【御教え】
誰方も此処にある鉱石を見られたでしょう。之も、一通り説明しなくてはならんと思います。之は鉱山の知識のない人は一寸判らないですけれども、此石は日本一だそうです。神岡鉱山――あれは鉛、亜鉛は日本一の山で、飛抜けて大きな鉱山です。其処の技師が日本一の折紙を附けたんですから間違いないです。之は亜鉛と鉛と銅と、その三種なんです。で、今掘ってますが、鉱量は余程あるらしいです。ですから、事業的に言うと素晴しいものです。大いに前祝をして、踊っても良いんですがね。こっちは人類救済に此金を使うんですから――嬉しいですけれども、金儲け一方の人の嬉しさとは違うんです。それから、何しろ世界を救うんですから、余程大変な金が今後要るんです。然も神様は何万年前から支度されて居るんですから、この位出るのは当り前だ――もう少し早く出して呉れれば良いと思う位です。之を今直ぐでも売れば金になりますけれども、然し大抵――銅なら銅。鉛、亜鉛なら亜鉛と、殆ど別々に処理する風になっているんです。こう言う風に三つ混合している石と言うのは、殆どないです。ですから、之で売ると、銅専門の会社に売ると、鉛亜鉛はお供みたいになっちゃう。それから鉛、亜鉛の会社に売ると、銅はお供みたいになっちゃう。非常に損なんです。そこで、こっちで分離する事が出来るので――機械で選鉱する。そうして亜鉛、鉛、銅と三種に区分してやると、そっくり金になる訳ですね。それには設備が要るですから、今その設備に取掛ったんです。どうしても、もう二、三カ月掛ると見なければならないですね。今掘って溜めて、機械の設備がすっかり出来てから、売物が出来る。と言う段取りです。之を掘ったのは先月です。最近の報告に依ると、もっと良くなっているんです。この倍位に太くなっているんです。ですから、未だ未だ素晴しい鉱山になる訳ですがね。で、私は二十年前から鉱山をやってますが、やっていると言っても続けてやるんでなく、時々やったんですね。何しろ下手に手を出すと金が掛りますからね。ですから、やる時よりやらない時の方が多かった。然し怠らずにやっていたんですがね。で、私は最初は知らなかったけれども、ここ数年前から神様から鉱山に就いて色々教わった訳ですね。之なんかも、神様の方の鉱山学で見当附けたんです。最初、去年拳位の石を見本に持って来たんです。それを見ると素晴しい石なんです。ですから直ぐに聞かした処が売りたいと言うんですね。安かったので直ぐ買えと言った訳なんです。で、此山に去年私は行ったんです。水上ですがね。温泉の側です。水上駅の左側は、直ぐ温泉場になってますが、駅の手前を右に二、三町行った処です。実に便利な処です。そこで、先に掘ってある処の脈を見ると細いんです。一寸か二寸なんです。普通の脈は太いけれども、鉱物がついている脈は細いんです。之は、下に行くと太くなると言うので掘らせました。下に行くと太くなると言うのも、神様の方の鉱山学なんですよ。すると、それから十間許り行くと、昔掘った坑道がある。五、六十間もある。丁度良い。此下だから、もう少し掘って行くと良い、と目を附けてやらせたんですよ。で、元掘ってあった処の、直ぐ上っている様な処を、もう少し掘れと言って、四、五尺上った処が、之にぶつかっちゃった。昔それを掘った人が――何んでも二、三十年前なんですがね。もう少し掘らせたら、其処を見附けたですよ。然し、其処で力がなくなったんでしょうね。そこで、間違えたと見えて、横っちょの方に掘ってある。そんなこんなで旨く行かなかった。之は神様がキュッと止めたんですね。大変な奇蹟です。だから村人なんかも、あそこであんなに良い脈があるなんて思えない。手伝った人が随分あるですが、あそこがあんなにあるなんて可笑しいと、見物に来るそうですがね。村中の評判になっているそうです。其時分に神様が用意してあったんですね。楽なものですよ。又、その大きさに掘ってある。それで四、五尺で当っちゃったんです。
又、この位便利な処はないんですよ。駅から二、三町ですからね。駅から見えますよ。ですから掘った物を索道掛けて、ずっと運んでしまう。その間運賃なんか要らないんです。大抵、鉱山と言うのは、駅から何里もあるものなんですよ。その運搬費は大変なものです。その運搬費が要らないんですからね。
それに信者の奉仕隊の人を増やしていくんですよ。そうすると、鉱物は日本一だし、運搬費は零みたいなもので、掘る坑夫は――之も零みたいなものです。非常に有利なものですね。流石に人間の行る事とは違うと感心する位ですね。ですから、この夏あたりからボツボツプラスになる訳ですね。
丁度夏あたりから会館の建築に掛ったり、それから又箱根の本山ですね。光明殿と言うんですが光明殿に来年は是非掛りたいと思っているんです。丁度金の要る時に金が入る様になる訳ですね。それから去年も私が此処で言った通り、「金の要る時には神様の方で、何処からか入って来る」と言いましたが、あの時は私は、そんなに山が良くなるとは思わなかったんですが、何か入るとは思っていたんです。今考えると、之かと思うんですね。この間の御祭の時に、之からの色々な経綸の事をお話しましたが、そんな具合で、今教団で――矢張り何と言っても、金が一番要り様なんです。ですから愈々山が始る様になると、又発展は目覚ましいものがあるだろうと思いますね。何時かも話した通り、京都にも地上天国を造らなければならないんですよ。ですから京都は、熱海、箱根よりかももっと大きな規模になるだろうと思ってますがね。色々の――そう言う経費が何億要るか、何十億要るか分らないですからね。やっぱりそれが手に入る様になりますからね。それは心配ないですがね。御祭の時にその話をしたのは四日目と五日目でした。ですから、最初の三日間と言うのは、その話をしなかった。唯之からの経綸の話をしたんです。だから信者に向って説くのに、資格者としては、こんなに金が大変だ。我々は何うしようかと心配した人もあるらしいが、成丈得心の行く様に、今日は話したのです。そうかと言って余り安心しても困る。未だ二、三カ月、出る迄は金が要りますからね。それともう一つは、みんな――信者の人なんかと言うのは霊的の借金がうんとあるんですよ。之は自分許りでない、祖先以来ですからね。要するにそれが罪穢――メグリですね。それを、病気――色んな苦しみに依って、借金を減らしているんですがね。だから、大本教のお筆先に「皆メグリは沢山あるから、一日も早く借金なしにして下されよ」と言うのがあるんですよ。そんな訳で、金の御用をすると言うのは、それ丈罪を減らすんですから、無理をしない限り――出来る丈沢山した方が、早くメグリが取れる訳ですね。そうすれば、それ丈苦しみが減るのと、あべこべに徳が多くなるですね。私は今迄余り言わなかったですが、神様に上げた金は何倍にもなって帰(返?)るんですよ。目覚ましいものです。之は経験すると分りますよ。支部で財政が苦しいと言うのを、よく聞きますが、それは金の御用をしなかったからと、よく言います。他の宗教みたいに――天理教みたいにスッカラカンになって苦しむと言う事は絶対にないですね。そんな気の利かない神様だったら、信仰止めた方が良い。ですから、今教団の方で金が要らなくなると――今の内に御用をした方が良いと言う事になります。そうすると、何んだか旨く言って、金を出させ様と、そう言う風にとられると困るんです。私は正直だから、有りの儘を言うんです。今に、あべこべにこっちの方で、「支部の家がない」「よしきた」と、拵えてやる様になります。之も嘘言ったら大変ですからね。どうしても嘘は言えない。将来は地上天国が方々に出来るんですよ。今は箱根、熱海ですが、いずれは京都に造るし、それから九州に造るし、北海道に造るし、それから小さい天国ですね。それには各町村、小さい州にですね。やっぱり大中小になるんです。それには矢張り本部の方にうんと金が出来なければね。信者さんの方丈では、出来ない事はないが、手早く出来ないです。そう言う事を、大いに楽しみにして居て貰いたいと思いますね。鉱山の話も色々ありますが、余り信仰とは関係がなくなりますから、今日はこの位にしておきます。
それから、よくあいつは邪神が憑いているとか、あの人は気を附けろとか、よく今迄も言う人があるんです。それに就いて書いたのを、今読ませますからね。
(御論文「人を裁く勿れ」)
人を裁く勿れ
(栄光一五七号)
この事に就いては、信者の中にも不知不識間違える人がよくあるからかいてみるが、これも以前私はかいた様に思うが、今でも時々耳にするので再びかくのである。よくアノ人は善いとか悪いとかの批判をしたり、酷いのになると、アノ人には邪神が憑いているから気をつけろ、などと言う人があるが、これこそ大変な間違いであって、人を邪神という人こそ、実は御自分に邪神が憑いているのである。何故なれば人間が人間に対して、善悪正邪など分るものではない。というのはこれこそ神様の領分に属するからである。だからそういう人は人間の分際で神様の地位を侵しているようなものだから、飛んでもない慢心脱線である。
従って斯ういう人こそ、邪神と見て間違いはないので、大いに注意すべきである。勿論そういう人は本当に神様を信じていないからで、よくアノ人の信仰は間違っているとか、アノ教会の行り方は悪いから改革せねばならぬなどと真面目くさって言うが、若し信者の中で本当に悪い人があるとすれば、神様はチャンと裁いて下さるから、神様にお任せしていればいいので、少しも人間の心配など要らないのである。それが信じられないとしたら、その人こそ神様よりも人間の力の方を信ずるのだから、これ程の慢心取違いはあるまい。というように、我救世教は最高の神様が一切統轄なされているので、間違った人に対しては、神様は最初その人を覚らせるべく御気づけをされるが、それで覚らない時は命まで召し上げられる事がよくある。今までもそういう例のあった事は、古い信者はよく知っているであろう。
従って〝人を裁く勿れ〟という格言をよく守ると共に、寧ろ絶えず自分自身を裁いていればいいので、そういう人こそ本当に神様が分っている人である。
それから、之は今度の「結核信仰療法」の一項目ですけれども、非常に参考になると思うから、今読ませますがね。病気に対して、又信者とか未信者ですね。そう言う風に解らせる――説き方ですね。それに就いて非常に参考になると思うから、読ませます。
(御論文「医療誤点の種々相」) 【註 栄光一五二号】
医療誤点の種々相
(栄光一五二号)
医療は毒素を固めて体外へ出さない方法であり、浄霊はその反対に溶かして体外へ排除させる方法である事は、充分判ったであろうが、何しろ人間は今日まで医学を信じ切っている以上、右の理屈が仮に分かったとしても、頭脳の切換えは仲々容易ではないと思うので、なお色々の面から解剖のメスを入れてみよう。そうして今日流行している彼の気胸療法であるが、これも肺の外部にある膜と膜との間に空気を入れ、肺を圧迫して活動を弱らせ、呼吸を微弱にする。それによって肺の内部にある毒素の浄化は停止されるから、それだけ下熱し、咳も痰も減って治るように見えるので、言わば肺臓だけの局部安静法である。このように医療は固める事を原則としている以上医学の進歩とは固める方法の進歩でしかない事は、余りにも明白である。何よりも安静中少しでも運動をするとたちまち熱発するが、これは幾分でも浄化が発るからで、医師は慌てて戒めるのは、毒結溶解を極度に恐れるためである。
次に結核の特効薬であるが、これも同じ道理で、近年次から次へと新しい薬が出来るのは、残らず人体を弱らせ、固める効果を狙ったものであるから、よく効く薬というのは、副作用を紙一重というところまで起こさないようにして毒を出来るだけ強めたものである。以上によってみる時、現在の結核療法の原理は別段治病上の進歩ではなく、単なる固め方法の進歩にしかすぎないのである。彼の造りつけの人形か生ける屍となって、何年でも寝たきりにさせているのは、自然に固まるのを待つのである。しかもそのため多額の費用を要し、仕事も出来ず感染の心配さえあるとしたら、全く可哀想なものである。
滑稽なのは大気安静療法である。寒風膚をさす冬の夜、窓を開ッ放しにしてジット寝ているその有り様を見ては、馬鹿らしさに言葉はないのである。これでは健康者でさえ我慢できないほどであろうに、衰弱し切って骨と皮ばかりになっている上に、多少の悪寒もあるのだから、全く悲惨そのものである。それでも治るならまだしもだが、そのようにしてまでも悪くなって、結局ほとんど死ぬのであろう。これも良い空気を吸わせんがためであろうが、実際からいって空気の善悪は、吾々の経験上余り影響はない。何となれば浄霊で治す場合、都会の悪い空気の中にあっても、治り方に異いはないからである。第一空気に関係がありとすれば、農村に結核は少ないはずだが、近来は都会と余りかわらないとは、医学でも唱えているところである。そのほかこういう事もある。以前はサナトリウム等で日光療法を勧めたものだが、近頃は悪いとして廃めてしまった。これなども日光に当れば新陳代謝が旺盛となり、浄化が発り易いからである。要するに現在の結核療法(これは他の病気もそうだが)の根本的誤りは、病毒をかためることを建前としている点で、これに目醒めない限り、真の病理は立てられないのである。
次に感冒について今少し言いたい事がある。最初にもかいた通り、まず風邪を引くや早速医者にかかるか、そうでなければアスピリン、葛根湯などの売薬類を服むか、お手製の玉子酒、蜜柑の黒焼などを服んで蒲団を被り、できるだけ汗をかくようにする。懐都合のいい人は、姑息な療法は危険として、掛かりつけの医者に行くが、何しろ現代医学は風邪の原因すら分かっていないのだから、患者の安心のいくようハッキリ言ってくれない。極力安静を勧めるくらいなものなので心細くなり、もしかすると肺炎にでもなるのじゃないかとビクビクもので、一日中体温計と首ッ引きである。
ところがたびたびかいた通り、風邪くらい結構なものはない。身体のどこかに溜っている毒の掃除であるから、熱で溶けた痰や、水ッ洟、汗などが出るだけ出ればそれで治ってしまい、サッパリとし健康は増すのだから、早くいえばロハで体内の掃除が出来るようなものである。ちょうど入浴は外部の清潔法であるに対し、風邪は内部の清潔法と思えばいい。つまり皮膚に溜った垢を落すと同様、体内に溜った垢を落すのである。もちろん皮膚は手で洗えるが、腹の中はそうはゆかないから、自然は風邪という体内入浴法で洗ってくれるのだから、何と造物主は巧く造ってくれたものではあるまいか。全く風邪様々である。だから人間はできるだけ風邪を引くのが天理に適っており、それによって体内は清まり、健康は増進するとしたら、健康法の第一は風邪を引く事である。しかもこれで健康になった人は真の健康者であるから、結核など絶対感染する憂はないのである。
右のごとく自然療法によって治せば毒が減るから、風邪引く度に軽く済むようになり、遂には全く引かなくなる。こうなってこそ通勤者や通学者も、いかなる階級の人も無病息災年中無休で働かれ、日々愉快に仕事ができ、家族一同も病気の心配がなくなるから、家庭の集合体が社会であるとしたら、社会全体天国化するのは必然である。
しかし医療によっても病気の治る事があるから、その説明をしてみるが、医療で治る理由は二つある。一は再三かいた通り、薬剤その他の方法を以って毒素を極力固め、浄化が停止される結果治ったようにみえるが、真の全快ではないから、いずれは必ず浄化発生する。しかしこの事を知らないから、世人は医療で治るものと思うのである。今一つは医療で毒素を固めようとしても、浄化力旺盛な人は、仲々固まらないで、自然に少しずつ排除され、ある程度減るため治る場合であって、これは真の治り方であるから再発はないが、こういう人は滅多にない。ところが最初から医療を受けず、自然に放っておけば浄化は順調に行われ、一層早く治るのである。
この意味を今一層徹底してみるとこういう事になる。それは病気の苦痛のあるだけは、浄化が行われている以上、毒は減りつつある訳で結構なのである。しかし人間の苦痛は我慢出来ないから、一時でも楽になろうとして、薬毒を用いるのである。これはちょうど借金を返すのは辛いから、延期するようなものである。としたら日の経つに従い利子が溜って、借金の苦しみは増え、厳しい請求となるが、またまた延期をするが、次は一層激しい請求となるから、いよいよ苦しくなると同じように、医療で延期すればする程、段々悪化するのである。ではどうすればいいかというと、最初の時に苦痛を我慢する事である。そうすれば苦痛は一時的で病原が減る以上、さほど長く続くものではない。急性病ならまず二、三日で済むものである。その他の方法としては本教浄霊によるより外ない事は曩にかいた通りである。
また結核の間接的原因としての肋間神経痛であるが、この原因は意外なところにある。それは首から上の病気でよく手術をするが、この際使用する消毒薬のためが最も多いのである。しかるに医療は消毒薬は殺菌に不可欠のものとして必ず用いるが、この薬毒こそ実に恐るべきもので、この毒分は非常に強烈で、しかも筋肉から直接滲透し、量も多いと共に、それが下降して肋骨部に固結し、なお下降して下半身に及び、種々の病原となるが、この毒性は執拗で、治るにも長期間を要するのである。従ってこの消毒薬の害が判っただけでも、いかに多くの人が救われるかを私は常に思うのである。
次に医学の原理であるが、医学には原理がないと言ったら何人も驚くであろうが、それは何よりも真に病原が分かっているとしたら、動物実験の必要はない訳で、何を好んでモルモットや二十日鼠など多数の殺生をしなければならないかで、これこそ全く原理が分かっていないからである。彼の駆黴薬六百六号にしろ、この薬は六百六回の実験を経て、ようやく完成したというのであるから、推して知るべきである。これだけにみても原理不明をよく物語っている。すなわち今日の医学は全く原理ならざるものを原理と錯覚しているにすぎないのである。
元来病気なるものは、人体に現れたる現象であって、実体ではないので、この区別が医学では分かっていないのである。従って病気の種類が多いという事は、現れる部分が多いからで、その部分部分の異いさによって病名が付せられているだけの事で、病原は一つなのである。というように医学は病気の種類によって、病理もそれぞれ異うように思い、治療手段を工夫したので、これが一大欠陥である。ゆえに進歩したといっても、右のごとく根本には全然触れていず、外部的症状のみを対象としている以上、治らないのは当然である。
私がこれを唱える証左として、本教の治療であって、いかなる病気でも浄霊一本で素晴しい成績を挙げているにみても分かるごとく、現代医学は全く幼稚極まるものであって、医学で唱える病理というのは、実は機械的推理以外には出ていないのである。何よりも根本原理が分かっているとすれば、その原理通りに治療を行いさえすれば、必ず治るはずであるから、動物実験などの必要はない訳である。以上によって私は全世界の医学者に希望するのは、まずこの点に気づく事である。それが分かれば既成医学は揚棄せざるを得なくなり、ここに医学の再出発となって、真の医学が生まれるであろう。でなければこのままでは今後何年経っても、真の病理発見など痴人の夢でしかない事を断言するのである。
それから、もう一つ注意する事があるんです。よく邪神が憑いてるか憑いてないか、或いは邪神か邪神でないかを見る、一つの方法があるんです。それは、一番分り易いのは、邪神と言うものはしつこいんです。で、神様程あっさりしているんです。ですからクドクドしく一つ事を言ったりするのは、之は邪神と見て良いですね。で、高級な神様程あっさりしている。ですから、あっさり言う人は身魂が高級と思って良いですね。それからクドクドしく言うのは、邪神でなければ、神様では低い――低級とは言えないが、低いんですね。一番低いのは狐ですよ。まくし立てますが、あれは大抵狐です。そう言うのでなく、本当に身魂が良い人は隠かに――議論したりまくし立てたりする事はないですね。それから女でペラペラ喋るのは狐が多いです。男で、威張ったりするのは天狗ですよ。こう見て居れば間違ない。議会なんかで、色々議論したりしますが、あれは天狗ですからね。天狗と言うのは、負けるのが嫌いですからね。言い出したら通そうとする。議員だとか学者や弁護士だとか、ああ言うのは天狗が多いんです。横車を押したり、人に議論したりするのは、天狗に限るんです。何しろ天狗と言うのは問答が好きでして、天狗は問答して勝ったのが、位が上っていくんですから、議論して勝とうとしますね。みんな天狗ですよ。それは天狗も良い働きをしますよ。だから悪くはとれないんですが、然し余計な手数を掛ける丈のもので、天狗でも智慧のあるのは良いですが、余り智慧のないのは困るんですよ。年中争ったり――口争いですがね。人の感情を害したり、物事を渉らせなかったり、そう言う事がありますからね。こう言う、天狗の憑いている人でも、段々神様の事が分れば、自分の欠点が分って来ますから良い訳ですが、そう言う様に、大体参考にすれば良いですね。
それから神憑りに就いて昨日私は話したが、大変良い話だったと言う人がありましたがね。それと、私は神様は拝まないんですよ。何の宗教でも、今迄何んな教祖でも。必ず神様を拝んだものです。それを、私は拝まない。と言うのは、私に憑いている神様は、一番高級だから拝むものがないんです。みんな下ですからね。それからもう一つは、よく神様に御伺いを立てるとか、あるいは神様に御知らせを戴くとかして言うんですが――大変有難く思うんですが、私は簡単に、普通の事の様に言うんです。うっかりして軽く見るんですね。その為に忘れちゃったり、うっかりして、何かあった時、之は先に明主様に御注意戴いた事がある。御言葉にある。と、気が附く事が、誰方もあるんですがね。私は神様に御伺いして、それを御取次するんでなくて、私の口から出る事は、神様自身が言う――こういう事になるんですね。最高の神様ですからね。だから、私が神様に御願いするとか御伺いするとか、そう言う事はないんですよ。そこで、御守なんか書く時に、普通なら何の宗教の教祖でも、そう言う時には、羽織袴で祝詞を奏げるものですがね。私なんかそうでない。夏なんか裸でアグラかいてやりますからね。見る人は有難く思いませんよ。私はそれで良いんですよ。神様自体が書くんだから、何うしようもない。こう言う事は今まで言わなかった。そう言う事も心得て良いですね。
もう一つ例えて言えば、信者の人で色んな奇蹟をやりますが、奇蹟も、やっぱりキリストがやったくらいの奇蹟は毎日やってますからね。之は、時間があったら読もうと思ったが、時間がないから止したんですが、キリストの奇蹟以上の奇蹟ですよ。之は全然理屈がつかない程の奇蹟です。
それから、原子爆弾で助かった御蔭話ですね。之も、七つ許り来ましたからね。私は、それを発表する様に言ってあるんです。之も、今度良く説明を附けて、この次あたりに読ませますがね。そんな訳で、私の弟子がキリスト位の奇蹟をすれば、やはりキリストも私の弟子になるんです。それをはっきり分って居なければ、キリスト教信者なんか誤解します。と言うのはもう一つ言っておく事は、キリストは瀆罪主なんです。瀆罪主と言うのは、一つの会社なら専務ですね。専務みたいなものです。若し会社で色んな過ちがあったりしますと、専務が代表者になって、許して呉れと言って社長にお詫びします。瀆罪主と言うのは、そう言うものです。万民の罪を御自分が負って、万民になり代って十字架にかかる。瀆罪主とは別に、社長――即ち、よし許すと言う、許し主がなくてはならない。私は許し主なんです。ですから、そう言う点は非常に――主人と家来程違うんですね。こう言う事も、今迄も言いたかったんですが、余りかけ離れているから、誤解されますので言わなかった。明主様は、誇大妄想的な脱線だ。と、未信者は言いますから、言わなかったんですが、もうソロソロ言っても良い時期になったので、言ったんですがね。そう言う事も知ると、余計色んな事がはっきり分る訳ですね。その位にしており(き?)ます。
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