① 突然死、変死者
ア.突然死は血族の肉体を求め、変死者は自縛霊となる。
(天国の福音書『死後の種々相』より)
死にも種々あるが、脳溢血や卒中、心臓麻痺、変死等のため、突如として霊界人となる場合があるが、何も知らない世人は病気の苦痛を知らないから寧ろ幸せであるなどと言うが、これらは非常な誤りで実はこの上ない不幸である。それは死の覚悟がないため霊界に往っても自分は死んだとは思わず相変わらず生きていると思っている。然るに自分の肉体がないので遮二無二肉体を求める。その場合自己に繋がっている霊線を辿るのである。霊線は死後と雖も血族の繋がりがあるから、霊はそれを伝わり人間に憑依しようとするが、憑依せんとする場合衰弱者、産後貧血せる婦人、特に小児には憑依しやすいので、多くは小児に憑依する。これが真症小児麻痺の原因であり、また癲癇の原因ともなるので、小児麻痺は脳溢血の如き症状が多いのはそのためであり、癲癇は死の刹那の症状が現われるのである。例えば泡を吹くのは水死の霊であり、火を見て発作する火癲癇は火傷死であり、その他変死の状態そのままを現わすもので、夢遊病者もそうであり、精神病の原因となる事もある。
次に変死について知りおくべき事がある。それは他殺自殺等すべて変死者の霊は地縛の霊と称し、その死所から暫くの間離脱する事ができないのである。普通数間または数十以内の圏内にいるが、寂しさの余り友を呼びたがる。世間よく鉄道線路等で轢死者ができた場所、河川に投身者のあったその岸辺、縊死者のあった木の枝等よく後を引くが右の理に由るのである。地縛の霊は普通三十年間その場所から離れられない事になっているが、遺族の供養次第によっては大いに短縮する事ができ得るから、変死者の霊には特に懇ろなる供養を施すべきである。そうしてすべての死者特に自殺者の如きは霊界に往っても死の刹那の苦悩が持続するため大いに後悔するのである。
イ.死霊は全身硬直、顔面の大変化、苦悶に堪えない表情など、死の刹那の状態を表す。
(天国の福音『霊的病気の種々相』▲より)
霊的原因による疾患は実に千差万別である。その中珍しいものを一つ二つ書いてみよう。四十歳位の男子、一日に一回か二日に一回位、突如として全身が硬直する。その状あたかも石地蔵のごとく全身いかなる部分も全然不動、目も口も開けっ放しで、そのまま数十分も続くのである。もちろん死霊の憑依で、死の刹那の表われたものである。これらは砒素(ひそ)剤のごときものの服毒自殺であろう。次は十五、六歳の男子数年前突如発熱、痙攣を起すと共に顔面に大変化が起った。それは一見六、七十歳位の老人の顔で、しかも苦悶の形相物凄く、正視に堪えぬものがある。故に患者は外出はもとより人に顔を合わすさえ避けている。これらも老人の死の刹那でよほど苦悶したものであろう。次は十歳位の小児、これは先天的で、その状態は両手両足を縛られたごとき交叉状をなし苦悶に堪えぬ相貌である。これらも手足を縛られたまま変死したものであろう。
<事例1> 水死人の憑霊。御神体と観音様をご奉斎しなければ救われないから、中途御半端は駄目。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 前田美智子(四才)は生後二カ月頃旅行中急に発熱、脳症との事で、熱は二週間程続きました。其後医師にかかり、自然に頭が肥って参り、脳水症と言われ、六カ月医療を続けましたが治らず、発病一年を経て本教を知り、御浄霊を戴き、母親も入信して御浄霊を戴いておりますが、頭は少しも小さくなりません。知能は普通より遅れ、体も弱く足も立たず、現在は床に就いております。今日では、頭は大きく可成り固まっております。之は霊的で御座いましょうか。又如何致しましたら宜敷いでしょうか。尚仏壇は親の方のみで、お祀り致しておりません。御神体もお祀り致しておりません。御浄霊は何処を主に致しましたら宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
之は、浄霊許りじゃない。ちゃんとお祀りしなければ駄目です。それから、第一仏壇もお祀りしなければ駄目です。之は霊的ですよ。水死人の霊で、水の中に落ちるとか飛込むとかして、水を飲み乍ら逆になって死んじゃった。それで、頭の方に水がうんと溜って膨れちゃった。それが憑いているんですよ。ですからこう言うのこそ、浄霊許りでは絶対治りませんよ。霊的で治していかなければね。先ず、仏様を作る事と、御神体をお祀りする事と、それをやらなければ救われないんだから、手放すかどっちかです。中途半端じゃ駄目です。
② 癲癇
ア.癲癇の原因のほとんどは死霊の憑依で、症状は多種多様。
(天国の福音『癲癇』▲より)
癩癇は、精神病と等しく原因は憑霊であるが、ただ異なる所は癲癇は一時的発作的である事と、その症状が多種多様である事とである。そうして癲癇のほとんどは死霊の憑依であるから、発作するや死の刹那の状態を表わすのである。たとえはよく泡を吹く、これは水死霊で俗にいう水癲癇であり、火癲癇は焼死者の霊であり、また脳溢血によって急死した霊も多いが、これは半身麻痺状態になるからよく判る。その他変死者すなわち轢死、縊死、墜死、銃死等々、すべては死の刹那の苦悶の状態そのままを表わすのである。近来医学において癲癇療法として、頭脳の切開手術を行う医家もあるがこれらは患者に苦痛を与え、障害者となすだけで寸効もないのである。何となれば原因は霊作用で、全然見当違いであるからである。
イ.体的原因の癲癇は膿結溶解によって容易に治癒する。霊的は死霊の憑依だから悪質で、癲癇の治療を始めると余計に発作するが、ある期間を過ぎると段々治る。
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『癩癇』▲より)
癲癇には二種類あって、体的と霊的とあります。まず体的原因からお話致しましょう。延髄付近に水膿溜結する為、脳へ送流される血液が阻止される。それが強烈な場合、血液が中断される事がある。その瞬間癲癇症状を起すのであります。この症状は、膿結溶解によって容易に治癒するのであります。今一つは霊的の場合で、こちらがはるかに多い事と悪質であります。霊的の原因は「死霊」が憑依するので、「死の時の苦悩の状態」そのままを表わすのであります。多くは変死又は急死であります。脳溢血での死霊は、特に多いのであります。発作が起ると「脳溢血でたおれる状態」そのままをする。それは・・・脳溢血などで急死した霊は「死の準備」がないから「自分がいつまでも現世に在るつもりの想念」でいる。その為、生きた肉体を見付けて憑依するのであります。たおれて泡を吹くのは「水癲癇」で、「水死した死霊」が憑るのであります。又よく水を見てたおれるのがありますが、これは「水へ落ちて溺れた死霊」が憑くのです。死の刹那「アア水は恐ろしい」という想念がこびり着いているから、水をみると恐れるのであります。又「火癲癇」というのは、火を見て恐れる。以前扱った癲癇で、こういうのがありました。それは必ず夜中に寝ている時に発作する。起きてる時は決してない。それは最初火が燃えるのが見え、段々近くへ燃えてくると、意識が無くなるのであります。これは、震災直後であったから、多分震災で焼け死んだ病人の霊に違いないと思いました。以前こういうのがあった。それは一、二分間パッと意識が不明になるのであります。(その人は株式仲買の支配人をやっている人ですが)最初一年に一遍位起っていたものが、段々重くなって、ついには一月に一、二回位おこるようになった。又極度に発作を恐れる為に一種の神経衰弱になってしまったのであります。査べてみると、その人に憑いているのは、昔千住の小塚原で闇打に遇って殺された霊で、無縁になっていた為祀ってもらいたいというのであった。最初病気が起ったのが九月の何日でしたか・・・ちょうどその日に死んだのであります。その為断えず闇打に遇うような恐怖に襲われるので一人歩きは出来なかった位であります。半年位治療する内、段々軽快に向い、その死霊を祀ってやったら、それっきり治ったのであります。癲癇の治療を始めると、一時は反って余計に発作し、それがある期間過ぎると、段々治るのであります。大体において、時日は長くかかりますが、治るのであります。
ウ.癲癇
(「病気症状の解剖/病気と霊」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 精神病と等しく原因は憑霊である。ただ異なる処は、癲癇は一時的、発作的である事と、その症状が多種多様である事である。そうして癲癇の殆んどは死霊の憑依であるから、発作するや死の刹那の状態を現わすのである。
例えばよく泡をふく、これは水死霊で俗に水癲癇であり、火癲癇は焼死者の霊であり、又脳溢血によって急死した霊も多いが、これは半身麻痺状態になるからよく分る。その他変死者即ち轢死、縊死、墜死、銃死等々で、凡ては死の刹那の苦悶の状態そのままを現わすのである。
夢遊病といって、発作するや自己意識を失い、家を飛出し、所定めず彷徨するという始末の悪い症状もあるが、これらも一種の転換であってこの憑依は幼児の霊である。
浄霊 前項精神病に準ず。
(註 前項精神病――延髄、淋巴腺、前頭部、頭の中心(脳天の奥の方)で、前額部の時は眉間からその奥をねらって浄霊する。)
<事例1> 嬰児の死霊に、祖母に関係する狐霊が憑依して起こした癲癇。霊は、全然関係のない他人には憑依できない。
(『癲癇』/自觀叢書第九編『光への道』)
癲癇の例として数十年前私の家に使用している下婢の事を書いてみよう。これはよほど面白い例で、最初の頃は発作するや意識を失い所構わず倒れるが、その際の面貌は物凄いほどで、顔面蒼白、唇は紫色になり、舌を噛み口唇から血液が流出している。その状宛かも殺害された死人と少しも異らないのである。それが治療によって漸次快方に趣き、発作は極軽微となり、意識を失う事はなく、多少の不快を伴う位にまでなった。その際前額部深部を霊射するや、憑霊は悲鳴を挙げ、「助けてくれー。」と繰返す。私は、「助けてやるから、この肉体から出よ。」と言うと、「行く所がない。」と言う。憑霊が行く所というのは人間の体である。この場合、全然他人の体へは憑る事が出来ないから始末が悪い。そうして右の下婢を施術するや、前額部へ霊射二、三分にして肩、腕、腹部等へ次々と移動する。面白い事にはその局部を圧査すると必ず毒血がある。そうして憑霊の逃げ廻るのを追かけるようにいちいち霊射する結果、霊は極度に萎縮し、苦痛は一時解消するのである。
この下婢の霊は、祖母にあたる者が不義の子を宿し、出産するや圧死させた。その嬰児の霊である。その嬰児の霊へ、祖母に関係のある狐霊が憑依し、同化霊となって活動したのである。
<事例2> 麻痺や痙攣は、死霊の死んだときの状態が出ている。医薬を飲んで全身硬直となっているが、霊が主だから、信仰が一番。
(『御教え集』第5号/S26.12.6)
(お 伺) 吉岡正(三十四才)昭和二十三年八月より手足が絶えず痙攣し、医診では震腺麻痺との事で、ペニシリン其他の医療を二十五年十月迄入院して続け、終に全身硬直し寝た儘にて、身体を動かす事も出来なくなり、医者に見離され退院しました。二十六年四月より御浄霊を戴き、御守護により上半身は硬直が治り、眼玉も手も動く様になり、先月は初めて洗面器一杯程の嘔吐があり、一時は腹が膨りましたが、現在では小さくなりました。然し未だ、足、腰は全然利かない状態で御座います。尚、食事は大食の方で御座います。霊的原因の有無、並に御浄霊の箇所を御教えの程御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
震腺麻痺――麻痺じゃない。震えるんだから、反対だ。之も死霊ですね。死んだ時の状態が出ているんです――麻痺とか痙攣とか言うのはね。それから、ペニシリン――医薬を飲んで、全身硬直と言う病気を作った。之はお医者が拵えた病気です。まさか、礼言う訳にもいかないが――それで浄霊によって、薬毒が減ったんで動いて来たんですね。之はもう一息ですよ。それで全身がすっかり動く様になって、すっかり治りますよ。光明如来様は未だお祀りしないんですか。
「本人は入信して居りませんので――」
早く入信して、光明如来様をお祀りして、徹底的にやらなければいけないですね。そうすれば治りますよ。病気は大して重いものではない。霊が主ですから、信仰が一番ですね。
<事例3> 死んだ病人の憑霊による癲癇。御神体・お屏風観音様をお祀りするのが根本。できるだけ御神書を読ませるか、読んで聞かせる。
(『御教え集』第4号/S26.11.18)
(お 伺) 重森小二(三十四歳)右半身不自由にて、六月より御浄霊を戴いて居りますが、七日に一度位手足が引き吊り、紫色に変り、シャックリをして、意識不明になり、最近では十分か五分で元に戻り、あとはケロリとして居りますが、顔は少し腫れます。口はきけませんが、朝夕仏前にてお経を奏げます。又君が代等を歌い、又子供の名を時々呼びます。医診では、脳ケッセンと言われました。病人の妻は九月に入信させて戴きました。現在足を引きづ(ず?)り乍ら歩ける様になりましたが、其の他は変化ありません。病人はよく肥り、血色もよく、本人並びに家族も一生懸命にお願い致して居ります。御浄霊は何処をさせて戴きましたら宜敷いでしょうか。又、霊的に何か関係が御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
ケロリとして――死霊が憑るんですね。今はお経じゃ駄目なんです。お経じゃ効き目がないんです。霊的関係――じゃない。霊的ですよ――病気はね。七日に一度――之は、死んだ病人が、そう言う状態で死んだんです。それが、あの世に行って浮かばれない。それで賴って来るんで、この人に憑る。癲癇ですね。之は、光明如来様をお祀りしてないですか。
「未だで御座います」
之が第一ですね。それと、御屏風観音さんは未だですか。
「未だで御座います」
それが根本だから、それをやらなければならない。それをやらなくても治りますが、ずっと暇がかゝる。それをやると、ずっと早く治る。何分の一かになる。死霊が救われないんだから、出来る丈け本を読ませるんです。神様の本をね。
「本も読めない様な状態で御座いますが――」
それじゃ、奥さんか何かゞ読んで聞かせる。結局治りますがね。大したものではない。この霊を救ってやれば良いんですからね。仏教ですか。仏様はありますね。何宗ですか、
「門徒で御座います」
今言った様にしてやりなさい。
<事例4> 泡を吹くから水死した霊による癲癇。前頭部中心と頸廻りの毒結を良く浄霊する。癲癇が起こった時は、善言讃詞を奏げて頭の前頭部を浄霊する。一旦ひどくなり峠を過ぎると段々良くなるから、気長に。
(『御教え集』第7号/S27.2.17)
(お 伺)森西総一郎(昭和二十二年入信。三十二歳)二十三年六月長女総子が、一週間程の下痢が因で急性肺炎で死亡してより、教会へ御無沙汰いたしてを(お?)りますうちに、長男隆志(四歳)が二十四年一月浴場で引附け、以来毎日一寸した刺戟等にも体をビクつかせ、十日に一度位、少し熱が出ると引附けます。御道が良く解らず、約一年医療を受けましたが、症状は一進一退で御座いました。近所の信者さんに、今一度三日間の教修のお話を聞かれてはと言われ、今迄間違っていた事を御詫び申し上げ、御浄霊戴きましてより、段々ビクつく事もなくなり、引附ける回数も少くなり、御屏風観音様を御奉斎させて戴き、妻も入信。昨年六月疫痢の御浄化を戴きましたが、教会の先生の御浄霊により御救い戴きました。八月に光明如来様を御奉斎させて戴き、子供二人にも「小」の御守様を拝受させて戴きました。十二月頃より隆志の状態が以前より激しくなり、連日一寸した刺戟にも、又遊んで居ります時にも、急にバネで弾かれた様に体全体に痙攣を起し(以前は部分的で御座いました)目を離す事が出来なくなりました。現在、引附ける時は口から泡を吐き、両手で何か探る様な事を致したり、おびえる様な大きな声を出し、目を引吊り、何かじっとにらむ様な顔を致します。尚、其後は入浴を非常に嫌います。位牌は御先祖始め、諸々の霊位をお祀りさせて戴いてを(お?)ります。父は神経痛を二十年程患い、死ぬ少し前に精神病で御座いました。兄は戦死、弟は自動車事故で死亡致してを(お?)ります。以前に増して発作が激しくなりましたのは如何なる訳で御座いましょうか。又今後如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は癲癇ですね。この癲癇はお父さんの神経痛じゃないんですね。兄の戦死――之でもないな。弟――之でもないですね。之は他の霊ですね。つまり泡をふくと言うのは、水死の霊ですよ。水を飲んで死んだと言う奴ですがね。よくあるがね。之は、前頭部の中心――其処を浄霊すれば良い。そうして癲癇の起った時には、善言讃詞を奏げてやって、さうして頭の前頭部をやる。さうして不断頸の廻りが、毒の固まりがありますから、それを良く浄霊して――之があるから頭が貧血する。血管を圧迫するからね。そうすると前頭部の方が貧血するから、それで霊が憑り易くなる。そうして一旦ひどくなるものですよ。峠があってね。それが過ぎると、段々良くなる。早いのは一カ月か二カ月のがあります。遅いのは四、五年かゝるのがあります。結局は治りますがね。今言った様に気長にやって居れば、少しずつ良くなるものです。
<事例5> 死霊による一種の癲癇だから歩き方がおかしい。御神体の部屋に寝かせて御讃歌や祝詞を聞かせ、前頭部をよく浄霊する。相当長くかかる。
(『御教え集』第8号/S27.3.5)
(お伺) 居崎照子(九歳)赤ん坊の時、泣いて二、三回引附け、少し歩く様になった時縁側より落ち左大腿骨を脱臼し接骨医にて全治した様でしたが、爪先でチョコチョコ歩く為に、直ぐ転びました。二十二年より御浄霊を戴き、現在は右え右えと斜に歩きます。腰も手も後の方に出し乍ら歩きます。小(子?)供の歩き初めの様な状態で御座います。二十四年、光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。祖母のお婆さんの兄弟で、男子(年齢不明)文久元年殺され、川へ石碑の重しをして投込まれた人があります。位牌は家にお祀りしてあります。祖母の兄は六歳の時友達に後から押され、水車に挟れ死亡致しました。之も家にお祀り致しております。之は霊的で御座いましょうか。御浄霊の重点を御垂示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は霊的ですよ。一種の癲癇ですね。それで、歩き方が変なんですね。之も、その霊ですね。水車に――之らしいな。水車の方ですね。死に方の具合が一寸違うな。之は土左衛門だから、土左衛門になって死んだんだから、やっぱり癲癇が、水ふく奴ですね。水車――之らしいですね。ですから、之は前頭部の中を良く浄霊するんです。そうして気長にすれば治るんですがね。然し、相当長くかかります。未だ数年かかるでしょうね。そうして光明如来様をお祀りしてある部屋に寝かせるんです。それから御讃歌とか祝詞を本人が聞く様に――要するに耳に入る様にしてやる。之は何宗旨ですか。水車に挟まれたのが祀られたのは――。
「宗旨は判り兼ねます」
仏教の方でしょう。
「左様で御座います」
祀ってあるんでしょう。
「左様で御座います」
今言った様にしてやれば、少しづ(ず?)つ良くなります。
<事例6> 余程救われない霊だから癲癇から精神病になった。癲癇は医療を受けると一時減るが、浄霊受けると非常に増え、その後治ることを前もって言っておく。ご神体の部屋に寝かせ、良く御神書を読ませて霊を救い、変死や行方不明になった者があれば早速祀る。治るのに非常に長くかかる。
(『御教え集』第8号/S27.3.17)
(お伺) 木下みや子(二十一歳)二十三年十月癲癇の様な発作を起し、顔面引吊り、全身硬直し意識不明となり、注射二本致しました。二十六年三月腹痛を起し、雪の下(薬草)をもんで飲み、腹痛は止みましたが、翌日より精神異常となり、泣き笑い、夜も歩き廻りますので、注射二本し精神病院に入れましたが、普通の状態に戻り一カ月で退院致しました。最初の発作以前より月経不順でホルモン注射を二十日間致し、退院後も薬を飲み、発作は遠退きましたが、智能は次第に鈍り、仕事も出来ずブラブラと致しておりました。二十六年九月より御浄霊を戴き、三日目より癲癇症状の発作が激しく、一晩に数回連続的に数日続き、その時も精神病の如くなりました。二十三日に入信させて戴き、十一月御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。二月には手が附けられなくなり、注射二本致して止めました。二十二年頃よりイボ状の吹き出物が出、化膿は致しませんが、身体のあちらこちらに出ており、背中の左に碗を伏せた位のが御座います。祖父は中風、祖母は心臓夾心症、父も左半身不随で御浄霊を戴いております。御神体は未だ御奉斎させて戴いておりません。霊的原因及び御浄霊の急所に就き御垂示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
癲癇から精神病ですね。之は霊ですよ。余程救われない霊が、此処の家に居るんですよ。それから、癲癇ですね―癲癇があとで精神病になったんですが、之も同じものです。つまり一時的の精神病が癲癇なんだから、それで医者が色んな事をして、癲癇が一時減ります。それで、浄霊受けると非常に増えるものです。それを間違えない様にしなければならない。癲癇が、段々増えて治るんですからね。医者が熱冷しをやってますが、一時熱が冷めます。処が熱冷しを止めて、浄霊すると一時馬鹿に熱が出ますが、それと同じ意味なんです。だからそれを前以って言って置くと良いです―癲癇はね。そうして、その霊も救わなければいけないんだから、光明如来様をお祀りしなければ駄目ですよ。絶対に治りません。お祀りして、その部屋に本人を寝かせる様にする。そうして、憑いている霊を救うんです。それで、変死とか或いは家出して行方不明になったとか調べて、そう言うのがあったら早速祀ってやる様にするんですね。そう言うのがありますよ。浄霊は、やはり前頭部の中です。ここに霊がいくと癲癇を起すんですね。ここに憑ると言う事は頭に曇があるからです。それで、頸の廻りを浄霊すれば良いです。その代り非常に長くかかります――治るのはね。良く御神書を読ませ、話を聞かせ、気長にやれば必ず治ります。普通に――正気に――まあ、安心と言う様な状態になるには四、五年かかりますからね。その積りでね。
<事例7> 親を慕う赤ん坊の霊が憑ると癲癇が起きる。
(『御教え集』第3号/S26.10.28)
(お 伺) 当年四十七才の婦人(未入信)昭和五年次女が急性胃腸加答児及び脳膜炎を併発し、その日に死亡致しました。其頃より、人と対談中突然、少しの間口が利けなくなる事が度々起ります。同七年長男出生、此頃より人と対談中軽い発作が起り、前に伏し、如何にもおかしくて堪らぬ様な状態になります。同九年妊娠致し発作が強くなり、子供を背負って居て突然倒れる様になり、医診の結果、後天性癲癇との事に五カ月の胎児の中絶を行いました。同十四年突然出血、輸卵管結紮手術を行い、其後何度となく発作を起し、甚だしい時は顛(転?)倒して人事不省(詳?)に陥り、尿を多く漏らす様になり、朝より午後の方が多く、就寝中の発作は特にひどく、時には室内を彷徨する事もあり、発作時間は二、三分で、月経前一週間位前になると乳房が痛み(乳腺炎の手術を致しております)発作も甚だしくなります。尚幼少の頃三叉神経を病みし事ありし由で、今迄凡ゆる療法を致しましたが、効果ありませんでした。右の状態にて現在に至り、一週間位の御浄霊にて、前頭部及び延髄部の苦痛は取れ、夜及び昼の発作は、今の処無くなり、御浄霊を始めますと発作が起り、状態は笑い顔にて、手及び体全体を引締め、脱衣状態をし乍ら横になり尿を漏らします。右は如何なる原因で御座いましょうか。
尚御守護戴きますには如何致しましたら宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
赤ん坊の霊ですよ。一人、二人――その霊ですね。無論祀ってあるでしょうね。つまり、浮かばれてない訳です。それからこう言う時に、祀り方が――何と言うか―お粗末だったり、それから惜しいとか、おっ母さんが思う執着で、霊界に安住出来なくて、おっ母さんの霊が呼ぶ訳です。それから子供が親を慕う場合に、そう言うのが憑ると、癲癇が起るんですね。之は癲癇ですね。それから、色んな医療をやって霊が曇りますから、そうすると癲癇が余計起り易くなる。尿を漏らすと言うのは、つまり赤ん坊の霊が憑ると、やっぱり赤ん坊の様に、尿を洩(漏?)らすんですね。それから三叉神経を病むと言うのは、関係ありませんよ。手術して直ぐに起るなら関係ありますが、この赤ん坊が死んでからですからね。之は治るのは治りますよ。けれども、相当長くかゝります。赤ん坊の霊を救ってやる様にするんですね。だから仏様に屏風観音様を祀って、未だ信仰に入らない様だけれども、早く信仰に入って光明如来様をお祀りして、その部屋に寝る様にして、時々浄霊する様にしただけでも、結構治ります。
③ 夢遊病
ア.夢遊病は一種の癲癇で、幼児霊の憑依。
(天国の福音『癲癇』▲より)
夢遊病者といって、発作するや自己意識を失い、家を飛出し、所定めず彷徨するという始末の悪い症状であるが、これらも一種の癲癇であって、この憑霊は幼児の霊である。
④ 喘息、肺結核
ア.子供を霊界に連れて行きたい母親の死霊が起こした喘息。祀った後のお祭りをしてほしい死霊が起こした喘息。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『病気と憑霊』▲より)
死霊ですが、以前こういう例がありました。五つになる男の子の喘息ですが、これが、死霊が憑いていてとても喉を締めつけられるように苦しがる。判明した所によると、現在は継母に育てられているのですが、右の死霊は死んだ実母が、子供を自分の方ツマリあの世へ連れてゆこうと、絶えず努力している。それが病原であったのです。症状は非常に苦しそうで、普通の咳と異うのであります。顔色も死人のごとく蒼白でありましたが、これも全治したのであります。
(中略)死霊が病気を起さした面白い例があります。数年前、私の家内に肺病の死霊が憑いて、それはとても苦しそうな咳嗽が出ては、血痰が出るのです。その時霊査法をしたら、死霊が憑いていたのでした。それは、一年前に死んだSという肺患の青年の霊でした。実はその男が亡くなった時に祀ってやったのですが、その霊がいうのには「祀ってもらって有難いが、一年祭をしてくれなかったから憑いた」というので、それでは直にお祭をして上げる・・・と言ったら、その場で家内の肺的症状はケロリと治ったんであります。本療法によれば、別に祭ってやる必要はない。霊光によって、祀らなくとも、その霊の病気や苦痛はなくなる。つまり祀る以上に、霊が浄化されるんであります。
イ.肺結核
(「病気症状の解剖/病気と霊」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 結核によって死亡した霊が霊界に往き霊界生活に入るや、孤独に堪え難い為生前親しんでいた兄弟、姉妹、友人、夫、妻等を自分の方へ引寄せようとする、その為の憑依である。
⑤ 小児麻痺
ア.真症小児麻痺は死霊の憑依。遺伝性疾患は一代おき。
(天国の福音『小児麻痺』▲より)
この病気[小児麻痺]は真症と擬似と両方あるが、医学ではその区別を知らず混同している。しからば真症とは何か、というと、原因は霊的で、その多くは脳溢血で急死した霊の憑依である。従ってその症状は脳溢血と同様で言語不能、半身不随等である。そうして発病は幼時と少年期とが多く突如として発病する。今まで学校の成績もよくなんら異状なき健康児が、高熱、痙攣を起こし脳溢血的となるので実に恐るべき疾患である。なぜ死霊が憑依するやというに、重症脳溢血は発病と共に死の転機が速かなるため、霊は死の覚悟がないから、霊界人となってもその想念は生きているつもりでいるが肉体が無い。従って無意識に肉体を求めるが、その場合他人には憑依出来ないから近親者に憑く。何となれば近親者はすべて霊線の繋りがあるから、その霊線を辿って憑依するのである。ここでこの霊線について説明してみるが、夫婦間は最も太く、親子、兄弟、親類、子弟、友人等縁の薄くなるに従って細るのである。そうして死霊憑依の場合、成人者より小児の方が憑依しやすい事と、たまたま感冒等によって高熱、食欲不振等、衰弱時を好機とするのである。その場合、祖父母の霊は孫に憑る事が多く反って親の霊が子に憑る事は少ないのである。この事についておもしろいのは医学上においても遺伝性疾患は一代おきになっている事である。彼の癲癇もそうであり、人間の性格においても、両親よりも祖父母に似る方が多いのはそのためである。右の外変死のごとき突然死の霊も憑依して小児麻痺となる事がある。この場合も死の覚悟がないため、脳溢血と同様、人間を求め霊線を通じて憑依するので、もちろん死の刹那の状態を表わすのである。
イ.小児麻痺
(「病気症状の解剖/病気と霊」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 多くは脳溢血等で急死した霊の憑依である。何故死霊が憑依するかというと、重症脳溢血は発病と共に死の転帰が速やかなる為、霊は死の覚悟がないから、霊界人となってもその想念は生きている積りでいるが、肉体が無い。従って無意識に肉体を求めるが、その場合他人には憑依出来ないから近親者に憑く。なんとなれば近親者は凡て霊線の繋がりがあるから、その霊線を辿って憑依するのである。そうして死霊憑依の場合、成人者より小児の方が憑依し易い事と、偶々感冒等に罹り、高熱、食慾不振等の衰弱時を好機とするのである。その場合祖父母の霊は孫に憑る事が多く、反って親の霊が子に憑る事は少いのである。右の外変死の如き突然死の霊も憑依して小児麻痺となる事がある。
症状 脳溢血と同様で、言語不能、半身不随等である。そうして発病は幼児と少年期とが多く、風邪の高熱時等を契機として憑依する。
浄霊 頭部及ぶ首や肩等の患部。
⑥ 脊椎カリエス
(天国の福音『カリエス』▲より)
脊髄カリエスは脊柱彎曲が特徴で、重症は彼の傴僂(せむし)となる。発病の場合、医療は脊柱の彎曲を防ぐため、胴体にギブスをはめ仰臥させしむるが、幾分の効果はあるが、患者の苦痛ははなはだしい。この病気は多くは腰部、大腿部等に一個所ないし数個所穿孔し排膿されるが、その場合自然穿孔と人為穿孔とあり、その排膿は多量にして、重症は数個所の孔から断えず排膿し、数年に及ぶものさえある。従ってその量を計算する時、人体全部を膿と仮定してもそれより多い位であるから不可能である。また軽痛者と激痛者とあるが、痛みの原因は薬毒であるから、薬毒のない者は軽痛または無痛である。人により腫脹だけで無排膿もあるが、それらは浄化微弱のためである。本病は医療では不治とされているが、本医術においては必ず全治する。全治しても、脊柱の彎曲は相当矯正されるが、復旧する事は困難である。病原は霊的であるから次に説いてみよう。
霊界において多数の祖霊が地獄に苦しみ、罪穢の浄化作用が行われる場合、その罪穢のことごとくを払拭する事は出来ない。それは罪穢の残渣(ざんさ)が生ずるので、それを子孫が分担する事になっている。ちょうど物を燃焼すれば灰が残るようなものである。その場合子孫の誰かが選ばれてその犠牲者となるが、一家の主人を犠牲者にする事は不都合を生ずるので、大抵は青少年子女または妻女を身代りとする。そうしてその残渣は患者の頭脳に向かって絶えず霊的に流入する。それが脊柱または腰骨へ流下し物質化する。それが膿であるから、何十人何百人の祖霊の罪穢浄化である以上、多量なるはまたやむを得ないのである。悪性の化膿性肋膜炎、肺結核、痔瘻等も右の原因による場合が相当あるのである。それは右の疾患中、排膿や喀痰がすこぶる多量である事によって判定し得るのである。
(天国の福音書『罪穢と病気』より)
人は悪を思い悪の行為を重ねるに従って漸次曇りが増量する。然るに曇りの濃度がある程度に達する時、それを解消すべき自然浄化作用が起こる。勿論霊界における鉄則であるから、如何なる人と雖も免れ得ない。そうして右の浄化は多くの場合病気となって現われるが、時としては他の形即ち種々の災害等による事もある。勿論右の曇りと雖も、体的には毒血、膿の溜積である。しかしながら体的方面からでなく罪穢による霊的からくる病気は治り難く長年月を要する。結核、カリエス、癌等執拗なる症状の多くは、これに属するのである。
ア.カリエス
(「病気症状の解剖/病気と霊」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 脊椎カリエス、腰骨カリエス等である。霊界に於て多数の祖霊が苦しみ、罪穢の浄化作用が行われる場合、その罪穢の悉くを払拭する事は出来ない。そこで罪穢の残渣が生ずるので、それを子孫が分担する事になるわけで、その場合子孫の誰かが選ばれてその犠牲者となるが、一家の主人を犠牲者にする事は不都合を生ずるので、大抵は青少年、子女、又は妻女を身代りとする。そうしてその残渣は患者の頭脳に向って絶えず霊的に流入する。それが脊柱又は腰骨へ流下し物質化する。それが膿である。
浄霊 頭脳及び腰から腎臓部にかけて浄霊する。
(註 肋骨カリエスは、薬毒が浄化によって外部へ排泄されんとして肋骨や骨膜を穿孔するための激痛だから、容易に全治する。)
<事例1> カリエスは祖先の罪だから、出るだけ出れば止まるが、一家の罪がたくさんある。良い憑霊もあるが見分けが難しい。
(『御教え集』第1号/S26.8.8)
(お 伺) 昭和二十二年九月入信致しました四十歳の女で御座いますが、カリエスの為腰骨の屈伸が不自由で、カリエスの特有の青白い皮膚を致し全身稍腫みで浮いて居る様で御座居(?い)ます。
入信前数回の御浄霊で一寸軽快になられ、入信後暫く床も払って元気になっておられましたが、一昨年の春再び御浄化が激しくなり、床に臥しておられましたが夜中突然右下腹部、鼠蹊部の直ぐ上の辺に親指頭大の穴が空き、次いで人差指頭大の穴が空き、現在に至るも間断なく粘い膿が吹き出して居ります。尚一昨年の御浄化より霊が浮く様になり、祖霊を始め他家の祖霊死霊に至る迄動物霊等も際限なく無数に御浄霊の度に出て参ります。昨年頃よりは祈祷者の如く浄霊者の注文通りの人霊が何時でも浄霊を始めれば簡単に出て参ります。然し之は邪道と承って居りますので今では本人並に家族に一切この種の要求には応じない様にと注意して止めて居ります。
昨年迄に本人夫婦並に舅夫婦の家族全部入信致し別に十三歳と八歳の娘があります。
御神体も一昨年より光明如来様を御祭りし、去る六月初め大光明如来様を御祭りさせて戴きました。御屏風観音様も御祀りせられ御仏壇の方にも御粗末はない様に存じます。
昭和二十三年一月より翌年九月迄離れ屋敷を教会として提供致され、現在迄熱心に御縋りせられて居ります(。?)本人の罪は勿論、家の罪も相当有る事とは存じますが、稀に見る大浄化でありますので何時果てるとも知れぬ如く見える現在如何にすれば宜敷いでしょうか(。?)御伺い申し上げます。
〔御 垂 示〕
やっぱり、その通り一家の罪が沢山ある。特にカリエスは――本にも書いてある通り――祖先の罪ですからね。罪があるから膿が出るので、一生涯出る訳ではない。出るだけ出れば止まるから結構で、二年でも三年でも、ひどい人は五年位出る人がある。一樽一杯ではきかない。それから憑霊ですけれど、みんないけない訳ではないのです。良いのもある。その見別(分?)けが難かしいので、――だからしないだけが良いのではなく、するのが良いのでもない。理想は必要なだけが良いが、そうも行かない。唯、あんまり喋り度い時は聞いてやっても良い。本物ばかりではなく、贋物もあるからね。何うしても口をきいて出る場合は聞いてやると良い。それを贋物と思ってはいけない。本物と思って聞いてやる。仮に狐が出ると――「先祖の何々」と云うから、その儘聞いてやる。それで後で「先祖の何々」と云うのは「誰の時代か」「その時代の年号は」「何んで死んだ」「幾つで」「その時分は何て名前ですか」――と聞いているときっとボロを出す。すると「それは判らない」「判らない事はない。あなたは祖霊で、さっき、死んだ病気の名前を知っている位だから、判らない筈はない」と云い出す。すると、尻尾を出し、「ああいけない」とか云い出す。何でも信じてやると却って相手は暴露して来る。騙されたら騙されて結構。之はひとり憑霊ばかりではない。世の中の事でも騙したりするが騙されて結構です。騙されている中に気を許してはいけない。又騙している奴は何処かに一貫していない。私の処へ来る奴も聞いているんです。その言葉の中に、何か一つ嘘があるんです。憑霊の事でも、世の中の事でも、その時、こっちが先方を利用したりする様にする。
<事例2> 脊椎カリエスは歩けるまでに二、三年、完全治癒に二十年とみておく。穴があいて膿が出るより、段々しなびていくのが本当。
(『御教え集』第1号/S26.8,28)
(お 伺) 昭和二十三年九月脊椎カリエスにて歩行も出来ず、医療を受けましたがはかばかしくなく、全快の見込みもないと思っておりましたところ、本教浄霊のお話をお聞きしてより毎日御浄霊を戴き、昭和二十四年二月主人が入信、三月に母、四月に私も入信させていただき、御屏風観音様もお迎えさせていただきましてお縋り出来る様になりましてよりは、御守護により日々快方に向い、三、四カ月後には歩行も出来る様にさせて戴きましたが、毎日母や主人に御浄霊を続けていただいているうちに、再び歩行が出来なくなりました。
一心にお縋り申し上げ御浄霊を頂いており、昭和廿六年四月御神体をお迎えさえていただきます迄、暫くの間歩行させていただく事が四回ございました。八月十一日に当地に高山先生が出張して下さいましたので、御願い致し御浄霊をいただきましたところ、霊動いたしますので先生がお尋ね下さっても言葉が言えず、御先祖様ですかとお尋ね下さった時に霊動して居た手が上下に強く振ったのみでした。私から申して祖父にあたるのですが、昭和三年九月に縊死で亡くなっております。又御神体をお迎えさせて戴きまして一カ月程後に、私の夢に誰かは分りませんが男の人が私の背中に力一杯つかまり、背中が痛くて堪らず、夢中でもがいている時に目があき、又一週間程して今度は男女二人が背中にありました。現在の状態は物に摑まりますと、足は震えますが自分で立ちあがる事が出来ます。脊椎カリエスは霊的な病気と御教え戴いておりますが、如何いたしますればお救い戴けましょうか。又御浄霊の中心は何処をして戴けば宜敷いでしょうか。御教えの程御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
脊椎カリエスの霊的と言うのは、一寸普通の霊憑りとは違う。之は本に書いてありますがね。祖先の罪穢れが、頭から脊椎に下って来て物質化して膿になる。良く本を読むといい「天国の福音」ですかね。天国の福音読みましたか。
「はい」
霊で――救われない霊がそうさせるんですから、之はお祭(祀り)してやっていると救われますからね。霊動も口がきけない場合には首を振らせると良いんです。あっていたら、こう言う風に(首を従(縦?)に)違っていたら、こう(首を横に)そうすると、之で大体判断がつきます。腰ですね。腰から腎臓にかけて――そこを浄霊する。
「腰骨に膿が溜り、排膿するかと思われましたが、排膿せず、しなびて参りました」
それは、尚結構です。穴があいて膿が出るより、段々しなびていった方が本当なんです。之は気長にやればいいです。脊椎カリエスは長いですからね。先ず、完全に治る迄には十年かかるとみなければならない。歩ける様になるには二、三年ですね。助かるんだから何年かかっても良い訳ですね。
<事例3> 大分腿に来ていた脊椎カリエスの毒が、腰を打った衝撃で集まったから歩けない。孔から膿が出ているから治るが、大分長くかかる。
(『御教え集』第8号/S27.3.5)
(お伺) 牧野広生(八歳)二十六年九月、三尺位のカボチャ棚より落ち、痛がりましたが歩行は出来ました。其後いたずらを致しましたので、左の大腿部を二、三回打ちました処、それより床に就き歩行不自由になりました。医者には神経麻痺と言われました。大小便を致す気持がない為に、尿道にゴム管を入れて出しておりました。御浄霊は祖父より、発病二、三日後より戴いております。母親が入信のお願いを致しますと翌日よりは、寝て致しますと、大小便をする様になりましたので、ゴム管は止めました。他の医者の手当は受けておりません。接骨医は、骨に異状はないと申します。背中、腹部に幾分感覚が出て参りました。十日程して尾骶骨の直ぐ上に床擦が出来、孔が開き毎日多量に膿が出ております。中心の孔は親指が入る程度で、骨が見える位に深く、周囲は縦二寸、横一寸位で、膿が出ております。食欲はあり、大変元気で御座います。光明如来様、御屏風観音様は御奉斎させて戴いております。霊的に関係が御座いましょうか。御浄霊の重点は何処を致しましたら宜敷いでしょうか。両足は元の通りになりましょうか。
〔御 垂 示〕
神経麻痺――病名に就ては滑稽なんでね。歩けないから神経麻痺に決っている。何の神経麻痺とか何処の原因という名をつけて呉れれば結構なんですが、外部に現われた症状なんです。それで、漢字を使ったりね。頭が痛いと言うのを、頭痛とかね。その簡単な病名をつけて貰いたい為に、随分病院に通うのがありますよ。中には、病名丈つけて貰いたいと言うのが居る。よく田舎の人なんかで、早く帰りたいんだが、せめて病名をつけて貰って、それから帰りたいと言うのがよくあります(。?)この子は脊椎カリエスがあるんですね。で、腿を打った時カリエスの毒が、大分腰に来ていたので、刺戟で其処に寄って来た。それで、歩き悪くなった。腰を打った為じゃありませんよ。之は、この人の原因は違いますよ。若し、腰を打った為だとすれば、その時から痛がらなければならないですね。そうじゃない。軽いカリエスの何があったんです。孔があいて膿が出るんだから結構ですね。之は治りますよ。その代り、大分長くかかるでしょう。浄霊の個所は膿が出る処、孔があいて膿が出て来るんだから、そこを浄霊すれば良い。それから、腿の押して痛い処とか、熱のある処ですね。そこは膿が溜っているんだから、そこを浄霊する。それ丈で段々治って来ます。
⑦ 祖霊
ア.祖霊は子孫が不善を行った時、その戒告と、罪穢の払拭を兼ね行う。
(天国の福音『祖霊の戒告』▲より)
本来祖霊はわが子孫に対し、幸福であり家系が栄える事を願望しつつある結果、その目的に背馳する所の原因である過誤や罪悪を子孫に行わしめざるよう、邪道に踏入らぬよう不断の警戒を怠らないのである。従ってその子孫がたまたま悪魔に魅入られ不善を行う時、それを戒告するためと、既に犯した罪穢の払拭とを兼ね行うが、その手段として種々の災厄病気等を与える。たとえば不正な富を重ねたものは火災や損失を与えて消滅させ、罪穢によっては病気の浄化作用も行うのである。
その現れとしてこういう事がある。それは幼児または小児が感冒のごとき浄化作用に罹るとする。本医術によれば、普通の感冒ならば簡単に治癒すべきであるのに余り効果がなく、特に頻繁なる嘔止発生し、食欲も全然無く短時日に衰弱死に到るので不思議に思う事がある。これは全く右のごとき祖霊の戒告であって、その原因としては父親が夫婦の道に外れ他の婦人に関係するとか、二号を置くとかいう事によるのである。そうして一度戒告してもそれに気付かざる場合、次々子女の生命を奪う事がある。これをもってみても一時的享楽のため大切な子女を犠牲にするというのであるから、大いに慎しまなければならない。かような場合、祖霊としては一家の主人である本人を犠牲にする事は忍びないため、やむを得ず子女を身代りとするのである。
またこういう例があった。それはある家庭で、現戸主である四十歳位の男、仏壇に向かって掌を合わした事がないので、その娘が心配し、右の戸主の弟と相談の上、弟の家に移したのである。しかるに程経て弟は将来の事を慮(おもんばか)り、兄の家に赴き、祖先伝来の仏壇を弟に確かに移譲したという書付を書いてくれと言った。兄は承諾し、筆を執って紙に書こうとする刹那、突如その手が痙攣を起し、舌が吊り、書く事も話も出来なくなった。それから種々の療法を試みたが治らない。でついに私の弟子の所へ治療を求めに来、その際右の娘が語ったのを私は弟子から聞いた事がある。これは全く祖霊が正統である兄の家から、一時的ならいいが永久に離れるという事は承知が出来なかったからである。何となればその結果は家系が紊れ、家系が紊るれば家が断絶する憂が生ずるからである。
<事例1> 祖先の罪のメグリは頭にくる。祖先が霊界で非常に苦しんでいるから、早くご神体をお祀りして徹底的に信仰する以外、救われる道はない。
(『御教え集』第2号/S26.9.8)
(お 伺) 十二歳の男の子と九歳の女の子の兄妹が生れつき目が悪く、男の子は四歳頃迄歩く事が出来ず俯いて許り居りましたが、其後薄く見える様になり、外え(へ?)出て遊び、絵本等も三寸位の近い処では見える様ですが学校え(へ?)は行けません。低能で凶暴性で、気に入らぬと物を投げたり毀したり暴れ廻り、手のつけ様がなかったのですが、三週間浄霊を続けましたので、大分大人しくなりましたが、目の方は何の変化もありません。目の玉は黒目は美しいのですが白目は腫れ上って、玉は堪(絶?)えずクルクル動いて居ります。
女の子は男の子よりは少し良く、歩くのも普通に歩ける様になりました。智能も普通ですが、やはり学校え(へ?)は行けません。父親は四十七歳ですが、結婚前に梅毒をやった事のある人です。長男や長女は至って健康ですが其次が死産し、其後二人生れて間もなく死亡したとの事です(其次に生れたのが前記の男と女の子で御座います。其下に男の子が居りますが、何の異状もありません)其頃父親は脳を患い、松沢病院に入院した事もあります。現在は酒屋をして居りますが、妻君が総てをやって居ります。主人は人に挨拶もせず、笑った事も余りない様です。やはり目が悪く、時々自分で洗って居ります。
〔御 垂 示〕
随分厄介な事だね。何か頭に祟ってるんですね。頭の浄化の為ですね。之は頭に非常に毒があるんです――系統的にね。そこにもっていって、梅毒で薬毒を入れたからね。之で皆な頭が悪くなるが、之は梅毒と、梅毒を治そうとする薬ですね。その薬毒です。それが悪いんです。事実は梅毒よりも、それを治そうとする薬の方が、余計毒を与えている。梅毒より六〇六号が恐いんです。六〇六号をやった人は必ず頭が悪くなります。この家は信仰に入っているんですか。
「入っていない様で御座います」
信仰に入って奥さんが熱心にならなければならないですね。そうして、非常に罪が――メグリがうんとあります。頭が悪いと言う事は祖先が霊界で苦しんでいると言う事ですね。こう言うのは祖先の罪のメグリですね。それが頭に来ます。霊界で祖先が非常に苦しんでいる。早くお祀りさせて、徹底的に信仰させる。それより他に救われる道はないです。
<事例2> 助けてもらいたい祖霊が、入信後、霊的な病気を起こした。
(『御教え集』第3号/S26.10.15)
(お 伺) 昨年九月末より体がだるく非常に咳が出、医療を受けましたが一向に治りませんので、本年三月末よりご浄霊をお願いし非常に気分が良くなりましたので、五月入信。尚続けて居りました処、六月十五日突然両手両足がぶらっとして、全然動かなくなって了いました(この時娘入信)ので、教会の先生の御浄霊を御願いしました処、非常に発熱し目を開けている事が苦しいので、何時も眠った状態で七日間位食欲がなく、非常に衰弱し危篤状態に落入(陥?)りました(家族の者はそれ程悪く思って居らず、先生及び他人に頼って居り、農繁期にて仕事にのみ出て居りました)ので、先生と信者さん二人が御浄霊に来て下さいました。その時信者の一人に祖霊が憑依し、主人をはじめ家族の病気に対する考え方の間違いと、世間体に捉われている事、人任せにして置く事等に就き戒告を与えられ、祖霊の苦しみを訴えられ、それに気附き、主人も入信し、主人自ら浄霊する程になりましてから御守護戴き、十月初め頃、右手、左手と次々自分にて動かせ、眼も二つに見えましたのが良くなり、八月には一人で食事も出来る迄にさせて戴きました事を御礼申し上げます。現在は這う事、立つ事が出来ないだけになりましたが、頭に未だ相当毒が御座いますが、その為でしょうか。他に何か原因が御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は、祖霊で手足がぶらぶらになって死んだ霊が、救われたくてこの人に憑っている。ですから結構ですよ。之で、祖霊が助かるんですからね。現在這う事立つ事が出来ないだけと言うのは、之だけ治ったんだから、ずっと続けてやっていれば、段々治っていきますから、ちゃんと丈夫になります。それで、手足のぶらぶらも祖先も、それによって治って救われますから、天国に行けるから、丁度祖霊さんに御奉公している様なもので、大変結構です。霊憑りになって祖霊の苦しみを訴え――そのぶらぶらな人です。家中を入信させて、皆んな救われ様と――こう思っているんだから、一生懸命に信仰して、出来るだけ御神書を良く読む様にする。そうして、この祖霊さんに聞かせる様にすると、それだけ余計早く治る。
よく入信してから霊的の病気になる事がよくあるが、祖霊さんが助けて貰いたい。と、憑るんですから、その心算りでやっていれば、何も心配はない。入信してからの病気は薬毒が溶ける浄化と、祖霊さんが助けて貰いたいと言うのと両方ですね。祖霊さん以外に動物霊が憑る事がある。元飼っていた馬、牛、犬、猫ですね。それが助けて貰いたいと言うのですね。そう言う風な頭で見当をつければ、大体見当がつきますから、それを心得ていれば何も心配要らない。
<事例3> 救ってもらいたい霊が娘の精神病を起こしている。
(『御教え集』第3号/S26.10.25)
(お 伺) 八カ月になる男の子、午前二時頃より突然泣き出し、中々御浄霊を致しましても止みませんので、尚一時間以上浄霊致しますと一時は止まりましても、十分位後には又泣き出すと言う有様で、誠に困り抜いて居りました処、ふと思い出し、今回戴きました御霊紙を二分角位に切りまして、お乳と共に服用させました処忽ち泣き止み、朝迄静かに寝ました。茲で不思議な事には、当日夜、一人の指導者に伴われ、親子連れの信徒が娘の精神病を治して戴きたいと来られた者で、母は娘の精神病を助けて戴きたい為に、当日より三日前に入信し、母が入信した時は既に指導者の御浄霊によって大変静かになり、乗物にも動ぜず教会迄参ったのでありますが、患者である娘は御浄霊の効果を霊的に感じたものと見え、自宅に帰る事を嫌い、何うしても教会に置いて貰いたいと言って、中々帰らず、以後三日間滞在して居ります。尚教会に来てからは、母の浄霊を徹底的に嫌い「貴女の浄霊は形式的であるから嫌だ」と言って居ります。この親子が教会に来てから、平生大人しい赤ん坊が同じ時刻に夜鳴いて困らせますのですが、私が手枕をして寝かせますと安心した様にスヤスヤと寝ます。今、当教会に滞在して居る病人の副霊による災いではないかと思いますが如何で御座いましょうか。尚前記の病人は「ハルノウ山」の熱心な信者であったそうで、信仰中に精神病になったとの事で御座います。娘の病気は憑依霊によるもので御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
無論、憑依霊ですがね。普通の精神病的意味とは違って、救って貰いたいと言う霊ですね。そうして、それが精神病と言う形式にして救われたいんですね。そうして「ハルノウ山」と言う、この神様に関係がありそうですね。この神様が救って貰いたい為に、この娘に憑いて、それから又、娘が良くなると浄霊して貰えないから、赤ん坊に憑いたと言う訳ですね。結構ですよ。この霊は救われますね。
<事例4> 龍神となった祖霊が救われたくて憑依。手足をばたつかせて呼吸困難などは死霊。
(『御教え集』第1号/S26.8.11)
(お 伺) 富田光男(長男)と申す廿四歳の信者で御座いますが、十八歳の時或夜突然ひきつけを起しまして以来月に一度乃至三カ月に一度位の割で起して居りました。(症状は手足をバタつかせ呼吸困難となります)
一年程前から此発作は大分遠のいて参りましたが、今度は後頭部の頭痛と不眠が続き物が二重に見え、視力が衰えて参り、遂に眼球が右と左に開いて参りました。
医者も原因不明と申し手術の寸前御浄霊を戴く様になり、病勢好転、眼球の開き方は大分好くなりました。其間、水を昼夜非常に飲みたがり、薬缶を枕頭に置いて飲みましたが、之も順調に好くして戴きました。家族は祖母を除いて皆入信し、大変熱心に御導きも致して居ります。本人も進んで他人の御浄霊を致して居りますが、此六月頃より、何となく元気が無くなり衰弱して参りました。以前は左程口数は多くない方でしたが、非常によく喋る様になり人を笑わせます。又歩くときは酒飲みの様にフラフラ致します。苦痛は余り無く食事は進みません。此家は代々中気で倒れる人が多く、又祖母の代に其父と兄が海岸で水死して居ります。他の家事の事は非常に御守護戴いて居りまして感心に信仰して居りますが、長男だけが右の様な状態で御座います。
右に付(就?)き御教を賜り度く御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
之は祟っている霊があるんですね。その解決がつかなければいけないんですがね。手足をバタつかせ呼吸困難となります――こう云う症状はみんな死霊ですからね。死んだ時の症状をあらわす。癲癇ですね。
この発作は大分遠のいて参りました――霊が救われて来た。物が二重に見えるのは乱視ですね。ここ(後頭部)に毒が固まった為ですね。之は段々良くなって来ます。霊も大分救われて来ましたね。水を飲みたがるのは龍神と思って良い。色々とここの家の霊的の障りがあるのが段々取れて行く。龍神と云うが、やはり祖先の霊です。それが救われたいので憑っていく。喋るのは、之は霊の性質に依る。フラフラする、――之は蛇の霊が憑るとこう云う事があります。中風で倒れたとか海岸で水死したと云う霊とは違います。気長にやっていれば段々治ります。成たけ御神書を読む様に――日限の問題ですからね。気長にやっていれば治ります。
「四十年前に木を切り、その為、子供が死んだと云う事があったんですが」
それとは違います。それは木龍ですからね。之は水に住んで居た龍神ですからね。木龍ではないですね。木龍が崇(祟)ると、耳が聞こえないとか口がきけないと云うのが木龍ですからね。之はそうではない。
<事例5> 祖先が龍神を働かせて、信仰的に進ませようとしている。
(『御教え集』第3号/S26.10.11)
(お 伺) 長野県湯田町田中の小林光善(四十一歳。本年六月入信)と申す信者で御座いますが、カフェー及び美容院を経営し女給、見習等三名を雇って居ります。其内二名の女子(未入信)が不思議な霊憑り状態となりました。最初は先月二十八日より、二人が前後して薬毒の御浄化を戴き、激痛を訴えましたが不思議な事に、大抵二人同時に痛み出し御浄霊を致しますと体をくねらせ、猛烈に痛みを訴えて居りましたが、三十日より、やはり二名同時に激痛後失神、霊憑り状態となりました。其状態は、最近不品行や同僚に対する暴行等の為解雇された他の女給の生霊と思われるものに苦しめられ、二人共同様に首を締(絞?)められたり、脅迫されたりする情況を寝言の様に喋り、気がついてから、失神中に喋った事と同様に苦しめられた情況を話すので御座います。又、他の死霊が引っ張る様な事を申す場合もあり、二名共定まって、激痛後は同時にグッタリとなり、眠った様になって失神致します。此様な状態は九月三十日より今日迄に五回程あり、失神の時間は、初め二時間位でしたが、去る六日には十時間も続きました。以前服用致しましたクレオソート、胃腸薬、杏仁水、石炭酸等を嘔吐致して居りますが、食欲もあり元気で、熱も脈も平常で御座います。二名共入信を希望して居り、真剣にお縋りして居ります。この少し前に、以前この家の奥さんが、熱心に信仰して居りましたお不動様の幣束を、教会に相談なしに破って焼いて了ったそうで御座います。又、同じ頃に御屏風観音様をお祀りしてある仏壇を猫にひっくり返された事も御座います。此家の主人は、入信前迄は世を果敢無み、自暴自棄的になり、大量に飲酒し、酒乱の如く暴れ、その結果心臓狭窄となり、卒倒する等、結婚後十数年、その為に家庭不和が続きましたが、入信後生れ変った様にお救い戴きましたので、その喜びは一方でなく、今日では夫婦共真剣に神様にお縋り致し、布教に専念して居られます。小林宅には十年程前に註文して彫らせた、龍の木彫板(縦二尺、横三尺位)が御座いますが、中々良く彫ってあります。奥さんが申しますには、主人が酒乱になりましたのは、この木彫板を入手して以来の様に思われるとの事で御座いますので、この浄化と関係があるかも知れぬと思い、念の為生米、水等を供え、祝詞を奏上致しました。只今、御神体をお迎え致すべく準備中で御座いますが、それ迄の間、中教会本部より光明如来様をお借り致し、御奉斎させて戴く事となりました。この憑霊は生霊だけで御座いましょうか。木彫板の龍や、この家のカフェーと言う職業に関係のある邪霊のいたずらで御座いましょうか。又この様な場合には如何致しましたら宜敷いでしょうか、御教えの程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は龍神が関係あります。之は非常に良く彫ってあると、余計霊が憑ります。大抵、彫刻や絵で良く出来ていると憑り良いんです。それで、この祖先で、龍神になったのが、このカフェーに憑っているんですね。二人の女給の浄化が行われているのと、生霊や死霊が色々憑っているんですね。之は主人に見せるんです。霊界があると言う事を――霊があると言う事を、良く分らせて、信仰的に働かせ様と言う考えですがね。その場合、木彫の龍神が、やはり働かれるんです。それで、木彫の龍神の独自の考えでなく、祖先が働いて、龍神を働かせている。そうして、神憑りによって分らせ、信仰を進ませると言うのです。大量に飲酒―その当時から計画的に龍神がやったとみられますがね。そうして大いに信仰を深くさせて、大いに宗教的に良い事をさせ様と言う訳ですね。ですから、女給二人も無論信仰に入りますが、之もその道具に使われている訳ですね。ですから、こう言う――霊の憑り良いのは、今後も色々と霊が憑って教えたり、良い事をしますから、一向心配する事はいらないです。
それから、不動さんの幣束を破って焼いた。と言う事は本当ではないですから、よくお詫びして置くと良い。光明如来様を祀ってなければ、お祀りしてから、不動さんの幣束を破った事を、不動さんに許して貰う様に、光明如来様にお願いすると良い。光明如来様がやって呉れますからね。猫にひっくり返されたと言うのは、之は何か意味があるんです。猫を使ったんですが、御先祖が気に入らない点があるので、やったんですね。
「この商売は直ぐに止めるべきでしょうか」
周章てて、止めなくても良い。それは神様にお任せして置くと良い。何うしても止めなければならない様な時には、全てがそう言う事情になります。例えて言えば、止めても食うに困らない様な収入があるとか、それ迄は両方になるとか、無理にやらなくても自然にして置けば、支障なく楽にいける様になる。結局はそうなりますが、それ迄は周章てなくても良い。
「光明如来様お祀りの後、木彫の龍は如何致しましたら宜敷いでしょうか」
何処に置いてあるんですか。
「床の間の隅に棚をつくり、そこに――」
それで結構です。
「お供え物は宜敷いでしょうか」
水をやると良い。水を鉢か何かに入れてね。それから、月に一度づ(ず?)つ月並(次?)祭の時、お盛物をすると良い。水は絶対に必要です。毎日それに入るんですからね。龍神は体が熱して苦しいんですからね。一日に三度入るとしてあります。水も、飲む水と入る水は違うんです。飲む水は月に一度で良いのです。
<事例6> 正守護神が難病人の祖霊を助けたくて憑依。父親を信仰に入れようとしているから、父親の部屋に新聞や雑誌といった御神書を置いて、一寸でも目を触れさせて結ぶ。信仰に徹底するくらいになってから、よくこう言う事がある。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 元川一美(二十五才)昭和二十三年九月務め先の会社にて健康診断の結果、肥厚性鼻炎、扁桃腺肥大症と言われ、切開手術を致し、其後頭に異状を覚え、圧迫感を催し、断食療養所にて十六日間断食を行いましたが全快に到らず、再び十六日間行いました処、益々神経過敏となり、自殺を二度迄思い立つ程の悲哀感に、医大で診て貰いましたが原因不明で少しも好くならず、困り居りました時に、お道を知らされ御浄霊を戴く様になり、一カ年にして、熱海瑞雲山に三カ月の御奉仕に参加させて戴ける程になり、帰郷後全身御浄化を戴き、他人の話も聞くのが嫌になり、食物の味も解らず、全身は硬直、一人居を好みます。御浄霊個所、霊的関係の御教示を御願い申し上げます。尚、光明如来様、御屏風観音様は御奉斎させて戴いております。又、母は入信致しておりますが、父は未だ出御座います。
〔御 垂 示〕
頭に異常――切開手術の為だね。断食療法――断食は悪いんですがね。だから、私は何時も言うんです。日本人全部が断食したら、国力が弱っちゃうんです。食う為に口もあり、腹も減るんです。こう言うのは、やっぱり昔のバラモンの行者のやり方ですね。之は、祖霊の一人が救われたい為に、この人に憑っているんです。他人の話も――之は、その霊が死ぬ時の状態です。こう言うのは、本人が憑るんじゃなくて、祖霊の中の他の祖霊が、この人を助けてやろうと思って居るんですから、結構ですよ。祖霊の内の難病人を助けてやる事になるんですからね。そうして、狙い処はお父さんを信仰に入れ様と言うんだな。之は正守護神がやっている。だから、出来る丈御神書を読むと良いな。本人が読めなければ、お母さんが読んでやるんです。そうしていくと、段々救われていきますから、そう長い事はない。それからお父さんには御神書を読む様にする。そう言う場合には御神書を――新聞とか雑誌を――お父さんの部屋に置いておいてやると良いんです。それで、一寸でも目が触れれば、結びますからね。之はどっちみち、そう長くはかからないから、今言った様な具合にしてやるんですね。それから、之は――御奉仕する位だから、信仰に徹底しているが、そうなってから、よくこう言う事があります。そう言うのは祖霊が――自分が憑ったり、正守護神に引張られて憑ったりするんですから、そう言うのを救ってやると言う事は、非常に功徳になるんです(。?)
<事例7> 祖霊が仏壇にお屏風観音様を祀ってもらいたがっている。
(『御教え集』第7号/S27.2.25)
(お 伺) 山川静子(昨年三月入信。六十七歳)昨年十二月十二日午前四時頃ふと目が覚めますと、何となく頭が変で、胸が重苦しく、嫌な気分が致し、便所に行こうと致しました処、立って歩けず、這って参りました。その儘床に入りましたが、腰から下が寒気も致しませんのにガクガク震えました。一時間程で平常に復しました。其の後本年一月二日及び二月五日、前回と殆ど同じ時刻に同じ症状となりました。其時は必ず三、四回吐気を伴いますが吐く事はなく、又必ず小用を催します。尚、本人の夫は昭和九年に脳溢血にて倒れ、昭和十七年再発死亡致しております。本人は、昭和四年頃突然耳が聞こえなくなり、ストリキニーネを毎日一粒宛服用致し、聞える様になりましたが、一週間後に再び聞えなくなりました。其後服用は致してを(お?)りませんが、現在も殆ど聞こえません。之は霊的で御座いましょうか。又如何させて戴きましたら宜敷う御座いましょうか。御神体は御祀りさせて戴いてを(お?)りますが、仏壇は旧家の為に非常に大きく、中央に大きな阿弥陀像があり、横に動かすのも困難と思われます。又本人が信仰していた関係もあり、未だ御屏風観音様をお迎え出来ない事情で御座います。右御教えの程御願申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は、光明如来様はお祀りしてあるんですね。仏壇は何処に――(。?)
「次の間に御座います」
本当の座敷に光明如来様を御祀りしてあるんですね。之は、祖霊が憑るんですよ。病気じゃないですよ。それで、祖霊のうちで、何か気にかかる事があるんですね。それを頼みたいんです。之は信者ですね。仏壇は立派ですね。大きいんですか。
「三尺の幅で、十三代前より御座います」
御祀りすれば良いんだな。きっとそれをやって貰いたいんでしょう。仏壇が大きければ、御屏風観音様じゃ小いさいかも知れないから、そうすると、お掛軸の千手観音様をすれば良い。
「阿弥陀像は木造で、厨子に入ってを(お?)りますが―」
仏壇の中で厨子に入っているんですか。そうしたら、阿弥陀さんを向って右の方に一寸ずらせば良いんだがね。それを、祖父が承知するかどうか――。
「本人が入信して居りますので―」
じいさんは――。
「亡くなってを(お?)ります」
それじゃ、何でもないな。ずらせば良いですね。
「非常に大きいので御座いますが――」
構わないです。ずらせば良いんです。それ丈です。
<事例8> 祖霊が黒地に金字の位牌を拵えてもらいたくて憑依。精神病は眠れるようになったら必ず治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.18)
(お 伺) 連れ子をして柴家に再婚し、其末子(飯田朋子二十九歳)は昭和二十年の暮頃より、失恋の結果神経衰弱となり、悪化して二十二年春頃より完全に精神病となり、二十四年九月武蔵野精神病院に入院、各種療法、電気治療を三十六回程繰返しました。又仏の因縁とて霊友会に入会し、一心に供養致しました。それより次第に快方に向い、本人の希望により退院を申出ました所、未だ完全な治療を施してないので、完全に治癒していない。兎に角ベストを盡すべきだ、とて強いられる儘に手術をし、其経過香しくなく、「九分九厘は治癒したが、後の一厘が治癒しない。然し、現代医学の最善を盡したので、之も止むを得ない」と言われ、手術前より悪化した儘、本年一月退院し今日に至って居ります。去月十日にお道の事を聞き、早速御浄霊を御願い致しました。御浄霊前は常識外れの事許り致して居りました。私の浄霊は厭がりましたが、支部長先生のご浄霊は大人しく戴き、最近では大変落着いて参り、熟睡出来る様になり、顔の艶も良くなり、目玉も上りぎみで白眼勝ちでありましたが、少し下って黒眼勝ちとなり、声も大変静かになって参りました。電気療法や手術を致して居りますが、今後何の様に致しましたら宜敷いでしょうか。尚何処を主に浄霊致しましたら宜敷う御座いましょうか。主人は頑固で信仰を嫌い、近所の家を借りて、其処に出張戴き御浄霊を戴いて居ります。尚、朋子が退院後間もなく、霊友会で戴いた物(仏壇中央に貼る物)をはがして破り棄てた後は、「位牌が見えなくなった」と言って、仏壇内の物を全部拂い落し、ボロや自分の脱ぎ捨てた物等を押込んだり致します。何か先祖関係、霊的関係が御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
位牌は何うしたんですか。霊友会では、位牌を片附けますがね。霊友会じゃ、位牌は撤去しますよ。位牌は、昔からある黒いのに金で書いたのですね。
「そこ迄いって居りません」
やっぱり――仏壇屋で拵えているでしょう――金で文字を書いた、黒く塗った――あれを使わなければならない。白い紙や白木は四十九日迄なんです。それ以後はちゃんと金文字にしなければいけないんです。それを、早速拵えてやりなさい。こう言うのは、祖先がちゃんとしたのを拵えて貰いたくて憑るんですからね。それから精神病と言うのは、眠る様になったら必ず治るものです。眠れる様にするには頸、延髄――大抵右ですが、左の場合もありますから――固りを溶かせば眠れる様になります。眠れる様になれば、必ず正気になるんです。大分いじって壊してますから、普通になるのは四、五年ですね。こう言うのは、病院や何かでいじくってあるのと、相当長いので、長くかかりますが――精神病で、一週間か十日のなら治って了いますがね。こう言うのは、相当壊れてますから、そう言う意味で気長にやるよりしようがない。然し、結局は治ります。年限で治るに違いない。それから前頭部、頸――前頭部の中ですね。何しろ、頸の廻りと、熱い処がありますからね。それを主にしてやるんです。そうすれば、必ず治りますよ。
「主人が反対なので、外で浄霊してますが、その儘で宜敷いので御座いますか」
仕方がないです。
「祖霊で御座いましょうか」
色々なものがあります。狐もありますしね。それから、祖霊の中でも順繰りに憑ります。それから――人間の様な、獣の様なものがあります。之は、人間が狐になり切らない――半分の奴が――色んなものがあります。主人公が入信すれば、早く治りますが、そうかと言って無理に入れる訳にはいかない。先に治してね――そうすると、自分の方から入りたくなりますよ。やっぱり、主人公が入信しないと言うのも、訳があるんですからね。
「霊友会に入って居りましても宜敷いので――」
悪くってもしようがない。そう言うのは、神様にお任せして時日を待つんですよ。そうするとそのうちに祖先が働きますから――祖先が主人をやりますから――何うしても、急ってはいけないですね。
<事例9> 水を飲みたがるから、龍神となった祖霊の憑依。御神体をお祀りした部屋に寝かせる。相当長くかかる。
(『御教え集』第5号/S26.12.1)
(お 伺) 八才の女子、生後八カ月目に引附けを起し、其後三カ月に一回宛引附けを起し、四才からは春、秋と二回位起して居ります。引附けは、五日間位連続で、その度毎に口から泡の様な物を幾分出す様です。三才迄は水薬、散薬を服用(約二カ年)四才になり注射四、五本射ちました。其後何もして居りません。昨年近所の方の奨めにより霊友会に入りましたが「三代前にこの子供と同じ様な子供が生れ、その子を池の中に入れて殺した事がある。その為である」と言われました。然し、この三代前の事は私共には全然分りません。引き附けを起さない時は、一日中非常に水を欲します。又手に触れる物は、食物でも何んな物でも臭いを嗅ぐ癖を持っております。又引き附けの発作を起す前には、食事は幾らでも食べます。気性は荒く言葉は簡単な単語しか言えません。こちらからの問に対して返事は出来ませんが、自分からの要求は致します。十月にお道の事を聞き、横浜出張所に御浄霊を戴きに通い始めました。初めは御浄霊を非常に厭がりましたが、最近では大人しく戴く様になりました。十月末日御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。夫は未だ入信致して居りません。この子の引き附けは霊的関係が御座いましょうか。又、御浄霊の箇所に就き御教示の程御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
霊的ですね。三代前に――池の中に――之は違うな。池の中に入れて殺したとすれば、大いに水を飲まなければならない。すると、之が生まれ変って来たり憑依して、却って水を欲しがらない訳ですね。やっぱり龍神ですね。龍神は一番水を飲みたがるんですからね。だから普通の人でも、水を飲みたがる人がありますが、あれは皆んな龍神の生まれ変りか、憑依です。そう言う人の顔は角張っていたり、目が引っ込んでいたり、龍神的な顔をしてますからね。つまり、祖先の一員で、龍神に落ちている。それが憑っているんです。之は、救ってやれば人間に生れ変って来ますからね(。?)之は是非救わなければならない。浄霊は、龍神はここに憑ってます――前頭部の中を中心にして、首の周りに固まりがありますから、それをやる。然し、相当長くかかります――こう言うのはね。数年はかかると見なければならない。然し、結局は治るんだから、一生治らないよりは結構です。やはり、光明如来様をお祀りして、その部屋に寝かせて置いた方が早いです。
<事例10> 祖霊である青大将を殺すと非常に怨み、しつこい。御神体の部屋に寝かせ、できるだけ御神書を読んで、気長に。一人でも多く人助けするとその徳で治りが早くなる。
(『御教え集』第5号/S26.12.11)
(お 伺) 神取八郎(五十二才)昭和二十三年頃から、夜眠られず寝床を三カ所も変える状態で、医師より脳梅毒と言われ、色々と医療を受け、熱心に御獄教を信仰して居りましたが、段々悪化して参りました。御浄霊を戴く様になり、良い方に向いましたので、主人は昭和二十四年二月入信させて戴きましたが、申訳ない事に三月末突然、御守様の「光」と「ゝ」とを鋏で切離して了いました。其後、病状悪化し、現在では食物を丸飲みにし、此方から持って行かねば、食事を要求せず、一日中寝て、口の中で独言を言って居ります。小便は自分で気づかずにして了います。尚二十五、六年前に家の蔵の中に三升笊を伏せた程の青大将が居たのを殺して、近所の人に薬にする様にと与えた事が御座います。主人の父親は五、六年前に縊死して居ります。私の前夫は或る女行者と恋仲となり劇薬自殺を遂げて居ります。この時、前夫のみ死に、女行者は生残りました。右は霊的関係で御座いましょうか。尚、御神体を御奉斎させて戴きます様準備中で御座います。
〔御 垂 示〕
何うして、こんな事したのかね。霊憑りだな。随分厄介だね。光明如来様をお祀りする様に準備していると言うんだから結構ですが、一日も早くお祀りする。それから主人はやっぱり霊が憑っているんですがね。鋏で――やっぱり霊にやられたんですね。丸飲み――青大将ですね。無論、此青大将は祖霊ですがね。三升笊――随分大きいんだな。青大将の霊を救ってやるんだから、光明如来様を祀ったら、その部屋に寝るんだね。あとは別に大した事はない。それですね。そうして出来る丈御神書を読む様にして、気長にやっていれば段々良くなります。何しろ、殺されると非常に怨みますから、しつこいですよ――霊の働きがね。だから、簡単にいかないですね。気長にやるより仕方がないですね。そして、少しでも暇があったら、一人でも多く人助けをする。その徳によって治りが早くなると言う訳ですね。
⑧ 酒乱
(信仰雑話『酒と宗教』より)
また酒乱といい、酩酊するや常識を失い、精神病的粗暴の行動をするが、これは大抵人間の死霊が憑くので、生前大酒のため頭脳組織が破壊され、それへ動物霊が憑依する等のためであり、悪質は狂暴性を表わし、周囲の者を困らすのである。
ア.酒癖の原因は霊の憑依
(明日の医術第3編『天狗界』より)
酒癖の原因は酒を好む霊が憑依し、常に腹中に蟠踞している。一度酒が腹中にはいるや、その憑依霊は酒の精を吸収するから、酒の体は非常に減量する。例えば一升の酒が一合以下になるというわけで、多量に飲めるのである。ちょうど腹中に酒を吸う海綿があるようなものである。そうしてこの霊とは天狗及び狸が主なるもので、稀には龍神もある。酔うと議論をするのは天狗で、愉快になったり笑ったり眠くなるのは狸と思えば間違いない。
右の理によって酒癖のある人に対し、腹部に向って浄霊を本療法を施せば必ず酒量は減じ少量にて酔うようになるが、これは霊が萎縮するからである。浄霊本医術の修得者は如何なるに酒癖ある人と雖も漸次その量が減り普通人の程度になるのである。この点のみを考えても浄霊本医術の偉大さを知るであろう。
⑨ その他の憑依例
<事例1> 霊が憑っているから歩くのに中心が取れない。この家は一日も早く光明如来様をお祀りして、人助けをしなければ駄目。
(『御教え集』第3号/S26.10.5)
(お 伺) 昭和十七年祈願詣りの帰途眩暈を感じ、医師の診察を受けましたが病名判らず、続いて三年程して血清検査を受けましたが異状無しとの事でした。併し気分は少しも変りませんので、十カ所余りの医師、鍼灸、指圧等の治療を受けました。或医師より、頭の中の病気故脳外科え(へ?)行く様にと奨められたので、十九年九月千葉医大え(へ?)入院し、四十日程して、やっと脳腫瘍ではないかとの診断を受けました。当時歩くのに中心がとれず、体が左に片寄って居りました。深部レントゲンを一日二回づ(ず?)つ三回かけましたが、頭痛、嘔吐は増し、退院帰宅後は益々頭が痛み出し床に就く日が多くなりました。二十三年十二月中旬頃急に腹痛を覚え、医師の診断で腸腫症との事で手術しなければと言われましたが、薬と注射で痛みは止りました。其後右下腹部に卵大の固結が出来、便秘勝ちとなり、此固結は其後一年程してなくなりましたが、便秘は増して一週に一度位は下剤をかけました。現在頭が非常に痛く、絶えず頭の中で土用波の様な騒音がし、目の奥が痛く、顔や胸が熱く感じて非常に苦しく、併し手足は冷え、時々脳の発作があり、持って行った食膳をひっくり返したり、無理難題を強いたり致し、後で正気に戻ると「申訳なかった。私がしたのではなく、何かにさせられたのだから」と言って詫びるのです。尚非常に苦痛のある時でも食事をすると、一時大変楽になり、二、三時間後又苦しくなり、又味覚は家族と異り、塩辛い物も、時によっては本人には甘く感じ甘いものでも塩辛く感じ、それが時間の経過によって甘、辛、酸と色々に変化致します。夜、睡眠中に大声で騒いだり、呟いたり、又急に起上って隣に寝ている人を擲ったり等致しましたが、最近は寝言丈にとどまりました。尚嗅覚が非常に強く、普通人にはとても感じられぬ様な臭いも感じて、大変に苦しんで居ります。何か霊的にも関係ある様に見えますので、前住者に色々と質ねた処左の事柄が判りました。前住者の祖母は裏の堀に入り水死し、今は堀は埋めて水神様として懇ろにお祀りして居りますが、水死の原因は此家の主人が或古屋敷を買った処、古屋敷は元首吊り等して絶家したそうで、その例に祖母は取殺されたと言う事が判り、早速其屋敷を売り払いましたが、其買取人の家にも不幸を出したそうで御座います。其為水死の霊と古屋敷の霊とを五十年よくお祀りしたからと言って安心して東京に行かれました。其後私共は昭和十年春此家に移転しましたが、昭和十二年祖母が精神異状(常?)を来し凡ゆる無理な事を言っては人を困らせ死亡しました。十三年には主人の弟が肋膜炎を患い、五年後に全治し、それと交代した様に母が病み、前記の症状で今日に及んで居ります。其間祖父、私の子二人も他界して居ります。光明如来様は未だお迎えして居りませんが、御屏風観音様を御奉斎させて戴いて居ります。尚母は入信して居りませんが、母の浄化に就き御教示賜り度御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は一日も早く光明如来様をお祀りしなければ駄目です。歩くのに中心がとれないと言うのは、霊が憑っているんですね。レントゲン――之は非常に悪いですね。嘔吐と言うのはレントゲンの為です。一回づ(ず?)つ三回なら大した事はない。だが悪いですね。兎に角頭にかけては非常に悪いです。卵大――便秘、之は何でもないですね。土用波――目の奥が痛く――脳貧血ですね。延髄部に固まりがありますよ。之は動物霊が憑っている。甘く感じ――之は動物ですね。擲ったり――嗅覚――之もやっぱり動物の本能ですね。水神――之は関係ない。首吊りとも関係ないですね。精神異状(常?)―之は関係があるかも知れないですね。之は犬か猫――そう言うものでしょう。擲ると言うのは、自分が生きている時擲られた、その因縁が残っているんですね。この家は光明如来様を早くお祀りしなければ駄目です。そうして出来るだけ御神書を読んで、やっぱり人助けをしなければならない。そうして罪が減っていくに従って、このお婆さんも良くなる。その犬猫の霊も祖先の一員で畜生道に落ちている。それを救ってやらなければならない。浄霊は頭ですね。前頭部の中と頸の廻りですね。そして気長にやれば段々良くなります。
<事例2> 良く祀られていない死霊の憑依。薬毒が減っていくに従って治ってくる。
(『御教え集』第2号/S26.9.8)
(お 伺) 私は本年四月二十五日、突如胸の動悸がして来たと思う瞬間手足が痺れ、冷くなり、意識はありますが全身痺れ、下腹から腰の方にかけて丁度霊が抜けていく様で心細く、人の手に一心に縋りました。其後三日間、同時間頃には発作し、其度に医師にビタカンフル等注射して貰いました。四月廿九日入信後、五月十一日及び五月廿三日に教会え(へ?)お参りし、同様発作の御浄化を戴き、後発作は遠のきました。梅雨の頃から頭が重く、お釜をかぶった様な感じがします。二十歳の時に二カ月位と、最近二年位の間に三回程同様状態になりました。又妊娠前性病でペニシリン二十万単位六本とサルバルサン三十本を打ち、子宮発育不全で、ホルモン注射を五十本位しました。妊娠してから入信前日迄二年半、ビタミンBとカルチコール注射を毎日しました。入信後ずっと浄化を戴き、頭の芯が痺れ、ぼんやりして居ります。霊がぬけて行く様な気持は楽にして頂きましたが、頭の浄化は増(益?)々苦しくなり、喧ましい物音を聞いても頭に響き、胸が悪くなります。始終諸々の混じった尿が出ます。目先は何か覆い被さった様な感じで、時々物の形がゆがんで見えます。御浄霊を戴くと大きなアクビが引っ切り無しに出ます。今後は全治させて頂きますものでしょうか。
〔御 垂 示〕
之は霊が憑るんですがね。死霊が憑るんです。医者の方で言うと心臓神経衰弱ですね。救われない霊が、何か目的があるんです。大した問題じゃない。こう言うのは、良く祀られていない霊が憑る事が多いですから、よくそれを考えてね。行方不明になって死んだ――つまり無縁ですね。そう言う事や違ったやり方をしたのや――そう言う事をよく考えて見て、それをちゃんとしてやれば良いんですがね。それから、やっぱり浄霊は始終してやる。そうして、そう言った霊を浄めてやるんですね。そうすると、それだけでも治ります。祀ってやれば、余計早く治ると言う訳ですね。
之は薬毒病です。薬毒が減っていくに従って治って来ます。その代り相当長くかかりますから、それを覚悟しなければならない。少しづ(ず?)つ段々良くなる。色んな症状がありますが、全部薬毒の為です。之は頭に上るんですね。
それから尿が出るのは結構です。それが出るんだから治って行くんです。ゆがんで見えると言うのは、固まりがあって、視神経を圧迫するからです。
アクビ――之も結構ですね。霊が治っているんですから、それが体に写って、体が治っていくのだからね。之は絶対に薬を入れてはいけないですよ。それが病原になっているから、薬さえ入れなければ絶対に治ります。
<事例3-1> 肺病で死んだ霊の憑依。できるだけ御神書を読ませるか読んで聞かせて霊を救うとだんだん良くなるから、再度質問するように。浄霊は前頭部の中心、胸から背中。
(『御教え集』第7号/S27.2.26)
(お 伺) 伊東房子(廿一才)昨年八月一日お盆のお参りを済ましてより、毎日午前九時頃から一時間程鳥膚が立ち寒気を催しますので、御浄霊致しますと楽にはなりますが、同じ状態を繰返します。九月に入信させて戴き、其後大変楽になりました(其間食欲は余り御座いません)本年正月より衰弱が目に見えて参り二月には床に就き、最近は腰から下は特に痩せて歩行も困難で御座います。微熱は御座いますが、さしたる苦しみもなく、午前三時頃から咳と痰を催す程度にて、食事は毎回一杯位で御座います。曾て中耳炎にてペニシリン数本致してを(お?)ります。叔父にあたる者三人程結核で死亡致しております。先日教会の先生より、長男として生れた叔父(二十一歳で結核にて死亡)の位牌がない事を教えて戴き、早速御祀りする事に致しました。霊的の関係が御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
これは肺病で死んだ霊が憑っているんで、出来る丈御神書を読ませる。都合で側の者が読んで聞かせても良いんですがね。そうして霊を救うんです。それで治る訳です。丁度やっぱり――色々、歩けなくなったりするのは、肺病で死んだ様に、体が色々になるんですね。だから、霊を早く救わなければならない。今言った様にして、浄霊は前頭部の中心ですね。そこを浄霊する。それから、あとは胸から背中と――そう言う処を浄霊するんですね。それで段々良くなる訳ですがね。で、その状態を、この次あたりに又、質問に書いて来たら良いです。それによって、又方法をします。
<事例3―2> 経過は順調だから、このまま続けて腎臓の固まりが取れれば治る。
(『御教え集』第8号/S27.3.6)
(お伺) 伊東房子(第七号P69お伺)早速教会よりも御浄霊に参らせて戴き、御神書も拝読させて戴きました。特に霊界叢談を拝読致しますと非常に楽になると申します。咳と痰は出ておりますが、大した苦痛はなく、夜分は其度に目が醒める程度で御座います。食事は一杯位美味しく戴きます。両肺に軽いラッセルが聞こえますが、深く呼吸しましても痛みは御座いません。声は嗄れておりますが、食事には余り支障は御座いません。右側腎臓部に「八つ頭」の様な固結があり、御浄霊後間もなく多量の下痢が御座いました。翌日は右脚が甲迄浮腫み歩けなくなりましたが、腎臓部の固結は無くなっておりました。其翌朝御浄霊を始めますと、急に寒気を催し、暫くして恢復し、終ると間もなく下痢が御座いました。尿は一日二回程度で、右脚は未だに浮腫んでおります。この家は、結核で、祖母の兄弟五名、父の兄弟三名死亡しております。
〔御 垂 示〕
之は良いですよ。之は順調ですよ。治りますよ。やっぱり、腎臓の何が影響している。この固まりが溶けて、足に下って浮腫んだのだから、之も段々取れて来ますよ。この儘続ければ治ります。
<事例4> 同じ症状で死んだ叔父の霊の憑依。御神体の部屋に寝かせ、善言讃詞や御神書を聞かせて霊の病気を治すと早く治る。
(『御教え集』第4号/S26.11.25)
(お 伺) 奥村秀子(十一才)発育悪く五、六才の体格であり、原因不明の症状で、耳は聞えても笑う許りで言語を発せず、常に舌をだらりと出し涎を出し、手は不自由で摑めません。御浄霊を戴くと舌を引込め涎も止ります。叔父に同様の症状にて亡くなった方があり、死後三年目に生れて居ります。その方との因縁があるのでしょうか。何うしたら救われていくものでしょうか。何卒御垂示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之ですね。この叔父さんの霊ですね。之は、気長に浄霊して居れば治りますよ。十一――もう少し小さいと早く治るんだが、十一でも良いですね。学校の関係があるから急いでやらなければね。之は、ここに憑いている――前頭部を中心に頸の周りに固りがありますから、そこを浄霊して、光明如来様をお祀りしたその座敷に寝かせる様にしたら良い。そうして、善言讃詞や御神書を聞かせる様にすると良い。そうすると、早く治ります。つまり、子供の病気を治すんじゃなくて、霊の病気を治すと言うんですからね。結局は治りますが、霊の曇りが強いと、時日はかかりますが、大して長くはなりません。場合によると、案外早く治ります。そんな具合でやって御覧なさい。
<事例5> 祀ってもらいたい死霊の憑依。浄霊を嫌うなら、御神体の前に寝かせてよくお願いする。熱が出るのは浄化で、全然熱が出ないのは憑霊と判断する。
(『御教え集』第5号/S26.12.6)
(お 伺) 田中ひで子(四才)教師の孫で御座いますが、先月二十八日より食欲が減退し、排泄も少なく、熱も普通より低く、特に足は冷たく、大変にむずがります。毎日御浄霊致して居りますが、余り変化がありません。此の子は普段より御浄霊を嫌い、特に此度の御浄化を戴きましてよりは、むずかって浄霊を受けるのを大変厭がります。御浄霊の箇所及び浄霊を嫌う理由を御垂示御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
之は霊ですね。死霊が憑っているんですね。前頭部を主にして浄霊して――出来る丈――善言讃詞だとか御神書を読んで聞かせるんです。何か、死霊で要求があるんですね。或は、無縁かも知れないですね。祀って貰いたい為にね。そうしてやっているうちに救われていくから、病気が治っていきます。之は浄化じゃないですね。之で見るのが一番早いですね。熱が出るですね――之は浄化と思って良い。霊でも熱が出ますが、全然熱が出ないのは憑霊と思って間違いない。そうして、こう言う病人は光明如来様の前に寝かせる様にして、良くお願いするんです。
<事例6> 霊が憑ると前頭部は熱くなるが、背中は冷たくなる。善言讃詞、御讃歌を始終聞かせる。
(『御教え集』第8号/S27.3.17)
(お伺) 高井力男(三十三歳)昨日午後一時突然痙攣を起し、顔面は紫色で浮腫んで参り、二時間程痙攣を続け、三時間程は静かになりましたが、それより十分置きに二、三分の痙攣を午前一時迄続け、それより今朝迄痙攣はなく昏睡状態を続け、頭部の熱は平熱となり、顔面の浮腫みは引き普通の色となり、時々頭を上げ起き様と致して居る状態で御座います。御浄霊の個所御垂示程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
頭の上の方ですね。前頭部で良いんです。之は霊ですからね。で、善言讃詞、御讃歌なんかを始終読んでやると良いです。聞かしてやるんですね。
「霊が憑ります場合には、冷くなると思って居りましたが、熱く御座いましたのですが――」
熱いのが本当なんです。背中は冷くなりますが、此処(前頭部)は熱くなるのが本当なんです。
<事例7> 憑った浮かばれない死霊を救ってやらなければならない。一日も早く御神体をご奉斎することと御神書を読むだけで治る。
(『御教え集』第6号/S27.1.16)
(お 伺) 山元儀三郎(昭和二十五年八月入信、四十七才)は二十四年暮より心臓の動悸激しく、不眠の為医師の治療を受けましたがはっきりせず、二十五年七月御浄霊を戴く様になりましたが、余り変化なく一時御浄霊を中止致し、田舎にて静養し、動悸が収まりましたので家に帰り、御浄霊を戴く様になり、不眠は殆ど良くなり、心臓の動悸もなくなりましたが、本年に入り、又以前の状態の様になり、一月三、四日には心臓を圧迫する様な痙攣の発作があり、頭の状態は皮膚と肉とが離れて引吊った様な感じで、後頭部、延髄は入信当時は冷たかったのが、暖くなりました。足は常に浮いた様な感じが致し、皮膚は弾力性がなく、常に脅怖を感じ、喜怒哀楽の感鈍く、食欲も余りありません。以前に睡眠薬を常用致して居ります。御浄霊の個所を御教えの程御願い申し上げます。尚、御神体は御奉斎致して居りません。
〔御 垂 示〕
之は死霊ですね。死霊が浮ばれない訳ですね。それで、この人にくっつくんだから、之は光明如来様を一日も早くお祀りしなければ駄目ですね。大体それ丈ですよ。死霊を救ってやらなければならない。ですから、光明如来様をお祀りする事と、御神書を出来る丈読む事と――それ丈で治りますよ。
<事例8> 霊的と体的の両方。頭に薬毒がうんとあるから霊も憑りやすい。御神体ご奉斎、祖霊祭祀、御神書を読んで聞かせること。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 古川益男(昨年七月入信。二十七才)十六才の時に運動中に癲癇症状で倒れ、以来一年に一回位二、三年倒れ、それを気に致しており、頭は痛くぼんやりし体はだるく、神経衰弱と診断され、腎臓病にもなり、一夏はのぼせるので氷枕をし通した事もあり、カラシの腰湯も半年位続け、種々服薬手当を致し今日に至っております。仕事不能になってから二年になります。入信後御浄霊を戴いておりますが、大した変化は御座いませんが、幾分返事をする様になって参りました。昨年九月より就床し、最近食事が減り、朝一杯位しか食べず、奨めても頭が痛いと言って食べません。食後胸が苦しく、呼吸も苦しく、息もいきむ状態で、のぼせる様な症状も一日に何回となく起ります。又一つ事を何時迄も考え込んで居ります。山羊の乳が好きで、長く飲用し、睡眠薬も幾らか使用しております。両親も入信し、御屏風観音様は御奉斎させて戴いておりますが、御神体は未だで御座います。祖父は神経衰弱気味にて変死しており、その親も同じ状態で亡くなっております。祖父の位牌はお祀りしてありますが、後のは個人としてはお祀りしておりません。原因並びに御浄霊の個所の御教示を御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
皆御神体を奉斎してない人許りですね。
之は、霊的と体的と両方ですね。それから、薬毒も相当入ってますね。薬毒と霊的ですね。のぼせると言うのは、頭に毒が合って、そこに浄化が起るんですから、頭を良く浄霊する。腰湯――こんな様な事は何にもならないんですからね。却って悪い。頭に毒がうんとあるから、頭をうんとやるんですね。一番は頭ですね。それで、頭に毒がうんとある為に、霊も憑り易いんです。それからここに祀って貰いたい祖霊も居ますから、やはり、正当に祖霊を祀ってやらなければいけないですね。祖父丈ではいけませんね。そうして御神体をお祀りする。それが根本ですよ。そうすれば必ず治りますよ。それから、家の人なんか良く御神書を読んで聞かせる様にするんですね。そうすれば必ず治りますよ。
<事例9> 死霊が憑ったとき、本人か側の人が祝詞、御讃歌をよむと治る。未だ祀っていない霊があれば早速祀る。
(『御教え集』第8号/S27.3.6)
(お伺) 渡辺用子(四十三歳)昨年十二月頃より、夜二時か三時頃に喘息の発作の様な状態になり、御浄霊致しますと直き良くなります。食欲は変りありません。発作の状態は心臓が煽り、顔面蒼白になり、全身油(脂?)汗の様な物が出て冷たくなります。以前に病名不明で相当の薬毒が入っております。六年前に入信。この時も同じ状態が三カ月程続き、御浄霊で良くなりました。その時より較べますと、ずっと良い様に思われますが、本人は悪くなった様で、切ないと申します。非常に神経質で我儘に思われます点も御座います。之は霊的に関係が御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
霊的ですね。之は死霊が憑るんです。その時に本人が読めれば良いですが、さもなければ、側の人が祝詞、御讃歌――それを読んであげると良いね。それで治る訳です。で、調べてみて、未だ祀っていない霊があれば、早速祀ってあげる。と言う様にすれば、別に心配になるものじゃないですよ。医者の方で言う心臓神経衰弱と言うんですね。
<事例10> 御神書を読み聞かせ、頭を良く浄霊して、殺された蛇霊か盲で死んだ霊を救ってやる。脊髄液を取ったから治るまで非常に長くかかる。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 平田三郎(四十六才。潜水業)一昨年七月より視力が段々なくなり、痛みますが目ヤニ等は全然出ず、九月に京大に入院診察の結果黴毒の疑いがあり、脊髄液を三回取り検査の結果、黴毒ではなく網膜炎との事でオーレオマイシン注射十八回、服用二瓶、胃が痛む為途中で止め、六〇六号三本、代用約六十本射ちましたが、入院中日増しに視力がなくなり、十一月末に退院致しました。退院後灸療法をしたり、「生長の家」の信仰にも入りましたが何等の変化もなく、昨年四月妻と共に入信させて戴きました。其後教会にて御浄霊を戴き、妻より毎日御浄霊を戴いておりますが、変化御座いません。私は平田家の婿養子で、現在子供が五人あり、二人病死しております。両親は千葉県に在住。私達は築港作業の為に兵庫県美方郡浜坂町に寄寓しております。先祖の位牌を別に作り、御屏風観音様を御奉斎させて戴いております。視力の程度は新聞紙、雑誌等は全然読めません。晴天の時は、太陽の光は強くて見悪く。(、?)曇った日、月夜は楽で御座います。入信させて戴きました当時より、視力は少し落ちた様に思われます。左延髄が少し高く、左頸筋に微熱が御座います。之は霊的で御座いましょうか。尚、御浄霊の個所を御教え賜わり度く御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
見えなければ網膜炎に決っている。丁度、疥癬が出来て、之が皮膚病と言うのと同じだ。解らなかったら、薬をやらなければいいんですがね。黴毒でないと言うのなら、射つのはおかしいですね――六〇六号が黴毒の薬じゃないですかね。退院――之は結構だ。之は霊的ですね。こう言うのは蛇の霊が多いんですがね。蛇を殺した霊ですね。それか、或いは盲で死んだ霊ですね。どっちかですね。ですから之は、頭を良く浄霊して、そうして霊を救ってやるんですがね。無論御神書は読んで聞かした方が良いです。それから、頸筋に固まりがありますから、それをよく取る。治るんですがね。ただ、脊髄液を取るのが悪いんですよ。あれを取ったのは、非常に長くかかりますね。オーレオマイシン――之も障ってますね。六〇六号之もいけないね。代用と言うのは、六〇六号の代用ですかね。これもいけないですね。六〇六号の為に盲になるのがありますよ。六〇六号の中毒は、盲と精神病ですね。処が、それで旨く口実がつくんですよ。六〇六号を射つのは黴毒の為だと言うんですが、目が悪くなったり、精神病になるのは、黴毒だと言う事になるんですね。旨く口実はつくんです。今言った様にして気長にやると、少しづ(ず?)つ良くなります。
<事例11> 霊と薬毒の両方。目を潰そうとして霊が小切れを飛ばすことはある。毒を溶かせば瞳が白くなっている目は治る。御神体をご奉斎しているから、長くはかかるが治る。
(『御教え集』第6号/S27.1.26)
(お 伺) 三品繁夫(四十歳)養父は製絲業でしたが昭和二十一年八月胃癌にて死亡。私の応召中に養母、母、妻、女児と、共に目の御浄化にて、二十一年妻が入信し教導師補の御資格を戴いて御用をさせて戴いて居りました。次いで母、女児が入信。御屏風観音様、光明如来様を御奉斎させて戴きました。二十四年九月シベリヤより帰り、二十五年三月入信。七月に男子出生しましたが、二十六年七月無熱脳膜炎で死亡致しました。私は小刀鍛冶職で、昨年十月鉄の小切れが飛んで来て、右眼左側の縁に当り、少量の出血があり、初めはボーッと目が翳む程度でしたが、三日目より頭、目が痛み出し、眼球は赤く充血し、御浄霊により多量の涙が出ましたが、全然見えなくなりました。御浄霊は支部、中教会、別院で戴き、特に頭を主に戴いております。約一カ月の後、頭及び目の痛みはなくなりましたが、依然として見えません。現在は妻に戴いており、毎日仕事を致しております。薄赤く充血し、瞳の部分が白くなり、御浄霊の時天津祝詞を奏上致しますと、ボロボロ涙が出ますが、無言ですと出ません。霊的に何か関係が御座いましょうか。又子供の死と関係が御座いましょうか。御浄霊の急所御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
無熱脳膜炎――之は何か間違っているんですね。熱のない脳膜炎と言うのは絶対にないんですからね。之は、やっぱり霊と両方ですね。体丈なら、疵が治ると治っちゃいますがね。縁に当った丈で見えなくなると言う事はない訳ですね。小切れが飛ぶなんて事は、霊がやる事がありますからね。目を潰そうと思ってね。まあ、そう言う意味ですね。それで、霊はやっぱり急所を知ってますからね。之は、眼球はどうなっているんですか。
「黒目の処は、瞳の部分が白くなっております」
之も治りますね。大体、白くなっている目は、治りますよ。そこに毒があるんだから、溶かせば良いんだからね。それから、充血――之は浄化が起るんだから、もう少し辛抱して、出来る丈浄霊してあげるんですね。それで治りますよ。無論――光明如来様をお祀りしてあるんだから、大丈夫ですよ。唯、長くかかる丈のものだからね。
<事例12> 相当な薬毒で死んだ赤ん坊に浄化が起き、その毒が出ている。
(『御教え集』第4号/S26.11.8)
(お 伺) 大光明如来様、御屏風観音様を御奉斎の家(家族七人の内、祖母、父、母が入信)三男晃三(満九歳)は生来智能低く、今でも涎を垂らして居ります。赤子の時より御浄霊にて育ち、薬毒は御座いません。三週間前より風邪気味の処、或る夜半発熱し顔面蒼白、呼吸困難の症状となり、父母が御浄霊致しますと共に御神前に御守護御願い致し、危機をお救い戴きましたが、その後は譫言を申し、突然起き上る等致しましたが先生に御出張願い祝詞、善言讃詞を奏げ御浄霊を戴きましてから、段々と正気に返った様でしたが、少量の鼻血が出た丈で、目ヤニもその頃より止りました。熱は三十八、九度を前後致し、常に額が痛い痛いと泣いて訴えます。食欲は余り無く、駄菓子を間食致します。最近は昼間は下熱し、夜半になりますと高熱を出し、額(、?)咽喉、腹部、耳等が痛いと、連続的に訴えます。そうして御霊光を貼れ、ゴム輪で頭を締めて呉れと大騒ぎをし、母が殆んど夜通し御浄霊をさせられますが、充分落着いて出来ない始末です。先生に泊って戴いた晩は大した騒ぎもなく済みます。大小便は普通にあり、発熱時は喀痰がよくあります。霊的に疑わしい点は、光線を非常に嫌い。(、)昼間も雨戸を閉めさせ、お守を見せますと、駄々をこねて嫌がります。又発病一週間位前、何時もは余り行かない前の家(霊友会支部長宅)の祭壇の御供物を貰って食べた事があります。祖父は八年前に丹毒で死亡致しました。右、原因と御浄霊の箇所に就き御垂示御願い申上げます。
尚、晃三の名は明主様より戴きました。
〔御 垂 示〕
薬毒は御座いません――御座いません事はないよ。之は霊的ですね。赤ん坊が憑っているんですね。それで、赤ん坊が相当な薬毒で死んだんです。それで、その憑っている赤ん坊が、段々浄化が起って来て、その毒が、今出ているんです。非常に結構です。或る時期迄こんな様な具合で、段々良くなります。そうすると頭も余程良くなります。顔面蒼白――之は霊が浮いて来たんですからね(。?)涎を――と言うのは、之は赤ん坊の霊ですからね。こう言う浄化が起ったと言う事は、大変結構なんです。浄霊は頭――前頭部と後頭部から延髄――その辺を良くやってやると良い。それから人によるが、こゝ(頸部淋巴腺)をみて、腫れていたら、そこをやれば良い。
<事例13> 迷っている死んだ赤ん坊の霊の憑依。祝詞、御讃歌を聞かせ、前頭部の中を浄霊してやると段々良くなる。
(『御教え集』第8号/S27.3.6)
(お伺) 佐野恒男の次男(三歳)先月二十五日より三十八、九度の熱が出、少量の下痢を日に三、四回致しておりましたが、二十七日午後急に引附けを起し、其日は夕方迄遊びましたが熱は余り変化なく、二十八日よりは全く食欲が無くなり、只僅かに水を一口程、日に十数回飲む程度で御座います。一昨日の二時頃より、夢中で大声で「母ちゃん」とか「赤ちゃん」と叫び、あやしても受付けません。それからは、眼付きに変りはありませんが、歯軋りの様な事をし、又手を噛む様な事を致して暴れます。平素より肩が固く、気短かで、気に入らないと手当り次第に物を投げたり致し、気難かしい子で御座います。体には左程熱は御座いません。頭主に後頭部、延髄に熱が御座います。又昼夜の別なく発作的に騒ぎます。之は霊的で御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は霊的ですね。やっぱり、死んだ赤ん坊の霊ですね。身内になければ、親類とか何かで、つまり迷っている訳ですね。之も祝詞、御讃歌を聞かしてやるんです。そうして前頭部の中を浄霊してやると良いです。それで段々良くなる訳です。
<事例14> 曾祖父の霊の憑依。薬毒も大分あるが、眼と後頭部の真ん中を浄霊すれば、生まれたばかりだから割合に治りが良い。
(『御教え集』第7号/S27.2.7)
(お 伺) 塚本捷之(二十四年十月入信。三十七歳)御屏風観音様、御神体を御奉斎させて戴き、教修会場に二回使って戴き、家族全部入信させて戴きました。二十五年九月瑞雲郷の御奉仕隊に参加させて戴きました。昨年八月妻が女児を分娩。十年前に腎臓病を医薬にて固めてを(お?)ります。妊娠中右横下腹及右足が引附け、お産中も産後も、右足が痺れて脚気の様に不自由で御座いましたが、現在は大変楽にさせて戴きました。其為か乳児は血色悪く、乳を良く飲む割に大きくなりません。昨年十二月に百日咳の御浄化にて、一時は息も絶えるかに見える程で御座いましたが、二週間位にて楽になり血色も少し良くなりました。生れた時より右の眼が腫れてを(お?)り、眼ヤニや涙が多く出てを(お?)りましたが、現在眼ヤニは少しなくなってを(お?)ります。右の眼の黒玉は一寸小さく瞳孔が丸い面とギザギザの面とが御座います。尚、物を見るらしい時には、大きくなったり小さくなったり致します。両眼共黒眼は下へ下へと降り、右目は殆ど白玉となります。耳は良く聞えますが、現在五カ月になりますが、あやしても殆ど笑いません。曾祖父が四年前七十五歳にて死去致しましたが、右の眼は石の破片にて四十五歳の時より失明致してを(お?)りました。右は霊的で御座いましょうか。又は毒素の為で御座いましょうか。今後如何致しましたら御救い戴けましょうか。御浄霊の急所御教えの程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
引附け――之は引吊りじゃないのかね。薬毒も大分ありますがね。右の足が引吊るとか―そう言うのは、毒の固まりですよ。脚気の様に―之もその為です。子供が血色が悪く―之も薬毒ですよ。どうも、曾祖父――この霊が憑いている様ですね。四十五歳の時より失明――その当時にギザギザがなった訳だね。まあ、霊的ですね。之は右眼ですね。眼と後頭部の真中の処を浄霊すれば治りますよ。それから、あやしても殆ど笑いません――良く見えないんじゃないのかね。眼が良く見えないんですね。生れた許りだから、こう言うのは割合に治りの良いものです。
<事例15> 霊の障りもあるが、足を怪我して死んだ母親の憑霊。死体はバラバラにしないで早く埋葬する。子供の脚の痛みはもう一息で良くなる。
(『御教え集』第7号/S27.2.7)
(お 伺)佐野登紀(十歳)三歳の時急に眼の玉が中央に寄り、手足が利かなくなり、医診では脳性小児麻痺との事で、治る見込なしと言われ、堀之内妙法寺の堂守に見て貰いました処、家の後で、一間許りの板屏を取除けて防空壕を掘りましたので、地神の怒りでなったとかで、二十一日間お浄め(神棚に塩を上げ、良くお詫びして、その塩を使った土地に撒く)する様に言われ、浄めて貰いました処二日目に元通りになりました。二十二年四月私(母)入信。同年七月(母は交通事故で足を怪我、即日死亡)頭痛激しく、御浄霊させて戴きましたが、初めての事で良く解らず、アスピリンを飲ませ、元気になった様に見えましたが、翌朝より左足が利かなくなりました。その当時は非常に痛がり、足の附根より全部に痛みがあり、御浄霊させて戴きましたが、途中一年許り他の事も致しました。現在御浄霊させて戴いて居り、主人及び本人も入信。御神体もお迎えさせて戴いております。足首がグラグラで、冬は膝から下がとても冷え、常に足の裏特に指の附根附近は、甲もグニャグニャになり、最近一カ月頭(特に前頭部)の痛みを訴え、それが良くなりましてより、グニャグニャも大分しっかりして参り、特に親指の屈伸も少しづ(ず?)つ出来る様になりました。御浄化戴きますと両脚の長さが異り(悪い方が短く)そのうちに同じ長さにさせて戴けます。御浄霊の急所を御垂示御願い申し上げます。尚発病の同月末、次の子が帰幽致しましたが、住所が安定致しませんので、足掛け五年隣村のお寺に骨を預けて居ります。又頭部の骨が長く焼けなかったので、灰捨場に灰を掛けて置きましたが、後日行って見ますと、違う位置に転がってを(お?)りました。家主の好意で、家主の空いている墓に頭丈入れて貰いましたが、土に還っている事と思われます。右の骨は如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
地神――よく地の神と言いますがね。二日目に元通りになり――不思議なものだな。家主の墓に―之は早く処置しなければいけませんね。早く埋めた方が良いです。この頭と一緒に埋めなければいけませんね。頭丈――之はいけないですよ。ちゃんとくっつけて、埋ける処は然るべく当然ですから、つまりバラバラはいけないですね。之は霊の障りもありますけれども―私の母、足を怪我して―死亡この霊が憑いたんですね。この子供の足の痛みですね。之は足の附根と膝の、主に裏の方が急所ですから、そこを良く浄霊してやる。そうして気長にやれば、すっかり治りますよ。之はもう一息で治るから良いですね。次の子――足掛け五年こいつはまずいな。早く、今言った様に頭と一緒にして、成可く自分の墓に埋めた方が良いんですがね。どうしても、不可能なら、家主の墓でも良いですがね。之は御祀りしてあるんですね。まあ、そんな具合ですから、別に心配要りませんよ。
<事例16> メシヤ教で救われそうになったから、命を取ろうとする霊が馬力をかけて狙っている。薬毒がたくさんあるから霊が活動しやすい。手段を尽くしてもいけない時は神様にお任せする。
(『御教え集』第3号/S26.10.15)
(お 伺) 昨年十一月医師より肺結核と診断され、マイシン二十本、栄養剤等服用して居りましたが、本年二月頃より御浄霊を戴く様になり、御陰様にて高熱、喀痰その他結核症状は十日許りにて去り、非常に感謝致し早速入信。順調に経過して居りました処、五月十日突然大喀血の御浄化を戴き、之が約一週間続き、それ以来現在まで四十度位の高熱が毎日続き、絶え間なく咳も出て居ります。最近は喉も痛くなり、発声も不能となりました。食欲は稍ありますが、咽喉の痛みと連続的な咳の為食べ兼ねて居ります。又咳の隙をみて食事を口にすると、咽喉に玉の如きものが抑えつけ、呼吸も出来なくなり、止むなく口の中の食物を吐き出して了います。又本人は全身的にリュウマチの様な苦痛ありと訴えて居ります。衰弱は日々加わっております。右は薬毒のみの御浄化で御座いましょうか。又は霊的原因もあるので御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は薬毒ばかりではないですね。霊ですね。こう言う場合に、こう言う事がありますよ。先にありましたが、命を取ろうと言う霊が憑っているんです。そうすると、医者にかゝると喜こんで居るんです。お医者が良い塩梅に、自分に共同して呉れるからね。そうして薬毒をつぎ込むに従って命が縮まって来ますからね。命を取ろうと言う憑霊の目的には極く良いんですからね。メシヤ教なんかに救われますと、之は大変だ、とんでもない奴が出て来たと言うので、馬力をかけるんです。医者に任せて置けば安心――薬を飲んで居ると安心だ、結局自分が命を取っちゃう。メシヤ教が出て来ては大変だと、何処迄も馬力をかける。そう言うのが、こう言う結果になるんですがね。
それから、もう一つは、長くそう言う風に執着を持って憑いた霊は容易に退けない。命を取ると退けますがね。霊が霊界に行って了いますからね。それで、早く命を取って了わなければならないと言うので、それが咽喉に玉の如き――と言うそれです。
何うかすると、こう言うのがあります。之が困るんですよ。之は可成り激しい方ですね。それも、薬毒がたんとないと、そう言う霊も中々思う様にいかないが、薬毒が沢山あると――マイシン二十本なんてやられていれば、霊は活動し良いんです。之は一寸受(請?)け合えませんね。まあ、霊を救う心算りで出来る丈御神書を聞かせてあげるんですね。之は問題ですね。
それからこう言う事があります。何うしてもこの病人を治したいと言う事は、悪い事ではないが、それが反って障る事がある。そうすると人間の霊が――生きた人の霊ですね。それが始終其れに来る。そうでなく、何事も神様任かせで、神様にお任かせして置こうと言うと、神様の霊が余計入って来る。だから執着を取ると、余計治ると言う事がよくあります。だから人間が手段を尽すだけ尽くしてもいけない時は、やはり神様の思召しがあるんだから、宜敷く神様にお任せします。と言うそれで良いんです。
<事例17> ひどい痛みのオデキは癩病ではなく、非常に強い怨みの霊。霊的にしろ体的にしろ痛むなら、浄化だから治り良い。
(『御教え集』第5号/S26.12.15)
(お 伺) 二十年前より両足首に痛みを感じ五、六年前足首に根の無い「オデキ」が出来、ジュクジュクして余り膿も出ませんでした。梅毒ではないかと六〇六号を十五本打ち、何の変化もなく、種々医者の手当を受けましたが、レクールと言い千人に一人位しか治らないと言われました。四年前に右足の親指の次の指を三分の一程落して了い、同時に身動きが出来なくなり、其の後二十四年五月、一家入信御神体も御奉斎させて戴きました。御守護戴き動ける様になり、指先が崩れるのも止り、最近は少しの農事の手伝いも出来る様になりましたが、足の「オデキ」は、特に昨年の暮より毎日午後の三時から夜の九時迄、激痛を感じます。私の家の本家は、昔代官であり、門番の妻が手足、顔、露出部が崩れる病気となった為、四代前の人が本家の命令によって無理に追出したらしく、その時門番には二人の子供があり、一人を其処に捨て置き、病む妻と一人の子を連れて旅立ち、途中妻は死亡、門番は三島に流れ、今日は立派な米屋を致して居ります。捨て置かれた子供は、私の処より三里山奥に買われ、其子供が、私の母親で御座います。母は三十才頃より、露出した部分に私の足の如き「オデキ」が出来、四十八才で死亡。長男も二十八才で同病にて倒れ、次男は船乗りで、やはり同病を苦に海中に投身死亡致して居ります。右は霊的関係が御座いましょうか。又門番の妻(改名不明)はお祀りすべきで御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
十人に一人――まあ、こう言って置けば一番間違いないな――誰も分らないからね。之は珍しいですね。一寸、癩病みたいですけれども、之程ひどく痛むのなら癩病じゃないです。やはり霊ですね。非常に強い怨みですね。けれども、治るには治りますがね。別に大した事じゃないんですからね。やっぱり、気長にやれば治りますよ。それから、やっぱり自分でも浄霊すると良いですね。悪い処をね。力を出来る丈抜いてやれば、段々治って行く訳ですがね。然かも痛むんですから治りは早いんですがね。治り良いんですね。痛むのなら、霊的にしろ体的にしろ、浄化だから、反って仕(始?)末が良いですよ。どうも、浄霊に力が入っているんだね。自分でやった丈でも結構治りますよ。今言った様に出来る丈力を抜いてやって御覧なさい。
<事例18> 霊的なシャックリ。シャックリは命に関係ないことを知らせて安心させ、気長に延髄付近と前頭部を浄霊すると早く治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.15)
(お 伺) 井上満之助(六十一才)去る九日突然腰が痛み、教師の浄霊を戴き治りましたが、シャックリが連続に出始め、四十度の高熱が出ましたので、浄霊を戴きましたが、熱は下らず、シャックリは稍軽くなりつつありましたが、五時間も続くので医者に診せた処肺炎と言われペニシリンを一本打ち、熱は七度に下りましたが、依然としてシャックリは五日目にも止らず、私が昨晩浄霊を頼まれ、体を見ましたが別に熱の高い処もなく、横隔膜が痛いと言うので浄霊致しますと、一層激しくなります。頭と延髄を致しますと稍軽くなり、水が欲しくなり飲みますと、三十分程止りましたが、又始まり、それを繰返しております。シャックリは、他に御浄霊箇所、霊的原因が御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は霊的らしいですね。やっぱり、延髄付近と前頭部の中ですね。そこを気長にやってやれば、段々軽くなりますよ。シャックリが幾日続くと死ぬとか言われるが、そんな事はないです。シャックリなんか命に関係はないからね。そう言う事を考えて、急るんですよ。それを良く安心させて、気長にやると言う様にすると、案外早く治ります。
<事例19> 人間が鳥となった怨霊だが、鳥の扱いをする。御神体をお祀りして早く人間に生まれ変われるようお願いし、生まれ変われるほど執着が取れれば病気も治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.25)
(お 伺) 藤川綠(三十四才)未入信の男子。戦争中大鳥島にて、鳩位の渡り鳥をなぶり殺しにして食べたそうですが、その後栄養失調となり復員し、医療にて一旦は回復しましたが、二カ年後に時々食物を吐き、栄養失調の様な状態になり、医療や鍼の治療を続けるうちに、昨年十二月より次第に視力が弱り、間もなく完全に失明、その後日蓮宗の人より、鳥が怨んでいると言われ、位牌を作って供養して貰いましたら、食物は吐かなくなりましたが、眼は変りなく、本年四月母親が入信して、熱心に信仰するうちに、次第に本人の気持も動き、二カ月程前より母親の御浄霊を戴く様になりました。最近、食事の時に咽喉が詰る様な事があり、又右の手足に思う様に力が入らず、言葉もはっきり致しません。鳥霊の祟りとは本当で御座いましょうか。若しそうで御座いましたら、それに対する処置と御浄霊の箇所を御垂示賜り度く謹んで御伺い申上げます。
〔御 垂 示〕
ははあ、之は鳥の霊ですね。之は、鳥に因るんですがね。こう言うのは、普通の鳥と違うんですよ。つまり人間が鳥になった奴です。鳥の怨霊ですね。之は、始終浄霊して貰って――特に前頭部ですね。ここに憑いているんですからね。之を良く浄霊して、あとは御神書ですね。それを良く読んで――光明如来様はお祀りしてますか。
「未だで御座います」
之は、お祀りしなければ駄目だ。絶対に駄目だ。お祀りして、鳥の霊が早く人間に生れ変って来る様に御守護お願いしたい。とこう言って、お願いするんです。そうすると、人間に生れ変る丈に執着が取れていくんです。そうすると、病気の方もすっかり治ります。大した厄介な事ではないです。位牌を作ったりして祀ると、反って困るんです。人間扱いになるからね。仏様でなく、他の処に祀るならそれは構わないですがね。やっぱり、鳥は鳥の扱いにしなければね。
<事例20> 非常に小乗的な霊だが、明主様が許されたから、神様にお任せして今まで通りやっていればよい。
(『御教え集』第7号/S27.2.6)
(お 伺)高木友三郎(三十八才)妻の実家の分家は、昨年十一月入信させて戴きました。長男明(七才)は右扁桃腺部に大人の拳大の腫物が出来、一時は危険な状態を御守護戴きました。分家の主人(岡野三七一)は同村の小学校校長で傍らに雑貨商を営んで居ります。一月十三日に光明如来様を御奉斎させて戴きました。其の後、子供五人を産みましたが、皆三才で腸疾患で死亡して居ります。霊は「分家の商売が御神意に添わぬ、(利潤の追求が過ぎる)点があるから是非商売を中止せよ。そして教職に専念して貰いたい。若し営業を止めぬ場合は、明(後妻の子)の命を取る」と申します。然し、分家は大体良心的な経営をしている様で御座います。又霊の言う通りに致しますと、世間え(へ?)の影響も面白くありませんので、色々説得致しますと、「明主様のお許しがあれば営業しても宜敷い」との事で御座います。右の霊の申す事は正しいので御座いましょうか。又商業は如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。御教示の程を御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
私が許せば良いと言うんだから――私が許すから良いじゃないかね。やっぱり、霊の性格ですよ。この人は、非常に小乗的の――まあ、律儀者なんですね。ですから、この霊にはそう言う風に思われても、仕方がないんで――それで、校長さんと雑貨商と両方ですが、その儘にして置けば、若し雑貨商がいけないと言う訳だと、神様がちゃんと無理がなく止められる様にして呉れますからね。ですから、急に何うこうと言う心配は要りませんから、そこを神様にお任かせして、ずっと今迄通りにやって居れば良いですよ。
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