三月十六日

 今日は沢山あるから簡単にします。

(お伺) 藤井利吉(昭和二十三年四月入信。五十九歳)家族八名入信。光明如来様を御奉斎させて戴いております。実子(女)三十三歳、三十一歳、二十二歳の三人共同じ御浄化で御座います。前者は十六年前より体が不自由で、身動きが悪くなり、現在は歩行が極めて困難で御座います。三十一歳と二十二歳は八年前より、右の者より少しは宜敷いのですが、同じ状態で御座います。二十二歳の者は、割合軽くありましたが、中教会に奉仕に上がり、とたんに御浄化強くなりましたが、続けさせて戴いております。気分が沈み体(特に腰)が冷く、その時は体は不感症の如くクタクタになります。御浄霊戴きますと、気分的、体的に気持良くなり、冷い処も暖くなります。二、三日前より腰が夜痛み、昼は割に気持が良く、食事は普通に美味しく戴いております。十九年前に新家を建て東南を向いており、井戸は寝所を中心に北より五十度東にあります。家を建ててより三人共同じ状態になりましたが、家又は井戸に原因が御座いましょうか。尚御浄霊の個所に就き御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 やっぱり井戸が関係あるな。龍神ですね。龍神の居所がないので、ここに憑いたんですね。之は、前頭部の中心を主にして、そうして腰が悪ければ腰、と言う様に浄霊して、出来る丈御神書を読んで聞かせる。そうして良く光明如来様に、迷っている龍神は早く人間に生れ変る様に御守護御願いしたいと言う事をお願いすれば良いんです。そうすれば、少しづ(ず?)つ良くなります。

(お伺) 山本米造(昭和二十四年四月入信。五十三歳)昭和二十三年二月光明如来様を御奉斎させて戴いております。一月九日朝より悪寒が四、五時間位続き、昼頃より乳液に褐色物の混った様な物を多量に吐きました。十一日夕方よりシャックリが二時間程続き、御浄霊戴き一時止り、四十分程して一時間位続きましたが、一週間目より食欲も出て参りました。十五日目より肩、肩胛骨より肋骨下部に、高さ四、五寸巾五寸位、右手は上膊部及び手首より指先迄腫上り、右手肩の関節は動かず、食事(一膳位)の時丈起きて食べさせて貰っております。血尿が三、四回御座いました。三十七日目に腕の力瘤の処に直径一寸位の突起が出来、先が赤くなり、翌日濃い膿が出、少し楽になりました。それより十日位膿が出続け、大分腫れも引きましたが、肝臓に拳位の固結が出来、食欲なく大分衰弱し、膿も出なくなりましたが、御浄霊戴き食事も戴ける様になりました。血尿は一日に四、五回出ます。膿は血膿となり、肩甲骨の下部に少し膿が御座います。元気になって参りましたが、腕の附根は動きません。御浄霊の個所に就き御教示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 之は結構じゃないですか。順調にいってますよ。この人は毒が沢山あるんですね。毒血がうんとあるんだから、色々な処から色々な形で出ていって、結局治りますからね。気長にやって居れば良いですよ。浄霊の急所は、腫れている処とか痛いとか熱があるとか、それは分りますよ――症状でね。それで良いです。

 (お伺) 渡辺テル子(昭和二十四年五月入信、二十八歳)二男幹男(二歳)は医師に食中毒と言われ注射一本射ち、其後ヨチヨチし乍ら上り段より落ち、元気がなくなり、やつれて発病後四日目に死亡致しました。尚、三男明信(出生五十日)が急に意識を失い、注射二本射ち二時間後に死亡致しましたが、御浄霊戴き死後一時間して生返り、三時間後に息を引き、二時間後に又生返り、翌日十一時頃死亡致しました。其後会長先生より御指導戴き信仰の間違を御注意戴き改心致しております。家が汚なく、みずぼらしい為に一時も御神体を御奉斎出来ないとの事で、早速家を探しました処、適当な家が御座いました。子供が死亡してより段々心臓強心的な痛みを起し息切れを致し、会長先生の御浄霊を戴き大変良くなりましたが、最近具合が悪く顔、手足、腹が膨れて参り、先月十八日御守護御願をさせて戴きました。御浄霊の方法を御教え賜り度く御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 食事中毒なんて病気はありませんね。食事で中毒しても一日か二日で治っちゃう。死亡――之は注射だな。注射の為に椅子から落ちて、打ち処が悪かったんですね、みんな注射でやられたんですね。之は未だ入信前だね――信仰に入っていたんですか。可笑しいな。未だ御祀りしていなかったんですね。御注意戴き――解って良かった。その人は来ているんですか。何の人ですか。中々しっかりしているじゃないですか。之は大した事はないですよ。今苦痛は――腫れているんですか。

 「多少腫れております」

 薬は今迄何の位――

 「以前に服薬、注射を相当致しております」

 その浄化ですね。薬が溶けると、みな浮腫みますからね。腎臓でなくてね。腎臓も腫れるんですが之は薬が溶けて腫れるんです。御浄霊の方法――方法は始終教えている。個所ですか。方法と個所は違う。之はあなたがやっているんですか。

 「家族が致しております」

 方法はあなたが教えてやったら良いですよ。個所は腫れている処とか、痛みとか熱のある処とか、其処をやれば良いんだからね。之は治りますよ。

 (お伺) 船橋博(昭和二十六年十月入信。二十五歳)本年二月十一日突然悪寒が致し、四十度位の熱があり、後頭部が痛み腰がふらつき、医診で急性肺炎との事にて注射を一本打ちましたが効果なく、御浄霊にお縋り致しました。十三日に会長先生の御浄霊を戴き、熱も下り食事も少し戴ける様になりました。十五日再発熱、後頭部及び左の背中が痛み、咳を致しますと特に苦しみます。以前に打撲の時に湿布にて固めております。二十一日迄余り食事は進まず、体も衰弱して参り、其夜御浄霊戴き楽になり、一膳半頂きました。二十三日に光明如来様御を(を御?)奉斎させて戴き、その折寝汗が多量に出、悪寒が致しました。十二日より頭痛がし、翌日午後より発熱し、後頭部及び背中が激しく痛み、左耳下腺が腫上り、御浄霊にて楽にさせて戴きました。現在右耳下腺が固く、起上ると眩暈が致し、寒気が致します。入信前に両眼共底翳の初期症状となり、眼球注射を射っております。又、先に打撲した折にストレプトマイシン及びペニシリン二十本程射っております。御浄霊の個所を御教示御願い申し上げます。今後如何させて戴きましたらお救い戴けますでしょうか。

〔御 垂 示〕

 二十六年入信して、それで注射したんですか。しようがないな。お救い――もう救われているじゃないか。頭痛がしたり寒気がしたり、汗が沢山出たりするのは、大いに救われているのですよ。こんな結構な事はない。急性肺炎となってますが、急性肺炎は良いですよ。この位有難い浄化はないですよ。頭が痛くて熱が長かったら、大いに喜んで楽しみにして居なさい。浄化だからね。その真理が解るのが、この信仰のお蔭です。それが解らなかったら駄目です。教修の時に教わらなかったのかね。本を良く読みなさい。こんな結構な事はないですよ。それで身体がすっかり掃除されて健康になるんですからね。之は、もう救われているんだから、喜んで待って居なさい。浄霊は苦しい処をやれば良い。之は、先生が良くこう言う処を教えなければ駄目だね。

 (お伺) 前川鶴一、今月一日より胃部と肺部が同時に痛み出し、長い時は七、八時間激痛があり、御浄霊一時間位で鼠蹊部の方に下り、楽になり、下痢を致します。痛み出す前には臍の上部が固くなって参ります。一昨年十一月より昨年四月迄、今年よりは軽い御浄化を戴いており、其節御垂示戴き「薬毒だから長くかかる」との御言葉で御座いました。之は二カ月程で全快致しました。二十三年三月入信。大光明如来様、御屏風観音様を御奉斎、御資格を戴き、自宅でお道に御奉仕させて戴いております。尚、左下腿切断致して居ります。父は胃潰瘍で死亡しております。本人は戸主で御座いますが、妹に養子をとり家を出ており、生家も父のお祀りを致しております。生家の養子も入信致し大変協力致しておりましたが、昨年六月自然農法を致し、村人や親戚の反対に興奮状態で居ります時、古寺の整理があり、屋根藁を堆肥にすべく買取りましてより、精神異常となり、親戚が入院させましたが一週間で退院致しましてより、信仰を強制的に()めさせられ、御屏風観音様もお祀り出来ず、本人がお預りさせて戴いております。生家又は父の霊と関係が御座いましょうか。今後の処置及び御浄霊の個所に就き御垂示御願居申し上げます。

〔御 垂 示〕

 屋根藁を堆肥に――之は一寸いかんですね。可哀相なものだな。この屋根藁なんて、大変間違っているですね。つまり自然と言う事を忘れるんで、こう言う事になるんですね。若し屋根藁が堆肥にして良い物なら、之から方々の屋根藁を取って堆肥にしなければならない。大変な事です。やはり、こう言う事は大変間違っている。片っ方の足を切断しているんですね。

 「左様で御座います」

 兎に角廻りで反対しているんでしょう。

 「亡くなった父と関係が――」

 お父さんの霊とは関係がありませんよ。

 「入信戴いた時薬毒が――」

 そんな事は良いけれども、現在本人は家に居るんですか。

 「左様で御座います」

 精神病と言うのは誰ですか。

 「実家の妹の主人で御座います」

 精神病はこの人と何う言う関係があるんですか。

 「生家の妹の婿で御座います」

 信仰に入っておりますか。何時ですか。

 「入っておりますが、判りません」

 精神病の居る家は、側が反対しているんですか。

 「親戚が反対で、御屏風観音様を前川鶴一がお預りしております」

 夫婦二人切りで、亭主が精神病ですね。光明如来様は――。

 「未だで御座います」

 それじゃしようがない。妹と言うのは信仰に入っているんですか。

 何時ですか。大体で良いですよ。

 「大体、二十三年頃と思います」

 然し、未だ信仰に入ってないじゃないですか。光明如来様をお祀りしなければ、信仰に入ってないんですね。屏風観音様は止したんですね。

 「左様で御座います」

 それじゃ治りっこない。それは、あなたが浄霊に行っているんですか。

 「致しておりません」

 浄霊しなくて尋ねるんですか。

 「前川の御浄化と精神病と関係が――」

 関係ない。薬毒ですよ。先に薬毒と言ったでしょう。だから、やっぱりそうじゃないか。長くかかると言ったんだろう。その通りですよ。聞く必要ないですよ。だから一旦治ったが、それは治ったんじゃなくて、一時的なんだから、こう言うのはやはり幾度も、治っては悪くなり、治っては悪くなるんです。薬毒だからね。だから痛い処を浄霊すれば良いんだからね。痛い処に浄化が起こったんだからね。気長にやれば良いです。

(お伺) 佐藤ひで子(十六歳)小学校に入学の時身体検査で心臓弁膜症と言われ、運動を避ける様に言われ、体操等は休んでおりましたが、通学には差支え御座いませんでした。一年の時先天性心臓弁膜症にて治療方法も薬も全然ないから、安静を保つ様にと言われ、其通りに致しましたが変化は御座いませんでした。昭和二十三年お道を知り、私(母)とひで子が入信させて戴きました。翌月俄に高熱が出、頭痛、腹痛があり、御浄霊させて戴き、熱は下り痛みも楽になり、平な道は歩ける様になりましたが、少しの坂道でも息切れが激しく、歩行困難となり、顔、唇は紫色に変ります。最近特に激しく、平な道でも右様になります。本年二月十一日俄に全身が浮腫み、息切れ激しく、胸部より下腹部にかけて膨満甚だしく、心臓背部に卵大の固結が御座います。食欲は余りなく、一日に茶碗二杯位で御座います。小便は一日に四、五回御座いますが、量は少ない様で御座います。両頬、唇は紫色になり、手足は常に冷えております。私は後妻で御座いますが、先妻は心臓病で苦しみ、大正十三年三十三歳にて、産後十三日目に死亡しております。子供は四人御座いましたが、最初の子は生後三日目に、二番目は廿日目に他界し、三人目が現在御浄化を戴いております、ひで子で御座います。四人目は生後三カ月目に急性肺炎で死亡致しております。主人は反対は致しませんが、入信する気持はなく、女道楽にて妾がある様で御座います。ひで子の妊娠中医師より、先の子供が二人共生後間もなく死亡しておりますので、サルバルサンを射つ様に言われ、六本射っております。この御浄化は霊的で御座いましょうか。御浄霊の急所に就き御教示の程御願い申し上げます。尚、光明如来様を御奉斎申し上ぐべく御願い致しております。

〔御 垂 示〕

 之は、信仰雑話に書いてあるでしょう。不純な男女の罪は、子供の命に来ると言う事は、信仰雑話にあるでしょう。その通りです。だから、婦人に対する不純関係ですね。その罪は子供に来るんだから、やっぱり、どうしても死にますよ、御主人が改心しなければね。そこで、現在のひで子と言うのも、やはりそれが関係してますから、浄霊しても治りが悪いんですよ。之は、光明如来様をお祀りして良く御願いするんです。そう言った、色んなややこしい罪穢をお許しを願って、そうして一家が天国になる様に――そう言う事を御願いする。そうして、ひで子と言う人の病気は、大体背中の固まりですね。之を溶かす。誰が浄霊しているんですか。

 「本人の母が致しております」

 そうしたら、力を入れない様にね。力を入れちゃ駄目ですよ。力をうんと抜けば、固まりが溶けますよ。之が溶ければ――之が(もと)だから――大丈夫です。

 (お伺) 内田雅郎(六十一歳)昭和十五年八月頃より手足が腫れたり引いたり致し、脚気又は胃酸過多症と言われ、二十年頃より右手足が痺れて冷くなり、時々痛む程度で御座いました。六〇六号、水銀注射各数本、鍼灸を続け、胃散を相当量用い、其後脊髄神経麻痺と言われ、不治との事で鍼灸を致しました。最近腰が非常に重く杖をついてやっと家の中を歩く程度で、右手は少し痺れている様で御座います。先月入信させて戴き、それより御序霊を戴き、体の気持が良くなり、腰が痛くなって参りました。如何致しましたらお救い戴けますでしょうか。御浄霊の個所を御教示御願い申し上げます。尚、御神体は今月中に御奉斎させて戴く予定で御座います。

〔御 垂 示〕

 痛くなったら結構ですよ。之なら腰は治りますよ。もう、痛いとか熱が出るとか、痰が出るとか、寝汗が出ると言うのは、非常に結構だと、良く言ってやるんですね。どうも言い方が足りない様だ。如何致しましたら――救われると余計痛むかもしれない。御浄霊の急所は悪い処丈ですね。痺れた処と、それで良いですね。唯、よく個所々々と言うが、(もと)ですよ。手の此処(先)らが悪いのは、此処(頸部淋巴腺)にあるんです。此処と此処(附根)にあるんだからね。足は、足の附根ですね。その、因をやるんです。此処(手の先)が悪いと言って、此処(手の先)をやっても、大した効果はない。体全体の急所は頭であり、手の急所は此処が一で、次が此処です。足は、附根。胃の方の急所は腎臓と、その急所さえ心得て居れば何でもない。

 (お伺) 桜井猪之助(五歳)昭和二十六年四月、右眼球を打撲し、黒眼全部が真っ赤に充血、四カ月間の医療、二回の手術で見離され、同年九月より御浄霊を戴きました。最近頭痛が激しく、眼は腫上り食事は気儘にパン、お菓子の程度のみで御座います。御神体は御奉斎準備中で御座います。原因及び御浄霊の個所を御垂示御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 見離され――之が困るんですね。之は打擲らかして置けば、綺麗に治ったんです。内出血したんですが、放って置けば二、三年で治ったんです。之で、治らない様にしたんです。見離される様にしたんです。自分でして、見離したんです。お医者さんも悪気があったんじゃないが――治そうとしてやったんだがね。最近――之は結構だ。原因は今言った通りですね。浄霊は眼です。それで、医者が手術したりする時に、特に手術する時には消毒薬を使いますから、その消毒薬が頭に来て、その浄化で頭が痛むんです。結構ですよ。そんなに腫れて痛むんですから、今に眼から膿が出ますから、そうすると、ちゃんと治ります。もう一息です。ですから、浄霊の個所は眼です。それから前頭部ですね。之は医学による被害者だからね。だから、原因は医療――こう思っていれば良いですね。

 (お伺) 教師次男高井力男(本年一月入信。三十三歳)昨年十二月初、自転車より落ち、左手首を骨折し、医者にて石膏で固めたとたんに頭が変になり、物忘れをし、泣いたり、嘘を言ったり、夜は眠られず、本年一月初より御浄霊を戴く様になりましてより、血痰、鼻血、血尿、血便が出、殆ど普通の状態になりましたが、時々失神致したり、字が読めなくなり頭が変になります。御浄霊致しますと直ぐ良くなります。頭を御浄霊致しますと骨折した手首が痛くなり、震えます。十年前に満州にて梅毒となり、サリバルサン二十本程、又三年前に神経衰弱でマアゾール八十本程注射しております。御浄霊は何処を致しましたら宜敷う御座いましょうか。

〔御 垂 示〕

 之は大した事はないですよ。骨折でも、浄霊で治るんですがね。石膏と言うのは、動かない様にやったんですね。取ったんですか。

 「取っております」

 こう(震え)なるんですか。

 「左様で御座います」

 痛いとか、色々するのは薬毒ですよ。この人は大分薬が入っているんですね。痛くなったのは、これ(震え)からですか。

 「左様で御座います」

 最初医者にかかったんですね。手術はしてないでしょう。

 「致しておりません」

 石膏は医者がやったんですか。泥みたいな物で固めるんでしょう。

 「左様で御座います」

 頭に来て、それで頭が痛くなったんですね。気長にやれば治りますよ。唯、サルバルサンの注射が二十本――之が大分頭に来ているな。それから、梅毒ですが、梅毒位治り易いものはない。私は書こうと思っているが、色々しようと思うが、梅毒が訳なく治ると言うと、之は良いと不信行な事をするといけないから、それで私は書かない様にしている。あれは非常に、黴菌と言うのは弱いもので、浄霊すると直ぐ治りますよ。サルバルサンは恐しいです。之が頭に行ったのは中々治らない。然し、近来サルバルサンも、馬鹿に薄くしているから、昔程の害はない。

 (お伺) 青野稔(十一歳)知能低く小学一年程で御座いますが、運動方面は同年齢の子供と変った処は御座いません。生後三日目頃より多量の血が下り、止血注射五、六本射ち三日程で治りました。三歳頃中耳炎となり、高熱は出ませんが耳垂れが出、耳鼻科にかかりました。それより毎年風邪を引く度に耳が痛み、その都度耳鼻科にかかり手当を続けて参りました。咳が激しく六神丸を服用致しました。入学前に転倒し、後頭部、右延髄部に火傷を受け、塗薬で治療致しました。二十五年九月アデノイド手術を受け、現在蓄膿症の気味で御座います。二十六年末より後頭部、延髄を主に、腎臓部を従に御浄霊させて戴いております。母親は本年一月入信、二月に御屏風観音様を御奉斎させて戴きました。御浄霊の急所御教示の程御願い申し上げます。

〔御 垂 示〕

 馬鹿なものですよ――血止めと言って。少し位――多少だって出るのは結構ですがね。古血だからね。それを()めるなんて間違っているね。耳が痛く――之も耳鼻科で中耳炎を止めて膿を固まらせちゃったから――残しちゃったから、それで耳が痛くなるんですね。之は中耳炎にチョイチョイかかり、この薬毒が頭に行って、それで頭の働きが悪いんですね。六神丸なんて強いですからね。火傷の塗薬――之も悪いな。そう言った薬毒ですね。それが頭に行ってますから、気長にやれば普通になりますよ。之は、耳と頭ですね。それを主にして浄霊する。

 

【御 教 え】

 今、大分病気の色々の解らない点がある様ですから、病気に関した事を読ませましょう。

(御論文「世界的迷信としての現代医学」)

世界的迷信としての現代医学

(栄光一五九号)

 よく時々新聞、ラジオ等で報道されている事だが、鉄の肺で小児麻痺が治ったとか、赤ン坊の決定的死を親の血液と取替えて助かったとか、死人の網膜を移植して目が見えるようになったとか、心臓の手術が成功したとか云って、サモ医学が進歩したように特ダネ的に扱っている記事がよくあるが、これを吾々からみると、医学の低級さに情ないと思うくらいである。何となればよし治るにしてもむごたらしい冒険的手段で万一を僥倖(ぎょうこう)するのであるから、確実な方法とは言えないと共に、仮に治ったとしてもそれは一時的で、決して根本からではないから、いずれは必ず故障が起こるか、再発するのはもちろんである。それに引き換え本教浄霊によれば、それしきの病気などは簡単に治るのみか、そんな手数も要らず、苦しい思いもせずして安心しながら全治出来ると共に、再発の憂いもないのだから、到底比較にならない程の異いさである。従って本教の全快者の驚きは大変であると共に、絶対的信念を得て百八十度の転換となり、医学を棄ててしまうのである。もちろん病気になっても浄霊一本で済むばかりか、家族の誰でも信者になりさえすれば浄霊が出来るのだから、これ程有難い事はあるまい。たとえ夜が夜中でも急の間に合うのだから、その安心感たるや到底言葉では表わせない程である。ところがこれ程進歩した信仰療法を、筆に口に知らせても一般は容易に信じられないのであるから、いかに医学迷信が根強く沁み込んでいるかが分かるであろう。もちろん政府も専門家も同様で、振り向いても見ないのであるから困ったものである。これを想像してみるとこうであろう。そんな馬鹿な事があって堪るものか、ヤハリ戦後派宗教の巧妙な手段の一つで、全然科学性がないのだから、迷信以外の何物でもないと決めてしまうので、この態度こそ吾々から見れば恐るべき迷信以外の何物でもないのである。

 右のように医学の僅かばかりの御手柄を、大々的に宣伝するジャーナリストも、ヤハリ迷信屋の味方であるから、吾々の方でどんなに奇蹟的効果を知らせても、豚に真珠で迷信を通り越して野蛮蒙昧人と言いたいくらいである。しかし事は人間生命に関する重大問題であるから、何とかして彼らの眼を醒ましたいと思うが、右の通りだから仲々容易な業ではない。しかし時が来れば神は絶対力を揮わせ給うから、その時こそ万人の眼を覚まさせられるのは言うまでもあるまい。

(御論文「力」【註 栄光一五一号】

力(ちから)

(栄光一五一号)

 力について世の中の人は深い事を知らないからここに書いてみるが、これを科学的定義でいうならば、目に見える形ある力ほど弱く、見えない力程強いという原理である。即ち前者は何馬力とか、何瓩とかいうように限度があるが、後者に至っては無限である。つまり人間の想念(そうねん)と同じで、目には見えないが恐るべき力がある。偉い人の力は一人で世界を動かす事さえ出来るのは人の知る通りである。

 右は人間だけに就いての説明であるが、これを押し拡げたのが神様の力である。これを科学的(かがくてき)に説くこともできる。即ち科学で唱える粒子説がそれで、これによると人間の霊は粗粒子であって、神様の霊は微粒子である。勿論神様でも神格が高まるほど、微粒子の度は益々高くなり、それと共に稀薄(きはく)にもなるのである。この様に力学的に言っても素粒子ほど力が強く、微粒子ほど力が強い事を知るべきである。

 この理によって最高級の神様の事を、神道では幽の幽とか、または幽玄(ゆうげん)微妙(びみょう)などとも言われるのは、全くそれを表現した言葉である。この理によって私に与えられている神力は最高級の神霊であるから、絶対力といってもいい位のもので、この力は本当に揮われた者は昔から一人もなかったのである。かのキリストにしろ、言い(にく)い話だが割合弱かったのは事実がよく示している。即ちキリストの行った奇跡といっても御自分だけのもので、弟子達にまで分け与える事は出来なかったのである。その他の聖者にしても、悉く限られた力であった事はその事蹟(じせき)が示している。

 ここに私の事を少しかいてみるが、私の発揮(はっき)する力の大きさと強さは、無限絶対と言ってもいい位で、現在行使している力は一部の発揮でしかないが、それでも知り得た人は驚歎(きょうたん)する。信者は勿論だが、信者の中でも熱心な人で何分の一位しか分り得ないのである。言うまでもなく何れは本当に発揮する時が来るから、その時は開いた口が(ふさが)らないであろう。故に今から腹帯をしっかり締めておく必要がある。そうして私が現在現わしている力だけでさえ、病気を治す人間を作り、農業の増産法を教え、神の実在を分らせる奇蹟を現わしているばかりか、大規模(だいきぼ)な地上天国をも造っているのだが、これ等はホンの小手調べで、時と共に段々押し拡がり、何れは世界的に天国を造る事になろうから、本当の神力はこれからである。

 その様な訳で、もっと詳しく知らせたいが、今言った処で到底(とうてい)信ずる事は出来ないし、神秘でもあるから、ホンの一部分だけ時に応じ、進むに従い発表するのである。これを要約(ようやく)すれば善言讃詞にある通りの世界を造ってゆくのである。特に一言いっておきたいのは、最大の争いである国と国との戦争であるが、これも私は、時が来れば一挙に無くすことが出来るだけの力も持っているから、安心して貰いたいのである。

 

 大分時間が少くなったから、未だ色々読むものがあるのですが、その位にしておいて、少し話をしてみます。

 箱根の美術館の方も順調に進んでいるのですが、今度あの辺の、美術館に関係した色々な事ですね。兎に角、道路とか、そう言うものも旨く行きまして、何しろ今あゝ言ったものが非常に流行って来たですね。この間も三越の興福寺の仏像展覧会ですね。あれらも大変な人で、何でも――行列で一時間以上待たなければ見られないそうです。その位だから、箱根の美術館も――それは三越の方は無料で、おまけにデパートで、之は別ですが、でも箱根の方は不便ではあるしするから、そんなに、押すな押すなと言う事にはいきますまいが、然し随分来るだろうと思います。そこで外人なんかも、箱根に来る外人は残らずと言う位に、吃(屹?)度来るに違いないですね。特に日本美術が多いから、外国の人は余計見たいから、それに評判を聞き内容を見れば、是非見たいと言う人が、外人に沢山出て来るですね。そうすると、自動車の置場も作らなければならないと言うので、今迄の渋井さんの大観荘ですね。あそこの斜の角ですね。あそこの地所がずっと低くなってますが、あれは箱根登山の地所で、あそこより他にないですね。あそこなら、極く都合が良い。あそこを平に埋めて自動車の置場にして、門の入口は角にしようと思っている。それで、切符売場と入口は、神仙郷の角にしようと思ってます。ですから、丁度自動車も上り良いんですね。あれを会社に『美術館が出来るとお客が増えるから、電車の乗客も日に千人は増えると思わなければならないから、それで、寄附して呉れ』と言った処が、そいつは具合が悪いからお貸ししますからと言う事になって、借りる事になってます。そうすると大体神仙郷は夏あたりに、庭の方も大体出来る積りです。

 今度は、ケーブルの向う側に広い地所が買ってありますから、本山の準備をしなければならない。一万坪あるんです。又馬鹿に良い処で、強羅の丁度中央で、山がホーロクを伏せた様に旨くいって、後の方が杉林になっている。それは、不思議な程良い具合になってます――山がね。あそこを馬鹿に安く買ったんです。一昨年か一昨々年ですがね。七千坪買いましたがね。あの山をくずして、くずしてと言っても楽なものです。神仙郷の様に岩はないしね。土許りですからね。そんなに高い山じゃない。ふっくらしているんですからね。けずれば良いんです。それで後の杉林を残して平にして、やはり椅子席にして、之は一万人入れる様にしようと思う。之は日本一だろうと思います。今一番大きいのは、浅草の国際劇場で、あそこは五千人入れる。あの倍ですからね。アメリカのは知らないがね。アメリカにもっと大きいのがあるかも知れないが、東洋では一番だね。勿論鉄筋で、一万人位収容出来ると思います。それから、一段下った処に、五千坪位去年買いましたが信者の宿泊ですね。それを作ろうと思う。県別とか会別ですね。天理教なんかやってますが、あの式にやろうと思う。其処の山ですが「光明台」と言う名前を附けて置きましたがね。それで光明台に行くには、神仙郷の方から行くのに、ケーブルの線路が邪魔になりますからね。今、あそこを通ろうとすると危なくて――道のない処を行くんですからね。どうしても駄目なんです。それには、ケーブルの下を地下で行こうと思う。それで今言った通りですね。倉田の通りですね。自動車の置場の処あたりから、段々低くしてケーブルをくぐって行くんですがね。丁度ケーブルの方は高いですからね。それで光明台の方は低いですからね。地下道には極く良い処です。それで地下道を作ってその土で、自動車の低い処を埋め様と思う。近いですから奉仕隊の連中丈で出来て了います。

 美術館と言うのは、ゾロゾロ後々来ては落着いて見られないんです。博物館なんて、そんな事は構わずにやってますが、幾らか気分良くやらないと駄目なんです。そこで、あそこに待合所を作って二、三百人腰掛られる様な処を作って、人を計ってやろうと思う。その為にあそこに待合所を作る。それから外人なんかは雨が降った時、雨の中を歩いて行くのは具合が悪いですからね。外人許りでなく日本人もね。贅沢な人は――自動車で来るなんてのは、雨が降っては具合が悪いから、渋井さんの大観荘を六尺けづって――今迄の道が三尺ですから――美術館の裏手から車を降りると直ぐ、雨に濡れずに美術館に入れると言う様にする積りです。そう言う様な具合で色々、そう言った設備や何かも相当仕事があるんです。で、茶席の裏の方は、今土をやってますが、あそこは夏迄にはやって了いますが、殆ど粗方(あらかた)は出来てます。あそこは平にしてモミジを植える積りです。それからあそこの流れも、出来る丈モミジを植えて秋紅葉時分に非常に良いと言う様にする積りです。丁度あそこは萩の道がありますし、秋非常に良いですね。美術館なんかにしろ、夏から秋にかけての方が、箱根のモミジと言う様なので――箱根の桜と言うのは本当は良いんですが、あんまり世間に知れてないですね。強羅に桜は随分ありますが、箱根と言うのはモミジですからね。ですから、秋モミジを見ながら美術館を見るのは極く適当していると思います。

 

 

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