十二月八日

(お 伺) 丹久子(二十三才)六才の八月頃に皮膚病(白アザ)で医診を受けました処、この病気には薬はないと言われ、太陽燈及び紫外線を四、五カ月程致し、アザに薬名不明の注射を二カ月程致しましたが治らず、其後病気は拡がり、右睫毛が全部白くなり、頭部右側四分程白アザで、毛は根本より一寸五分位白く、それより先は黒くなっております。現在患部に微熱があり、フケが沢山出ます。午後になりますと、顔に熱が出て参ります。又肩、腰に熱がある様で御座います。御浄霊は入信(昭和二十六年四月)の時より信徒の方に戴いております。尚、家族の内本人のみ入信。御神体、御屏風観音様は御奉斎致して居りません。

〔御 垂 示〕

 皮膚病と言うのは、霊的以外は薬毒ですがね。この白アザも薬毒ですよ。霊的のアザですね――あれは生まれつきです。それは一寸治りません。之は、親が飲んだ薬毒ですから、治るんですが―太陽燈、紫外線――之をやってから固めてあるから、治り(ニク)くなるんですよ。それから薬名不明の――之がやっぱり禍しますね。腕なら大した事はないが、患部とすると、やっぱり大変悪影響します。睫毛が白くなるのは、無論薬毒ですよ。之は気長にやれば治りますね。それで、光明如来様をお祀りして、その部屋に寝る様にして、良くお願いするとずっと良く治りますね。この年頃だから、早く治さなければ、売れ口の方に関係する。まあ、そう言う風にされた方が良いですね。

(お 伺) 進藤仲子(四十六才)十年前子宮外妊娠にて開腹手術を行いました。本年九月腹膜炎の症状となり、医診を受けました処、子宮筋腫並びに結核性腹膜炎で手術不可能と言われ、ペニシリン、ストレプトマイシン四十本を打って見るより方法なしとの事で、不安になり、御浄霊でとお縋り致し今日に至って居ります。尚、五年前に一度お守様をお受け致しましたが、一時的で信仰より遠ざかって居りましたが、九月に改めて入信致し御浄霊をさせて戴いて居ります。腹膜は、御守護戴き一カ月程で治りました。その後一カ月、十一月中旬より腹部が次第に腫れて参り、下旬には乳下から下腹部迄、指で押してもへこまぬ程に固く大きく腫れましたが、其頃から稍排除が始り、下痢と下り物が続き、腹部も柔らかくなりました。現在はガスを非常に出して居り、下痢と下り物は前程でない様で御座います。食欲はありますが、胸部の圧迫感の為一日三杯足らずです。苦痛は、胸と腹部の圧迫感、横腹の吊れる様な痛み、浮腫みの為の足のだるさ等で御座います。右に就き御浄霊の要点を御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は腎臓ですよ。腎臓萎縮ですね。だから、腎臓部に固まりがあるから、そこを精密に浄霊して、次はお腹ですね。そうすれば治る訳ですがね。それ丈のものですね。力を出来る丈抜いてやれば、腎臓も良く溶けますからね。

(お 伺) 娘幸子(二十九才)幼少より象皮病(主に手足)にて悩んで居ります。入信前は漢方薬「毒だみ」を二年位服用致し、又電気療法も一年致しましたが効果なく、三年以前より一週間に三回程御浄霊を戴いて居り、御陰様で両手は大変柔かくなりましたが、最近両脚の方に御浄化戴き、皮膚が以前より黒く固くなり、ヒビ割れし、重く疲れる様になりました。クリームを脚全体にすり込むと幾分楽になります。ヒビ割れの場所に絆創膏を貼って居りますが、今後御霊紙を貼らして戴きたいと思いますが、如何なもので御座いましょうか。又御浄霊の箇所を御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 効果なく――こう言う事をして、治らない様にしているんですから、恐いですよ。クリーム――之はいけないですね。こうすると治らないですよ。今後御霊紙を――結構ですよ。如何なもので―まあ、治りたいと思ったら御霊紙を貼りなさい。クリーム、絆創膏――治らない許りか、余計悪くなります。薬毒が滲込んでね。クリームと言うが、薬毒が入ってます。クリーム中毒と言うのは恐ろしいものです。皮膚が青くなります。それで又、クリームをやらなければならないと言ってやりますがね。薬毒です。

 「親の薬毒で御座いましょうか」

 親の薬毒も本人の薬毒もあります。だから、やっぱり薬によるのではなく、その人によるんですね。割れるなんてのは、蛇か蝮蛇の毒かも知れませんね。あれは、よくそうなります。普通の薬ではないですね。蝮蛇か蛇ですね。まあ、気長にやれば段々少しづ(ず?)つ良くなります。

(お 伺) 橋並芳野(五十四才)二十年程前腰痛にて医診の結果子宮に毒結の固りがあると言われ、薬剤を二回程服用、人婦湯を服用し治りましたが、以後四、五回腰痛があり、人婦湯服用を続けて居りました処、本年四月腰痛の激痛の為医診を受けましたが、子宮癌との事で早速岡山医大にて手術の予定の処に、お道の話を聞き、養子の佐一が入信し御浄霊を戴いて居りました。本人も六月八日入信致し、娘も九月に入信、御神体並びに御屏風観音様も御奉斎させて戴きました。七月頃より下腹部の激痛の御浄化戴き、背部と尾骶骨の御浄霊により楽にさせて戴き、尚本人は脳溢血症状にて、話中聞き取り(ニク)い点がありましたが、前後頭部、延髄の御浄霊により普通状態にならせて戴きました。下り物は八月に一回少量ありました。下腹部の痛みは今月迄続いて居ります。家族の者の、腹及び背部の御浄霊一時間程で一時楽になりますが、私(教師)が尾骶骨と背部を二十分位致しますと、痛みが取れますが、又痛みます。尚鳩尾より臍に固結があり、痛む時は固結の脈搏が非常に高くなります。御浄霊の箇所を御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 人婦湯――之は漢方薬だね。之は子宮癌じゃありません。子宮癌は痛まないんです――本当の癌ならね。之はやはり毒血ですね。月経みたいなものです。やっぱり、薬毒も混じってますからね。ですから気長にやったら治りますね。癌は――少し痛みますが、強い痛みはないものなんです。痛みがあるものなら治り良いんですよ。治るものですからね。従って、痛むもの程安心なんです。痛まないもの程治らない――と言う事は無いが、治り(ニク)いんです。こう言う人なんか、割合に早く治り訳ですがね。之も出来る丈力を抜いて――箇所は痛い処丈で良いんです。そうして、下の方に溜っているから、上の方の毒が下りていくんです。ですから――頭から背中ですね。そう言う処を良く調べて、熱とか痛み――固りがあるから、それから溶けて下って、腹に固るとかなんですね。

(お 伺) 重歳幸太郎(四十七才)八月に肺浸潤と診断され、マイシン四十本打ち、絶対安静をして居りましたが、お道のお話を聞かれると同時に医療を全廃し、只管お道に縋って御浄霊戴いて居ります。本年二十四日頃より咳の御浄化で、連日一升余の痰の排泄もなくなりました。最近胸、咽喉、下腹に痛みを覚え、食欲はあり、体力旺盛ですが、咳の為不眠が多く漸次衰弱して居ります。御浄霊は全頭部、淋巴腺、背部等を主として致して居ります。従来の信仰として真言宗、不動様、最上稲荷等で、霊動は御座いません。家族は未入信。御神体、御屏風観音様は御奉斎致して居りません。既往症としては、昨年夾(狭?)心症で医療を受け、大酒家の為、飲酒後の服薬、淋病で可成り薬剤を用いて居ります。御浄霊の箇所の御教え賜り度く御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は薬毒ですね。薬毒の排泄ですね。咳があんまり出ると言うのは、浄霊する人が見当違いをやっている。之は、良く調べて見ると良いですよ。喉は方々から出るが、その時一番出る急所を見附けると良い。処が、的はずれだと、余計咳が出ます、そこの――治った丈づつは平均浄化が起ります。だから、やっているうちに、段々咳が減っていくと言うのが本当です。だから、咳が余計出ると言うのは、見当違いだから、良く調べて見ると良い。咳が最も出るのは、ここ(頸部淋巴腺)ですね――大抵、ここか。延髄は咳は少ないです。之は水洟の方です。あとは肩ですね。背中も無論ありますよ。左の方がきっと多いです。それを浄霊するんですね。それで、その時に――大体触って見て一番熱のある処が――そこから咳が出るんですから、そこを発見する。そうすれば、この人は治り良い質だから、治りますよ。急所さえ見附ければ割合早く咳は減っていきますからね。それが一番肝腎ですね。

(お 伺) 結婚前迄は順調に月経が御座いましたが、結婚後は半年に一回か、一年に一回少量しかありません。如何なる訳で御座いましょうか。同家は主人も弟妹共「ワキガ」がありますのは、同家の因縁の為で御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 ワキガとは関係ありませんよ。然し、之はおかしいですね。結婚すると、反って順調になるのが当り前ですがね。之は少し変ですね。然し、月経の不順と言うのは、下腹に固りがあって、喇叭管の入口を圧迫するのと、あとは貧血ですね。その二つの理由です。そこで、下腹に固りがあるか何うか、それを見て、固りがあればそれを浄霊する。その固りは腎臓から出ているんですから腎臓を良く浄霊する。あとは貧血ですがね。この人は顔色は何うですか、悪いんですか。

 「至って健康で、顔色も宜敷う御座います」

 下腹は――

 「見た事が御座いません」

 押して見て御覧なさい。或いは、本人に押さしても良いです。下腹ですよ。こんな筈はないですがね。

(お 伺) 赤羽義治(未入信)の飼牛が非常に涙をこぼしますので、目を開いて見ました処、黒玉の中に細い糸の様な一寸位の虫が居り、獣医に診せた処、早速針を入れて出そうとしたが、取れずに失明して白く腫れました。其後頼まれて御浄霊を致しました処五日程で黒目が見え出しましたが、やはり虫はピンピンして居ます。其後御浄霊をしていると虫は見えなくなりました。之は霊的で御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 面白いね。之は随分変だね。虫はピンピンと言うんだからね。之は、霊的にも言えるけれども、何かの折に眼に入った虫が、そこに喰いついて、段々育っていった。そうして、つまり浄霊した為に、そう言う虫は皆毒を食うんだから、毒を食ってしまったので、それで弱ったと言うんで、別に大した事はないですよ。

(お 伺) 昭和十二年再婚し、実子千鶴子を養子縁組長女に入籍致しました。千鶴子は十九年に女学校を卒業致しましたが、神経衰弱となり、初めは、夜になると起きて私に何か言い、暴れて居りました。阪大の博士には精神分裂症と言われ、手術をする様に言われましたが致して居りません。カルモチン、ブロバリンを連日用いて居りました。二十四年六月に入信。八月に御屏風観音様、本年七月大光明如来様を御奉斎させて戴きました。主人は信仰に反対で、千鶴子の事で言い争いを致し、それより家へ帰りません。又私の弟妹が変死致して居りますが、霊的関係が御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 この、妹、弟――二人ですかね。之は関係がありますね。この霊が憑っているんですね。一寸普通と違いますがね。変死した時に、余程ショックを与えられたんですね。それで、霊界に行ってもはっきりしないんですよ。それが憑ったんですね。その霊を救わなければならない。第一番に、主人が反対と言う事では、本当に治る訳にはいきませんね。主人が信仰に入って妻君が反対している場合は仕(始?)末が良いんです。一家の主人が權を握っているから、一間の家に病人があると言うのは、主人の責任であり、主人の勢力の中に出来た――何だからね。だから、先ず主人が信仰に入るよりしようがないですね。然し、入れ様と思っても入る訳じゃないから、奥さんが一生懸命お願いして時節を待つんです。そうすると神様が、主人が入る様な段取りにして呉れます。それより仕方がないですね。苦しむと言うのは、主人にも罪があるんですからね。然し、無理に主人を信仰に入れると、逆効果になりますから、今言った様にすれば良いです。

(お 伺) 田中省吾(四十二才)昭和六年五月満州にて流行性脳脊髄膜炎で入院し、七年五月頃より松葉杖で歩行出来、九年春歩行も普通になりましたが、十七年頃より再発し、電気マッサージ、ペニシリン四十本致しましたが立つ事が出来ません。家業は写真屋で御座います。御浄霊を頼まれ、七十回程させて戴きましたが、大して変化も御座いません。本人も家族も信仰心が御座いません。一週間程前に近所から戴いたリンゴに「ウドンゲの花」が咲いておりました。三、四年前にもそう言う事があり、母が中風で直ぐ死んだそうで、大変心配して居りまして、天津祝詞と善言讃詞を奏上致しました。御浄霊の箇所及び「ウドンゲの花」に就き御教示賜り度御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 信仰心がない―之はいけませんね。こう言う考え方はね。七十回もやって、信仰心が起らない様な人間なら止した方が良いですよ。之は、幾らやっても駄目ですよ。最初は誰も信仰心が無くても良いですがね。之丈行くうちには、神様の話もしたでしょうが、之丈やってもこう言うのは―そう言う事に無駄骨折るのは、神様に対して勿体ないですよ。だから()めた方が良いですよ。もう一つは、御神書――新聞とか雑誌とか――読まして、そうして信仰心の起らないのは、放ったらかして良いですよ。あれを読んで、少しも信仰心が起らないのは、要するに頭脳が麻痺しているんだから――あれを読めば解る様に書いてあるんだから、そいつに心が動かない様だったら駄目ですね。そうかと言って、全然駄目でない場合もある。時節がある。ああ之だなと言って来る事がありますからね。読ませる丈は必要ですから、そこで、感じない様な人は、先ず放ったらかして置くと言う方が能率的ですよ。こんなに――七十回も行ってやると言う事は、能率的でない。無駄骨と言う訳ですから、反って勿体無いですよ。

(お 伺) 上坂たか(三十九才)今年春頃より気分憂(優?)れず全身だるく、食欲はなく衰弱の気味で御座いました。五月頃より下腹部が、固く大きく張って参りましたが、一カ月程で、稍柔かくなり、今度は腹部全体が張り、腹膜の症状となりました。八月末には小さくなりましたが、食欲が出ず、時々腹痛を感じました。九月に入り、急に高熱が出て全身だるく、食欲なく骨と皮許りの状態となりました。未入信の親戚や知人の反対を押し切り御浄霊戴いて居ります。最近は食欲は感じますが、食べ様とするとお腹が一杯になり入りません。無理に食べますとお腹が痛んで苦しみます。御浄霊戴きますと止りますが、()めますと三、四時間は痛みます。腹部に大小三つの長めの固りがあり、移動したり消えたり致します。娘の頃から胃の背面、背骨が五箇位外部に飛び出し、痛みは感じませんが、時々ちぎる様なだるさと譬え様のない苦しみを覚えます。御浄霊は胃部の背面、飛出した脊柱、左腎臓部、頸部並びに耳下腺を主にさせて戴いて居ります。尚、一家全部入信し御神体、御屏風観音様を御奉斎させて戴いて居ります。御浄霊の箇所、腹部の固り、食欲を感じても食べられない事に就き御教示の程御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之はお腹に固りがあるんですがね。動けは蛇ですけれどもね。蛇が悪い目的でやっているんですね。けれども、もう食べられなければならないんですがね。この位良くなればね。之はその辺に毒素が非常に余計あるんですよ。つまり、毒素があるんで、そう言った邪霊が憑き易いんですからね。両方ですね。之は、背中も肝腎だけれども、やっぱり腹の方からもやらなければならないです。力が入るんじゃないかな。力を抜くと非常に溶け易い。だから力を抜いてやって御覧なさい。もう一息で治るんですがね。外部に飛出し――之は、あんまり関係しません。これは、こっちが治ってからで良いです。時々ちぎる様な――之は、浄化が起こるんだが――そう言う時にやった方が良いですね。そうすると治りが早いんです。それから頭ですね。頭が食欲に関係する事があります。後頭部ですね。頭を試しにやってみて――固りがあれば、それを溶かす。それから、熱い処ですね。そうすれば、もう一息で良くなる訳ですがね。

(お 伺) 五十三歳の信者。昭和二十五年秋、腹部に湯呑大の固結が出来、本年春医師に「腸間膜何々」と言われ、切開手術の上大小二十一箇の固結を取りました。本年夏再び同じ処に大きい固結が出来、本年十一月入信し御浄霊を戴きましてより、激痛一回、小水が濁り、便秘がなくなり、腹部内でゴーゴーと言う音が聞える様になりました。仂くと苦しく、歩行困難になります。尚、腹部に固結が発生した頃に、南方にて長男戦病死の公報がありました。之は如何なる原因で御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 便秘がなくなり――おかしいな。之は霊的と関係ありませんよ。お腹に、最初二十一箇の――之はつまり、やっぱり医者の方で言う結核性腹膜とか、そう言った様なものですがね。膿の固りですよ。それを浄霊すると、一つ々々取れていきますが、手術で()めましたからね。()めると反動が起りますから、大きい固結と言うのはそれですよ。ゴーゴー――之は溶けた訳ですね。気長にやれば治らない事はありませんよ。之はやっぱり、元は薬毒ですよ。腎臓をよくやってやるんですね。病気は簡単なものですね。

(お 伺) 谷本豊子(二十九才)腎臓病が悪化し、医師に見離され、御浄霊にて御守護戴き、入信致しました。お腹の御浄化で、段々張って臨月位になり、心臓も苦しくなりましたが、動く事は出来ました。上下に汚物を沢山出し、お腹は普通になりましたが、三カ月程すると、再浄化戴き、前の半分位に張り、大変苦しく、足は全然立たなくなり、横にもなれず座った儘です。下痢はして居りますが、出るのを感じません。膝に薄赤色の斑点が出来、破れそうになり、お腹の上部に水ぶくれが出来て、汁が少しづ(ず?)ゝ出て居ります。お道の事は、母親丈少し解って居りますが、父親及び家族全部は解って居りません。御先祖は祀って居りません。お祀りする様に話ましたが、その気持は御座いません。里に帰って居りますが、嫁入先は全然解りません。御浄霊の箇所御垂示の程御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は薬毒ですよ。薬毒が沢山あるんで、色んな形になるんですね。ですから、一番悪い処悪い処をやって気長にやっていれば、段々治って来ますよ。側の者が反対する丈は、治りが遅いけれども、之は仕方がありませんね。

(お 伺) 私の娘さい子(未入信。三十才)本年二月十七日無事二度目のお産を致しましたが、四日目に自分で便所に行こうとして二、三歩歩きかけました時、急に眩暈を感じ、足に力が入らず、気が遠くなりかけ、其儘床に就きました。御浄霊を一週間戴きましたが、はかばかしく御座いません。私一人の入信の為、家族は反対で、米子病院に一週間通い電気及び注射等を致し、反って悪化しましたので、家で灸及び漢方薬等を致しましたが、同じ状態で御座います。九月より再び御浄霊を戴く様になりましたが、変化御座いません。頭部中央、後頭部が痛み、見た処は元気ですが、力が入りません。月経も産後五カ月目よりありましたが、不順で御座います。月経前三、四日は特に頭痛激しく起きている事が出来ません。対談や大声や物のキシム音等は大変堪えられません。食事は普通で御座います。御浄霊の箇所を御垂示の程御願い申し上げます。尚、私が娘を浄霊致しますと、その直後に私の目がタダレた様になります。然し、他の人の場合は左程ひどくは御座いません。之は如何なる訳で御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 便所に行こうとして――之はいかんな。産後は、絶対にこう言う軽はずみをしてはいけませんね。一週間は寝たっきりで、一週間経ってから座る位で、二週間経ってから歩くと、それで何ともないんです。之は、早く歩き過ぎたんです。之は脳貧血ですよ。月経は五カ月目より――早過ぎたな。大声――之は脳貧血の特徴ですね。これは、別に大した事はない。やっぱり浄霊に力が入るんじゃないかな。非常に効きが悪い様ですね。ここ(頸部淋巴腺)を大いにやらなければならないね。そんなものですね。ここをやって御覧なさい。それで良いでしょう。

(お 伺) 馬場利美(本年四月入信。二十三才)昨年四月頃より右足第二関節炎になり、三カ月電気治療を受け、其後自宅にて注射を半年続けて居りますうちに、関節が段々曲らなくなり、何時も熱を持つ様になりました。本年三月より御浄霊を戴いて居りますが、一時は大分曲る様になりましたが、四十日位前より段々腫れ、激痛に足を動かす事も不可能となりました。一昨年当人の姉が、右足骨膜と肺結核にて死亡致して居りますが、霊的関係が御座いましょうか。又御浄霊は何処をさせて戴きましたら宜敷いでしょうか。

〔御 垂 示〕

 之は、結構じゃありませんか。之は――大分曲る様になった――上っ側の毒が取れたから曲る様になった。四十日位前より――と言うのは、蕊が溶けて来たんだ。激痛――之は結構です。之は其処を浄霊していれば、どんどん腫れて、穴が開いて血膿が出て治ります。結構です。肺結核で――或いは、この――姉さんが憑って起ったのかも知れないが、之は問題ではありません。やはり、この人は毒があるんだから、其処に寄って行ったんだから、姉さんの霊が憑っていても、両方治す事になるから結構です。腫れて来れば何でもないんですよ。直きに治りますよ。

(お 伺) 西村延子(二十八才)昭和二十二年四月左乳、背に細かい水泡が出来、痛みましたが医者にかからず、油薬と粉末を少し用い、五月中旬頃跡形を残し膿が少し出て治り、それと前後して水を欲する様になり、六月の終りには一日五、六升位飲んで居りました。最初ビタミンBの不足とて一カ月注射を続けましたが、少しも良くならない為、他の医師にかかり入院し、尿崩症と言う病気で、脳下垂体後葉ホルモン不足に因る症状との事でしたが、原因不明で治療法なしとの事で、牛の脳下垂体のホルモンを注射、又山羊のホルモン注射を致しますと〇・五CCで約七時間は平常となりますが、注射なしで居りますと一日七、八升、多い時は一斗近く飲みます。水を二時間以上飲まずに居りますと苦しく、口中は乾き、胸が焼け、頭痛がし、堪えられなくなります。夏は特に冷たい水を欲し、冬でも水の方が美味しく感じます。ひどい時は夜中でも一時間半毎に水を飲み、激しい時は一度に三合程飲みますと、左の胸の辺りが冷たくなります。排尿の方も一時間半位に多量致します。それより三年灸、指圧、鍼を致しましたが良くなりません。昨年夏に左肺浸潤と言われマイシン三本、パスを少し飲みましたが、嘔吐の為に()めました。本年七月お道のお話をお聞きし、八月にお守様を戴き毎日御浄霊を戴いて居りますが、あまり変化は御座いません。光明如来様、御屏風観音様は、未だ御奉斎致して居りません。尚、亡父(陸軍少佐で、急性腹膜炎にて三日の病で死亡)の石碑を二十五回忌に建て、三カ月程してより此の状態になりました。此の関係が御座いましょうか。何の様に致しましたら宜敷う御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 之は、大霊的ですよ。之は龍神が憑っているんですよ。相当大きな奴が憑っているんです。之かも――亡父の石碑――亡父の霊かも知れませんね。何か、非常に執着を持っている。それで蛇になっちゃったんですね。それで――大きい蛇なんです。それで水を欲しがる。蛇と言うのは、非常に焼けるんです――体が熱くなるんですね。ですから、飲まなければ居られない。そこで、蛇と言うのは執着の罪ですからね。執着のそれを取っていくんですからね。やっぱり前頭部を良く浄霊して、それから御神書を出来る丈聞かしてやる。肺浸潤と言うのは、薬毒で作ったものですよ。お医者に拵えて貰った。こんな事は問題ではないですがね。そうしてやるんですね。そうして龍神が救われるに従って治っていく訳ですね。之は治りますよ。一番肝腎なのは、光明如来様をお祀りしなければ駄目だね。お祀りしてその部屋に寝る様にする。そうすると、ずっと早く治ります。

 

【御 教 え】

 今度、農号の特輯号を出そうと思って―大宣伝をしようと思っているが、お蔭話が足りないので待っているんですが、農業に関係したお蔭話を出来る丈早く出す様にして貰いたいと思うんです。之はその論文です。之で、全部解る訳です。

 

 (御論文「農業の大革命、五カ年にして米の五割増産は確実」)

農業の大革命 五ヶ年にして米の五割増産は確実(一)

(栄光一三一号)

 私は十数年以前から、自然栽培法と言って、金肥人肥を用いず、自然のみの肥料を使って、農作物の収穫を得る事を発見し提唱してきたのであるが、その当時農民に向かって如何に説得し、信じさせようとしても、なかなか耳を()す者がなく、随分努力をしたが思うようにはゆかなかった。しかし最初からの私の信念は、これこそ絶対の真理である以上、いつかは必ず分る時が来るに違いないと共に、これによらなければ農民はいつになっても救われないばかりか、国家の運命にも至大なる関係がある事を考え、撓まず屈せず今日に到ったのである。ところが幸か不幸か、私の憂慮した通りの重大なる事態となってきた今日、農民諸君はもとより一般日本人にも分らせなければならない事を痛感するのみか、この自然栽培の前途にも漸く光明が見え始めたので、いよいよ時期到れりと、ここに大宣伝を行なう事となったのである。

 そうして、この農法に都合のよかった事は、私が宗教家であるだけに、信者は不思議な説とは思い乍らも、兎も角信じて実行に移った者も少なくなかったので、割合早く効果が分り、共鳴者も追々でき、最近に至っては信仰者ならざる一般農民層も、漸く注目を払うに至ったのである。しかも今回別項の如く農林技官金崎貞男氏が、職掌がら技術方面の見地から、数年にわたって熱心に研究の結果、ここにいよいよ驚嘆すべき成果を認め、発表する事となったので私としては喜びに堪えないのである。それというのも、一般はこの栽培法は宗教から出たという理由で、兎もすれば迷信視せられがちなのが、同技官の発表によって、それを打ち消すに大いに力あると思うからである。

 言う迄もなく、現在日本に於ける最大の悩みは、何と言っても主食の不足である。何しろ終戦後狭くなったこの国土に対し、人口の方は増えるばかりで、現在既に八千四百万というのであるから、ここに緊迫せる問題となったのである。しかも本年の如きは、二千数百万石の不足となるので、それが為各国からの輸入によって、辛くも安定を得ているに過ぎないと共に、その輸入額に至っては、実に千数百億に上るのであるから、国家経済に上からいっても、実に容易ならぬ事態となったので、この解決ができない限り、我国の前途や全く寒心に堪えないものがある。のみならず世界の状勢によっては、何時如何なる事態が発生するやも分らないのだから、全国民に対する絶対量の確保は、どうしても達成しなければならないのである。そこで政府も農民も、あらん限りの手段方法を尽してはいるが、仲々思うようにならないばかりか、ややもすれば減産の傾向さえ見える。本年の如きは、昨年よりも約三百万石の減収であるに対し、彼の産制も期待薄く、人口増加の趨勢は今のところ、年百万以上と見ねばなるまいから、この大危機を解決するには、何等か画期的大奇蹟でも現れない限り、どうしようもないのである。

 しからば、何故我国が全人口を養うに足るだけの米の産額を得られないかというと、これこそ私が言わんとする処の根本理由である。それは現在までの農耕法に一大欠陥があったからで、その欠陥というのは金肥、人肥の如き人為肥料であって、それに気が付かなかったのである。では何故それ程の過誤が、今日まで分らなかったかというと、長い間に不知不識一種の肥料迷信に陥ってしまったのである。ところが、私はそれを発見した以上、その迷夢を醒まし、農耕法の大革命をしなければならないと痛感し、この運動を起こしたのである。

 ここでいよいよ本農法が、堆肥のみで大収穫を得られるというその原理と、方法を詳しくかいてみるが、その前に、先ずこの自然栽培法の効果である。それはこの方法を五ヶ年継続すれば、全国を平均して五割増産は易々(いい)たるものである。としたら恐らく何人と雖も到底信じられないであろう。そこで現在の平年作六千三百万石とみて、五割増産は九千四百五十万石となるから、日本人が鱈腹食っても、尚一千万石の余剰米が出来るから、今度は反対に輸出しなければならない事になろう。

 そればかりではない。肥料代も要らず、虫害は何分の一に減り、風水害も半分以下に減るから、労力もまた半減するであろうし、実に驚異的農耕法である。以上は米のみに就いてであるが、この自然栽培法は一般農作物に対しても同様であって、それらもザッとかいてみるが、まず如何なる野菜でも素晴しい実績が挙がるのは勿論、例えば薩摩芋なども驚く程巨大なものが出来、一個の目方五、六百(もんめ)位はザラであるから、総収穫量も有肥よりも二倍以上は確実である。又豆類も粒が大きく、数量も増えるので、三倍位の収穫は容易である。大根なども色白く、キメ細かく粘っとりとして、ザクザクなどは更になく、頗る美味であり、菜類も色がよく、虫喰いがなく、軟らかでこれ又頗る美味である。その他玉蜀黍でも、南瓜でも、西瓜等、野菜と名のつく野菜は何でも好く、一々は略すが到底想像だもつかないのである。

 そうして特筆すべきは、自然栽培でできた物の素晴しい美味である。米、麦でも野菜でも一度味を覚えたら、有肥栽培の物は到底食う気にはなれなくなる。現に私なども自然栽培者が益々増えるので、現在は食い切れない程貰うのである。又果実も同様人為肥料を廃めてから質も良好で、多収入となり、皆感謝している。花卉にしても花は大きく、色鮮やかで美しく、生花などに使う場合、長持ちがするとて喜ばれている。

 次に自然栽培は、害虫が激減する事である。元来害虫なるものは、人為肥料から湧くものであるから、廃止すれば湧かないに決まっている。ところが、現在は害虫を駆除しようとして、殺虫剤や消毒薬を旺んに用いるが、実は之が土壌へ浸み込んで、害虫発生の原因となるのでその無知なるを哀れむべきである。

 そうして近頃の如く、毎年と言いたい程、風水害を蒙るが、自然栽培によれば、実に被害が少なくなる。という訳は、本来作物が人為肥料を吸収すると意外にも非常に弱くなるもので、それはこういう訳である。即ち、人肥でも金肥でも、作物が吸収するやそれが有毒化し、その毒が害虫の食物となり、繁殖するという理由を私は発見したのである。又肥料によっては肥料自体から微生虫が湧き、それが作物そのものを食いつつ殖えてゆき、根に発生すれば根毛を食い荒し、弱らしてしまう。葉枯れ、茎折れ、花落ち、実の不熟、馬鈴薯の萎縮などの原因もそれである。又根毛以外の場所にも、種々の微生虫が発生するが、作物自体が健全であればそれを死滅させる力があるが、前記の如く肥料の為脆弱となっている以上、害虫に負けてしまうのである。

 又風水害に遭っても自然の方は強靭で、倒伏も少なく、倒れても直ぐに起き上がるが、有肥の方は倒れたままで、大きな被害を蒙るので、この理由として根を見ればよく判る。無肥の方は根毛が有肥のよりも、ズッと多くて長いから、根張りが強い為である。又稲でも野菜でも、葉の短いのが特徴であって、これは凡ゆる作物に就いて農民も知らるる通り、丈が低く葉伸びの少ない程、実が多く生るとしている。これに反し有肥の方は丈も長く、葉も大きいから、見た目は立派だが実りは案外悪いものである。

 次に蚕であるが、これも自然の桑で育てると非常に健康で、出来た糸質も強靭で光沢がよく、極めて優良で勿論増産になる。それは病蚕発生がないからでもある。

 以上の如く凡ゆる耕作物は、有肥栽培に比して自然栽培の方が、比較にならない程有利でかは以上の通りである。それに就いて知らねばならない事は、第一土なるものの性能である。抑々土とは造物主が人畜を養う為に作物を生産すべく造られたものである以上、土そのものの本質は、肥料分があり余る程で、言わば肥料の塊といってもいい位のものである。それを今日迄全然知らず、肥料は作物の食物のように誤ってしまい、色々な人為肥料を施した結果が、意外にも土本来の力を弱らせてしまったのである。よく日本の土質は酸性だと言われるが全くそのためである。としたら何と驚くべき錯誤ではなかろうか。この意味に於いて作物を増産せんとするには、土自体の力を出来るだけ強化させる事である。ではどうすれば可いかと言うと、それは土に対し堆肥以外些かの不純物も混えず、出来るだけ清浄にする事で、それだけで素晴しい成績を挙げられるのであるから、今迄の頭脳では到底信ずる事は出来ないのである。

 右の理によって、自然栽培の根本理念は飽迄自然尊重であって、それは自然がよく教えている。凡そ世界にある森羅万象凡ゆるものの生成化育を見れば分る如く、大自然の力即ち太陽、月球、地球というように火、水、土の三大元素によらぬものは一つもない。勿論作物と雖もそうであるから、日当たりをよくし、水分を豊富にし、土をより清くする事によって、作物は人間の必要以上余る程生産されるものである。見よ、地上には枯草も落葉も豊富に出来、年々秋になればそれが地上を埋め尽すではないか。これこそ全く土を豊穣にする為のものであって、それを肥料にせよと教えている。そうして耕作者は堆肥に肥料分があるように思うが、決してそうではない。本来の堆肥の効果は、土を乾かさない為と、温める為と、固めない為である。つまり水分を吸収し、熱を吸収し、土が固まらないようにするにある。

 この理によって稲に与える肥料は、藁を出来きるだけ細かく切り、土へよく(こね)り混ぜればいいので、それが自然である。藁は稲の産物であるからで、これは根を温める効果がある。又野菜の方に枯草や落葉がいいのは、畠の近くには必ず林があり、落葉、枯草があるにみてそれを使えという意味である。

 そうして地球の中心は巨大な火の塊であって、不断にこれから地熱即ち、地霊を放射している。これが窒素であって、この窒素こそ神が与えた肥料で、地表を透過し地上或程度の高さに達して滞留し、それが雨によって地上へ降下し、地面に浸潤する。これが自然の窒素肥料で天から降ったものであり、勿論量に於いても過不足なく丁度いい位なのである。では何故窒素肥料を使い始めたかというと、これには理由がある。かの第一次大戦の折、ドイツに於いては食料不足の為、急激に増産せねばならず、そこで空中から窒素を採る事を発見し、使用したところ大いに増産されたので、それ以来世界的に普及されたのであるが、右は一時的効果であって、決して長く続くものではない。いずれは窒素過剰に陥り、土が弱って減産する事になるが、その理がまだ判らないのである。つまり麻薬中毒と同様であると思えばいい。

 ここで注意すべき事がある。それは自然栽培に切替えても、その水田の土と種子に残っている肥毒の多少が、大いに影響する。例えば本栽培にしても、或水田は一年目から、一割位の増収になる処があるかと思えば、一年目二年目共一、二割の減収で、漸く三年目になってから一、二割の増収となり、漸次予期の成績となるのである。従って先ず普通としては一年目従来と同様、二年目一割増、三年目二割増、四年目三、四割増、五年目から五割増とみれば、先ず間違いはあるまい。従ってもし余りに成績の悪い場合は、人為肥料が多量に残っている為であるから、一時客土によって緩和すればよい。

 今一つ重要なる一事がある。それは硫安の如き化学肥料は、稲が吸収する以上、その劇毒がたとえ微量であっても、人間は一日三度宛腹の中へ入れるのだから、不知不識の内に人体に害を及ぼすのは当然である。近代人の罹病率が多くなったのも、そうした原因もないとは言えないであろう。

 最後に自然栽培に対する経済的利益をザット挙げて見るが、

(一)肥料代が要らなくなる。

(二)労力が半減する。

(三)収穫が大増量する。

(四)目方が増え、炊き減りがなく美味である。

(五)虫害が殆どなくなる。

(六)現在最も悩みの種とされている回虫やその他の寄生虫問題も、完全に解決する。

 以上によってみても、本栽培法が如何に画期的で一大福音であるかが分るであろう。この実行によって日本の食糧問題は、一挙に解決するは勿論、それが動機となって他の凡ゆる問題、特に人間の健康に対しても、好影響を与えるのは勿論である。この栽培法が日本全土へ行き渡るとしたら、日本の再建を早め、高度の文化国家として、全世界から仰がるる日の来る事は断じて間違いないのである。この意味に於いて私はこの特集号を以て、一人でも多くの日本人に読ませたい念願である。

 最後に言いたい事は、これを以て宗教宣伝の為にする意志は毫末(ごうまつ)もない事で、それは無信仰者でも実行すれば、右の如き好成蹟を挙げ得るからである。

 

 

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