三月五日

(お伺) 井上昇(二十七歳)昭和十八年中学にて体格検査の結果肋膜を発見、一カ年休学療養致し、二十年応召し、軍務中発病し、部隊内にて静養。終戦後は自宅にて療養致しました。二十二年第一健康相談所にて気胸不能と言われ、翌月右胸廓(郭?)整形手術にて、肋骨八本切断。二十四年左充填手術をし、樹脂球十五個充填。二十五年マイシン四十瓶注射(衰弱した為)し、二十六年腸結核との事にマイシン十瓶注射し、以後吸入器、アストールを用い、マイシン二十瓶吸薬す。今迄に使用したマイシンは七十瓶で御座います。樹脂充填後約半年頃より局部に微疼を感じ、水分が生じた為との事に、パス、チビオンを服薬療養致しました。充填部腫状で、其後空洞に豆粒大の穿孔を生じ、該部より出膿、爾来連続して出膿、現在に至っております。御浄霊を戴きましてより、樹脂球二十個全部脱出致しました。其後孔は縮まり血膿が少し出ております。淡黄色の痰は少量となっております。充填球脱出後は気分軽快となり、尿は濁りが減り、透明となりました。又食欲も旺盛になりました。以上の様な状態で御座いますが、御浄霊の重点御垂示願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 樹脂――プラスチックの玉ですね。マイシン七十本――随分金がかかったですね。脱出――之は結構でしたね。二十個――結構ですね。この人はお医者で作って貰ったんだからね。最初から打擲らかして置けば、とうに治っちゃった。一生懸命に、色んな事で病気保存と病気増加法をやっていた。だから、之は薬毒ですからね。今迄入れた薬を、出来る丈早く外に出して了う。そうすると治るんです。然し、この人は結果が良いですね。治りますよ。割合に早く治りますね。痰が出るのは結構ですね。血痰が出れば尚結構です。ですから浄霊は、自覚症状が幾らかある処ですね。そこを浄霊すれば良いんですからね。頸から肩ですね。それから胸の廻り――そう言う処を触って、熱のある処、そこに薬毒があるんだから、そこを浄霊すれば順調に治りますよ。それから肺の空洞――玉を入れた処ですね。そこも段々埋まってきますから――段々出来てきますから、少しも心配ない。

 (お伺) 牧野広生(八歳)二十六年九月、三尺位のカボチャ棚より落ち、痛がりましたが歩行は出来ました。其後いたずらを致しましたので、左の大腿部を二、三回打ちました処、それより床に就き歩行不自由になりました。医者には神経麻痺と言われました。大小便を致す気持がない為に、尿道にゴム管を入れて出しておりました。御浄霊は祖父より、発病二、三日後より戴いております。母親が入信のお願いを致しますと翌日よりは、寝て致しますと、大小便をする様になりましたので、ゴム管は()めました。他の医者の手当は受けておりません。接骨医は、骨に異状はないと申します。背中、腹部に幾分感覚が出て参りました。十日程して尾骶骨の直ぐ上に床擦が出来、孔が開き毎日多量に膿が出ております。中心の孔は親指が入る程度で、骨が見える位に深く、周囲は縦二寸、横一寸位で、膿が出ております。食欲はあり、大変元気で御座います。光明如来様、御屏風観音様は御奉斎させて戴いております。霊的に関係が御座いましょうか。御浄霊の重点は何処を致しましたら宜敷いでしょうか。両足は元の通りになりましょうか。

〔御 垂 示〕

 神経麻痺――病名に就ては滑稽なんでね。歩けないから神経麻痺に決っている。何の神経麻痺とか何処の原因という名をつけて呉れれば結構なんですが、外部に現われた症状なんです。それで、漢字を使ったりね。頭が痛いと言うのを、頭痛とかね。その簡単な病名をつけて貰いたい為に、随分病院に通うのがありますよ。中には、病名丈つけて貰いたいと言うのが居る。よく田舎の人なんかで、早く帰りたいんだが、せめて病名をつけて貰って、それから帰りたいと言うのがよくあります。この子は脊椎カリエスがあるんですね。で、腿を打った時カリエスの毒が、大分腰に来ていたので、刺戟で其処に寄って来た。それで、歩き(にく)くなった。腰を打った為じゃありませんよ。之は、この人の原因は違いますよ。若し、腰を打った為だとすれば、その時から痛がらなければならないですね。そうじゃない。軽いカリエスの何があったんです。孔があいて膿が出るんだから結構ですね。之は治りますよ。その代り、大分長くかかるでしょう。浄霊の個所は膿が出る処、孔があいて膿が出て来るんだから、そこを浄霊すれば良い。それから、腿の押して痛い処とか、熱のある処ですね。そこは膿が溜っているんだから、そこを浄霊する。それ丈で段々治って来ます。

 (お伺) 居崎照子(九歳)赤ん坊の時、泣いて二、三回引附け、少し歩く様になった時縁側より落ち左大腿骨を脱臼し接骨医にて全治した様でしたが、爪先でチョコチョコ歩く為に、直ぐ転びました。二十二年より御浄霊を戴き、現在は右え右えと斜に歩きます。腰も手も後の方に出し乍ら歩きます。小(子?)供の歩き初めの様な状態で御座います。二十四年、光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。祖母のお婆さんの兄弟で、男子(年齢不明)文久元年殺され、川へ石碑の重しをして投込まれた人があります。位牌は家にお祀りしてあります。祖母の兄は六歳の時友達に後から押され、水車に挟れ死亡致しました。之も家にお祀り致しております。之は霊的で御座いましょうか。御浄霊の重点を御垂示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は霊的ですよ。一種の癲癇ですね。それで、歩き方が変なんですね。之も、その霊ですね。水車に――之らしいな。水車の方ですね。死に方の具合が一寸違うな。之は土左衛門だから、土左衛門になって死んだんだから、やっぱり癲癇が、水ふく奴ですね。水車――之らしいですね。ですから、之は前頭部の中を良く浄霊するんです。そうして気長にすれば治るんですがね。然し、相当長くかかります。未だ数年かかるでしょうね。そうして光明如来様をお祀りしてある部屋に寝かせるんです。それから御讃歌とか祝詞を本人が聞く様に――要するに耳に入る様にしてやる。之は何宗旨ですか。水車に挟まれたのが祀られたのは――。

 「宗旨は判り兼ねます」

 仏教の方でしょう。

 「左様で御座います」

 祀ってあるんでしょう。

 「左様で御座います」

 今言った様にしてやれば、少しづ(ず?)つ良くなります。

 (お伺) 教師小野寺文四郎の妻ナミ子(昨年十一月三十日帰幽)肩、腎臓が固くありましたが、寝る事はなく、平常は他の人と同様に御浄霊は戴きませんでした。胃部と下腹が痛いと言い、御浄霊で其都度楽にさせて戴きました。六日目より下腹の痛みが強くなり、御浄霊中胃部と下腹が交互に痛み、最後に胃部の痛みが止まってより、チョコレート色のヌラヌラしたものを洗面器に三分の一位出しました。一時間に十回位出しました。下腹は痛みませんでしたが、重苦しいと申し、右下腹に直径四寸位の丸い固いものがあり、三か月前より段々大きくなり、痛んだと申します。右下腹の痛みが段々楽になり、全身がだるいと申し乍ら翌朝帰幽致しました。死後右下腹の両手先が薄黒くなりました。右御浄化に就き御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 チョコレート色というのは血の古いのですからね。よく吐くものですがね。この人は胃の下の方にオデキが出来たんです。オデキが出来て、其処から始終血が少しづ(ず?)つ出ていたんですね。出ていたのが、段々溜って来た。それが下腹の方に行って固まりになる。それから、胃の方は嘔吐したんですがね。それで出たんですがね。この位で死ぬ訳がないんですがね。

 之は注意しなければいけないですね。誰でもそうですがね。肩の固い人は早死なんです。不断丈夫な様でいてパッと死ぬんです。だから、人間は肩が固いのは安心出来ない。で、この人は普通の病気で死んだんじゃないんです。之は霊的に訳があるんですね。之は或る時期に分りますよ。何で死んだと言う事がね。今は一寸言う訳にいかないがね。何年か経つ内に分る時があります。之は、神様の方に訳があるんです。

 ですから、不断健康であっても、浄霊して肩を柔くして置くと言う事は肝腎ですよ。だから、病人でも肩の固い人は結果が悪い。肩の柔い人は、随分助かります。この、肩の固い柔いは、非常に関係があるですね。肩の柔い人は、何処かしらに強い処があるね。

 (お伺) 工藤まつよ(二十八歳)二十歳にて結婚し、二十一歳で流産(三カ月)し、以後続けて三回流産し、最後の流産の時は非常に難産で、熱が高く頭も重いと言う症状が長く続き、医療にて注射や電気をかけましたが効なく、衰弱を増し、地方で頼む御祈祷を致し、其内に精神異常となり、段々重くなり、其頃より医療を止め、祈祷して貰いました処、氏神さんのお稲荷さんの場所が悪いから、祀り替えした方が良いと言われ、早速神主さんに頼んでお祀りしましたが効果なく、他の人に見て貰いますと、お稲荷さんを移転したのが悪いと言われ、元の場所(家の裏)にお戻し致しました。二十四年一月お道を聞き、御浄霊を戴きましたが、当時は本人は御浄霊を喜ばず、始めると立上ったり致しました。昨年十月光明如来様を御奉斎させて戴き、其後少しづ(ず?)つ良くなり素直に戴く様になりました。食事を致しますのに、少しづ(ず?)つ口に入れ、茶碗に出したり、口に入れたりしております。蒲団の上でも構わずに痰を吐きましたが、大分良くして戴きました。御浄霊は前頭部、延髄部、腎臓部を致しております。之は如何なる霊で御座いましょうか。御浄霊の急所御教示の程お願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は、無論決ってますよ。狐ですがね。そう悪性の狐じゃないです。だから、割合に順調に治りますね。注射も医療も、大した事はない。で、急所は今やっている前頭部、後頭部、延髄部、腎臓部――之で良いですよ。やっぱり、之も相当長くかかりますから、気長にやっているうちに、段々良くなって来る。それから御神書、御讃歌――そう言うものを出来る丈聞かしてやると良い。そうすると早く治ります。狐が改心するか或いは出て行くか、どっちかになりますからね。

 (お伺) 門脇末吉(四十三歳)十五年間職業軍人で過し、健康で御座いましたが、昨年十月頃より食欲減退、衰弱にて医診を受けましたが、益々悪化し、某病院で胃癌と言われましたが、貧血甚だしく手術不可能で、輸血、リンゲル、葡萄糖等の注射を致しておりました処、妻の実家よりお道のお話を聞き、一週間で退院し御浄霊を戴いております。五、六日は大変楽になりましたが、其後次第に食欲減退し、頭痛、耳鳴り、コーヒー色の液を嘔吐し、一時は相当弱りましたが、御屏風観音様を御奉斎、又御守様を拝受させて戴きましてより大分楽にさせて戴きました。尚、昭和十三年頃妻が信仰していた龍神を床の間に祀ってありますが、如何処分致しましたら宜敷いでしょうか。この龍神との関係が御座いましょうか。御浄霊の個所御教示の程御願申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は、光明如来様をお祀りしなければいけませんね。そうして、龍神はお祀りしたお掛軸の前に祀れば良いんです。そうして、龍神の由来ですね。何処から御神体を戴いたのか、或いは何故御神体をお祀りしたかと言う事によって、処分の仕方が違いますから、この次にその意味を書いて来たら良いでしょう。症状は別に龍神に関係ないじゃないですか。然し、この奥さんが龍神を信仰したと言うのは、何う言う訳で信仰したんですか。それを聞いて御覧なさい。この病気は龍神に関係ありませんよ。未だ、光明如来様はお祀りしないでしょう。

 「未だで御座います」

 光明如来様をお祀りするとして、龍神によって扱い方が非常に違いますから、それを今度知らせると良い。やっぱり薬毒ですよ。おまけに職業軍人なんて、幾度も注射をうたれてますからね。之気長にやれば治りますよ。やっぱり色々な変化がありますからね。食欲が減ったりね。

(お伺) 高橋晴男(四歳)生後八カ月目の頃小児麻痺の様になり、特に足がクタクタになりました。不思議に思ひ近所の人に聞きまして、お道を教えられ、御浄霊を戴き一家全部入信させて戴き、光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。大分快方に向いましたが、歩行は出来ません。祖母は心臓麻痺で急死しております。又家は、昔六部(行脚僧)を殺した場所に建てたと言う話も御座います。この事と霊的関係が御座いましょうか。浄霊の個所御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は龍神が憑いたんですよ。クタクタに――之は霊が憑ったんですがね。兎に角龍神には違いないですがね。唯、龍神が――六部を――之じゃないな。心臓麻痺――之でもないな。他の龍神ですがね。龍神が憑くと、足がクタクタになる。之は割に治るものですよ。やっぱり出来る丈御神書や御讃歌、祝詞――そう言うものを聞かせる様にして、そうして気長にやってやれば、すっかり治りますよ。

  「次の子は、生れて間もなく亡くなりましたが、親指が二本ありました」

 一本多いんですね。それもやっぱり霊的ですね。それは死んだのですね。まあ、死んだのなら説明の必要ないでしょう。

 (お伺) 長谷川石男(昨年十月入信。二十一歳)生れて三カ月目に頭にオデキが出来、毒下しを飲みました処、一カ年程下痢が続き、止ると同時に目が悪くなり、御大師様にお伺い致しますと、体毒と衰弱の為で膿底翳との事で御座いました。五歳、六歳、七歳の時に両眼共手術を致しました。現在遠くの大きな物は見えますが、近くの小さい物は見えません。御浄霊は何処を致しましたら宜敷いでしょうか。

〔御 垂 示〕

 底翳というのは、みんな膿なんだからね。毒下しだね。この毒が―下痢と言うのは、その毒下しの毒ですね。余程強いものですね。之が止ると同時に――と言うんだから、毒が目に来たんですね。その時分本を読むか何か、目を使ったんです。之は作った病気だ。大した手術じゃないんですよ。之も無論良くなるんですがね。之は治らない事はないですね。気長にやれば治りますよ。大した手術してないからね。浄霊は、一番肝腎なのは、後頭部の真中ですね。目はここが元なんですからね。之は何の目でもそうですね。近眼でも乱視でもね。後頭部から下った真ん中の処ですね。ここが、一寸丸位の処が、目の一番の急所なんです。あとは、目の外からやって、ここ(後頭部)と――それが急所ですからね。あとは頸の廻り、肩と――無論固まりがありますから、そこを浄霊する。それで治りますよ。

 【御 教 え】

結核は感染しない

(『結核信仰療法』より)

 結核が医療によって作られる経緯は、前項までに詳しくかいたが、その原因は結核菌感染によるとは医学の定説となっているが、私の見解によればこの説こそ大変な誤りである。それは彼のパスツールの伝染説を医学は採用したからであろうが、私はその反対に自然発生である事を断言するのである。今それを詳しくかいてみるが、最初感冒の際、喀痰を肺臓内に固めた結果、時日を経るに従い、結核菌は痰中に自然に湧くのである。というのはいかなるものでも、不潔物には必ず微生虫が発生するのは物質の原則である。としたら痰は不潔物であり、しかも体温という好条件も加わる以上腐敗もし、微生虫の湧くのは当然である。

 ところが医学の感染説であるが、この考え方は肺胞に菌が付着して繁殖し、空洞(うろ)を作ったり、病竃(びょうそう)を作ると思っているのであろうが、もしそれが本当とすれば、無菌結核は何が原因であるかという事である。だがこの答えは簡単である。すなわち無菌結核とは前記のごとく、肺臓内に固めた痰に菌が湧く程、時日が経っていないからである。と言うだけで分るであろう。それはとにかくとして、結核菌は果して感染するものであるか否かは、理屈よりも事実で示す方が確実であろう。すなわち私の多年の実験によっても明らかなごとく、私は二十数年前結核非感染の原理を知ってから、まず私自身を試験台とした。それは重症結核患者である一婦人の唾を、口移しにして試したのである。それから二十数年を経た今日、他の病気はしたが、結核的のものはした事がない。また私の家庭内にはその頃当歳(とうさい)から十五、六歳までの私の実子六人いたが、いつも二、三人の結核患者の女性を私は治療してやりながら、女中として同居させていた。その数今日までで十数人に及んで二十年以上になるが、その間治って帰宅した者と、新規の者とが交替しつつ、現在でも二、三人はいるが、今日まで結核どころか病気で寝る者すら一人もないのである。もちろん最初から消毒などは一切せず、家族同様に扱っているのであって、右の六人の子供の内四人はすでに結婚して、孫も数人出来ており、全部素晴しい健康である。また私の非感染説は、数十万の信徒にも教えており、信者は絶対に信じその通り実行しているが、結核の治った話は数限りなく聞くが、感染した話など一人も聞いた事がない。としたらこれ以上確かな証拠はあるまい。ゆえに万一今後一人でも感染する者があるとしたら、それこそ信ずべからざる一大奇蹟である。

 しかし医学が結核感染説を唱え出した事にも理由はある。たとえば一家庭内で一人が結核で死亡したとする。そのため後に残っている誰もは極度に結核を怖れると共に、医師の注意もあり、感染しないよう出来るだけ用心をする。それには何より風邪を引かないようにする事だが、万一風邪を引いた場合、早速医師に診て貰う。医師もまた結核死亡者のあった家は、疑いをもっているので特に注意し、入念に治療する。ところが医療は結核製造法であるから、結局本物に仕立上げてしまうので、その状態をみればどうしても感染としか思えないのである。ところがそれを裏書する一事がある。というのは注意をする人程感染し易く、そうでない人程感染しない例で、これなども医師は常に経験するところであろう。その他の原因としては、結核で死んだ霊が兄弟や夫や妻などに憑依して、原因となる事も少なくないが、これは唯物思想の人には信じ難いから、この説明は省く事とする。

 右のような訳で、医学は菌のみに囚われ、菌の感染を防止すると共に、殺菌方法が完成さえすれば、それで解決すると思う末梢的考え方で、これこそ根本に触れていない以上、治らないのは当然である。次にこれを詳説してみよう。そもそも菌といえども偶然降って湧いたものではなく、湧くべき条件と、湧くべき物質があってこそ湧くのであるから、その点が明らかにならない限り、病気の本体は分るはずがないのである。という訳で現代医学の菌に対する解釈は、菌その物だけに囚われ、菌の発生源にまでさかのぼっていないのであるから、幼稚極まるものであって、このような学問程度で人間生命の神秘を探ろうなどとは無理であって、これで結核問題の解決など前途遼遠と言わねばならない。それがため幾億万の生霊が、無期限に(いたず)らなる犠牲となるのであるから、実に由々しき大事件である。ところが私は神示によってこの真相を知った以上、一日も早く天下万民に知らせ、結核から解放させるべく、この著をもって警鐘の第一声とするのである。

(御論文「結核信仰療法、結核は感染しない」のあとの御教え)

 それから次のはこの前読みましたが――三項目読んで、次のを之から読ませます。最近米国で結核菌を非常に急激に殺して了う薬が出来たと言うんですね。それを飲むと、直きに全部の結核菌が死んじゃうと言うんで、結核を簡単に治ると言う説を唱えているんですがね。で、之が日本に来るのは半年以上一年経ってから、日本に来るだろうと言う事になっている。けれども、未だ甚だ不確実の様で、はっきりは言っていないんですがね。で、今も書いてある通り、結核菌は伝染するんじゃないんだからね。自分でわくんですからね。だから結核菌を殺しても、後々わいて来るんじゃ何にもならないです。元を殺さなければね。それが解らないんです。今の犯罪者と同じです。犯罪者や貧乏人とね。犯罪者を警察や法律や刑務所や、色々なもので無くし様としているんですが、処がその元を無くさなければ、何にもならない。元を無くすると言うのは、人間の魂ですね。悪い事はしない。犯罪は犯さないと言うのを作らなければならない。それは信仰によって神様を知るんですね。神様があると言う事を信じてこそ、始めて悪い事が出来なくなる。その方法を全然閑却して―閑却どころじゃない。そう言う事を言うと、却って迷信だとか言って断(弾?)圧する。そうして結果である罪を一生懸命に無くそうとしている。

 之は何でもそうです。今、食えない奴が出来る、税金で苦しむ、と言う事を言っても、真面目で働いて居れば困る事はないんだから、貧乏で困るのはないんです。唯、困るのは病気です。病気で金を使う。だから健康になれば、之は解決するんです。だから根本の、(もと)を解決するんです。然し今は、根本と言うのは解決出来ないんです。根本をはっきり解っても、どうする事も出来ないですね。今も言った通り、結核菌――それを殺すと言う事のみ医学は研究しているんです。そこで今、私は書いている様に――「()の文化」と言うのを書いているんですが、今迄は丸ですね。ポチ――之が元なんです。と言うのは、今迄の世界は()の力が出なかった。つまり主神は――人間で言えば親父が出なかった。番頭なんです。だから今迄の神様は、神様の番頭なんです。キリストだって釈迦だって番頭なんです。キリストは天の父と言う。天の父と言うのは主神ですからね。だから肝腎の中心は、みんな隠されている。丸丈しか見えないし、それ丈しか解らなかった。で、メシヤ教と言うのは、主神の力と言う事があるんです。ポチですね。だから、凡ゆる人間の災わい――その根本を解決していく力――その点がはっきり解れば大体分るんです。病気の原因も――結核菌の発生すると言う事は、霊の曇りですから、霊の曇りを取れば、結核菌の(もと)がないから、あと発生しない。と言うのは、あと発生しなければ段々無くなっていくんです。人間に寿命がある様に結核菌にも寿命があるんです。だから、段々無くなっていくんです。古い奴は段々死んでいくんです。処が後々出来ていくんです。子が生れて、後々繁殖する様に見えるので、医学は間違えたんです。で、菌を本当に殺す事が出来る様な薬なら、人間も殺すんです。飲薬なら、胃に入りますね。胃から腸にいって、それが色々な消化機能の活動で、薬は方々にいくですね。身体中にいくとすれば、その時分には、殺菌の力は無くなってます。又注射すると、血管をグルグル廻って心臓に行って、肺の黴菌の処迄いくうちに、もう気が抜けちゃっているんです。本当に殺菌するなら――肺なら肺にやればそれは死にます。グルグル廻っても未だ殺菌する力があれば―毒の強い奴だと、それは人間の命がないです。だから、結核を殺す様に、人間を殺す事になる。そうすれば徹底してますよ。それを一生懸命にやっているんですから、哀れなものですね。

 「結核信仰療法」は原稿が出来ましたから、最近出版するんですが、之で目覚ましをやろうと思っている。

(御論文「肺炎と肋膜炎」)

肺炎と肋膜炎

(『結核信仰療法』より)

 ここで結核に大関係ある肺炎についてかいてみるが、この病気は結核の原因と同様、感冒の際肺臓の内外に固めた多量の毒素に、猛烈な浄化作用が起こるもので、つまり感冒の重いのと思えば間違いない。そうして症状は人も知るごとく、最初高熱が出て全身的倦怠感、節々の痛み、食欲皆無、頭痛等であるが、この病気の最も著しい症状は咳嗽、喀痰、喘音で、特に喀痰がすこぶる多量に出るが、もちろんこれは固結した多量の毒素が高熱によって急激に溶解され、肺臓内に引っきりなしに浸入するからである。従って苦しくとも少し我慢して、そのまま放っておけば、痰は出るだけ出て一週間くらいで治り、予後は大いに健康を増すと共に、再発の憂いはないのである。ところがこれに未知な医学は、せっかくの浄化活動を停めようとして、あらゆる手段を行う。特にこの病気には強い薬を用うるのは医師も知る通りで、これは全く猛烈な浄化を抑えんがためである。

 このように猛烈な浄化に対し、強烈な薬剤を用いるので、激しい摩擦が起こり、非常な苦しみと共に、高熱、咳嗽、食欲不振等が執拗に続くので、いよいよ衰弱が加わり生命にまで及ぶのである。またこの病気が青壮年に多いのも、浄化力が強いと共に、年齢の関係上薬毒も相当多量に入っているからである。そして全快後も再発しやすいとして、医師は大いに注意を与えるが、これなども浄化停止のため古い毒と新しい薬毒とを残すからである。そこで患者は再発を恐れて、できるだけ大事にするから、再発はしないまでも、緩慢な浄化が常に起こっているので、医診を受けると結核初期の疑いを受け、それに対応する療法を始められるので、これなども実によく医学の誤謬を物語っているのである。

 次に結核の原因中最も多いのは、かの肋膜炎であろう。これにも湿性と乾性と膿性(膿胸)との三種がある。湿性は肺を包んでいる膜と膜との間に空隙が出来、そこへ水(尿)が溜るのであるが、近来流行の気胸療法は人為的に肋膜に空隙を作るから、湿性肋膜炎が起こりやすいのである。また乾性は激痛があり、空隙だけで水が溜らないとしているが、これは滅多にないもので、最初乾性であっても、日を経て湿性になりやすい。これについても医師がよく間違える事がある。それは肋骨の裏面に毒結があり、その浄化の痛み、すなわち肋間神経痛を乾性と思うのである。そうして単に肋膜炎といっても、湿性がほとんどであるから、湿性について詳しくかいてみよう。

 湿性とは最初膜と膜との間に尿が溜る際、そうとう高熱と痛みとだるさと眠さ、息苦しさがあり、特に盗汗(ねあせ)が特徴である。これも放っておけば水は喀痰、盗汗、尿などで排泄され、割合簡単に治るが、医療は穿孔して排水させるか固めるかどちらかの方法を採る。しかし穿孔排水も一時的で、日が経つとまた溜るので、結局固める事になるから、必ずと言いたい程再発する。また膿性は水ではなく膿が溜るので、医療は穿孔して排膿させるが、この膿は脊髄カリエスのごとく、その多量なる驚くべき程で、難症になると毎日のように排膿があり、一、二年に及ぶ者さえあって、そうなったのは無論衰弱死に至るのである。そうして湿性肋膜の長引いたのが結核となるのは人の知る通りで、右のごとく医療によって固めた尿水は、早くて数ヵ月、遅くて二、三年くらいで必ず再発する。この時の症状は最初の肋膜炎と同様であるが、今度は固まったものが溶けるので、咳と痰が頻繁で衰弱が早いため、医師は悪性結核と診断するが、これも放っておけば長くは掛かるが、喀痰、盗汗等が出るだけ出て、全治するものである。

(御論文「肺炎と肋膜炎」のあとのみ教え)

 私は一昨日、今評判の三越の興福寺の展覧会に行って見ましたが、評判の阿修羅ですね。その木像がありましたがね。天平時代に出来たんですがね。阿修羅と言うから、私は凄い顔をした、阿修羅王と思って行った処が、案外にも―丸で十七、八の処女の様に実に可愛らしい良い顔なんですよ。それで驚いたんですが、考えた処、阿修羅が改心して大人しくなった。それを現わしたものですね。で、それは非常に良いです。毎日新聞に、値打が一億なんて書いてありましたが、ああ言う物は反証する事が出来ないでしょう。一億と言っても二億と言っても、相場と言うものがないですから、大袈裟に書くんです。天平時代と言うのは千二、参百年前ですからね。その時代にあの位の(たくみ)な彫刻が出来ると言うのは、実に驚くものです。

 仏は、私は研究してますが、日本は世界一です。断然世界一です。日本の仏は支那から影響を受けたものですね。支那で仏の一番良い物が出来たのは、六朝時代ですね。魏と言うんです。北魏と言う時代に一番良い物が出来た。それが日本に入って来たのが欽明天皇の時ですね。それから間もなく、推古朝ですね。その時仏教が非常に盛んになった。そこで仏教芸術と言うのが生まれたんですね。法隆寺なんて言うのは、その時です。推古、白鳳、天平となるんですからね。仏像として出来たのでは推古が先なんですね。それから間もなく、法隆寺の色々なものですね。それから東大寺―奈良の大仏さんですね。それで俄然として仏教芸術が生まれたんですがね。その時に生まれた。最初の推古ですね。その時のは実に上手(うま)く出来てますね。北魏時代の金銅仏は、銅に金のメッキをしてあり、珍重されてますが、日本の推古仏と較べたら問題にならないですね。何処か、支那の仏は間が抜けているんですよ。垢抜けがしてないと言いますかね。不器用なんです。尤も、支那の仏と言うのは、印度から影響受けているんです。又印度の仏と言うのは、余程間抜けなものです。それが日本に来ると、俄然として良いですね。之を見ても、日本人の美術的才能と言うのは大したものです。世界一ですね。それと、展覧会でもう一つの良かったのは、乾漆で等身大の烏天狗と、あと三体許り乾漆ですが、之は非常に良かった。唯、不思議なのは、お寺展覧会みたいな仏と言うのは一つもないんです。私は、お寺だから、観音さんとかお釈迦さんがあると思ったら一つもないんです。何う言う訳でないかと言ったら、みんな売っちゃったんです。お寺の良い物なんかは、相当民間に散らばっているんですね。

 そんな様な具合で、仏教の美術の彫刻と言うのは、実に素晴らしいものですね。私は近頃研究して驚いた。ですから天平時代の彫刻を見ると、ロダンなんて足下にもつかないです。この間アメリカから帰って来た人で、去年サンフランシスコの展覧会の時に係長になって行った人が、序にあっちの美術館を巡回して来たんですね。私は、あっちの色々な図録を見せて貰って、話を聞きましたが、アメリカの美術館を歩いても、日本の美に関する優秀性――之は世界一だと言ってますね。何故世界一かと言うと、美術の少し深い処にいくと、アメリカ人には解らないそうですね。勿論フランスやイギリスでもね。日本程解らないそうです。日本人の(さび)の芸術ですね。之は本当に解ってない。アメリカ人でも、終戦前はケバケバしい物しか解ってなかった。最近に至って、日本に関心を持って来た。と言うのは、支那芸術の随分古いのが行ってます。日本以上に行ってますね。陶器、銅器がね。処がサンフランシスコで刺戟された。日本にはこんな良いのが出来るかと、俄然変って来たそうです。之から、今年なんかもニューヨークで日本美術をやって呉れと、申込みがある様ですが、そんな様な具合で、日本美術に対する関心と言うのは大変なものですね。今美術研究家で牛野と言う人が居りますが、この人は今ヨーロッパに行ってますが、あっちで日本美術を講義に、委嘱されて行っている。いずれは私の美術館の顧問にする積りですがね。大体今の処仏像、陶器、支那陶器、そう言う物の権威ですがね。それから、今の牛野と言う人は、全般的に非常に明るいですよ。この人は今近畿鉄道で、いずれ美術館を造ると言うので、その方の芸術品の蒐集を委嘱されてやってますが、けれども中々金がないんで、計画はしているけれども、中々出来ないんですがね。で、私の方がずっと早く出来る様になっちゃったんです。そんな様な具合で箱根の美術館も、日本美術が主なものですから、外国人が非常に驚いて喜ぶだろうと思ってます。尚、日本の陶器もあるし、日本の蒔絵もあるし、絵画も――支那の絵画も日本の絵画もあるし、随分大変な、世界的な評判になるんじゃないかと思ってます。時間が来ましたから、話はその位にして置きます。

 

 

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