① 動物霊の特徴
ア.動物霊の憑依による病気もいろいろある。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『病気と憑霊』▲より)
そうして、動物霊で多いのは蛇、狐、天狗、鳥類、犬、猫、馬、狸等であります。これらの動物霊が憑依して病気を起す事実で、例えていえば小児のジフテリー及び喘息であります。喘息の場合、病原である水膿溜結を溶解しても、咳が止まらぬ場合があります。そういう時は、大抵猫の霊が憑いているんであります。ですからそういう患者は、鼻と口の間辺に霊光を放射すると、とても噎(むせ)るんであります。しかし、それによって霊は畏縮するから、実によく治ってゆくのであります。
(中略)次に、蛇の霊も非常に多く、人体内では一、二寸位の大きさになっております。移動性の痛みはほとんど蛇の霊であります。又 蛇の形の通り細長く痛む事もあり、とぐろ巻いた時は円く痛むのであります。幽門狭窄症や食道狭窄などは、よく蛇霊が締めつけている事があります。胃癌を手術する為切開したところが、何もないので、周章てて元通り縫った・・・というような話をよく聞きますが、これなど全く蛇の霊であります。ちょうど、人間が蛇霊に飜弄されている訳であります。胃痙攣や嘔吐等の場合にも、よく蛇霊の活躍が原因である事があります。又、以前馬の霊の憑った子供をやった事がありますが、これは、寝ると必ず手足を曲げて自動的に動かす、それがちょうど馬が倒れて苦しむ通りの状態であり、その事を話したら、それっきり怒って来なくなり、ついに死んでしまいました。
鳥眼などは鳥の霊が憑くので、又、鼻の病気、即ち、蓄膿、鼻茸(はなたけ)、肥厚性鼻炎など、大方鳥の霊で、以前鼻の悪い人で、目白の霊が憑いていたので、それを祀ってやったら直に治った事がありました。不思議に鳥の霊は、鼻へ憑くのであります。そういう霊が原因の病気でも、浄化法をやれば治るので、それは病霊の曇が除れると、人霊ならば浄化し、動物霊なら畏縮するからであります。その他、虫の霊などもありますが、やはり浄化法で治ります。水虫は微小なる虫群であり、発疹など蟻群や、その他の水虫群の霊などもよくあるのであります。
イ.動物や虫類の性能がそのまま
(天国の福音『精神病』▲より)
二十五、六歳の自動車の運転手で、この男の特異症としては屋根に上り、駆廻っては瓦をめくり往来の人に抛(な)げつけるのである。それが治療によって意識を快復した頃、種々訊いてみた。彼いわく「屋根へ昇る時も、屋根を駆る時も足の裏が吸着して少しの危険も感じない。故に人間の登れないような所も不思議に登れる」との事である。全く狐霊の蹠(あし)の裏の作用によるのである。故に動物や虫類がいかなる場所も昇ったり這ったりするのは蹠の吸着作用、すなわち真空になるからだという事を知ったのである。
ウ.人間に憑りやすい動物霊順
(教えの光『動物霊の憑依順位』▲より)
狐や狸は人間に憑き易い。中でも狐は一番憑き易く、性格からいっても人間に一番似ている。祖霊が何か知らせる場合よく狐が代りになっていう。そういう場合本当の事も嘘の事も言うが、それは狐の性格である。然しそれを一概に祖霊と決めても狐霊と決めても間違う。その話の中で真面目な事は祖霊の言とみてよく変な話は狐と思えばいい。狐は人間の言葉を聞く性能を持っている。次は狸で猫は少ない。犬、馬、猿という順である。鼠や豚はあまりない。
エ.舞踏病は動物霊の憑依
(岡田先生療病術講義録▽(下巻)『舞踏病』▲より)
この病気[舞踏病]は、その名のごとく無意識的に手又は足を躍動させるものであります。原因は動物霊の憑依でありまして、その動物の特徴を表すものであります。世間によく首を振る人がありますが、あれらも動物霊の憑依による極く軽微な症状であります。本療法によるも非常に長時日を要し、まず一年以上三年位と見ねばならないのであります。
(「病気症状の解剖」/「教修要綱」S29.9.1)
原因 これは暇さえあれば動いているような特殊な動物の霊の憑依による。
浄霊 前頭部の中心と頸の周囲、及び背面から腎臓を浄霊する。
② 龍神
ア.龍神が憑依すると、脚が軟骨のようで歩行できない。
(『龍神の憑依』より/自觀叢書第九編『光への道』)
ある六歳になる女児、全然歩行が出来ない。片一方の手をつきながら、イザって歩くのである。脚を見れば全然力がなく、軟骨のようでニョロニョロしている。私は龍神の憑依と思ったので、足を主に治療したところ、半年位で全く治癒したので、その龍神を庭へ小さな池を掘り、宮を建てて祀ってやった。それから数日後、右の女児はミエ子といい、その年のカレンダーは辰年で、龍の絵がかいてあったので、それを見てミエ子ちゃんは指さしながら、このこわいものはお祭の時、三枝ちゃんの手から抜け出たという事を、子供ながらに手真似などして親に語ったので、親も先生の仰有った通り脚の悪かったのは、全く龍神の憑依であったといって、感謝と共に語ったのである。
イ.龍神の種類と特徴
(天国の福音書『龍神界』より)
この大地構成の初め、泥海の如き脆弱な土壌を固め締めたのは無数の龍神群であったが、龍神が、体を失った後、その霊が天文その他人間社会のあらゆる部面に今もなお活動し続けているのである。(中略)
また龍には種類が頗る多く、主なるものを挙げてみれば、天龍、金龍、銀龍、蛟龍、白龍、地龍、山龍、海龍、水龍、火龍、赤龍、黄龍、青龍、黒龍、木龍等々である。(中略)木龍は樹木に憑依している龍で、世間よく大きな樹木を切り倒したりすると祟るというが、これは憑依せる木龍の憤怒に因るのである。故に伐り倒す前まず小さくとも同種または似通える樹木を代りとして近くへ植え、御饌御酒を供え、恭しく霊の転移を希うのである。それは言葉によればいいので、それだけの手続きをすればなんら祟りはないのである。
(中略)その他一定地域の海洋、湖沼、河川や、小にしては池、井戸に至るまで、大中小それぞれの龍神が住み守っているのである。従って池、沼、井戸等を埋める場合その後不思議な災厄が次々起こる事は人の知るところである。それは龍神の性質は非常に怒り易く、自己の住居を全滅せられたための怒りであり、また人間に気を付かせ、代りの住居を得たいからでもある。故に初めから小さくとも代りを与え、木龍の如く転移を手続きをすればいいので、事情により甕の如き物に水を入れてもよいのである。元来龍神は霊となっても熱し易く水がなくてはいられないので、非常に水を欲しがるのである。(中略)そうして龍神に限らずあらゆる霊は祭典や供養を非常に欲するものである。何となればそれによって霊界においての地位が向上するからである。
<事例1> 九頭龍は贋物。戸隠山には邪神が居て、この龍神も良い働きはしない。龍神の軸は御神前を一寸避けて向かって右の台上に置く。光明如来様にお礼後一寸頭を下げると、喜んでだんだん改心し、子供も良くなる。
(『御教え集』第2号/S26.9.8)
(お 伺) 私の次女純子(三歳)は一カ月程前に下痢と高熱の為引付けを起し、二、三日置いて発熱、前後三回の引付けを起しました。其後一週間程四十度前後の熱が続き、危篤状態に落入(陥?)り、口から蛔虫を一匹あげました。其頃より熱は下りましたが、変な目付きをする様になり、頻りに延髄付近をさすり、苦しい時にはゴロゴロ転り廻って居りました。三年前主人の妹久子(二十四歳)は急性肋膜炎腸結核で三カ月程病み死亡致しました。死亡前には目が吊上がって、顔は強張り、大変恐ろしい顔になり、本人は顔が々々と無意識に言い乍ら頬をかきむしって居りましたが、其様な状態の儘二、三日で死亡致しました。其日が丁度、久子の姉の命日でした。純子も其時と同様な顔を致しますので、御浄霊に来て居た弟が、龍神が憑ったのではないかと申しますので、気がつきました。と申しますのは、私の家の祖父が本山より戴いて来たと言う「九頭龍大神守護」(戸隠山八大龍王)と言う軸物を祀り、龍神を信仰し他人の歯痛を治して居りました。父も在世中迄祀って居りましたが、十二年前死亡してより祀って居りません。祖父は中風で死亡、父は脳溢血で、母は中風で夫々死亡、又純子の姉(桂子)は、三歳の時腸炎で、五年前に死亡致して居ります。現在純子は御守護により大分快方に向って居りますが、未だ足に力が入らずヨロヨロ致して居ります。純子の浄化と右の事項と、何か霊的関係が御座いましょうか。又右軸物は如何すれば宜敷いでしょうか。御神体はお祀りさせて戴いて居ります。
〔御 垂 示〕
九頭龍は居やしない。贋物です。之は嘘だ。
最初はこの龍神らしいんですが―戸隠山は邪神が居るんです。私は七、八年前になりますがね―信州に行った時、戸隠山に参詣しようと思って行った。処が、事情があって他所を通って行って見たが、道が壊れて行けなかった事があるが、神様から――未だ行っては早いからと思われたので止しましたが、そんな訳で、戸隠山は仲(中?)々曰くがあるんです。だから、この龍神も良い働きはしないんです。一寸した事で怨んだりします。最初はそれでしょう。そうして亡くなった霊が憑いたんでしょう。然し、そんな事を色々と面倒ですからね。龍神の軸は何処に仕舞ってる。
「二階の押入に入って居ましたのを、今は御神前の床の隅に置いて居ります」
それは、御神前を一寸避けて、向って右に台を置いて、その上に置く。そうして、光明如来様にお礼をした後で、一寸頭を下げる程度で良い。すると、喜んで――光明如来様の光を受けて段々改心します。それで良い。そうすると、子供の方も良くなる。
<事例2> 龍神の由来によって処分の仕方は違う。ご神体をお祀りし、龍神はそのお掛軸の前に祀る。病気の症状は薬毒で、龍神には関係ない。
(『御教え集』第8号/S27.3.5)
(お伺) 門脇末吉(四十三歳)十五年間職業軍人で過し、健康で御座いましたが、昨年十月頃より食欲減退、衰弱にて医診を受けましたが、益々悪化し、某病院で胃癌と言われましたが、貧血甚だしく手術不可能で、輸血、リンゲル、葡萄糖等の注射を致しておりました処、妻の実家よりお道のお話を聞き、一週間で退院し御浄霊を戴いております。五、六日は大変楽になりましたが、其後次第に食欲減退し、頭痛、耳鳴り、コーヒー色の液を嘔吐し、一時は相当弱りましたが、御屏風観音様を御奉斎、又御守様を拝受させて戴きましてより大分楽にさせて戴きました。尚、昭和十三年頃妻が信仰していた龍神を床の間に祀ってありますが、如何処分致しましたら宜敷いでしょうか。この龍神との関係が御座いましょうか。御浄霊の個所御教示の程御願申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は、光明如来様をお祀りしなければいけませんね。そうして、龍神はお祀りしたお掛軸の前に祀れば良いんです。そうして、龍神の由来ですね。何処から御神体を戴いたのか、或いは何故御神体をお祀りしたかと言う事によって、処分の仕方が違いますから、この次にその意味を書いて来たら良いでしょう。症状は別に龍神に関係ないじゃないですか。然し、この奥さんが龍神を信仰したと言うのは、何う言う訳で信仰したんですか。それを聞いて御覧なさい。この病気は龍神に関係ありませんよ。未だ、光明如来様はお祀りしないでしょう。
「未だで御座います」
光明如来様をお祀りするとして、龍神によって扱い方が非常に違いますから、それを今度知らせると良い。やっぱり薬毒ですよ。おまけに職業軍人なんて、幾度も注射をうたれてますからね。之気長にやれば治りますよ。やっぱり色々な変化がありますからね。食欲が減ったりね。
<事例3> 龍神が憑くと足がクタクタになる。できるだけ御神書や御讃歌、祝詞を聞かせ、気長にやると治る。
(『御教え集』第8号/S27.3.5)
(お伺) 高橋晴男(四歳)生後八カ月目の頃小児麻痺の様になり、特に足がクタクタになりました。不思議に思ひ近所の人に聞きまして、お道を教えられ、御浄霊を戴き一家全部入信させて戴き、光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。大分快方に向いましたが、歩行は出来ません。祖母は心臓麻痺で急死しております。又家は、昔六部(行脚僧)を殺した場所に建てたと言う話も御座います。この事と霊的関係が御座いましょうか。浄霊の個所御教示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は龍神が憑いたんですよ。クタクタに――之は霊が憑ったんですがね。兎に角龍神には違いないですがね。唯、龍神が――六部を――之じゃないな。心臓麻痺――之でもないな。他の龍神ですがね。龍神が憑くと、足がクタクタになる。之は割に治るものですよ。やっぱり出来る丈御神書や御讃歌、祝詞――そう言うものを聞かせる様にして、そうして気長にやってやれば、すっかり治りますよ。
「次の子は、生れて間もなく亡くなりましたが、親指が二本ありました」
一本多いんですね。それもやっぱり霊的ですね。それは死んだのですね。まあ、死んだのなら説明の必要ないでしょう。
<事例4> ご神体をお祀りしてから、龍神の絵を家に仕舞い一年位経ってから焼く。大腿部上部の方々に毒が固まっているから動かない。ご神体の部屋に寝かせれば、毒が出て治る。
(『御教え集』第8号/S27.3.6)
(お伺) 袴田浩司(第三号P46お伺)左足踵の魚の目をメスにて疵つけ、其後左足は全然痛まず、右足の御浄化となり、現在膝のみ屈伸出来ますが、右腰は全然動かず、足を開いた形で居ります。大腿部の上部に固い「しこり」があり、水膿をもち、相当量の排膿が御座います。又右腕上腕上膞内側に縦六糎、横三糎位が水脹れより皮膚破れ真赤に爛れ、膿が出ておりますが痛みは御座いません。食欲は御座います。昭和四年に河合雨峰と言う画家より一筆書きの龍を貰い、其時「私は龍に命を取られそうな気がするので、之からは書かない様にする」と言い、其後間もなく他界したとの事です。浩司は辰年で御座いますが、之れと何か関係が御座いましょうか。又軸物の処置に就きまして御伺い申し上げます。
〔御 垂 示〕
河合雨峰と言うのは、私は良く知ってます。一筆書きの龍を書いて、それを方々に何して、生活して居たんです。書家ですがね。光明如来様はお祀りしてあるんですね。
「お祀りして御座いません」
お祀りしなければ駄目ですね。お祀りしてから、雨峰の書いた龍神――あれはみんな霊が入ってますからね――それを家に仕舞って置いて、一年位経ってから焼けば良いんです。それから、大腿部の上部――毒が多いんですよ。方々に固まっているんだ。それで動かないんだから、まあ――こう言うものは、少し根気良くやればかならず治りますよ。別に大したものじゃない。それで、光明如来様をお祀りしてその部屋に寝かせる様にする。そうすれば、方々から穴があいて出て、すっかり治りますよ。
<事例5> 固まりは龍神。ご神体をお祀りして人間への再生をお願いし、できるだけ祝詞、御讃歌、御神書を聞かせ、怨んでいる龍神が救ってもらいたいと改心、離脱すれば治る。
(『御教え集』第8号/S27.3.7)
(お伺) 亀尾亀間政(昨年十一月入信。六十三歳)昨年春頃より食欲がなく、右肋骨下に拳大の固まりがあり、癌ではないがレントゲンで見ないと良く分らないと言われましたが、その儘で過ごしました。一月十一日支部の月次祭より全身がだるくなり、床に就きました。御浄霊を戴いておりますうちに、右肋骨下の固まりが上下左右に移動する様になり、鈍痛があり、血便が出始め、其為の貧血か立つ事が出来ず、床の中で用便を致しておりました。血便は十五日程で止り、食欲も少し出て参り、床の中で起きる事も出来る様になりました。其後、起きる時に全背面に激痛があり、暫く静かにしておりますと楽になります。尚、右肋骨が波打つ様で、苦しみましたが、四日程でなくなり、起きる時の苦痛も殆どなく、食欲も御座います。三月二日朝突然悪寒があり、全身震動し、意識も一時なくなりました。御浄霊一時間で元になりましたが、其後食欲が殆ど無くなり、茶碗に七部位で御座います。衰弱も大分ひどく御座います。御序霊は右肋骨下の固まりを中心に、背面の鈍痛のある肩胛骨の下部と鳩尾等を主にさせて戴いております。舌の中程に小指の先程が黒くなっておりますが、別に痛みません。家庭的には、三回結婚し、初めは都合で生別れ致し、先妻は未だ生きております。その間に出来た子供は半年程で死亡しており、祀っておりませんが、お話を聞き先日よりお祀り致しております。二度目の妻は胃癌で死亡し、子供はありません。尚、現在の妻にも子供は御座いません。屋敷内に古井戸がありましたが埋まって庭になっております。御屏風観音様はお祀りさせて戴いておりますが、御神体は未だで御座います。御浄化の原因並びに御浄霊の個所に就き御教示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は、霊的が絡んでますからね。光明如来様をお祀りしなければ駄目です。固まりと言うのは龍神ですよ。だから、光明如来様をお祀りして、やっぱり出来る丈祝詞、御讃歌を奏げて、不断御神書を出来る丈読む様にする。そうして龍神に改心させて離脱させる様にする。そうすれば治りますよ。そう難かしいものじゃない。つまり龍神が――こう言うのは怨みと――大体最初は怨みですが(、?)そのうちに段々執着が取れて、今度は救って貰いたいと言う事になりますからね。今言った様にしてやると、それで離脱しますからね。光明如来様に、龍神が早く人間に生まれ変って来る様にお願いする。それ丈で治りますがね。
<事例6> 居所がない龍神の憑依。浄霊は前頭部の中心が主。できるだけ御神書を読んで聞かせ、光明如来様に龍神が早く人間に生れ変わるようよくお願いすれば、少しずつ良くなる。
(『御教え集』第8号/S27.3.16)
(お伺) 藤井利吉(昭和二十三年四月入信。五十九歳)家族八名入信。光明如来様を御奉斎させて戴いております。実子(女)三十三歳、三十一歳、二十二歳の三人共同じ御浄化で御座います。前者は十六年前より体が不自由で、身動きが悪くなり、現在は歩行が極めて困難で御座います。三十一歳と二十二歳は八年前より、右の者より少しは宜敷いのですが、同じ状態で御座います。二十二歳の者は、割合軽くありましたが、中教会に奉仕に上がり、とたんに御浄化強くなりましたが、続けさせて戴いております。気分が沈み体(特に腰)が冷く、その時は体は不感症の如くクタクタになります。御浄霊戴きますと、気分的、体的に気持良くなり、冷い処も暖くなります。二、三日前より腰が夜痛み、昼は割に気持が良く、食事は普通に美味しく戴いております。十九年前に新家を建て東南を向いており、井戸は寝所を中心に北より五十度東にあります。家を建ててより三人共同じ状態になりましたが、家又は井戸に原因が御座いましょうか。尚御浄霊の個所に就き御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
やっぱり井戸が関係あるな。龍神ですね。龍神の居所がないので、ここに憑いたんですね。之は、前頭部の中心を主にして、そうして腰が悪ければ腰、と言う様に浄霊して、出来る丈御神書を読んで聞かせる。そうして良く光明如来様に、迷っている龍神は早く人間に生れ変る様に御守護御願いしたいと言う事をお願いすれば良いんです。そうすれば、少しづ(ず?)つ良くなります。
<事例7> 毒血があって脳溢血になり、それに木龍が憑った。
(『御教え集』第3号/S26.10.18)
(お 伺) 私の父貞吉(六十五才)は、去る九月十五日炭焼小舎の屋根の上で脳溢血を起し、私一人で梯子もなく二人が落ちる様にして、屋根から下ろして連れて帰りました。教会の先生にも来て戴き、家族の者もずっと浄霊致して居ります。三日目から少し意識を回復した様に思われ、五日目頃から、お茶等飲む様になりました。右半身不随の中風状態で御座いますが、口がきけず手真似で御神体を早くお祀りする様にと頻りに申し、予てお祀りさせて戴きたく思って居りましたので、九月二十五日御神体を奉斎させて戴きました。其後少しづ(ず?)つ良くなり、現在では御飯も普通に食べる様になりました。只口がきけず、右の耳も聞こえません。二、三日前から、何か少し言う様になりましたが、意味は良く判りません。教会の先生が木龍の憑依ではないかと言われますが、心当りとしては三年程前、宮の境内の二抱え程の木を切った事があり、其の他今年の春、寺の銀杏の枝が台風で折れて落ちたものを、寺に断って碁盤にすべく切って持って帰って居ります。現在は炭焼をして居り、家族全部入信し、御屏風観音様も昭和二十三年にお祀りさせて戴きました。三年程前に分家が絶えて居り、私の家の墓に三界万霊の石碑を建てゝおり、位牌はお祀りして居りません。右浄化と霊的関係が御座いましょうか。又御浄霊の箇所を御教の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
厄介な処で脳溢血を起したね。之は木龍だね。木龍許りではない。脳溢血と木龍と両方です。之は、脳溢血になるべき毒血があって、脳溢血になった。それに木龍が憑ったんですね。ですから、耳が聞こえないと言う事は、普通の中風ではないんです。言葉――口がきけないと言うのが、木龍の働きですね。けれども、脳溢血が治るに従って木龍も救われますから、大丈夫です。
右の半身が不随の時は、左のこゝ(頸部)に固まりがありますから、それを良く浄霊する。治りますよ。そうひどい――重いのではないですね。少しづ(ず?)つ良くなります。左の固まりを解かないと再発します。溢血はこう言う風に(右より、頭の上を通り左側に)来ます。再発しなければ、段々良くなりますね。気長にやっていれば良いです。
三代前の分家が――之は位牌をお祀りした方が良いですね。仏具屋に位牌を頼んで、分家の苗字――大垣と言うんですか。分家の諸霊位と文字を書いて、それを下座の方に置く様にする。そうすると、そこに三代前の霊が来られますから、祝詞を聞いたりして救われますから、それは是非やった方が良い。
(※ 木龍については「聴覚障害」の項で詳説)
<事例8> 相当大きな執着を持つ大きな龍神の憑依。前頭部を良く浄霊して、できるだけ御神書を聞かせる。御神体の部屋に寝るとずっと早く治る。
(『御教え集』第5号/S26.12.8)
(お 伺) 西村延子(二十八才)昭和二十二年四月左乳、背に細かい水泡が出来、痛みましたが医者にかからず、油薬と粉末を少し用い、五月中旬頃跡形を残し膿が少し出て治り、それと前後して水を欲する様になり、六月の終りには一日五、六升位飲んで居りました。最初ビタミンBの不足とて一カ月注射を続けましたが、少しも良くならない為、他の医師にかかり入院し、尿崩症と言う病気で、脳下垂体後葉ホルモン不足に因る症状との事でしたが、原因不明で治療法なしとの事で、牛の脳下垂体のホルモンを注射、又山羊のホルモン注射を致しますと〇・五CCで約七時間は平常となりますが、注射なしで居りますと一日七、八升、多い時は一斗近く飲みます。水を二時間以上飲まずに居りますと苦しく、口中は乾き、胸が焼け、頭痛がし、堪えられなくなります。夏は特に冷たい水を欲し、冬でも水の方が美味しく感じます。ひどい時は夜中でも一時間半毎に水を飲み、激しい時は一度に三合程飲みますと、左の胸の辺りが冷たくなります。排尿の方も一時間半位に多量致します。それより三年灸、指圧、鍼を致しましたが良くなりません。昨年夏に左肺浸潤と言われマイシン三本、パスを少し飲みましたが、嘔吐の為に止めました。本年七月お道のお話をお聞きし、八月にお守様を戴き毎日御浄霊を戴いて居りますが、あまり変化は御座いません。光明如来様、御屏風観音様は、未だ御奉斎致して居りません。尚、亡父(陸軍少佐で、急性腹膜炎にて三日の病で死亡)の石碑を二十五回忌に建て、三カ月程してより此の状態になりました。此の関係が御座いましょうか。何の様に致しましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は、大霊的ですよ。之は龍神が憑っているんですよ。相当大きな奴が憑っているんです。之かも――亡父の石碑――亡父の霊かも知れませんね。何か、非常に執着を持っている。それで蛇になっちゃったんですね。それで――大きい蛇なんです。それで水を欲しがる。蛇と言うのは、非常に焼けるんです――体が熱くなるんですね。ですから、飲まなければ居られない。そこで、蛇と言うのは執着の罪ですからね。執着のそれを取っていくんですからね。やっぱり前頭部を良く浄霊して、それから御神書を出来る丈聞かしてやる。肺浸潤と言うのは、薬毒で作ったものですよ。お医者に拵えて貰った。こんな事は問題ではないですがね。そうしてやるんですね。そうして龍神が救われるに従って治っていく訳ですね。之は治りますよ。一番肝腎なのは、光明如来様をお祀りしなければ駄目だね。お祀りしてその部屋に寝る様にする。そうすると、ずっと早く治ります。
③ 蛇霊
<事例1> 蛇の憑霊。天津祝詞は浄め方が強いから苦しく、善言讃詞はずっと柔らかい働きをする。両眼が充血したから脳膜炎は峠を越した。
(『御教え集』第4号/S26.11.11)
(お 伺) 信徒、岡田洋一(十一歳)十一月七日より頭痛を訴え、一回の御浄霊後、全身発熱、頭痛は一層激しくなり、軽い咳を伴い右胸部、下腹部に激痛を加え、頭部以外は、御浄霊すると直ぐ痛みは無くなりますが、痛みの箇所が胃部、胸部、横隔膜等え(へ?)点々と移動し、頭痛以外は、短時間にて楽になります。頭の中心は、御浄霊六回にて熱も三十七度程となりましたが、尚軽痛が残って居ります。浄化発生より三昼夜にて、衰弱度強く両眼充血し、黄色の目ヤニが出始めました。時折り憑霊現象の様な言葉を発しますが、意識は判然として居ります。憑霊現象の様な時は、腹に長い虫が居て、祝詞奏上の時は苦しんで暴れ、善言讃詞奏上の時は静かに聞いて居り、非常に楽になった。又咽喉に居た虫は、知らない男の人が取って呉れて楽になった、等申しました。食欲は普通の半分程度にて、眠った時口の中でブツブツ言って居ります。家族全部入信し大光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させて戴いて居ります。
〔御 垂 示〕
之は、最初脳膜炎だったですね。軽い脳膜炎ですね。之もやっぱり蛇の霊が憑いています。痛みが移動しますからね――霊はね。蛇の霊は割合弱いですよ。どんどんいきますからね。追っかけていってやると、段々弱って来る。脳膜炎の方は峠を越したから、もう良いですよ。両眼充血し、と言うのは、峠を越した状態です。毒が溶けて出て来たんです。善言讃詞の奏上の時は――之は良く祝詞の何を現わしている。天津祝詞――あれは浄め方が強いですから、そこで苦しい。善言讃詞の方はずっと柔らかい働きをするからで、それが良く現われてますね。咽喉の虫――と言うのは、他の虫ですね。蛇の子かも知れないがね。男の人と言うのは、神様です。之は大した事はないです。段々良くなりますからね。心配要りません。
<事例2> 蛇を飲むとヌラになる。背中や熱のある所を浄霊する。
(『御教え集』第5号/S26.12.6)
(お 伺) 中教師荒川弘光(二十四才)は、二十二年十二月開拓の途中にて発声不能となり、それ以来度々大浄化を戴き、漸次発声出来る様になりました。本年十一月二十七日夜突然に猛烈にせき上げて参り、苦しみ始め、多量のヌラを吐きました。其時塊りの様なものが咽喉に詰りましたので、善言讃詞を奏上し、御霊紙を戴き、直ぐ楽にさせて戴きました。其後二回程ヌラ状の喀血を致し、御守護を戴きまして現在は全身浄化して居ります。食欲はどうやら二膳位は戴いて居ります。本人は幼少の折、肺炎や気管支炎をし十五、六才の頃腹膜や何かで鍼灸、指圧、電気等もやりました。右に就き御浄霊の箇所を御教示御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
この人は、何か――蛇か何か飲んだんじゃないかな。蛇を飲むとヌラになりますからね。背中に固りがある。背中を良くやってやると良いですね。それから、熱のある処ですね――やる様にしてやると大した事はないです。
「唾を飲むと、咽喉がとても痛みます」
それは、ここ(咽喉)に固りがあります。
「鳩尾の左に寄った処に固りがあります」
背中の方に固りがありますから、そこを良く浄霊してやる。
「父、祖父が結核で死んで居り――」
結核で亡くなっても、正面に受け取れないんですよ。何故と言って、医学で――つまり殺すんですね。だから、結核と言うのは何でもない病気で、段々それを死ぬ様にしちゃうんだから、要するに――医学による被害者ですからね。むしろ、打擲らかして置く様なら、亡くならないで済んだんですが、一生懸命に医学をやればやる程死ぬんですから、結核なんか――結核で死ぬより、医療で死ぬと言うんですね。どうも、はっきり言うと、そう言う事になっちゃうんだからね。
<事例3> 蛇の憑霊と薬毒と両方。喀血や鼻血は未だ蛇が入っているが治る。少しずつ良くなったら、できるだけ人助けをするとずっと早く治る。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 沢田さき(昭和二十三年三月入信。四十一才)六月頃より咳が激しく、九月頃より胸部重く心臓が高ぶり、廿四年三月教会にお詣りさせて戴き、一週間程右半身が不自由になり、又一週間後には左半身が不自由となり、同時に右は治り、左も一週間程で治り、以後体がだるく心臓が高ぶります。十月には激しい咳と痰と鼻汁が三カ月余り出ました。廿五年三月頃三合位喀血し、少し楽になり、仕事も出来る様になりましたが、八月頃より急に重くなり、教会にて御浄霊戴き、十日程で良くなり、仕事も出来る様になりました。廿六年四月喀血し稍々楽になりましたが、五月頃より声が出なくなり、五月末京都で明主様に御面会戴きましてより、全く出なくなりました。六月半頃より、御浄霊戴き、田植も出来る様になりました。九月十日頃より再び胸が悪く心臓が高ぶり、全身が浮腫み、足が重く、下腹が膨ります。十二年前に母親が鳥小屋で蛇を殺してより急病になり、伏している事が出来ず。(、?)舌をベロベロ出し、水を欲しがり、目が座り、附根附近が痛み苦しみ、一カ月程にて死亡。父親も廿五年三月頃より、体がだるくフラフラしており、現在は寝た儘で御座います。父親、母親、私の御浄化は、霊的関係が御座いましょうか。又御浄霊の個所御教示の程御願い申し上げます。尚御神体、御屏風観音様は廿四年三月御奉斎させて戴いております。
〔御 垂 示〕
之は蛇が憑ったんですね。之は、霊的と薬毒と両方ですね。喀血だとか、鼻血が出たと言うのは、蛇が未だ入っているな。併し、治るには治りますよ。もう一息だね。ですから、少しずつ良くなったら、出来る丈人助けをするんですね。浄霊して、人の病気を治すと――そうするとずっと早く治りますよ。それによって、蛇も救われていきますからね。そう気にする必要はないです。
<事例4> 殺された青大将の祟り。御神体の部屋に休み、できるだけ御神書を読んで聞かせる。後頭部の真中の固まりと前頭部を浄霊する。かなり固まっているが気長にやれば治る。
(『御教え集』第7号/S27.2.6)
(お 伺) 堀川タキヨ(一昨年十二月入信。三十一才)昨年十月父も入信させて戴き、同時に大光明如来様を御奉斎させて戴きました。十七才の時一寸した熱より、歩行困難となり、其の後一年位のうちに両眼を失明致しました。最初は医療を受け、其の後祈祷師に頼みましたが良くなりません。御浄霊致しますと、最初からマバユク感じます。以前より霊動(龍神の如し)があり、口は切りません。物に縋って二時間位歩行の練習を致しますと、左足の裏が熱くなり歩けなくなります。両足を前に伸ばして座りますと、左の方に倒れます。祖母は四十才過ぎより、リョ(ュ?)ウマチで左足が曲らなくなり、本人も主に左足が悪い様で御座います。尚、本人が生れた時、祖母は両眼が失明し、二年後に死亡致しました。此の事と何か関係が御座いましょうか。御教えの程御願い申し上げます。尚、御神体御奉斎の時、御供え致しましたミロクの餅が溶けて花の如く開きました。此の事も、何かの御知らせで御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は、やっぱり龍神さんですね。殺された――之は青大将ですね。その霊が祟っているんですよ(。?)怒っているんです。それで、祟る訳ですね。ですから、この人は光明如来様をお祀りしてある部屋に休む様にして、出来る丈御神書を読んで聞かせる様にする。それから、後頭部の真中の方ですね(。?)後頭部の処に固まりがありますから、それを良く浄霊する。それから前頭部――そこを浄霊する。それに、医者も大して荒っぽい事をしない様だから、之は治る訳ですね。可成り固まっているが、気長にやれば治る訳ですがね。別に何うと言う難かしい処はないですよ。今言った様にして、気長にやって御覧なさい。少しづ(ず?)つ治りますよ。それで、足の悪いのも、やっぱり龍神さんが憑っている為です。前頭部の中央ですからね。ここ(前頭部)を浄めるには、やっぱりここ(後頭部)が肝腎ですからね。
<事例5> 殺された蛇の怨み。精神病は最初は暴れ、無口になり、それから治る。大分蛇も弱ってきてもうじき気がつくが、また憑るから、すっかり治るには数年かかる。
(『御教え集』第7号/S27.2.26)
(お 伺) 伊藤兼行(三十八歳)二十五年二月精神異常となり、一家九人入信させて戴き、大光明如来様も御奉斎させて戴いておりますので、早速教会の先生に御浄霊を戴き大変良くなりましたが、御法難頃から親類の反対が激しく、本人が家を飛出したり、川に入ったり致し、弟迄も精神病院に九カ月入院し、ペニシリン四十本、其他を致しましたが、一向良くならず、身体全体に浮腫みが来ました。昨年五月末退院し、今日迄御浄霊を続けております。浮腫みも去り、食欲も普通となり、弟も今ではお縋り致しております。本人は昨今極めて無口で、倉庫(旧酒倉)に入りたがります。家族の者が御参拝に出ますと、落着きを失い、酒倉に入っていたり、縊死でもする様な様子になります。生来病弱で肺炎、盲腸炎、腎臓炎、十二指腸潰瘍、胃痙攣等を致してを(お?)ります。入信以前に六〇六号も致しております。入信後疥癬の御浄化を戴き、以来精神異常となる迄丈夫で仂いてを(お?)りました。先日一信者に、酒倉の中の蛇だと言って憑依し、今迄出来る丈邪魔していたが、どうしても邪魔する事が出来なくなったと申したそうです。それから落着きも出て、夜も良く眠れる様になりました。只今でも時々酒倉に入りたがるので御座いますが、蛇と関係が御座いましょうか。又御浄霊上の御注意戴きたく右御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は蛇の霊ですよ。之は始終酒倉に居た蛇ですね。それで、酒倉に入りたがるんです。蛇が――殺された怨みですね。それですから、もう一息で治ります。大分蛇も弱って来ましたからね。それですから、眠れる様になった。
精神病と言うのは、最初は暴れて、それから無口になるものです。それから治る順序になるんですがね。ですから、そう言う順序ですからね。それから、蛇と――六〇六号ですね、之がいけない(。?)六〇六号をやると、大抵頭が変になりますがね。そうすると、医者は、黴毒の為だと言うんですが、そうではない。黴毒を治そうとする六〇六号の為なんです。もう大分弱って来ているから、もう一息です。浄霊は前頭部――ここに一番憑るから、ここですね。それから頸の廻りですね。頸の廻りに必ず固まりがあるから、頸の廻りと――それですっかり治りますよ。然し、相当年月はかかります。三年や五年はかかると見なければならない。気がつくのは、もうじき気がつきますがね。それから又、気がついた様でも、又ヒョッヒョッと憑りますからね。それで、すっかり治るのは数年かかるものです。
<事例6ー1> 脳膜炎の毒が残っているから、眼が見えにくい。
(『御教え集』第3号/S26.10.8)
(お 伺) 赤田修吉(十三歳)今年一月から脳膜炎の浄化を戴き、ずっと浄霊させて頂いて居ります。先日はお伺いをして、名も戴き命拾いをさせて戴きまして、誠に有難く存じます。現在は手の疥癬の浄化を戴いて居ります。頭は普通の様ですが、眼を正面に向けると、何も見えず正面の下側から微かに物の形が見える程度です。目佛の眼が、普通の倍位大きくなって居ます。別に曇りの症状は見えません。続けて浄霊させて戴きますと治るものでしょうか。眼を直接しても宜敷いでしょうか。何処をさせて戴きますと宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
無論眼も直接しなければならないがね。眼を直接浄霊して、奥の方に通る様にする。それから、裏の方に脳膜炎の毒が――下痢から微かに――だから、下の方でなく、上の方に毒が残っている訳ですね。そして固まっているんだから、気長にやれば治ります。眼を直接浄霊しても良いし、大体後頭部ですね。眼と後頭部ですね。頭全体になるが、そうすると良い。
<事例6ー2>.蛇の憑霊は足や目に出る。光明如来様に早く人間に生まれ変われるようお願いすると、蛇はかえって感謝する。光明如来様は二階、黒住教の御神体は下に祀ってあるから大したことはないが、祖父の執着がなくなるまで処分してはならない。水死の霊が憑ると浮腫むから早く祀る。
(『御教え集』第7号/S27.2.27)
(お 伺) 赤田修吉(『御教え集』第三号P29お伺)足がフラフラで歩行も困難となり、視力が非常に弱り物が見え悪くなりました。二十日程前に歩いた拍子に倒れ、その後全身浮腫み、全身がだるくなりました。祖父、父、母、当人共入信させて戴き、光明如来様は一昨年十月より階上床の間に御奉斎させて戴いております。祖父は三十年前より黒住教信者で、今でも階下に出雲大神、天照皇大神、秋葉神社の軸を掛け、祠には黒住教と鹽竈神社の御神体をお祀りしてを(お?)ります。未だ、黒住教に対する執着が取れず、月次祭にもお詣り致して居ります。この事は霊的に関係が御座いましょうか。曾祖父の兄弟で行方不明になっている者があり、祖父の妹が水死(小(子?)供と二人自殺)しております。或る本教信者で霊の見える方が、近所(他人)の亀吉の霊が頼っているからお祀りすれば良いと言われますが、未だ祀らずにありますが、やはり祀らねばならないもので御座いましょうか。右の事は霊的関係が御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
蛇――大いに関係がありますね。之は悪いですね。近所(他人)――他人なら祀らなくても良いんですがね。頼っていると言って――そうしたら、祝詞を奏げてやれば結構ですよ。そうして光明如来様に、救って貰う様お願いすれば、それで良いです。之は霊的関係があるな。歩行――之は、蛇の霊が憑っているんですね。蛇の霊が憑ると足がフラフラになるんですよ。歩けなくなるのがあります。視力が弱るのも蛇ですね。之は、良く光明如来様にお願いして、早く――殺した蛇が人間に生まれ変って来る様に、それをお願いすると良い。生まれ変ると言う事が、一番良いんですがね。そうすると、却って蛇は有難くなるんですよ。殺されて却って感謝する事になる。それを良くお願いするんですよ。それから、黒住教ですが、之はやっぱり祖父と言う人が自分から、メシヤ教信者になって、黒住教の御神体を処分したいと言う気持になってからでなければいけないですね。少しでも執着のある間は処分してはいけないですね。然し、こう言う事も障りになる事はあります。一家の中で、明るくなったのに、一部分暗くなっているのでね。之も幾らか頼っている様ですね。全身の浮腫みなんてのは、この霊が――水死の霊が憑ると浮腫みますからね。やっぱり人間の霊が憑っても――一つでなく、二つも三つも憑る場合がありますからね。然し、之は仏様を祀ってあるんでしょう。
「左様で御座います」
之は救われたくて憑るんですからね。悪意で憑るのではないからね。
「水死の方は祀ってないそうで御座います」
それはいけないですね。早く祀らなければ――早く祀りなさい。そんな事で治る訳ですがね。黒住教の御神体は下に祀ってあるんでしょう。大した事はないですね。光明如来様は二階でしょう。それなら大した事はないね。
<事例7> 腹部に毒素がたくさんあるから、邪霊が憑りやすい。力を抜けばもう一息で良くなる。後頭部は食欲に関係することがある。
(『御教え集』第5号/S26.12.8)
(お 伺) 上坂たか(三十九才)今年春頃より気分憂(優?)れず全身だるく、食欲はなく衰弱の気味で御座いました。五月頃より下腹部が、固く大きく張って参りましたが、一カ月程で、稍柔かくなり、今度は腹部全体が張り、腹膜の症状となりました。八月末には小さくなりましたが、食欲が出ず、時々腹痛を感じました。九月に入り、急に高熱が出て全身だるく、食欲なく骨と皮許りの状態となりました。未入信の親戚や知人の反対を押し切り御浄霊戴いて居ります。最近は食欲は感じますが、食べ様とするとお腹が一杯になり入りません。無理に食べますとお腹が痛んで苦しみます。御浄霊戴きますと止りますが、止めますと三、四時間は痛みます。腹部に大小三つの長めの固りがあり、移動したり消えたり致します。娘の頃から胃の背面、背骨が五箇位外部に飛び出し、痛みは感じませんが、時々ちぎる様なだるさと譬え様のない苦しみを覚えます。御浄霊は胃部の背面、飛出した脊柱、左腎臓部、頸部並びに耳下腺を主にさせて戴いて居ります。尚、一家全部入信し御神体、御屏風観音様を御奉斎させて戴いて居ります。御浄霊の箇所、腹部の固り、食欲を感じても食べられない事に就き御教示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之はお腹に固りがあるんですがね。動けは蛇ですけれどもね。蛇が悪い目的でやっているんですね。けれども、もう食べられなければならないんですがね。この位良くなればね。之はその辺に毒素が非常に余計あるんですよ。つまり、毒素があるんで、そう言った邪霊が憑き易いんですからね。両方ですね。之は、背中も肝腎だけれども、やっぱり腹の方からもやらなければならないです。力が入るんじゃないかな。力を抜くと非常に溶け易い。だから力を抜いてやって御覧なさい。もう一息で治るんですがね。外部に飛出し――之は、あんまり関係しません。これは、こっちが治ってからで良いです。時々ちぎる様な――之は、浄化が起こるんだが――そう言う時にやった方が良いですね。そうすると治りが早いんです。それから頭ですね。頭が食欲に関係する事があります。後頭部ですね。頭を試しにやってみて――固りがあれば、それを溶かす。それから、熱い処ですね。そうすれば、もう一息で良くなる訳ですがね。
<事例8―1> 腎臓の薬毒に蛇か祖霊が憑った。痛いのは薬のためで、腎臓が相当固まっている。
(『御教え集』第4号/S26.11.1)
(お 伺) 信者、本山あやめ(五十四歳)産婆を致して居りますが、本年九月十日より御浄化戴き、腰より膝まで浮腫にて動けなくなりました。続いて御浄霊させて戴いて居りますが、十月二十日頃より段々発作が起き、その激痛の為、身をもだへ(え?)水を欲しがります。食欲、便通共に御座いますが、二、三日前より排尿が少なく、局部的の痛みが起きます。御浄霊致しますと、痛みが移動致します。夜分には蛇が「とぐろ」を巻いた様な様子の発作を起して苦しみます。只今では資格者が泊り込みで、夜中でも発作が起きますと御浄霊させて戴く様に致して居ります。尚、本人は御屏風観音様を御奉斎させて戴いて居ります。御神体も拝受致して居りますが、家が無く只今は田舎の古寺に住って居りますが、其処も立退きを強請されて居りますので、御奉斎が出来ない状態で御座います。御垂示の程御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
そうすると、御軸は何処に置いてあるんですか。
「教導所でお預り致して居ります」
やっぱり薬毒ですね。
「二十年前、慢性腎炎になり、医学で固めて居ります」
そこに、やっぱり蛇が憑った様ですね。やっぱり毒があるから蛇が憑るんだからね。薬毒を無くすれば良いんでね。腎臓が相当固まっているんですね。痛いのは薬の為ですからね。手術はした事はないですね。
「御座いません。激痛が点々と移動致し、お静まりと言いますと、静まります」
蛇ですね。私の本に書いてある。それを、どんどん追いかけて行って、お静まりと言うと、静まる。之も少し気長にやったら良いです。痛みは、段々追いかけて行って、段々気がつかない位に迄追いかけてやると良い。そのうちに、又痛みますから又追いかける。そのうちに段々薄くなりますからね。
<事例8―2> 本教を疑う村人の霊が非常に邪魔するから、離れなければ駄目。光明如来様に蛇の霊が早く人間に生れ変わりますようにお願いする。
(『御教え集』第4号/S26.11.11――11.1の続き)
(お 伺) 過日お伺い申し上げました本山あやめ(四十三歳)で御座いますが、御守護により大変楽にさせて戴きました。現在は尿は普通に出て居り乍ら、浮腫みが依然として引けません。蛇の祟りだと御垂示を戴きまして、本人に聞きました処、五年前に兎を食べに来た青大将を半殺しにして、枯れ草にて焼き、ブツ切りにして鶏に食べさせたそうで御座います。本人は今更乍ら後悔致して居ります。発作は、夜も昼も二、三回位起きます。発作が起きますと、非常に苦しみ、胴は締めつけられる様で、浮腫みが固くなります。足の方も固くなり針で刺される様な苦しみで御座います。発作の状態は蛇が焼かれて苦しむのと同様で、浮腫みの処より油の様なものが出ます。又手足の筋が吊り上り、息苦しくなり、二目と見られません。右の様な状態で御座いますが食欲は健康者以上で御座います。何卒御垂示賜り度御願い申上げます。
〔御 垂 示〕
蛇だから締めるんだね。蛇の祟りですね。之は祖霊かも知れないな。だから、よく光明如来様にお願いして、こゝ(前頭部)を中心に全体をやれば良い。そうしているうちに、自然々々に蛇も承知して、蛇が救われて来ますからね。そこで、光明如来様にお願いする場合に、蛇の霊を救って、早く人間に生れ変って来る様にと言ってお願いする。それが、蛇が一番喜ぶんです。蛇が殺されても、人間に生れ変る様にと言うと喜びます。
私も箱根に居る時分に、ちょいちょい出て来るんで、殺したんですが、直ぐ人間に生れ変る様にと言うんです。すると喜ぶんです。喜ぶと言うのは―直ぐに憑って来ますからね。気持が良くなる。
「夜中にお腹が空くので御座いますが――」
それは、蛇が食うんだ。
「光明如来様は教会にお預りして居り、お寺の様な処で、お祀りする様な処がなく、そこも出て行く様に言われて居ります」
立退き命令か。行き所がないのかね。
「東京に何かあるそうです。本人はお縋りして居りますが、村では評判になって居り、医者にかけないで、そんな事していると、注目して居ります」
それじゃ、悪いな。村人の霊が邪魔するんです。
「汽車に乗れる様にして、それから親戚の所え(へ?)でも」
それが良いですね。然し、少しづ(ず?)つ良くなっているんですか。
「はい。お蔭様で――浮腫みはありますが、食欲は――」
それは浮腫みが極く軽いんです。固まらないからね。そう言う方針にしたら良いでしょう。そう言うのは、やっぱり村の人の霊が非常に邪魔するから離れないと駄目です。と言うのは、あんなものにかゝって迷信だ。医者にもかけないで、けしからん。と、邪魔するからね。死にでもすると、そうら見ろ、言わない事じゃないと言う。それも、やっぱり邪神がやっている。若しか、あんまり邪魔するんなら、医者にかける様にするか。
「本人は――この儘死んでも、医者にはかゝらないと、本人が親戚に納得させているので御座います」
それじゃ可哀相だから、今言った様にしたら良いでしょう。
④ 狐霊、狸霊
ア.狐霊は霊統に因縁がある人間に憑依して、人間の生命を奪おうとする。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『精神病』▲より)
狐は「本体」を暴露されると、騙す興味が無くなるのであります。よく狂人が、誰も居ないのに喋舌ったり、何もないのに吃驚して逃げる事などがありますが、それはその人の霊を占領し、他の狐霊と呼応して騙すのであります。
人間の霊を段々占領すると、顔までが狐のようになって来る事もあります。人間を巧く騙す程、狐の社会では名誉になるのであります。狐には、稲荷と野狐(やこ)との二種あって、稲荷は祀られた狐であり、野狐はいわばルンペンであります。この野狐は絶えず祀られたくて策動しているのであります。
日蓮宗の行者は、行を積むと狐が見える様になり、狐と交通する事が出来る。そうして野狐を招んでは、あの病気をお前が治したら稲荷に祀ってやると言うと、狐は祀ってもらいたさに一生懸命に治すのですから、病気が治ると必ず祀らされるのであります。野狐でも稲荷でも非常に沢山居て騙すのが巧い程出世をするんであります。狐にも種々名前がある。日蓮宗の行者などはよく名前を付けます。
眷族というものも沢山居る。穴守(あなもり)稲荷などは何万と居る。これは多く花柳界を専門にやっております。旦那を招ぶとか色男を招ぶなど巧いものであります。狐の偉い奴程騙すのが巧妙であります。
東京では穴守と王子、関西では伏見などでありますが、穴守の方は花柳界へ、王子の方は一般的の方面に活動して居ります。豊川あたりの狐は生活に困らないので、割合悪い事は少い。豊川の狐は金儲けが専門であるから、豊川稲荷の信者は、金は儲かるが・・・病気や外の不幸が多いのは事実であります。
又 南無妙法蓮華経を聞く程神通力が増すのだと、狐からよく聞いた事がありますが、御題目を唱えると狐が沢山集って来るのは事実であります。それらの為に、日蓮宗にはどうしても狐憑きが多く犯人が多いのであります。
又 狸は始末がわるく治りがわるい。これは一見して違うので、狸の方はとぼけた滑稽味があり、超越している所があり、非常に笑いたがるのであります。
狐は人間の頭脳を占領して踊らし面白がっているだけであります。又 人間の生命を奪る事が好きで、実に簡単に自殺させる。そして、一人でも余計に殺せば名誉になり、仲間から偉いとされるのであります。人間一人殺す位は訳ない事で、汽車往生や三原山へ飛込ませたりするのも多くはそれであります。
又 人間の思って居る事を容易に知るので、行者などがよく物を言いあてますが、あれは行者に使われてる狐が先方へ憑るのです。すると狐は速くにその人の気持や記憶が判るのです。それを今度は行者に憑って知らせる。行者はその通り言うからあたるという訳なんであります。ですから過去は判るけれども未来は全然判らぬ。行者など随分物を当てるくせに下らない生活をしているのは、未来が判らぬからであります。
よく手を上げたり、首を振ったり、異常な恰好するのはほとんど狐霊又は鳥霊の憑依であります。そして「吾こそは八幡大菩薩だ」の、「何々大明神」とか、ふるったのになると「天之御中主大神」だの「天照大神」など言いますが、あれらは皆、狐、天狗等が好い加減な事を言って騙すのであります。本人は自分で自分を買被り、自分が天照大神だの、天之御中主大神だのと思込んでしまうので実に危険であるから、神憑りは行らない方がいいのであります。
六年前私は某精神病院へ行った事がありますが、そこの医師の話に「病院では全然治らぬ。一旦は治った様でも、家へ帰るとまた起るのです」との事でした。本療法は霊的療法でありますから、段々狐霊が畏縮する。そうして狐霊は平常腹部の中央に小さくなって居ります。よく治療していると臍の辺にムクムクして脈打つものがありますが、それが狐霊であります。蛇の霊は、長くなったり短くなったりして移動するのが特徴であります。(中略)
狐霊を解剖してみると種々あって、稲荷と野狐と言っても、その中に人間が狐になったのと本来の狐と両方あります。人間の霊が畜生道に墜ち、狐になってる場合も相当あります。しかし、人間に憑依する場合、その人の霊統に因縁が必ずあるもので、全然無関係では憑依出来ないものであります。
イ.狐霊は人をだますことに興味を感じ、巧妙にたぶらかすほど幅が利く。
(天国の福音『精神病』▲より)
また精神病者が常に空間を見詰めるが、狐霊が憑依すると、霊が見えるのである。また何物かと問答をしている事がよくあるが、これは狐霊の話声が聞えそれと応答するのである。狐霊は人の声を真似る事が巧妙で、驚かしたり脅迫したりする。たとえば「今お前を殺しに来るから逃げろ」というので、患者急遽飛出したり、「地震や火事が起こるから遁(に)げろ」といったり、また「人を殴れ」といい、はなはだしきは殺人をさせる事さえある。この様に狐霊が自由自在に人間を翻弄するのであるから堪らない。また狐霊が患者に憑依しながら外部の狐霊と応答したり、多数の狐霊が次々入れ替り憑依する事もある。そうしてなぜ狐霊が人間に憑依するかというに、人間を騙す事に興味を感ずると共に、人間を誑(たぶら)かす事が巧妙になる程狐仲間では巾が利くのである。かような事はあまり不思議で読者は信じられないであろうが、いささかの誤りも虚偽もない厳然たる事実である。
ウ.狐は医学を利用して命を取ろうとする。
(『御教え集』第18号/S28.1.7より)
面白い事は、私が前に浄霊していた時に狐などが出て来てこういう事を言うのです。「せっかくオレが医者にかけて、これだけに悪くしたのに、横から出て来てとうとう助けてしまった。随分薬をのまして、やっとこれまでに悪くして、もう一息で命を取るまでになったのを、横から出て来て助けた」と怒るのです。ですから彼等は薬で悪くして結局命を取るという事をよく知っているのです。それは人間はとてもかないません。むしろ人間以上です。私はむしろ狐から薬毒を教えられたくらいです。自分自身でも分りましたが、医学を狐が利用しているという事が分ったわけです。そうしてみると狐がその人間を殺そうとする場合にはやはり彼等恨みの霊というものが、何か仇を討つという場合に、狐がその人の副守護神に命令されたり、又はそこの祖先が稲荷を信仰したとか、又その人が稲荷を信仰したいという意思を知って、その狐が相手に働きかけるのです。そうするとその場合に医者にかけるのです。できるだけいい医者にかかって、できるだけいい薬をのむのです。むしろかえって大きな病院やいい薬を、という事に狐は働くのです。その方が悪くするには効果的なのです。大病院というのはやり方が大胆で思いきってやりますから、悪くするのも思いきって悪くします。(中略)それで又薬をのませると霊が曇るからして、奴さんは余計働きよくなるのです。つまり医学を利用しているのは、そういう動物霊というわけです。
そこで悪の世界というものは薬がつくったものです。無論今読んだのは、薬が不幸をつくるというのですが、不幸というのは悪のためですから、人間界から悪をとれば不幸というものは無くなってしまいます。だから病気で苦しむために不幸になるというので、その病気をつくるのは薬ですから、薬というものはそのくらい恐ろしいのです。(中略)ですから結局薬の害を知らせる事が根本なのです。
エ.邪霊は薬を道具として使い、薬を飲ませようとする。
(『御教え集』第4号/S26.11.25より)
之は、狐霊許りじゃないんですが、その人を殺そうとする場合に――他の祖霊でも同じですが、無暗に薬を飲ませ様とする。だから、薬と言う――ああ言う邪霊の良い道具なんです。こう言う事が解ったら大変な事になりますがね。学校教育を受けて、立派なお医者さんになった処が、実は狐霊の仕事を手伝っていると言う訳です。
<事例1> 人の姿がないのに聞こえる声は、狐霊。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『精神病』▲より)
前に私が使っていた職人で、それは一人者ですが、ある時相談をかけられた。彼いわく、「自分は最近・・・人から少し気がおかしいと言われるが、自分ではそうは思わない。どこか変な所があるんでしょうか」と言うのです。そこで「自分で変だと思う事はないか」と訊くと「少しはあります。それは夜遅くなって戸を締めて寝ていると(その職人は二階を借りている)往来を四、五人の人が通ると思うといろんな話をしている。耳をすますと「今晩、あの石川(その職人の姓)を叩き殺してやろう』などと相談するのが聞えて来るので驚いて飛出す」というのです。私は「戸を締めてから外を歩く者の言う事がはっきり聞えるというのはおかしいじゃないか」と言うと「しかし、とてもはっきり聞えます。又よく飯など食おうとすると『その中には毒が入ってるから食うと死ぬぞ」という声が聞える。それで恐ろしくなって飛出し、今度は蕎麦屋へ入り蕎麦を食おうとすると又そういう声が聞える。「その蕎麦にはモルヒネが入ってるぞ』などと威(おど)され、又他の家へ行くという様な訳である」と言うのです。そこで私は「誰がそんな事を喋舌(しゃべ)るか判るか」と言うと「それは判りません」という。そこで「それは危い。それは狐がそんな事を言って騙すのだから決して信じてはいけない。今度そういう声が聞えたら・・・必ず狐だと思え「狐が又騙すのだな」と思えばいい」と教えたのであります。その結果、彼の警戒心が湧起して来たので、段々と快くなり、ついに全治したのであります。これは私の話だけで治った実例で、未だ軽症の内だから宜かったのであります。
(天国の福音『精神病』▲より)
石川某という三十五、六歳の男子、これは精神病になりかけの症状で、この男が飯を食おうとすると、耳元で「その飯には毒が入っているから食うと死ぬぞ」と言われるので、驚いてやめ、家を飛出し、蕎麦屋へ入り、蕎麦を食おうとすると、また耳元で同様の事をいう。また寿司屋へ入るとまた言われるという。その他夜寝ようとすると、往来を二、三人の人が通り、その人達が「石川は怪しからん奴だから、今夜殺してしまおう」という声が聞えるので恐ろしくて寝れないというのである。これに対し私は「それはみんな狐霊の悪戯(いたずら)である。人のいないのに話声が聞える時は狐霊が言うのだと思い決して信じてはならない」と懇々説いたので彼は翻然と目覚め全快したのである。(中略)
今一つおもしろい例をかいてみよう。これは、二十幾歳の青年で、大方治癒した頃私の家で使用した。いつも庭の仕事などやらしていたが、私の命令に対し狐霊が邪魔するのである。例えばある場所の草を全部刈れと命令し、暫くして行ってみると一部だけが残っている。私は「なぜ全部刈らないか」と訊くと、「先生が『そこだけ残せ』と言われました」という。私は「そんな筈はない。それでは『一部残せ』と言った時、私の姿が見えたか」と訊くと「見えないで、声だけ聞えました」と言うので、私は「それは狐が私の声色(こわいろ)を使うのだから、以後注意せよ」と言ったが、直に忘れて右のような事がしばしばあった。
<事例2> 前世で苦しめられた多くの霊が畜生道に堕ちて狐霊となり、再生の老婆に復讐しようと種々の方法で苦しめていた。
(『狐霊と老婆』より/『霊界叢談』)
之は五十余歳の老婆で、狐霊が二、三十匹憑依しており、狐霊は常に種々の方法を以て老婆を苦しめる。それで私の家へ逗留させて霊的治療を施し研究の対照(対象?)としたのである。その間五六ケ月位であったが、此老婆は狐の喋舌る事が判ると共に又狐の喋舌るそのままが老婆の口から出るのである。或日老婆曰く「先生狐の奴が〝今日は此婆を殺すからそう思え、今心臓を止めてしまふ〟といふと、私の心臓の下へ入り掻き廻してゐので、痛くて息が止まりそうで直に死ぬから、その前に家族に遇ひたいから呼んで貰ひたい。」と苦しみ乍ら言ふので、私も驚いて急ぎ電話で招び寄せた。老婆の夫君初め五六人の家族が、老婆を取巻いて、死の直前の如き愁歎場が現出した。処が時間の経つに従ひ、漸次苦痛は薄らぎ二三時間後には全く平常通りとなったので、家族も安心して引揚げたといふ訳でマンマと一杯食はされたのである。其後二三回同様の事があったが、私も懲りて騙されなかった。
或日の夕方老婆曰く、「先生、今朝狐の奴が〝今日はこの婆の小便を止めてしまう〟といった所それきり小便が出ない。」といふので、私は膀胱の辺りへ霊の放射をした処、間もなく尿が出、平常の如くになった。又或日老婆曰く、「此頃食事中狐が〝モウ飯を食はせない〟といふと胸の辺りで閊えて、どうしても食物が人らない。」といふので私は、「それじゃ私と一緒に食べなさい。」と言って一緒に膳に向ひ、共に食事をした処、果して「今狐が食はせないといひます、アヽもう飯が通りません。」といふ。早速私は飯に霊を入れ、又老婆の食道のあたりへ霊射をすると、すぐに喰べられるやうになったが其後はそういふ事は無かった。又私が治療を行ふ時、首の付根、腋の下等を指頭を以て探ると、豆粒大の塊が幾つもあるので、それを一々指頭をあて霊射すると、その一つ一つが狐霊で、其度毎に狐霊は悲鳴を上げ、老婆の口を籍りて曰く「アッいけねえ、見つかっちゃった、アア苦しい、痛い、助けてくれ 今出る今出る。」といふような具合で、一つ一つ出てゆく。その数凡そ二三十位はあったであらう。
或朝早く、私の寝てゐる部屋の方へ向かって廊下伝ひに血相変えて老婆が来るので家人は私を起し、注意を与えてくれた。私は飛起きてみると、今しも老婆は異様な眼付をし、片手を後へ廻し何か持ってゐるらしく、私にジリジリ迫って来る。私は飛付いて隠してゐる手を握ると煙管を持ってゐるので、
「何をするか。」と言ふと、
「先生を殴りに来たんだ。」――といふ。私は抱えるやうにして老婆の部屋へ連れ行き、そこへ坐らせ、前頭部に向って霊射する。と、前頭部には多くの狐霊が居たので、狐霊等声を揃えて〝サァー大変だ大変だみんな逃げろ逃げろ、アア堪らねへ、痛てえ、苦しい〟といふので、私は可笑しさを堪え、数十分霊射すると、平常の如くなったのである。又或日老婆は私に向って「先生妾には頭がありますか?」と質く、私は頭へ触り乍ら、「此通りチャントあるじゃないか。」といふと、老婆は「実は狐の奴が〝今日は婆の頭を溶かしてしまう〟といふので、妾は心配でならないのです。」といふ。この事以来常に手鏡を持って、映る自分の頭をみつめてゐる。訊ねると、「狐に溶されるのが心配で、鏡が放せない。」という。
「そんな馬鹿な事はない。」と私は何回言っても信じないので困ったのであった。以上のごとき種々の症状はあっても、他は別に変ってゐない。勿論精神病者でもない。従而、「貴女は正気の気狂だ。」と私はよく言ってやった。然らば此の原因は何であるかといふと、此老婆は前世に於て女郎屋の主婦の如きもので、多くの若い女を使って稼がしたが、それ等若い女の職業が客を騙す狐の如き事をさせた為、霊界に往って畜生道に墜ち狐霊となったもので、その原因が老婆にあるから怨んだ揚句、老婆に憑依し悩ましつつ復讐を行ってゐる訳である。此意味によって現世に於ける職業、例えば遊女は狐、芸妓は猫、といふやうに、相応の運命に墜ちるのである。従而人間はどうしても人間として愧しからぬ行為をなすべきである。
(岡田先生療病術講義録▽(上巻)『精神病』▲より)
四、五年前扱ったお婆さんですが、狐が二、三十匹憑いておって、身体の各所に豆粒大になって隠れているのです。私が指から霊を入れると、「ア、痛い痛い、そう押しちゃ堪らねえ」と言うから、婆さんに「そんなに痛かったか」と訊くと「別に何ともない。アレは狐が言うんです」と言うのです。狐の匿れ場所のような所を押すと「ア、メッカッタメッカッタ、とうとうメッカッタ、残念々々」という。「貴様、怪しからん奴だ」と霊を入れると「アッ苦しい、助けてくれー、助けてくれー、もう出ますから勘弁してくれ」と叫ぶのです。ある日の夕方の事でした。その婆さんが言うには「先生弱りました、今朝 この婆ア太え奴だから今日は小便を止めてやる」と言われたところ、とうとう今以て小便が出ない」と言うのです。そこで膀胱の辺を霊圧してやると「降参々々」と言って、直に小便が出た事がありました。
<事例3> 狐霊が頭脳から下降するに従って精神病は回復し、しゃべる声も漸次小さくなる。
(天国の福音『精神病』▲より)
二十五歳の婦人、産後半ケ年位経過、ある事情により精神的打撃の結果、相当重症の精神病となった。日夜喋舌り続け、断えず自殺を計ったりするので、男子三人で警戒した。治療によって漸次意識を恢復した。それは狐霊が頭脳から移動したからで、狐霊は肩から胸の辺に下降し絶えず喋舌り続けている。私は時々「今どこで何を言っているか」と訊くと「今左の胸の辺でかくかくの事を喋舌っています」という。もちろんこの頃は自分の意識を取戻し、狐霊を支配するまでになっていたからである。狐霊の言う事は馬鹿馬鹿しい事ばかりである。一例を挙げればこういう事があった。大分快方に向かい狐霊が腹部にいる頃である。ある日映画を観せるべく映画館に入った。その時、「今何を喋舌っているか」と訊くと「映画なんか詰らねえや、音楽は聞えるけれども、肚に居ちゃ何も見えやしねえ」と言うので、私も噴き出したのである。その様な具合で、腹部から最後には肛門付近に下り、ついに離脱したのである。もちろん下降するに従って、喋舌る言葉も漸次小さくなり、終り頃は極微かで聞とれぬ位だとの事である。この患者は全快後五、六年間は幾分違う事が時々あったが、その後なんらの異状もなく二十数年を経た今日、普通の人といささかも異ならないのである。
<事例4> 古い稲荷を処分したことで精神病になる場合は非常に多い。
(天国の福音『精神病』▲より)
十七歳の女学生の精神病を扱った事がある。これは非常に暴れ、ある時は裸体となって乱暴する。その際三人位の男子でなくては制えられない程の力である。また大いに威張り母親を叱りつける事がある。しかるにこの原因は左のごときものである事が判った。すなわち娘の父は数年前没し、現在は母親のみであった。その母親は、数ケ月前ある宗派神道の信者となったので、祖霊を祀り替え、仏壇や位牌を処分した。それがため父の死霊が立腹したのが動機となった。ところが父の未だ生きている頃その家は仙台から東京へ移転したが、元の邸宅を売却し邸内に古くから祀ってあった稲荷をそのまま残したので、買主は稲荷の祠を処分してしまったため、その狐霊が立腹し上京した父に憑依し、父は精神病となりついに死亡した。その様な訳で父親の霊と稲荷の霊との二つが娘に憑依したのであった。故に発作時父親の霊は母親を叱り、狐霊は常軌を失わせるといったような具合であったが、私の治療によって全快し、その後結婚し、今日は二児の母となり、なんら普通人と異ならないのである。右のごとく古くからある稲荷を処分した事によって精神病になる場合が非常に多いのである。
<事例5> 狐霊がお守を恐がっている。祝詞を聞かせると萎縮するか逃げ出す。
(『御教え集』第2号/S26.9.21)
(お 伺) 九月十四日入信の信者で御座います。昨年八月頃より、急に一時的発作起り、妻だけを無意識の内に叩いて了い、その内意識が回復し、馬鹿な事をしたと後悔致します。妻が八月十四日に入信させて戴きましてより、発作が起ると妻の御守様に手を掛け、何とかしてはずそうと争います。私が御守様を戴いてより一度しか叩きませんが、その時は無意識に御守様をはずして叩いて了いました。尚入信させて戴きましてより、浄霊させて戴きますと、体躯中を動かし、手は見えなくなる程に振ります。私は南方に八年間軍籍にあり、デング熱病がありました、右御垂示を御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
霊的ですね。この霊はお守が恐いんです。之は南方の狐らしいね。日本の狐と一寸違う。然し、段々良くなります。成可く祝詞を奏げて聞かせてやる。すると奴さんは萎縮するか、逃げ出すかどっちかです。浄霊はここ(額)です。ここに奴さんが居るから、ここを主にしてやる。自分でもやるんです。段々良くなります。
<事例6> 曇りに憑依した狐、狸らが替わる替わる来て、面白がっている。霊界の曇りが少ない家は悪霊が跳梁できない。
(『御教え集』第3号/S26.10.21)
(お 伺) 姉正子は工藤惣三郎に嫁ぎ当年三十二才で御座います。昭和十四年十一月二日結婚し、十五年十一月二日秀一を分娩(十六年八月胃病で死亡)、十七年七月愛子を分娩(十九年十月胃病で死亡)、二十年十一月正樹を分娩(二十一年十二月胃病で死亡)、二十一年九月流産(三カ月)し、農繁期の為身体具合の悪いのを我慢して稲刈をしました処、十一月初旬頃より胃と肝臓を患い、医療を受け、約二カ月療養せしも効果なく、本教を知り御浄霊を戴き、一週間にて起き歩く事が出来、十二月二十五日入信。二十二年五月生家に帰り、静養中九月頃不眠症となり、御浄霊により快復。二十三年九月嫁ぎ先え(へ?)帰り、同年十一月病気の為生家え(へ?)戻り、精神病となり療養中の処、本年十月七日物凄く熱を出し、精神に異状(常?)を来し、申訳ない事に光明如来様の御神体をはずしましたるを、伏してお詫び申上げます。首がおちる、顎が落ちると叫び廻り、朝からこゝが火事になるとか、子供が毒殺されるとか、縄を取って呉れと言い続けて居りました、(。?)症状としては狐、狸、祖霊等の憑依現象あり、十五日夜より昏睡状態となり、十七日午前三時三十分御守護を戴き覚醒致しましたが、尚精神に異状(常?)あり、現在に至って居ります。此家は祖母が熱心な稲荷信仰者で、現在も屋敷内に祀ってありますが、父親の時より誰も信仰して居りません。又父は四十六才の時、本家厩舎にて縊死し、母は急性肺炎で死亡しており、二十四年十一月親代りでありました、祖父も急性肺炎で病死し、現在は私達兄弟だけの家庭ですが、光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させて戴いて居り、近く大光明如来様も御奉斎させて戴く予定であります。右は祖霊と狐霊の憑依と思いますが、御浄霊は如何させて戴きましたら宜敷いでしょうか。又屋敷内にある稲荷は如何致したら宜敷いでしょうか。
〔御 垂 示〕
赤ん坊が胃病で死ぬなんて、余りない筈ですがね。光明如来様は何時お祀りしたんですか。
「三年程前と思います」
精神病になって二年位ですね。最初は何時です。
「教修戴く一寸前で御座います」
こゝ(頸部)に固りがあります。之を溶かせば良い。こゝに固まりがある為に、前頭部が貧血する。そこに奴さんが憑く。狐も憑くし、祖霊も憑くし――幾らでも憑く。自分達の良い遊び場が出来たと言う訳ですね。替る々々やって来る。それが狐達には面白いんです。
先に、私が精神病のをやった時分に――この暴れる状態が精神病の状態ですね。どんな精神病も、一番ひどいのは、こう言う状態です。死のうとか、色んな事を言う。こう言う事を言っていた中に入っている奴が、「お前、待って呉れ、もう少しやらして呉れ」すると外に居るのが「おい入れて呉れ」と、順次に「俺にさせろさせろ」と言っている。出ると直ぐお替りだ。その間に祖霊が出て来る。それから、狐で祖霊の声色を使う奴がいる。実に大変なものです。私がやっている時に五(、?)六疋待ってました。それが順繰りにくっついて来る。そうなると憑き良くなるんですからね。だから、祖霊なんか順繰りに替って来る。
それから狐が一番面白がるのは、人を殺すのが面白い。だから、人を殺そうとする。一寸でも油断すると首をくゝらしたり、外に引っ張り出して水に飛び込ましたり、汽車や自動車に轢かせ様としたりする。殺すと中まで幅がきゝます。だから、狐で自慢する奴は、俺は今迄に何十人殺した、と言う。先に聞いたのによると、一番多い奴は四十何人ですね。その時考えましたね。人間なんてなんと、情けないかとね。訳なく殺せるんですからね。そう言う場合に、神様を信仰していると、正守護神や神様に邪魔されて出来ない。信仰してないと、そう言う御守護がないんです。だから狐のやり放題です。自殺するのは殆んどそうです。新聞に出てましたが、熱海で自殺したのが、錦浦ですが、半年で百二十八人だそうです。その埋葬の費用が足りなくて、市の財政は困っている。恐らく、半年で百二十八人と言うのは日本中で一番でしょう。三原山も華厳の滝も敵わない。そう言う自殺をやりそこなうと、後で何うして死のうと思ったのか、命は惜しいと思う。そんな場合祖霊か或は御守護の神様が、一寸止めちゃう。すると助かる。そうすると、之はいけないと、狐霊は離れちゃう。そうすると本来の自分に戻るから、何うして死のうと思ったか、助かりたいと、無性に思う。そう言う訳だから、信仰に入ってないとしたら、人間には恐いです。安心して生活していけない。
「惣三郎の家に嫁ぎ、病状がそこに参りますと、そうなり、家に帰りますと、少し良くなります。今度帰ってから、二回目が起きました。何か関係が御座いましょうか」
ありますよ。霊界が曇っている場合はそうなります。家の霊界の曇りの少ない処は、そう言う悪霊が跳梁する事が出来ないからね。
皆んな胃病で死んだなんて、おかしいですね。こんな事はないですね。余程祟りがありますね。
「実家に帰って居りました方が宜敷いで御座いましょうか」
その方が良いですね。惣三郎は信仰には――(。?)
「入って居ります」
それでは、当分実家に帰って居た方が良いです。何かがあるからね。惣三郎は、信仰は熱心ですか。
「そうでもありません」
色々霊的にゴタゴタがあって、或程度解決がついてないから、別々にして、その儘でじっと時日を経過すると、収まる処に収まって、良い状態――良い運命になっていくから、それ迄待つより外はない。急いでもしようがない。名前も悪いな。今暴れる様な事はないのですか。
「今は少し落ち着いている様で、覚醒してから、一昼夜半眠り――」
眠るのは非常に良いんですよ。眠れる様になれば、治る迄に入っているんです。そうして浄霊を続けていれば、段々良くなります。ですから、こゝ(頸部)の固まりをやって、それからこゝ(前頭部)を良くやって、出来るだけ御神書を読んで聞かせる。それで良いです。そう言うのが治るのは何うしても四、五年掛ります。すっかり治るのは十年以上ですね。どうやら危ぶなくない様な状態にでも二、三年かゝる。すっかり頭が壊れているからね。でも、治るのは治ります。
稲荷は祖先からですか、途中からですか。豊川稲荷とか、伏見稲荷とかがありますが、そのお稲荷さんは祖先から続いているのとは違うんですからね。
「途中からと思います」
そうすると、之も関係ありますね。
「最後の時非常に長いので、稲荷に何か供げまして、やっておりましたら、それから少し良くなりました」
そうでしょう。最初の時は稲荷かもしれないですね。そうしたら、光明如来様によくお願いして、稲荷にお詫びするんだね。長い間構わなくて、寔に申訳なかった。だから勘弁して呉れ。と謝まるんだね。之は当然ですからね。稲荷として祀ったら、人間が世話焼くと言うのは当然です。それをしないと言うのは、狐が怒るのは当り前です。だから、謝罪するのが本当です。之からは、月に一ぺんお祀りするからと、よく言うんです。月並(次?)祭の後でお祀りするんです。なるだけ好きなものを――油揚とか――供げるんです。少なくとも、三年以上ですね。そうしてから、気違いをすっかり治せと、よく言うんです。すると、余程違います。そうして、すっかり治ってから、適当なやり方にすれば良いんです。処理するか。或は又、別の方法にするか。その時そう言えば、私が教えてあげますからね。
<事例7> 稲荷の御神体を撤去した場合はもう一度祀りなおし、教師が怒る稲荷によく教えて、御神体ご奉斎後一年以上経ってからお帰り願う。野狐は三年くらい。祖霊が稲荷となった場合は庭で祀り、一代信者となる。
(『御教え集』第5号/S26.12.6)
(お 伺) 川本鈴貴(四十才)妻も入信。家がバラックの為、御神体が御奉斎出来ず、千手観音様をお迎えして居ります。二か月前、先代より祀っている稲荷を、善言讃詞をお奏げした丈で、川に流しました。其後長男孝司(七才)が午後になると、熱が出て食欲が少なくなり、教会に通って全快。今度は私がプレーナーで、左手小指を切断、直ぐ教会にかけつけ、血も止り痛みも楽にして戴きました。右の浄化と稲荷との関係が御座いましょうか。後で御神書を拝読致し、稲荷の処置法が間違っている様で、気にかかって居ります。光明如来様をお迎え致したいと念じて居りますが、それ迄稲荷は如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
面白い名前だな。之は間違ってますね。之は稲荷さんにやられたんですよ。怒ってね。だから、私は良く教えてあるんですがね。之は稲荷に対しては、良く教えてやると良い――教師の人がね。光明如来様をお祀りして、一年経ってから処置する。そうでないと、唯善言讃詞をお奏げした丈で、おまけに光明如来様をお掛けしてないで処分すると、怒って仇しますよ。狐の方が理由があるからね。神様は理由があれば許されるんですよ。こう言うのは、一年以上お祀りして、光明如来様のお光で、狐が改心するんですね。それでお礼を言って、元にお帰り願いたいと言うんで、狐は帰るんですよ。
処が、狐と言っても――稲荷と言っても、今言ったのは、豊川稲荷とか伏見稲荷とか言う処から、御神体を貰ってやるやり方ですがね。中には野狐ですね。それから日蓮宗の行者が狐を祀れと言ってやったのがある。日蓮宗の眷族の狐です。之も割合処置し易いんです。野狐を、祀れ々々と言って祀るが、之は一寸難かしいんです。難かしいと言っても、結局は出来ますが、三年位ですね。光明如来様をお祀りして三年位経ってからだと、ちゃんと出来ますが、あんまり早くすると、中には執着の強い奴は、何やかやと難かしいです。一番難かしいのは祖霊ですよ。祖霊が稲荷になって守護していますからね。それは処分出来ません。それは、古くから――先祖代々祀ってあるのは、祖霊が狐になって、そこを守護しているんだから、処置出来ない。之は庭にですね。部屋の中は面白くないが、然るべき処なら、部屋の中でも良いが、成る可く庭が良い。之は代々お祀りする。然し、その人一代信者になってやっていると、狐が人間に生れ変って来るから、その稲荷は、その人一代で良い訳ですね。良く光明如来様にお願いするんです。稲荷様が、今度人間に生れ変る様に、と言ってね。それで承知すると良いですね。今度、そう言う事を書きましょう。地上天国にかね。だから、簡単にやると仇しますよ。だから、しようがないから、狐にお詫びするんですね。やっぱり、稲荷様を簡単に、もう一ぺん祀ってやった方が良いですね。祀ってやって、よくお詫びして、それから一、二年経って処分する。こうやった方が良いですね。
<事例8> 身体が冷たいのは霊で、玉のような物は狐霊。霊が憑るのは薬毒のためだから、それが溶けて来るに従って入れなくなり、良くなる。
(『御教え集』第5号/S26.12.6)
(お 伺) 私の兄十次郎(三十二才)本年六月頃は、浄霊又は御神殿に行くのを嫌い、その節お伺い申上げ、祝詞を奏げて浄霊する様と御垂示を賜り、御浄霊を戴き御神殿に休ませて戴ける様になりました。現在は便所に行くにも心臓が苦しく一、二回休んで行く様な状態で御座います。左側延髄より頭にかけて痺れ、前頭部を針で刺す様に痛み、目の前が暗くなって参りますが、動かねば何ともなく、又鳩尾の所に玉の様な物が出来ると大変苦しく、食物がつかえ、特に油気の多い物を食べると、心臓が苦しくなります。絶えず左乳の処がひどく脈を打ち、顔色悪く体は冷たい方です。兄は十八才の時に後頭部を強く打ち、兵隊の時、内地で心臓部に予防注射を打った事もあり、二十一年八月、心臓性喘息で御浄霊戴き一カ月程で良くなり、其の後家族全部入信させて戴き、大光明如来様、御屏風観音様を御奉斎。二十三年に疥癬の御浄化をやり、家中で兄が一番ひどく出来ましたが、十か月程で全快させて戴きました。その頃、皇大神宮、熱田神宮を始め、家中の御本尊等を纏めて、お供物をし、善言讃詞をお奏げして、氏神え(へ?)収めました。その中に十年前、父が病気中お迎えした何神様か分らぬ物があり、稲荷さんではなかったかと思われます。先祖代々の位牌も作り、面識のあるものは、別々にして古いのは焼きました。父親の父が胃病で死病して居りますが、位牌は別になっておりません。兄弟の分は一つの位牌に二人の名前を書いて居ります。右は霊的関係の御浄化で御座いましょうか。又御浄霊の急所を御垂示賜り度く御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
体は冷たい――之は霊だな。心臓が苦しいのは、この辺に薬毒が固まっているんです。押して御覧なさい――左の肋骨ですね。痛い処がありますからね。それから熱い処があるですね。そこに薬毒があるんだから、それを溶かせば良い。そうすれば、心臓が苦しいのは治ります。延髄より頭にかけて痺れ――之はやっぱり薬毒ですね。之も浄霊すると治ります。玉の様な――之は霊ですね。やはり狐の霊ですよ。之は、稲荷の御神体や何かを処理した――その為らしいね。兄は――注射の薬毒が固まっているんです。
延髄から、内出血もありますね。内出血が固まっている。それと薬毒と両方ですね。予防注射―それですね。心臓の息切れ――その為に喘息が起ったんですね。治りますよ。少し気長にやるとね。それでやはり、狐や――霊や――何かが憑ると言う事は、薬毒の為ですからね。それが溶けて来るに従って、入れなくなる。之は大した狐じゃないです。他には別に霊的関係はありませんよ。今言った通りやると、日の経つに従って良くなりますよ。
<事例9> 曇っている霊に狐霊が憑くから薬毒を取ればよい。御神体をお祀りしているから脅しても狐霊が殺すことはできない。霊的の事は理由さえ合っていれば決して心配要らない。
(『御教え集』第6号/S27.1.25)
(お 伺) 石崎アツ子(三十八歳)十三年前に石崎家に嫁入りし、それ迄非常に元気でありましたが、(唯、十八年前妊娠腹膜炎とかで手術した事が御座います)石崎家に参りましてより、年中眩暈がしたり頭痛がしたり、子宮が悪いと言う有様で、薬を飲み注射をし、又鍼灸を、知らぬ事とは言い乍ら沢山の薬毒を注いで居ります。昭和二十五年八月体がきつく、食欲なく又体が冷くなり、医診では別に悪い所はないとの事で御座います。死の一歩手前迄来た感じが致しておりましたが、教会にて御浄霊を戴く様になり大分調子が良くなり、八月二十八日入信させて戴きました。其頃狐霊が出、以前お参りした事のある近所の稲荷さんの眷族で、殺す目的で憑っている事を知りました。先生方の御浄霊で、この狐霊は一応解決がつきましたので、二十六年五月には熱海にお参りさせて戴き、其後すっかり健康を恢復した様に思われましたが、最近またまた頭が痛かったり、背中が痛かったり、又息切れ、動悸がひどく、苦しむ日が多くなり、一月十八日夜教会の座談会の終り頃に、呼吸が苦しく、背中や頭が痛み出し、先生の御浄霊を戴いているうちに狐霊が出て「殺す迄は幾ら苦しくても頑張る」と言っておりました。長男は八年前二歳の時心臓麻痺で、石崎家の父は七年前六十六歳の時腹膜炎で死亡しております。父の兄弟も概ね若死しております。母は後妻で、十五年前四十九歳の時脳貧血で死亡し、実家の方では母は精神病で自殺、弟二人妹一人結核で若死にしております。又父在世中十数年間古物商を営んでおり、其時買った道具類の中に稲荷が三体(西條稲荷、祏徳稲荷、正一位稲荷)棚の上に放ってありましたが、入信後軒下に粗末乍らお祀りしてあります。右御垂示の程御願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之がおかしいですね――悪い処がないならば苦しい筈がない。悪い処が解らないと言えば正直で良いです。悪い処がない処じゃない。体がきつく――悪い処がなければ、そうなる筈がないじゃないですかね。余りにインチキ過ぎるんです。もう少し旨くやったら良い。処が、それに人間が瞞されるんですからね。実に、今の人間の頭と言うのは、何うかしている。実際、本当の迷信ですね。その迷信が、こっちを迷信と言うんだからね。脳貧血――じゃないですね。脳貧血は絶対に死ぬものじゃないですね。随分色んな事があるんですね。之も薬毒病ですよ。それから、狐霊が憑くと言う事は、霊が曇っているから霊が憑くんです。曇りのない霊には憑けないんですね。そこで、霊が曇っていると言う事は、薬毒で霊が曇るんですからね。結局、薬毒で狐が憑く様にしたんですからね。ですから薬毒さえ取れば良いんです。息が苦しく――と言うのは、背中にある薬毒が溶けかかったんです。それから、背中や頭が痛み――と言うのは、この辺(延髄)にある薬毒に浄化が起ったんです。結構なんで心配しなくても良い。それがあるから、狐霊が憑くんです。その薬毒を取っちゃえば、狐霊も憑けない。狐霊が殺すと言うが、そんな事が出来る訳がない。神様がなかったら何うか知らないがね。之はお祀りしてあるんですね。大丈夫ですよ。こんな事して、からかうんですよ。ですから、心配しないで、良く光明如来様にお願いして――そうすれば段々良くなりますからね。それから、頭と背中を主に御浄霊するんですがね。押せば解るんですがね。誰が浄霊しているんですか。
「小倉支部の花田と申します者で御座います」
力が入り過ぎるんです。だから、溶けが悪い。こう言うのは、直き溶けるんですがね。それから道具屋がしていて、お稲荷さんを三つ買っていて、棚に上げていた――ああ言う事は大した事は無いんですよ。前からお祀りしているんじゃないからね。道具屋ですからお宮も買うでしょうからね。それを怨むと言う事は、狐の方が悪いんだから、一寸はあるでしょうが、兎に角理窟に合っていれば良いんです。人間が悪いのならだがね。だから、蛇が害をするのを殺しても、何でもないんです。蛇が何にも害をしないのを、人間が殺すと、相当やられますよ――之は、人間の方が悪いからね。そう言う理窟を考えるんです。そう言う霊的の事はちゃんと理窟が立っているもので、理由さえあれば決して心配要らない。
<事例10> 狐は、襲ったりする人間を見せて脅怖感を与えて精神病にする。御神書を聞かせるのは、霊に聞かせるためと、曇りが取れて邪霊が段々萎縮するから。
(『御教え集』第6号/S27.1.26)
(お 伺) 佐吉政惠(二十八歳)七年前、妊娠四カ月の時原子爆弾に遭い、家の下敷きとなりましたが助かり、無事出産し、実家に帰って子供を養育し、一年四カ月目に亡父の両親の元に渡し離婚致し、その後市内の洋裁店に務(勤?)め、職場の先生より求婚されましたが、その人が「とう病」の家系らしいと言うので、それを苦にして退職し別の所に務(勤?)めましたが、一カ月も過す事が出来ず、家に帰ろうとして駅に出ると、訳もなく脅怖感に襲われ、汽車に乗る事も出来ず、近くの祈祷所でみて貰うと、その先生より、執着の為に「ゲドウ」をつけられているから、落してあげるとの事で、祈祷して貰い駅に出ると、今度は白シャツに白ズボンの男が目にちらつき、身に危険を感じ、どうしても汽車に乗れず、次の駅迄走り、思い切って飛び乗り、目的駅に着きましたが、又もや四、五人の男の姿が前後に現われ、家に帰れないので知人に送って貰いました。一週間後に非常な脅怖に襲われ、その先生より貰った衣類に執着がつけられていると言うので、全部焼捨て煙で自分の体を燻したり、或時は何者かが大勢押寄せて来て、皆殺しにするから、皆んな外に出て呉れ、刃物は全部隠して呉れと言ったり致します。又色々の神様にもお参りしましたが、段々重くなり二十四年四月精神病院に入院させました。二十五年母親が入信。その後主人、息子も入信。信者数名を導き、光明如来様をお迎え致すべく御願い致しております。病院では、婦長さんがお道を理解し、御神書も拝読し、薬等は一切使用致しておりません。唯、以前電気治療を四十回位かけております。現在では、会話は殆んど平常と変りませんが、時折り着物や夜具を破るそうです。尚「ゲドウ」とは犬神だと言う者もあり、「とう病」とは家の中に水瓶の様な物に蛇を沢山飼っており、一種の信仰の様なもので、それを祀る家人が他人の持物等に執着を持った場合に、知らぬ間にその物が無くなったり腐敗したり、当人が精神病の様になったりすると言われておりますが、霊的に如何なもので御座いましょうか。又、こう言う人をお導き致しますには、如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
之は、やっぱり狐なんですよ。之は狐がよくやる奴なんですよ。脅怖感を与えるんですね。そうして、襲ったりする人間を見せるんですね。この通りなんですよ――狐が驚かすやり方はね。そうして段々やって、本当の精神病に――この時は精神病になりかけなんですがね。
私の本に――何時か書いた事がありますがね。石川と言う男でね――之は聞こえるんですよ。「石川、今お前を殺しに表に来ている」と言うんです。石川と言う男は、それで震えているんですよ。之は聞こえるんですよ。それから、黒いものなんかが襲って来る事がありますね。之は段々少しづ(ず?)つ良くなります。こう言うのは、急に良くなりません。
犬神――蛇――とか、そう言うものじゃないですね。この人は、やっぱり後頭部の方に固まりがありますから、そこを浄霊してやるんですね。婦長が理解していると言うんだから、御神書を本人に聞かせるんです。そうすると――御神書を聞かせると言うのは、霊に聞かせると言う事もあるし、その人の曇りが取れていくので、邪霊は段々萎縮していくと言う事があるんです。そうして気長にやっていれば段々治っていきます。然し、相当に長くかかります。まあ五、六年とみて良いですね。大丈夫と言う迄には、どうしても十年位かかりますね。精神病が早いと、割合治るのは早いんですがね。之は、相当固まっていますからね。
<事例11> 悪性の狐ではないから、狐が改心するか出ていくかして割合に順調に治る。急所を浄霊して、御神書や御讃歌をできるだけ聞かせる。
(『御教え集』第8号/S27.3.5)
(お伺) 工藤まつよ(二十八歳)二十歳にて結婚し、二十一歳で流産(三カ月)し、以後続けて三回流産し、最後の流産の時は非常に難産で、熱が高く頭も重いと言う症状が長く続き、医療にて注射や電気をかけましたが効なく、衰弱を増し、地方で頼む御祈祷を致し、其内に精神異常となり、段々重くなり、其頃より医療を止め、祈祷して貰いました処、氏神さんのお稲荷さんの場所が悪いから、祀り替えした方が良いと言われ、早速神主さんに頼んでお祀りしましたが効果なく、他の人に見て貰いますと、お稲荷さんを移転したのが悪いと言われ、元の場所(家の裏)にお戻し致しました。二十四年一月お道を聞き、御浄霊を戴きましたが、当時は本人は御浄霊を喜ばず、始めると立上ったり致しました。昨年十月光明如来様を御奉斎させて戴き、其後少しづ(ず?)つ良くなり素直に戴く様になりました。食事を致しますのに、少しづ(ず?)つ口に入れ、茶碗に出したり、口に入れたりしております。蒲団の上でも構わずに痰を吐きましたが、大分良くして戴きました(。?)御浄霊は前頭部、延髄部、腎臓部を致しております。之は如何なる霊で御座いましょうか。御浄霊の急所御教示の程お願い申し上げます。
〔御 垂 示〕
之は、無論決ってますよ。狐ですがね。そう悪性の狐じゃないです。だから、割合に順調に治りますね。注射も医療も、大した事はない。で、急所は今やっている前頭部、後頭部、延髄部、腎臓部――之で良いですよ。やっぱり、之も相当長くかかりますから、気長にやっているうちに、段々良くなって来る。それから御神書、御讃歌――そう言うものを出来る丈聞かしてやると良い。そうすると早く治ります。狐が改心するか或いは出て行くか、どっちかになりますからね。
⑤ その他の霊
<事例1> 片目の魚が憑って直してもらいたいと言っている。
(『御教え集』第3号/S26.10.15)
(お 伺) 私の長男(小柳津信吾)本年三月初め視力がなくなり、その際御開示を戴きまして後、五月上旬御守護戴きましたが、その後二回浄化が御座いまして、現在は眼が翳み、目ヤニが出まして、眼がイライラ致します。私の家の先祖からお祀りして居りました地の神を、現在諏訪神社(村の産土神)として、村でお祀り致して居ります。又神社の裏にありました池を、現在は氏子一同にて水田として耕して居ります。昔、その池の魚は片目だとの伝説も御座います。尚屋敷内にありました古井戸を埋めましたので、小柳津明神としてお祀りして御座います。長男の眼の御浄化と諏訪神社と霊的に関係が御座いましょうか。御伺い申し上げます。
〔御 垂 示〕
関係があるでしょうね。若し関係があるとすれば片目の魚ですね。片目を治して貰いたいから、この子供に憑ったと言う事になるから結構です。それを助けてやる事になるからね。目が翳むのは結構です。之は治る過程です。目ヤニが出れば必ず治る事になっているから、その為に翳むんだからね。段々こうしているうちに治っていきますからね。
諏訪神社、産土神――之は結構です。地の神が産土になったんだから、出世した訳で、反って喜こんでいる。別にこの人に祟ると言う事はありません。食糧不足の時に水田にしたんだから大した事はない。魚の片目と言うのは本当ですね。それが憑って、治して貰いたいと言うんです。どうせ罪があるんだから、それも取れるので、結構です。浄霊は、悪い目を浄霊していれば治っていきますからね。
<事例2> 猫の憑霊。精神病的なものは一番肝腎な御神体をご奉斎しないで、浄霊ばかりしていても駄目。
(『御教え集』第6号/S27.1.17)
(お 伺) 笠井末男。昭和二十四年十二月精神分裂症にて入院し、電撃療法を行い一度は収まりましたが、翌年再発し再入院致し、頭が変でありましたが電撃慮法は致しませず、自然に任せて居りました処、稍快方に向いましたが、赤痢を併発し衰弱が甚だしくなり、自宅に帰り、本教を知り、昨年五月より御浄霊を戴いております。八月頃には精神異常が甚だしくなりましたが、最近は応答も大分普通に出来る迄にさせて戴きました。現在は左足に苦痛を覚え、体の動きは中風の様で御座います。又左足は右足よりずっと肉のつき方が少なく、筋肉も締っておりません。食事は少しづ(ず?)絶えず欲しがり、特に魚が好きで、その食べ方は犬猫の様だと申しております。御神体はお祀りさせて戴く迄に信仰が進んで居りませんが、御屏風観音様はお祀りさせて戴いております。霊的と思われますが、無理の様でも御神体をお祀りさせて戴きませんと、お救い戴けないもので御座いましょうか。
〔御 垂 示〕
精神病は、少しけわしい時は、歩けなくなったりしますが、あれは麻痺する注射をうつんでね。筋肉が締ってない――足を使わないと痩せて来ます。之は猫の霊が憑っているんだな。絶対に御神体をお祀りしなければ駄目です。精神病的なものは、御神体が一番肝腎なんです。ですから、それをやらないで浄霊許りしていても駄目ですよ。今言った通りですね。
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