十二月六日

(お 伺) 田中ひで子(四才)教師の孫で御座いますが、先月二十八日より食欲が減退し、排泄も少なく、熱も普通より低く、特に足は冷たく、大変にむずがります。毎日御浄霊致して居りますが、余り変化がありません。此の子は普段より御浄霊を嫌い、特に此度の御浄化を戴きましてよりは、むずかって浄霊を受けるのを大変厭がります。御浄霊の箇所及び浄霊を嫌う理由を御垂示御願い申上げます。

〔御 垂 示〕

 之は霊ですね。死霊が憑っているんですね。前頭部を主にして浄霊して――出来る丈――善言讃詞だとか御神書を読んで聞かせるんです。何か、死霊で要求があるんですね。或は、無縁かも知れないですね。祀って貰いたい為にね。そうしてやっているうちに救われていくから、病気が治っていきます。之は浄化じゃないですね。之で見るのが一番早いですね。熱が出るですね――之は浄化と思って良い。霊でも熱が出ますが、全然熱が出ないのは憑霊と思って間違いない。そうして、こう言う病人は光明如来様の前に寝かせる様にして、良くお願いするんです。

(お 伺) 吉岡正(三十四才)昭和二十三年八月より手足が絶えず痙攣し、医診では震腺麻痺との事で、ペニシリン其他の医療を二十五年十月迄入院して続け、終に全身硬直し寝た儘にて、身体を動かす事も出来なくなり、医者に見離され退院しました。二十六年四月より御浄霊を戴き、御守護により上半身は硬直が治り、眼玉も手も動く様になり、先月は初めて洗面器一杯程の嘔吐があり、一時は腹が膨りましたが、現在では小さくなりました。然し未だ、足、腰は全然利かない状態で御座います。尚、食事は大食の方で御座います。霊的原因の有無、並に御浄霊の箇所を御教えの程御願い申上げます。

〔御 垂 示〕

 震腺麻痺――麻痺じゃない。震えるんだから、反対だ。之も死霊ですね。死んだ時の状態が出ているんです――麻痺とか痙攣とか言うのはね。それから、ペニシリン――医薬を飲んで、全身硬直と言う病気を作った。之はお医者が拵えた病気です。まさか、礼言う訳にもいかないが――それで浄霊によって、薬毒が減ったんで動いて来たんですね。之はもう一息ですよ。それで全身がすっかり動く様になって、すっかり治りますよ。光明如来様は未だお祀りしないんですか。

 「本人は入信して居りませんので――」

 早く入信して、光明如来様をお祀りして、徹底的にやらなければいけないですね。そうすれば治りますよ。病気は大して重いものではない。霊が主ですから、信仰が一番ですね。

(お 伺) 私の夫(警察官。二十五才)本年二月十八日風呂で卒倒し其後勤務先でも二回あり、二月二十五日より頭重、眩暈が伴い、身体がだるくなり医診を受けました。処が、心臓が少し弱っている丈で、大した事はないとの事で、無理に出勤して居りました処、同月末日より一層ひどくなり床に就く様になりました。それからは、発作的に発熱、心臓の鼓動が激しくなり、意識が遠くなる様な状態が日に一、二度起る様になり、入院手当を受けました。発作は小康を得ましたので退院し、自宅で療養致して居ましたが一向治らず、肩も凝り、四月末再び発作が起る様になり、再度入院。其の後は起きられなくなり、食欲も減退して参りました。植物性神経失調症と言われ、発熱毎に水又は氷で冷し重層、葡萄糖、テプロンの注射を用い、其他鎮痛剤、プロム加里を毎日注射又は服用しました。五月にお道のお話を聞き、御浄霊を受け、五月十日私が入信致しましたが、医者を諦める事が出来ませんでした。六月末頃より足が冷たくなり始め、次いで頭も冷たく感じる様になり、極度に衰弱し、医者に見離され退院し、家で御浄霊を戴く様になり、体温が出て参り喜んで居りました処、周囲の反対、本人もはっきりお道が解らず、再び人の言う儘に鍼、医者に通い腰、肩等に注射三十本打ちましたが一向に良くならぬ為に、医療を捨てて御浄霊を戴く様になり、九月二十三日主人も入信致しました。十月初めには少し歩ける様にして戴き、同月六日より名古屋別院え(へ?)参り御浄霊を戴いて居ります。段々血色も出、食欲も普通人と変らず元気になって参りましたが、未だ眩暈、頭重はすっきりせず、肩も凝り頭がぼっとして、常に夢見ている様な状態が、前より激しくなりました。之は霊的でしょうか。私の婚約者であった現在の夫の兄が、三年前川で心臓麻痺で死んで居り、祖父も卒中で死んで居ります。尚、お道の事を解らなかった親も、最近少し解りかけて参り、反対は致しません。お屏風観音様をお祀り致し、光明如来様は戴いて居りますが、お祀りは未だで御座います。如何致しましたら、早くお救い戴けましょうか。

〔御 垂 示〕

 なーに、良い加減なものです。植物性神経なんて――何う言うものだ。神経に植物性と動物性とあると見えるね。之は何でもないんですよ。之は、頸の廻りから肩にかけて凝りがあります。固りがありますから、それを見て御覧なさい。それを溶かせば良いんです。唯、長くかかりますが、之はきっと治りますよ。処が、打擲らかして置けば、訳なく治るんですが、お医者に行って色んな―氷で冷したり――氷で冷すのは悪いですね。固めるからね。重層、葡萄糖――鎮痛剤――之が問題ですよ。之がここに凝りますからね。丁度、病気を増やして貰ったんですね。良かったですよ――このお道を知らなかったら、結局廃人みたいになるか命のどっちかですね。最初は脳貧血だったんですね。脳貧血と言うのは、ここ(頸部)に固まりがあります。溶けて来ると――熱が出て溶けるんだから、そうなるとぼっとするんです。それから眩暈ですね。頭が重い、ぼつとするのは、ここ(頸部淋巴腺)を見て御覧なさい。熱があって、固まりがある。元は頸の廻りですね。心臓にもある。それをやると、治りますよ。早く光明如来様をお祀りして、その前に寝る。それから御神書を、本人が読めなければ、側で読んでやる。それから、霊的じゃありませんからね。之は、古い薬毒に新しい薬毒を足した。それが原因ですから、それを溶かせば良いんだから、一寸も心配要りません。こう言うのは沢山あるんですよ。名を附ければ、薬毒病と言うんでしょうね――今、官吏公務員の汚職事件ですね。あれは役得病でしょうね。

(お 伺) 鈴木五郎(二十八才)昭和二十年に一家全部入信、大光明如来様を御奉斎させて戴いて居ります。長男照雄(一才)は十一月四日頃から頭の浄化を戴き、三日間程高熱が続き其後も下らず、度々嘔気を催しますが吐きません。耳を掻き、毒血が出ると、幾らか大人しくなります。食欲は御座いません。右は祖霊の戒告で御座いましょうか。又は普通の御浄化で御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 之は、普通の頭の浄化ですね。頭に毒血がありますから、ですから嘔気もその為ですよ。頭を良く浄霊してあげれば――之は力が入るんだな。こう言うのは、力を抜けば、どんどん良くなるんですがね。それから、ここ(頸部)をやってやる。ここに熱があると、前頭部に熱がある。そうすると嘔気を催す。食事は入るんですか。

 「少し入ります」

 お乳ですね。

 「摺り粉で御座います」

 何でも良いですからね――

 「母乳を摂らず、熱は少なくなって居ります。ややこしい家庭で御座いまして――」

 然し、この状態では、頭に毒があるんですよ。だから、何でもないんですがね。どんどん治る訳だがね。もう一息です。力を抜いてやって御覧なさい。

(お 伺) 私の父(六十一才)は十七年前の或る夜、就寝中急に危篤状態となり、医師が来ても診察させず、霊憑り状態となり、食塩水のみで一週間程過し、其後は平常になりましたが、翌年五十日程同様の霊憑りとなりました。其後六年程異状ありませんでしたが、昭和十六年頃より高野山にお参りして弘法大師のお姿を戴いて来てより、二十一日間家に居り、弘法大師が出入りするのが良く判る、この二十一日間に病気治しやお経の読み方を良く教えられた、と申します。其後病人を大勢集めて、良く治しました。又紛失物を当て、次第に熱中し、弘法大師、不動明王、千手観音様の御像をお祀りする様になりました。三、四年前より私共も父も、このお道に入信致しましたが、お守様は外して居ります。二十四年十二月頃又もや霊憑りとなり、大声で説教をし暴れましたが、毎月二十一日にお祀りする事にして収まりました。又本年十一月、三十八度余の熱が数日続き、熱が下りますと憑依致し、苦しんで怒ったり暴れますので、私が謝りますと、「俺が勝った」と言って喜び、静まります。又、家族を集めて説教をし、恐多い事で御座いますが御屏風観音様を焼いて了いました。最近は弘法様より、不動様を拝み、弘法様の上に不動様が居られると申し、不動様(大日大照不動明王)を拝めと言います。現在、私も家族もお守様を外して集会所にお預け致してあります。又、父に対しては家中充分に心遣いして大事に致して居りますが、今後如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 お守様をはずして居ります――之はしようがない。それじゃ、入信したんじゃない。形丈の入信です。第一番にお守を掛ける事ですね。それでなければ御守護戴けない。こう言う事があると言う事は、家中の人にも罪がある。こう言う事があると、苦しみますからね。苦しむと言うのは、罪穢れがあるからですね。それを減らさなければならない。減らす為には、お守をかけなければならない。それが第一番です。そうして、光明如来様をお祀りしてありますね。

 「未だで御座います」

 じゃ駄目です。未だ信仰に入ってないですね。光明如来様をお祀りし、お守を掛けなければ、救われっこないですよ。兎に角、それが根本ですよ。そうして、良くお願いするんですね。光明如来様をお祀りして、祝詞を奏げますね。善言讃詞とか――あれが、そこの一家を浄めるんですからね。之は、俗に神狂いと言ってね。宗教で狂いになるんですね。昔、神狂いと言ってね。それで、色んな出鱈目なんです。無論霊ですがね。こう言う霊は、人間の霊と動物霊と両方です。それで人間の方は、光明如来様の熱心な信者かで、それに霊が憑って、霊が色んな――からかったり、いたずらするんです。之も、そこの家の霊界が浄まって来ると、萎縮するんです。それには、今言った様にしなければならない。それが根本です。

(お 伺) 川本鈴貴(四十才)妻も入信。家がバラックの為、御神体が御奉斎出来ず、千手観音様をお迎えして居ります。二か月前、先代より祀っている稲荷を、善言讃詞をお奏げした丈で、川に流しました。其後長男孝司(七才)が午後になると、熱が出て食欲が少なくなり、教会に通って全快。今度は私がプレーナーで、左手小指を切断、直ぐ教会にかけつけ、血も止り痛みも楽にして戴きました。右の浄化と稲荷との関係が御座いましょうか。後で御神書を拝読致し、稲荷の処置法が間違っている様で、気にかかって居ります。光明如来様をお迎え致したいと念じて居りますが、それ迄稲荷は如何致しましたら宜敷う御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 面白い名前だな。之は間違ってますね。之は稲荷さんにやられたんですよ。怒ってね。だから、私は良く教えてあるんですがね。之は稲荷に対しては、良く教えてやると良い――教師の人がね。光明如来様をお祀りして、一年経ってから処置する。そうでないと、唯善言讃詞をお奏げした丈で、おまけに光明如来様をお掛けしてないで処分すると、怒って仇しますよ。狐の方が理由があるからね。神様は理由があれば許されるんですよ。こう言うのは、一年以上お祀りして、光明如来様のお光で、狐が改心するんですね。それでお礼を言って、元にお帰り願いたいと言うんで、狐は帰るんですよ。

 処が、狐と言っても――稲荷と言っても、今言ったのは、豊川稲荷とか伏見稲荷とか言う処から、御神体を貰ってやるやり方ですがね。中には野狐ですね。それから日蓮宗の行者が狐を祀れと言ってやったのがある。日蓮宗の眷族の狐です。之も割合処置し易いんです。野狐を、祀れ々々と言って祀るが、之は一寸難かしいんです。難かしいと言っても、結局は出来ますが、三年位ですね。光明如来様をお祀りして三年位経ってからだと、ちゃんと出来ますが、あんまり早くすると、中には執着の強い奴は、何やかやと難かしいです。一番難かしいのは祖霊ですよ。祖霊が稲荷になって守護していますからね。それは処分出来ません。それは、古くから――先祖代々祀ってあるのは、祖霊が狐になって、そこを守護しているんだから、処置出来ない。之は庭にですね。部屋の中は面白くないが、然るべき処なら、部屋の中でも良いが、成る可く庭が良い。之は代々お祀りする。然し、その人一代信者になってやっていると、狐が人間に生れ変って来るから、その稲荷は、その人一代で良い訳ですね。良く光明如来様にお願いするんです。稲荷様が、今度人間に生れ変る様に、と言ってね。それで承知すると良いですね。今度、そう言う事を書きましょう。地上天国にかね。だから、簡単にやると仇しますよ。だから、しようがないから、狐にお詫びするんですね。やっぱり、稲荷様を簡単に、もう一ぺん祀ってやった方が良いですね。祀ってやって、よくお詫びして、それから一、二年経って処分する。こうやった方が良いですね。

(お 伺) 私の兄十次郎(三十二才)本年六月頃は、浄霊又は御神殿に行くのを嫌い、その節お伺い申上げ、祝詞を奏げて浄霊する様と御垂示を賜り、御浄霊を戴き御神殿に休ませて戴ける様になりました。現在は便所に行くにも心臓が苦しく一、二回休んで行く様な状態で御座います。左側延髄より頭にかけて痺れ、前頭部を針で刺す様に痛み、目の前が暗くなって参りますが、動かねば何ともなく、又鳩尾の所に玉の様な物が出来ると大変苦しく、食物がつかえ、特に油気の多い物を食べると、心臓が苦しくなります。絶えず左乳の処がひどく脈を打ち、顔色悪く体は冷たい方です。兄は十八才の時に後頭部を強く打ち、兵隊の時、内地で心臓部に予防注射を打った事もあり、二十一年八月、心臓性喘息で御浄霊戴き一カ月程で良くなり、其の後家族全部入信させて戴き、大光明如来様、御屏風観音様を御奉斎。二十三年に疥癬の御浄化をやり、家中で兄が一番ひどく出来ましたが、十か月程で全快させて戴きました。その頃、皇大神宮、熱田神宮を始め、家中の御本尊等を纏めて、お供物をし、善言讃詞をお奏げして、氏神え(へ?)収めました。その中に十年前、父が病気中お迎えした何神様か分らぬ物があり、稲荷さんではなかったかと思われます。先祖代々の位牌も作り、面識のあるものは、別々にして古いのは焼きました。父親の父が胃病で死病して居りますが、位牌は別になっておりません。兄弟の分は一つの位牌に二人の名前を書いて居ります。右は霊的関係の御浄化で御座いましょうか。又御浄霊の急所を御垂示賜り度く御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 体は冷たい――之は霊だな。心臓が苦しいのは、この辺に薬毒が固まっているんです。押して御覧なさい――左の肋骨ですね。痛い処がありますからね。それから熱い処があるですね。そこに薬毒があるんだから、それを溶かせば良い。そうすれば、心臓が苦しいのは治ります。延髄より頭にかけて痺れ――之はやっぱり薬毒ですね。之も浄霊すると治ります。玉の様な――之は霊ですね。やはり狐の霊ですよ。之は、稲荷の御神体や何かを処理した――その為らしいね。兄は――注射の薬毒が固まっているんです。

 延髄から、内出血もありますね。内出血が固まっている。それと薬毒と両方ですね。予防注射―それですね。心臓の息切れ――その為に喘息が起ったんですね。治りますよ。少し気長にやるとね。それでやはり、狐や――霊や――何かが憑ると言う事は、薬毒の為ですからね。それが溶けて来るに従って、入れなくなる。之は大した狐じゃないです。他には別に霊的関係はありませんよ。今言った通りやると、日の経つに従って良くなりますよ。

(お 伺) 中教師荒川弘光(二十四才)は、二十二年十二月開拓の途中にて発声不能となり、それ以来度々大浄化を戴き、漸次発声出来る様になりました。本年十一月二十七日夜突然に猛烈にせき上げて参り、苦しみ始め、多量のヌラを吐きました。其時塊りの様なものが咽喉に詰りましたので、善言讃詞を奏上し、御霊紙を戴き、直ぐ楽にさせて戴きました。其後二回程ヌラ状の喀血を致し、御守護を戴きまして現在は全身浄化して居ります。食欲はどうやら二膳位は戴いて居ります。本人は幼少の折、肺炎や気管支炎をし十五、六才の頃腹膜や何かで鍼灸、指圧、電気等もやりました。右に就き御浄霊の箇所を御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 この人は、何か――蛇か何か飲んだんじゃないかな。蛇を飲むとヌラになりますからね。背中に固りがある。背中を良くやってやると良いですね。それから、熱のある処ですね――やる様にしてやると大した事はないです。

 「唾を飲むと、咽喉がとても痛みます」

 それは、ここ(咽喉)に固りがあります。

 「鳩尾(みぞおち)の左に寄った処に固りがあります」

 背中の方に固りがありますから、そこを良く浄霊してやる。

 「父、祖父が結核で死んで居り――」

 結核で亡くなっても、正面(マトモ)に受け取れないんですよ。何故と言って、医学で――つまり殺すんですね。だから、結核と言うのは何でもない病気で、段々それを死ぬ様にしちゃうんだから、要するに――医学による被害者ですからね。むしろ、打擲らかして置く様なら、亡くならないで済んだんですが、一生懸命に医学をやればやる程死ぬんですから、結核なんか――結核で死ぬより、医療で死ぬと言うんですね。どうも、はっきり言うと、そう言う事になっちゃうんだからね。

 

【御 教 え】

 今度、自然農法の特集特輯号を出そうと思ってますがね。それで、論文丈を書いたんですが、未だお陰話ですね――それが少ないんで、良く聞いて見ると、今月か、来月――春にならなければ、本当に無肥料栽培の成績ですね――それが無理だと言うんです。新聞に出す丈位集ったら、出す積りです。それで、之を全国的に、各農会とか新聞社、参衆両議院とか――そう言った方面に配付しようと思っている。出来る丈早く、農業革命――それをやりたいと思う。今それが、日本としては重要問題ですからね。その論文ですね。之を一通り読めば解る筈ですがね。以前よりか、ずっと解る様に書けたと思うんです。

 

 (御論文「農業の大革命、五カ年にして米の五割増産は確実」)

農業の大革命 五ヶ年にして米の五割増産は確実(一)

(栄光一三一号)

 私は十数年以前から、自然栽培法と言って、金肥人肥を用いず、自然のみの肥料を使って、農作物の収穫を得る事を発見し提唱してきたのであるが、その当時農民に向かって如何に説得し、信じさせようとしても、なかなか耳を()す者がなく、随分努力をしたが思うようにはゆかなかった。しかし最初からの私の信念は、これこそ絶対の真理である以上、いつかは必ず分る時が来るに違いないと共に、これによらなければ農民はいつになっても救われないばかりか、国家の運命にも至大なる関係がある事を考え、撓まず屈せず今日に到ったのである。ところが幸か不幸か、私の憂慮した通りの重大なる事態となってきた今日、農民諸君はもとより一般日本人にも分らせなければならない事を痛感するのみか、この自然栽培の前途にも漸く光明が見え始めたので、いよいよ時期到れりと、ここに大宣伝を行なう事となったのである。

 そうして、この農法に都合のよかった事は、私が宗教家であるだけに、信者は不思議な説とは思い乍らも、兎も角信じて実行に移った者も少なくなかったので、割合早く効果が分り、共鳴者も追々でき、最近に至っては信仰者ならざる一般農民層も、漸く注目を払うに至ったのである。しかも今回別項の如く農林技官金崎貞男氏が、職掌がら技術方面の見地から、数年にわたって熱心に研究の結果、ここにいよいよ驚嘆すべき成果を認め、発表する事となったので私としては喜びに堪えないのである。それというのも、一般はこの栽培法は宗教から出たという理由で、兎もすれば迷信視せられがちなのが、同技官の発表によって、それを打ち消すに大いに力あると思うからである。

 言う迄もなく、現在日本に於ける最大の悩みは、何と言っても主食の不足である。何しろ終戦後狭くなったこの国土に対し、人口の方は増えるばかりで、現在既に八千四百万というのであるから、ここに緊迫せる問題となったのである。しかも本年の如きは、二千数百万石の不足となるので、それが為各国からの輸入によって、辛くも安定を得ているに過ぎないと共に、その輸入額に至っては、実に千数百億に上るのであるから、国家経済に上からいっても、実に容易ならぬ事態となったので、この解決ができない限り、我国の前途や全く寒心に堪えないものがある。のみならず世界の状勢によっては、何時如何なる事態が発生するやも分らないのだから、全国民に対する絶対量の確保は、どうしても達成しなければならないのである。そこで政府も農民も、あらん限りの手段方法を尽してはいるが、仲々思うようにならないばかりか、ややもすれば減産の傾向さえ見える。本年の如きは、昨年よりも約三百万石の減収であるに対し、彼の産制も期待薄く、人口増加の趨勢は今のところ、年百万以上と見ねばなるまいから、この大危機を解決するには、何等か画期的大奇蹟でも現れない限り、どうしようもないのである。

 しからば、何故我国が全人口を養うに足るだけの米の産額を得られないかというと、これこそ私が言わんとする処の根本理由である。それは現在までの農耕法に一大欠陥があったからで、その欠陥というのは金肥、人肥の如き人為肥料であって、それに気が付かなかったのである。では何故それ程の過誤が、今日まで分らなかったかというと、長い間に不知不識一種の肥料迷信に陥ってしまったのである。ところが、私はそれを発見した以上、その迷夢を醒まし、農耕法の大革命をしなければならないと痛感し、この運動を起こしたのである。

 ここでいよいよ本農法が、堆肥のみで大収穫を得られるというその原理と、方法を詳しくかいてみるが、その前に、先ずこの自然栽培法の効果である。それはこの方法を五ヶ年継続すれば、全国を平均して五割増産は易々(いい)たるものである。としたら恐らく何人と雖も到底信じられないであろう。そこで現在の平年作六千三百万石とみて、五割増産は九千四百五十万石となるから、日本人が鱈腹食っても、尚一千万石の余剰米が出来るから、今度は反対に輸出しなければならない事になろう。

 そればかりではない。肥料代も要らず、虫害は何分の一に減り、風水害も半分以下に減るから、労力もまた半減するであろうし、実に驚異的農耕法である。以上は米のみに就いてであるが、この自然栽培法は一般農作物に対しても同様であって、それらもザッとかいてみるが、まず如何なる野菜でも素晴しい実績が挙がるのは勿論、例えば薩摩芋なども驚く程巨大なものが出来、一個の目方五、六百(もんめ)位はザラであるから、総収穫量も有肥よりも二倍以上は確実である。又豆類も粒が大きく、数量も増えるので、三倍位の収穫は容易である。大根なども色白く、キメ細かく粘っとりとして、ザクザクなどは更になく、頗る美味であり、菜類も色がよく、虫喰いがなく、軟らかでこれ又頗る美味である。その他玉蜀黍でも、南瓜でも、西瓜等、野菜と名のつく野菜は何でも好く、一々は略すが到底想像だもつかないのである。

 そうして特筆すべきは、自然栽培でできた物の素晴しい美味である。米、麦でも野菜でも一度味を覚えたら、有肥栽培の物は到底食う気にはなれなくなる。現に私なども自然栽培者が益々増えるので、現在は食い切れない程貰うのである。又果実も同様人為肥料を廃めてから質も良好で、多収入となり、皆感謝している。花卉にしても花は大きく、色鮮やかで美しく、生花などに使う場合、長持ちがするとて喜ばれている。

 次に自然栽培は、害虫が激減する事である。元来害虫なるものは、人為肥料から湧くものであるから、廃止すれば湧かないに決まっている。ところが、現在は害虫を駆除しようとして、殺虫剤や消毒薬を旺んに用いるが、実は之が土壌へ浸み込んで、害虫発生の原因となるのでその無知なるを哀れむべきである。

 そうして近頃の如く、毎年と言いたい程、風水害を蒙るが、自然栽培によれば、実に被害が少なくなる。という訳は、本来作物が人為肥料を吸収すると意外にも非常に弱くなるもので、それはこういう訳である。即ち、人肥でも金肥でも、作物が吸収するやそれが有毒化し、その毒が害虫の食物となり、繁殖するという理由を私は発見したのである。又肥料によっては肥料自体から微生虫が湧き、それが作物そのものを食いつつ殖えてゆき、根に発生すれば根毛を食い荒し、弱らしてしまう。葉枯れ、茎折れ、花落ち、実の不熟、馬鈴薯の萎縮などの原因もそれである。又根毛以外の場所にも、種々の微生虫が発生するが、作物自体が健全であればそれを死滅させる力があるが、前記の如く肥料の為脆弱となっている以上、害虫に負けてしまうのである。

 又風水害に遭っても自然の方は強靭で、倒伏も少なく、倒れても直ぐに起き上がるが、有肥の方は倒れたままで、大きな被害を蒙るので、この理由として根を見ればよく判る。無肥の方は根毛が有肥のよりも、ズッと多くて長いから、根張りが強い為である。又稲でも野菜でも、葉の短いのが特徴であって、これは凡ゆる作物に就いて農民も知らるる通り、丈が低く葉伸びの少ない程、実が多く生るとしている。これに反し有肥の方は丈も長く、葉も大きいから、見た目は立派だが実りは案外悪いものである。

 次に蚕であるが、これも自然の桑で育てると非常に健康で、出来た糸質も強靭で光沢がよく、極めて優良で勿論増産になる。それは病蚕発生がないからでもある。

 以上の如く凡ゆる耕作物は、有肥栽培に比して自然栽培の方が、比較にならない程有利でかは以上の通りである。それに就いて知らねばならない事は、第一土なるものの性能である。抑々土とは造物主が人畜を養う為に作物を生産すべく造られたものである以上、土そのものの本質は、肥料分があり余る程で、言わば肥料の塊といってもいい位のものである。それを今日迄全然知らず、肥料は作物の食物のように誤ってしまい、色々な人為肥料を施した結果が、意外にも土本来の力を弱らせてしまったのである。よく日本の土質は酸性だと言われるが全くそのためである。としたら何と驚くべき錯誤ではなかろうか。この意味に於いて作物を増産せんとするには、土自体の力を出来るだけ強化させる事である。ではどうすれば可いかと言うと、それは土に対し堆肥以外些かの不純物も混えず、出来るだけ清浄にする事で、それだけで素晴しい成績を挙げられるのであるから、今迄の頭脳では到底信ずる事は出来ないのである。

 右の理によって、自然栽培の根本理念は飽迄自然尊重であって、それは自然がよく教えている。凡そ世界にある森羅万象凡ゆるものの生成化育を見れば分る如く、大自然の力即ち太陽、月球、地球というように火、水、土の三大元素によらぬものは一つもない。勿論作物と雖もそうであるから、日当たりをよくし、水分を豊富にし、土をより清くする事によって、作物は人間の必要以上余る程生産されるものである。見よ、地上には枯草も落葉も豊富に出来、年々秋になればそれが地上を埋め尽すではないか。これこそ全く土を豊穣にする為のものであって、それを肥料にせよと教えている。そうして耕作者は堆肥に肥料分があるように思うが、決してそうではない。本来の堆肥の効果は、土を乾かさない為と、温める為と、固めない為である。つまり水分を吸収し、熱を吸収し、土が固まらないようにするにある。

 この理によって稲に与える肥料は、藁を出来きるだけ細かく切り、土へよく(こね)り混ぜればいいので、それが自然である。藁は稲の産物であるからで、これは根を温める効果がある。又野菜の方に枯草や落葉がいいのは、畠の近くには必ず林があり、落葉、枯草があるにみてそれを使えという意味である。

 そうして地球の中心は巨大な火の塊であって、不断にこれから地熱即ち、地霊を放射している。これが窒素であって、この窒素こそ神が与えた肥料で、地表を透過し地上或程度の高さに達して滞留し、それが雨によって地上へ降下し、地面に浸潤する。これが自然の窒素肥料で天から降ったものであり、勿論量に於いても過不足なく丁度いい位なのである。では何故窒素肥料を使い始めたかというと、これには理由がある。かの第一次大戦の折、ドイツに於いては食料不足の為、急激に増産せねばならず、そこで空中から窒素を採る事を発見し、使用したところ大いに増産されたので、それ以来世界的に普及されたのであるが、右は一時的効果であって、決して長く続くものではない。いずれは窒素過剰に陥り、土が弱って減産する事になるが、その理がまだ判らないのである。つまり麻薬中毒と同様であると思えばいい。

 ここで注意すべき事がある。それは自然栽培に切替えても、その水田の土と種子に残っている肥毒の多少が、大いに影響する。例えば本栽培にしても、或水田は一年目から、一割位の増収になる処があるかと思えば、一年目二年目共一、二割の減収で、漸く三年目になってから一、二割の増収となり、漸次予期の成績となるのである。従って先ず普通としては一年目従来と同様、二年目一割増、三年目二割増、四年目三、四割増、五年目から五割増とみれば、先ず間違いはあるまい。従ってもし余りに成績の悪い場合は、人為肥料が多量に残っている為であるから、一時客土によって緩和すればよい。

 今一つ重要なる一事がある。それは硫安の如き化学肥料は、稲が吸収する以上、その劇毒がたとえ微量であっても、人間は一日三度宛腹の中へ入れるのだから、不知不識の内に人体に害を及ぼすのは当然である。近代人の罹病率が多くなったのも、そうした原因もないとは言えないであろう。

 最後に自然栽培に対する経済的利益をザット挙げて見るが、

(一)肥料代が要らなくなる。

(二)労力が半減する。

(三)収穫が大増量する。

(四)目方が増え、炊き減りがなく美味である。

(五)虫害が殆どなくなる。

(六)現在最も悩みの種とされている回虫やその他の寄生虫問題も、完全に解決する。

 以上によってみても、本栽培法が如何に画期的で一大福音であるかが分るであろう。この実行によって日本の食糧問題は、一挙に解決するは勿論、それが動機となって他の凡ゆる問題、特に人間の健康に対しても、好影響を与えるのは勿論である。この栽培法が日本全土へ行き渡るとしたら、日本の再建を早め、高度の文化国家として、全世界から仰がるる日の来る事は断じて間違いないのである。この意味に於いて私はこの特集号を以て、一人でも多くの日本人に読ませたい念願である。

 最後に言いたい事は、これを以て宗教宣伝の為にする意志は毫末(ごうまつ)もない事で、それは無信仰者でも実行すれば、右の如き好成蹟を挙げ得るからである。

 それから、何時も言う通り、医薬が病気を作っている訳ですがね。その非常に良い例が、お蔭話として来たからして、説明を添えて出そうと思いますがね。

 (「医学が病気を作る」のあとの御教え)

 よく心情を書いてありますね。全く、之を読んだら、何んな人でも目頭が熱くなりますよ。で、之がつまり医学なるものの働き――と言うと変だけれども、お蔭でも変だが、こう言う事を、全然知らないんですからね。大変な世の中ですよ。だから、之を知らせなかったら、あんまり人間が可哀相過ぎますよね。だから全く、私がこの事を人類に知らせなかったら、本当に、何うなったか分らないですね。

 

 

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