二月五日(立春祭)

【御 教 え】

 今日のお天気は馬鹿に良くて、昨日の節分と何だか、こう――昨日は方々の神社仏閣で豆撒きをやって、今日から立春で――丁度お天気の具合がそれを物語っている様な気がするんです。

 節分の話は毎年話しているから、今更言った処でしようがないけれども、兎に角神様の方から言うと重大な日なんです。特に一年一年節分が重大になって来る訳なんです。あんまり深い事は言えませんけれども、一番誰にも解る事は<之は信者ですけれども>つまり浄化が旺盛になって来る。強くなって来る。それが節分と六月十五日ですね。そう言う様な節々(ふしぶし)ですね。節々に浄化が強くなると言う訳なんで、唯節分と六月十五日の異いさはあるんです。六月十五日の(ふし)と言うのは、霊界が明るくなるんですね。火素が増える。それから節分の方は、そう言ったのでなく、神様のお働き――それが異って来る。節分が、夜の世界の罪穢れが清算される。すると、六月十五日の方は明るくなると言う様な――そんな様なものですね。で、それが段々強くなって行くんですがね。近頃は浄化が非常に強くなって来た。信者の人で、浄化の強い人が随分――之は、信者の人も皆知ってますがね。中々、古い人でも、可成り強い浄化が起るんですね。で、信仰の固まっている人は、何んな強い浄化でも、それを逃れますけれども、少しフラフラしている人は、中々危ない事があります。けれども、結局は救われますけれどもね。偶には、子供や何かの身代りなんてのがありますから、余程しっかり信仰を握って居なければ負けですね。ですから、今日を過ぎたら、面会の度に、最後に私が五分か十分位、皆を浄霊してやろうと思ってます。浄化の為に活動に影響するといけないですから、出来る丈そう言う事のない様に、やって上げ様と思ってます。

 それから、御神業の方も――一昨年あの事件があった時に、散花結実――この事を話もし、書いてもあげましたがね。去年あたりが、丁度花が散って、実の中心ですね――実の蕊がやっと、しっかり芽が出たと言う様な意味でしたが、今年から段々育って行く形なんですね。育っていくと言う事は、要するに表面的の活動になる訳です。今度は、実ですからパッとはしないけれども、ジリジリ進んでいく訳ですね。それは、ちゃんと御神業に現われて来ますから、良く分ります。それで今年は、先月の三十日に発行した「栄光」の農業特輯号―あれは一つの現われと見ても良いですね。大抵読んだでしょうけれども、あれは農業会にとっては原子爆弾です。兎に角、今迄――有史以来無いですからね。随分驚くだろうと思います。唯驚く丈じゃしようがないんで、そうかと言って、成る程之は良いと言って、大々的に実行すると言う事はありっこないです。唯、あれを見れば、ははは之程に言う、又之程の実例があるんだから、全然根拠のないものじゃない。若し之だったら大したものだ。じゃ、少しやって見ようか、と言う事で、まあ一割位試作をやると思う。まあ、試して見ようと言うんで、一部分、試作して見ようと言う百姓は、随分出来るだろうと思います。それで結構なんです。やっているうちに解りますからね。それで、今迄無肥料栽培に就て、非常に障碍があったと言う事は農事試験場が、有肥と無肥と両方やった処が、無肥の方が成績が悪いんです。それで、認められなかった。処が良く調べて見ると、種を――有肥の種を使った。そこに大変な間違があったんですね。だから、有肥の種を無肥にすると、具合が悪いんです。丁度酒飲みが禁酒する様なものですから、やっぱり一時馬鹿みたいになっちゃうんですね。

 丁度、今度――あれを出して置きましたが――ビルマ米が日本に来たら、丸で出来ないんですね。処で、何故出来ないかと言うと、ビルマでは無肥でやっている、日本に来て有肥になった。それが悪い。私の方の信者ですが、無肥でやった処が、非常に良く出来て――之は一昨年ですが――三倍ですかね。穂まで持って来ましたがね。沢山生っております。之は素晴しいと言った。処が世間では全然出来ないんです。丁度、今の理屈の全然あべこべですね。そう言う事で、種も肥毒があっちゃいけないと言う事を、良く出してありますから、そう言う事も気がつくと思います。そんな訳で出来る丈早く、日本中を切替えしなければいけないと思います。主なる処―大臣とか国会議員、農事試験場、農会、農科大学、各村長―そう言うものに―約一万五千位配りましたが、一万五千と言っても一人が一人読む訳じゃない。一枚を五人も十人も読むからね。おまけに変った事ですからね。相当な反響があるだろうと思います。そうかと言って、直ぐ何うと言う事はないでしょうが、之が第一期として一つガンと頭をやられた様なものですから、忘れる事はないです。そのうちに実際方面ですね―各農村で事実を見せると言う事で、あゝ之だなと言う事になるから、段々そう言った一つの機運が起って来る訳ですね。それから、こうしておいた為に、今後農村で自然栽培も、あんまり今迄の様に嘲笑したり、色々非難したりする事は、余程緩和されるだろうと思います。まあ、やり良くなる訳ですね。で、あれを翻訳して、司令部とかアメリカの方にも送ろうと思っている。

 それから今、私は「結核信仰療法」と言う本を書いて――あらかた出来上りましたが、之は単行本にして発行しようと思っている。新聞広告を連続してやろうと思う。それから、あとは各大臣、国会議員から医学方面――医科大学、大病院、結核療養所、それから著名なお医者だとか、医学に関した、色んな医学専門学校――そう言う処にも配付する積りです。今迄ああ言う本が出ても、そう言う方面は態と避ける様にして、出さなかったんです。今度は表面的に――一寸教線的の様ですけれども――然し、何しろ一番肝腎な事は、お医者を解らせる事ですからね。お医者を解らせるのが根本ですからね。それで、愈々そう言う手段をとる事になったんですね。之は無論翻訳して世界的に、ノーベル賞審査委員会から、外国の大学とか、そう言った医学専門家方面にも送ろうと思ってます。之はむしろ日本より外国の方を主にしてやろうと思ってます。そうして結局、やっぱり―革命ですね。平和革命ですね。今迄の革命は皆危い革命でしたが、今度はそうではない。今的は反対の、暴動を起したり、そんなではない。至極平和な有難い革命です。面白いと思いますね。で、農業の方も肝腎だけれども、医学の方はもっとずっと肝腎なんです。医学の間違った為に、人間が苦しむと言う方が、ずっと大きいですね。之は、信者の人は皆知っているから、そう精しく言う必要なはい様ですけれども、何しろあまりに無智蒙昧と言いますか、ひど過ぎるんです。実に見ちゃ居られないです。だから之は、どうしても人類に解らせなければ本当の救いと言うものは出来ない訳ですね。

 近頃――去年あたりは結核が減ったなんて喜んでますけれども、減ったと言うのは、B・C・Gとか、ストレプトマイシンとか、やれオーレマイシンだとか、色々新しい――ああ言う薬を用いますから、その為に浄化を停止したんです。浄化を停止した為に、一時、死亡だとか悪化を――一時喰止めたから――抑えたからね。それだから、一寸そう言った死亡率とか患者とかが減ったんですが、けれどもそれで、ずっといく訳じゃないんだから、結局又浄化が起って、今度は先よりか悪性な結核か、さもなければ他の病気ですね。形を変えた病気ですね。形を変えた病気と言うのは、近頃アメリカで非常に起り出して来たですね。アメリカでは、今迄ない様な悪性な病気が大分起って来ましたが、之は結核を喰止めた為です。それから英国あたりは、結核が非常に少ないけれども、浄化を極く弱らせた――消極的健康者ですね。フラフラ人形ですね。この間も、私は映画を見て、外国のニュース映画ですが、ボクシングですね。黒人と白人とやったけれども、てんで――丸で、桁が違うですね。実にイギリス人の方が弱いですね。丸でヘトヘトです。黒人の何とか言う――有名な――あれは強いです。近頃ボクシングは、みんな黒人の方が強いですね。それから、他の重量上げとかマラソンとか、アメリカあたりでもインデアンの方がずっと強くなって来た。ですから、文明国の人間の方は、唯病気を起らない様にする為に弱らせ、起らない様にしたんですから、そう言うヒョロヒョロな人間が段々増えちゃった。之は私が何時も書いているから解りますがね。従って英国でも、国民の元気さが無くなって来たですね。だから戦争とか、そう言った事を怖れて、唯無抵抗主義になった。あれは国民の元気が無くなった――弱った為です。その為に、イラン問題とか、エジプト問題ですね――あれが各地に起って来て――結局は英国は植民地だって無くなりますよ。それを、何うすると言う丈の元気が、もうないですね。そんな様な具合に、医学の為に段々弱らせていた。之ははっきり解っているんです。それが、結局主なものは薬毒ですけれども、之を何うしても、文明国の人間に解らせなければしようがないんです。それを解らせるとしたら、どうしても世界的にうんとやらなければならない。神様もそう言う御意志なんです。それは勿論成功しますけれども、色んな変化はあるだろうと思います。で、之は平和的の革命ですから、幾ら思い切ってやった処で――別にそんな危険な事や、そう言う事はないんです。安心して良い。

 それからもう一つは、原子爆弾ですね。原子爆弾を逃れる事が出来るんです。唯、時期の問題です。けれども、もうそろそろそこに来つつあるんです。と言うのは、原子爆弾と言う物は、大体―原理と言うものは、光なんですからね。やはり火素なんです。で、原子爆弾の光と、我々の方は―私の方は霊子爆弾ですね。霊子爆弾の、之も光。どっちが強いか弱いかと言うと、無論霊子爆弾の方がずっと強いんですよ。だから、こっちの方の火素と――向うも火素ですけれども――こっちは霊の火素で、向うは体の火素です。だから、どうしてもこっちの方が勝つに決っている。こっちの火素が段々強くなりつつありますからね。もう原子爆弾には負けない丈に強くなっている筈なんです。で、長崎、広島の原子爆弾の時も、信者の人で助かった人が沢山居るんです。随分、驚くべき奇蹟が、大分あるんですね。今、その当時の記録を集めてますけれども、それが集まって、確実と言う事になれば、それをアメリカの方に―翻訳して――主なる処に送ろうと思ってます。そうすると、原子爆弾を逃れると言う事になれば之は大変です。やっぱり、戦争を無くすと言う事が可能になるんですね。ですから、病貧争絶無の世界――病気は無論無くする事が出来ますし、それから貧乏は何と言っても、農産物が根本ですよ。まあ、人間食う物丈が足りれば、あとは贅沢なんですからね。生きている丈は、もう間違いないんですからね。だから、米の増産です。今度は争いですね。争いと言った処で、人間の同志(同士?)の喧嘩や――そう言う事は知れたものですからね。その人が信仰にでも入れば、無論無くなりますからね。唯、一番厄介なのは、戦争ですよ。戦争のうちでも、最も厄介なのは原子爆弾ですね。そこで、原子爆弾ですね。そこで原子爆弾を免れる――そう言う物が出来れば――つまりそれ以上の発明ですね――それは、もう解決はつくんです。だから先ず、こっちの霊子爆弾ですね――それによって原子爆弾を免れると言う事が、先ず病貧争絶無の世界を造ると言う最後の急所だろうと思うんです。之も段々神様の方でも、火素の力が強くなりますからね。ですから之も時間の問題です。無論そう言う事が、向うの方で認識すれば、試験と言う事になります。実験と言う事になり、豚とかそう言った獣に御守をぶら下げて置く。そうして実験してみれば分るんですからね。或いは人間となれば、死刑囚か何かですね。それを実験して見れば解るんですから、だから難かしい事はないんで、そうなったら、中々面白くなると思います。

 それから、今年の仕事としては、大体今の農業と医学ですね。全般的医学の方は、未だ「文明の創造」が出来ないから、最初は結核問題丈を今年やる積りになってます。

 それから、今出来つつある地上天国、特に箱根の美術館ですが、昨日も行って見ましたけれども大体内部の基礎は出来てます。唯塗る丈ですが、塗るのは、今気候が悪いですから、もう少し暖かくなってから――で、三月からならば塗る事は出来ますからね。それで、ああ言うのは、迦(伽?)藍堂みたいなものですからね。三月一杯位で塗れますからね。あとは、品物を並べるケースですね。あれ丈ですから、予定の五月迄には、先ず間違なく出来ると思って良いんです。それで、中々思ったより形や凡てが良く出来た様に見えます。

 それから、熱海の方の地上天国ですね。之は皆さん始終見ているから解るでしょうが、大体地形は出来て、ちゃんとなるには、もう半年位だろうと思いますね。そうすると、建築にかかる積りですけれども、最初メシヤ会館と展望台を一緒にやる積りで居るんですよ。すっかり設計は出来ているんですが―出来ていると言っても、私の頭の中ですから、未だ見せる訳にはいかないんです。で地形なんかも、非常に具合が悪いんです。私は色々やっているうちに、実は神様は、よくもこう行届いて準備をされると思ってますね。で、今ツツジの山を拵えてますが、あれ丈出来た丈でも――今年の五月には花が咲きますから、壮観だろうと思います。会館も――敷地が、見らるる通り、随分大きく出来ましたがね――七、八分通りはね。建物は六百三十坪ですね。そこに附属を色々――事務室とか応接間とか、それから神床を、後の方に出っ張らせたりして、何だ彼だ――それから展望台とか――そんなで、七百坪と見なければならないですがね。それで、今年の夏あたりから、やり始める事になるだろうと思ってますがね。大体一年位で造っちゃう予定です。来年の秋ですね。来年の秋に、開館式をやる様にしたいと思ってます。まあ、何しろ神様がやっているんですからね。別に難かしい事はないですね。やる気になったらスラスラと行っちゃうものですね。ですから、随分金なんか沢山要るでしょうけれども、やっぱりそう言う金は、ちゃんと出来ますからね。そう言う事は心配する事はない。箱根の美術館なんかも、去年やっと敷地や何かをやって、一年前の事を考えると、実に早く出来たですね。で、中に並べる美術品も、之も不思議にちゃんと、素晴しく並べられる物が集まる事になってますからね。それで、良く考えて見ると、美術品ですね。美術品が、日本にも方々にありますが、日本の美術館と言うのは一つもないんです。みんな外国の美術館です。例えて見れば、博物館ですね。上野博物館、京都博物館と言いますが、先ず、仏教美術ですよ。仏教に関した物は、之は立派な物です。――大したものです。大体お寺とか、国宝とか御物とかは――そう言う物は、博物館なら集められる訳です。ですから仏教美術は博物館は立派なものです。京都の博物館は、同じ様なものですが、京都の博物館は寺院美術ですね。殆どお寺のもの許りです。それから個人のものでは、ブリヂストンの美術館の物は、油絵許りですからね。西洋の美術館ですね。それから、東京の根津美術館ですが、之は大体お茶の陶器ですね。茶器――あとは支那の陶器ですね。日本の美術としての――日本の蒔絵とか――そう言う物は、殆ど見るものがない。ですから之は、むしろ茶器美術館ですね。それから、大倉美術館ですね。あれも、今大してやってないが、兎に角相当ありますけれども、支那の物許りです。支那美術館です。それからワカモトの長尾美術館は、この間見たけれども、知れたもので、論ずる価値はないですね。それから、京都の住友美術館も、支那の銅器許りですね。ですから、之も支那美術館ですね。それから大阪の白鶴ですね。之は、支那の陶器と銅器ですから、之も支那美術館ですね。この間行った時、天王寺美術館を見ましたけれども、之も支那美術館です。それから、岡山の大原美術館――之は行っては見ないけれども、西洋の油絵が主ですね。やっぱり西洋美術館ですね。こう見て来ると、日本美術館はないですよ。日本人でいて、日本美術を見ようと思っても、見る処がない。実におかしな話です。そんな訳ですから、外人が日本に来て日本美術を見ようと思っても見る事が出来ない。日本美術では誰が上手い。日本美術じゃ光琳が、絵じゃ上手だ――良いと言った処で、光琳は何処にあると言っても、光琳は何処にもない。博物館に富士の墨絵がありますが、私の処に持って来ても買いませんよ。宗達が良いと言って、博物館にしみったれた墨絵がありますが、之も為様がない。日本中――見ようと思っても、見る処がないですからね。日本は蒔絵が良い。日本の特産だと言って、博物館に行っても茶棚はありますが、他は見る物がないですね。日本陶器は良いと言って、仁清と乾山。柿右衛門はあんまり感心しない。あれは、支那の模倣ですから、私はあんまり重きを置かない。日本陶器としては仁清、乾山、鍋島ですね。この三種類は、私の方で色々集めましたがね。あと瀬戸焼がありますが――唐津だとか、志野だとか、黄瀬戸とか――色んなのがありますが、之は何かと言うと、朝鮮の模倣ですからね。結局朝鮮に習ったんです。そうして見ると、日本独特のものは、絵では琳派ですね。光琳、宗達、乾山、抱一――琳派物。あとは大和絵ですね。土佐派です。狩野派とか――ああ言う物は、支那の絵画の模倣ですからね。陶器と言えば仁清と乾山、鍋島です。あとは蒔絵です。之丈が日本独特の美術です。この日本独特の美術を見る処がないんです。そう言う物を、今度出来る箱根の美術館は、之を主にして並んでますからね。そこで、日本人が一番驚くと思います。日本には、こんな名人が居たのか、こんな立派な物が出来たのかと、之は日本人が驚きます。そう云う点に於て随分評判になるだろうと思います。外国人なんか、それを知ったら見たがって大変です。私が最初、それこそ、自分の気に入った物を買うと、無茶苦茶にやってましたが、神様がみんなそうしたので、今になって見ると、実に良い物を安く買ったものだと思って、今本当に感心しています。終戦後バタバタとやったんですからね。そんな様な訳で、美術館も非常に期待して良いと思いますね。熱海にも美術館を造りますが、之はゆっくりとね。会館と展望台が出来て、一段落着いてからね。熱海の美術館は、之は世界的なものを造ろうと思ってね。機材も――建築――そう言った施設も――そう言う物も、アメリカやイギリスには負けない物を造る積りです。今から考えてますけれどもね。そんな様な訳ですから、今年から非常に表面的に面白くなって、まあ――大いに楽しみにしている訳です。話はその位にして置いて、お笑い草に寸鉄丈を――。

 

 

Copyright © 2020 solaract.jp. All Rights Reserved.