幾らか急所を逸れていないかな。急所を逸れているんで、平均浄化が起っているんだね。痛い処をやっているでしょう。今言った様な方針でやって御覧なさい。非常に苦しかったりする場合には臨機応変にやって良いですが。方針をそんな様な具合にして続けて、結果が良かったらそんな風にするんですね。
<事例5> 薬毒の排泄時、急所が的外れだと余計に咳が出る。咳は頸部淋巴腺、肩、背中などでその時一番熱があるところ。延髄は水洟。治り良い質だから治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.8)
(お 伺) 重歳幸太郎(四十七才)八月に肺浸潤と診断され、マイシン四十本打ち、絶対安静をして居りましたが、お道のお話を聞かれると同時に医療を全廃し、只管お道に縋って御浄霊戴いて居ります。本年二十四日頃より咳の御浄化で、連日一升余の痰の排泄もなくなりました。最近胸、咽喉、下腹に痛みを覚え、食欲はあり、体力旺盛ですが、咳の為不眠が多く漸次衰弱して居ります。御浄霊は全頭部、淋巴腺、背部等を主として致して居ります。従来の信仰として真言宗、不動様、最上稲荷等で、霊動は御座いません。家族は未入信。御神体、御屏風観音様は御奉斎致して居りません。既往症としては、昨年夾(狭?)心症で医療を受け、大酒家の為、飲酒後の服薬、淋病で可成り薬剤を用いて居ります。御浄霊の箇所の御教え賜り度く御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は薬毒ですね。薬毒の排泄ですね。咳があんまり出ると言うのは、浄霊する人が見当違いをやっている。之は、良く調べて見ると良いですよ。喉は方々から出るが、その時一番出る急所を見附けると良い。処が、的はずれだと、余計咳が出ます、そこの――治った丈づつは平均浄化が起ります。だから、やっているうちに、段々咳が減っていくと言うのが本当です。だから、咳が余計出ると言うのは、見当違いだから、良く調べて見ると良い。咳が最も出るのは、ここ(頸部淋巴腺)ですね――大抵、ここか。延髄は咳は少ないです。之は水洟の方です。あとは肩ですね。背中も無論ありますよ。左の方がきっと多いです。それを浄霊するんですね。それで、その時に――大体触って見て一番熱のある処が――そこから咳が出るんですから、そこを発見する。そうすれば、この人は治り良い質だから、治りますよ。急所さえ見附ければ割合早く咳は減っていきますからね。それが一番肝腎ですね。
<事例6> 一番熱い所と一番固い所が浄霊の急所。肩が固いから肩と延髄の左右どっちか。熱と咳を取ると食欲が出るから、衰弱がずっと軽くなる。
(『御教え集』第6号/S27.1.15)
(お 伺) 大島一子(二十六才)は昭和二十三年九月肺門淋巴腺と診断され、漢方薬のみにて約半年程で治り、昭和二十五年三月結婚。四月に発病し、肺浸潤と診断され、実家に帰りパス二箱を使用致しましたが効果なく、五月国立病院に入院。ストレプトマイシン四十本及び毎月三回づ(ず?)つ飲薬を使用、大分経過が良い様に思われましたが、七月末レントゲン検診の結果、空洞がある手術しなければならないとの事でしたが家族は御浄霊の有難さを知る様になり、手術を断り退院し、八月下旬より御浄霊戴く様になりました。其後は咳嗽と軽い下痢位にて、十二月頃より頻繁な咳嗽(特に夜間に多く)次第に食欲が減り、最近では殆ど食欲なく衰弱を増して参りました。御浄霊は頭部、頸部、延髄、肩、背部、腎臓、右足附根を致してを(お?)ります。今度何処を主として御浄霊させて戴きましたら宜敷う御座いましょうか。尚、幼少の頃に肺炎を固めた事が御座います。御神体は御奉斎させて戴いております。
〔御 垂 示〕
半年程で治り――と言うのは、固めたんですね。之は幾らか見当違をやっているんだな。随分方々やってますが、之は急所が解っていないんです。本人でも解りますがね。大体頸の廻りですがね。ここ(頸部淋巴腺)をやってますか。
「致してを(お?)ります」
何処かに固りがあるでしょう。その一番固まっている処――一番熱いですね。熱がありますね――その熱い処が一番浄化が起っているんだから、それで其処が良くなると、他が浄化が起って来るから、それを間違えない様にする。ここだと思っていると、そこが良くなって来ると、何ぞ知らんこっちに起って来る。一番熱い処と一番固い処ですね。そこが急所だからね。熱が減ると、食欲が出て来る。この人は肩が固いでしょう。多分そうでしょう。急所は、ここと肩と延髄の左か右かどっちかですね。他に大した処はありませんよ。そうして急所を見附ければ、何でもありません。そこの急所をやれば順々に良くなります。急所が一つはずれているね。その毒と言うのは――幼少の頃肺炎で固めた。それからパス二個。ストレプトマイシン四十本。飲薬――それです。その毒が中々出切らないんです。だから、今言った様な具合にしてやれば、治らない事はないですよ。何しろ熱と咳を早く取ってやらなければね。すると、食欲が出るから、衰弱がずっと軽くなる。こう言う肺炎なんかは、急所を見附けるのが一番です。何うかすると、頭のこう云う処(真上)にある事があるからね。急所を見附ければ、割合簡単なものです。肺門淋巴腺なんて言うのは、こう言う処の毒が溶けて――肺の上の方から入って出るんですからね。打擲らかして置けば、とうに治っている。一生懸命に結核に作りかけたんですがね。実際、現在の人間は可哀相なものですよ。
<事例7> まだこの人は薬が効いている状態で、薬の押さえつけが切れると大浄化が起こる。蕊は丈夫な人だから、衰弱さえ増さず、気長にやれば治る。
(『御教え集』第8号/S27.3.6)
(お伺) 堀田壽男(本年一月入信。四十三歳)御神体は未だ御奉斎させて戴いておりません。三年程前に肺結核で七カ月入院致し、約八十本のマイシンと注射と薬を続け、退院後一年程薬を続けておりました。昨年十月頃より咳が多くなり、時々胸を締めつける様になり、疲れると咽喉が詰りあげますが、別に何も出ません。体も重く感じます。昨年十二月末より御浄霊を戴く様になりました。御浄霊の個所に就き御垂示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は薬毒ですね。今食欲は何うなんですか。
「軽く二杯位で御座います」
衰弱は増す訳じゃないですか。増さないですか。
「増してはおりません」
衰弱さえ増さなければ必ず治りますよ。唯、之丈の薬の出る為に、いずれ大浄化が起りますがね(。?)未だこの人は薬が効いているんですよ。薬が未だ普通なんですが、愈々――薬は抑えつけですからね――抑えつけが切れると、大浄化が起る。そうすると熱、咳、痰ですからね。今咳、痰が随分あると、そうすると衰弱の憂があるんでね。けれども割合に、この人は蕊は丈夫なんです。だから気長にやったら治る訳ですがね。気長にね。毎日やっているんですか。
「左様で御座います」
毎日程でなくても良いですね。一週間に二度でも三度でも良いですよ。それで、成可く大浄化の起るのを延ばした方が良い。そうすると、幾らか軽くなるからね。それ迄に減っていくからね。一週間に二度か三度にしなさい。
「御浄霊の個所は、何処を――」
引詰められると言うのは、胸ですね。
「左様で御座います」
そうすると肋膜の間に毒があるんだから、胸から背中――そう言う処を押してみて、痛い処があったら、そこに固まりがあるんだから、それが胸を締附ける因だからね。痛い処がなければ、熱のある処があります。大抵、そう言うのは肋膜だな。熱がある処があるから、そこを浄霊すれば良い(。?)そうすれば、それは割合に訳なく治るんです。あとは頸の廻りだな。そこに固まりと、熱のある処があります。それを浄霊する。それで治っていく訳ですがね。
Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.