【御 教 え】
丁度、今日が祝典の三日目で、お天気都合も割合、入梅中としては上等の方で結構と思います。
美術館もあの通りすっかり出来まして――後でゆっくり見て貰おうと思いますが、期日に間に合わせ様と思って急いだにしては、割合にそう破綻がなく整頓したという事は、まあ結局神様がおやりになっているんです。
昨日の、写真のサン新聞――あれは大分良く出てました。之は大抵見られたでしょうが、あれが大変な宣伝になると思ってます。割合にあの新聞は多く出るんです。去年あたり聞いた処に依ると五十万と言ってましたから、今年はもっと増えてますね、あれは、写真をあんなに出すんですから素晴しい宣伝効果と思います。あれを見ると、みんな見たくてしようがないと思います。ウズウズしているのが何の位あるか分らない。あとで行って見れば分ります。私は毎日行って一生懸命見てますが、自分で言っては可笑しいが、品物も之丈に多方面に亘って遺憾なく蒐まったと思って驚いている位です。それで、之は更めて言う程の事もないんですが、美という――最高の美を見ると非常に魂が向上するんです。つまりレベルが高くなるんです。そうすると色々な事が分るんです。色んな事が分らないという事は魂が低いからです。ですから、色んな――メシヤ教の悪口を言ったりする人がありますが、それはメシヤ教が此処(上位)だと、此処(下位)に居るんですから見えないから、そこで色んな事を言うんです。まあ、屋根の上を下から見る様なもので、「何もないじゃないか。立派な瓦があるなんて、それは嘘だ」と。ですからそういう人を幾分でも高くすると、横からでも一寸見えますから――それには美術館というのは必要なんです。之は一番良く現われているのは宮本武蔵の達磨の絵ですが、之は出してありますから見れば分りますが、実に上手いんです。専門家なんかが――二、三の批判を聞きましたが、支那の宋時代の絵に負けないというんです。というのは、武蔵が剣道に依って、要するに霊的に向上しているから、自然にああいう上手い絵が出来るんです。ですから美なら美というものに対し霊的に向上すると、美術許りでなく、凡ゆるものに、まあ鑑識ですね。分るんです。で、ああいったもので一番面白いのは、極く良いものを見るんです。良いものを見ると、今度は他のものがみんな悪く見えるんです。それが肝腎なんです。今、日本にマチスだとかピカソだとかルオーだとかブラックだとか――フランスの名画ですが、あゝいうのをみんな非常に感じて色々褒めているが、あれは然し腹の中じゃ感心してないんです。解りゃしないんだから、みんなが良いと――世界的に評判だから、多分良いだろう。良いに違いないと、首をひねったりして――良いと思うんです。要するに自己錯覚です。もう一層言うと自己欺瞞です。それをみんなしているんです。というのは、私もそうでした。私が見て、何処が良いかと其点を発見するんですが、随分骨を折るんです。然し美がないんです。之は、私が良いものを見ている頭の為かも知れないですが、そういう様で審美眼が低いと、つまり批判力がないから、人が良いと言えば何でも良いと思っているから、沢山良いものを見せて頭の教養をする。す(そ?)うすると、色々な世界的な美術品が来ますから、そういうのを見る場合に其批評眼が高いです。そこで、普通――一般人でなく、美術家です。そういう人達もそれを見るから、作品でも何んでも余程良い影響を受けるだろうと思います。そんな点に於て、それ丈の価値が充分あるという事を、美術館で私が認められるんです。ですから、あなた方は勿論の事、そういう方面に関心を持っている人は随分驚くだろうと思ってます。で未だ説明書が間に合わないので、中の傑出したものを一応説明して置いた方が、あれを見た場合に余程違いますから、時間のある丈は舌の案内ですかね――それをしようと思ってます。
二階としたに合計六室ありますから――一、二、三、四、五、六と、斯ういう風に別けてあるんです。入って左の広い処を一部として、入って右の方が二部、その後が三部。二階の――之は梯子段が入口とは逆になってますから、上って右の方の広い処が四部です。それから、その左が五部、その後が六部となってます。
第一部は、屏風と日本の陶器と画帖、巻物です。画帖にも、初代の広重とか色々面白いものがあるんですが、処が今度あそこに並べ様と思って出してみると、昔の画帖というのは間抜なもので、くっついている。ですから広げて並べられない。今度直そうと思ってますが――それで止したんです。間に合わせのもの丈出して置きました。栖鳳の十二カ月。それから雅邦の近江八景。みんな短冊です。それから現代大家の詩歌ですが、それ丈はちゃんと広がるので出して置きました。之丈でも相当見る価値があります。屏風は、一番の呼物とも言うべきものは、光琳の極彩色の水鳥の屏風と言って、有名なものです。之は光琳の図録には必ず出てきます。特に鴛鴦や何か、そういった岩に水鳥が沢山ある。之は光琳中の、やっぱり指を屈すべき品物です――作品です。その隣にやはり光琳の、之は一双の白地に金泥でカスミになって、そこに秋草が画いてある。之は本当の光琳なんです。本当の光琳というのは可笑しいですが――この贋物がよくあるんです。そう言っては悪いが根津美術館にあるのは、あれの贋物の様です。丸っきり違います。何うして美術館にああいった贋物があるか――それが贋物が下手なんです。それから去年の琳派展に出ていたのが、之と同じものがあるんです。私は之は変だなと思ったが、之は弟子が画いたんです。弟子の名前が入ってます。やっぱり下手です。此美術館のは本物ですから、実に良く画いてあります。其反対の方に――光琳や何かの極くコッテリした隣ですから、極くあっさりした、足利末期の画家で海北友松という――その時代には長谷川等伯、狩野山雪――之が三名人です。友松の山水ですが、之は非常にあっさりしている。之は一種独特の味わいがある。之は国宝になってます。之は墨絵として、東山水墨画の内に入りますが、水墨画として傑出したものです。何しろ屏風は、六曲なんか長いですから、数は並べられないです。その隣りは徳川初期時代の京都の町の風俗です。之は極彩色です。随分緻密に画いてあります。それは、大したものじゃないが、一寸楽しめるものです。それから、やはり現代のも必要ですから、京都の今尾景年の孔雀と色々な花を画いた屏風ですが、元の――亡くなった山下亀三郎さんが、之以上ないという屏風を作る積りで――屏風なんかの出来が良く出来ているんです。金なんかも、金箔よりももっと金がかかっている。金泥とか砂子とか一杯して、金具なんか素晴しいものがついている。それに丁寧に、うんと力を入れさせたんです。ですから非常な力作です。之は現代の絵としても見るべき価値があります。之は先に汪精衛が日本に来た時分に必ずその屏風を立てる様にしていた。汪精衛が気に入ったんでしょうね。そういう話でした。あとは日本の陶器です。色々ありますが、その内で特に推奨したいのは、真中の仁清の――昨日のサン新聞にも出てましたが、唐子人形が二人花車を引いている処で、置物で珍しいんです。仁清というのは、大抵壺とか茶碗とか香炉とか、そういうものですが、そういった置物は見た事がないです。恐らく仁清としてはそれ一つだろうと思ってます。その隣に同じ様な模様の大小になって――金銀になってますが、それが二つ組んであるんです。之は仁清の重茶碗と言って有名なもので、仁清の茶碗の内では之が日本で一番良いとしてある。処が模様たるや実に新しい。三百年以上前に出来た様には思えない。現代の陶工がやっても之より新しくは出来ないと思う位図案が新しいんです。殆ど直線的です。あの時代にああいった様な図案を拵えたという事は不思議に思う位です。色や焼工合も実に完璧です。之丈でも、之を見たい人が何の位あるか分らないです。というのは、先には益田孝という人が非常に愛用していたので、それが終戦直後でしたか私の手に入ったんです。すると評判のもの丈に、そういった識者や色々な方面では、あの茶碗は何うしたんだというので、みんな探したんです。で、分らなかったんです。先は秘密にして呉れというので、四年間秘密にしていたんです。で、去年から出したんです。その位世間では大騒ぎをやっていた品物です。そういう訳です。その隣の反対の方に水指で、雲に菊の模様ですが、之は金を非常に余計使ってあるんです。之は仁清としての特色を遺憾なく発揮しているんです。之はその品と言い柔さと言い、実に仁清ならでは出来ない程の味わいがあります。次は二部ですが、之は現代の美術家の作品です。絵は雅邦、栖鳳、大観、春草、玉堂と五人の作品です。現代画といいますと、古径だとか靭彦、青邨――ああいう人のも並べなければならないが、何しろ狭いので、今ので一杯ですから斯ういう人達はいずれ熱海に出来た時に、そういうものを並べる積りです。其絵の内で、特に私として感銘に絶(堪?)えないのは、栖鳳の竹に雀です。之は、立派とかそういう力作というのでなく、その効果ですね。製作効果――それは素晴しいものです。それを私が最初見た時驚いたんです。兎に角、竹の葉を画くのにあんまり筆を使わないで、実にあっさり――あんまり輪郭や線を入れないで、それで竹というものの気持を実に良く表わしている。それから色の濃淡と言い何んとも言えないです。あれは実に、日本画としての神技という位のものだろうと思います。やはりそれらを見ても、明治以来の名人としてはやはり栖鳳です。その他に栖鳳の鯛もありますが、之も良く出来てますが、まあ竹には一寸較べられない。それから雅邦の豊干禅師という、虎を連れている坊さんがありますが、之は非常に迫力があるんです。之は雅邦としての一代の傑作です。雅邦は、この豊干禅師と御仏の観世音があります。これが一番力作――名作だという事になってます。それを見ても、御物に匹敵する位のものですから名作に違いないです。あと大観、春草、玉堂――之は普通のものです。工芸品としては蒔絵ですが、蒔絵は何時も言う白山松哉という古今の名人です。松哉位上手い人はないんです。松哉のものを二つ出しました。未だあるんですが、やっぱり狭いですからね。一つは沈箱という沈香という香を入れるものです。沈箱と言って、あそこに行けば分ります。妙な形をした、蓋した、箱の様なものですが。之なんか実に良く出来ている。普通の上手な漆芸家でも真似は出来ない様ですね。もう一つは香合と言って、香炉をのせて香を薫く台ですが、之は陛下のお使いになっているもので、陛下が出御する時、其台で香を薫くんです。そこにお出になる時に、香の匂がただよっているというものです。之も松哉がやったんです。香台の裏迄蒔絵がしてあって、之は珍しいものです。松哉というのは大きなのはやった事がないんです。小さいもの許りです。その位大きいのは一寸、松哉の内でも逸品だろうと思います。その次の人は川之辺一朝という人で、之も有名なものです。此人の作品はあんまりないんです。みんな宮内省に収めたんです。此人の文台の硯を出して置きました。海辺の図です。之を見て、少しの欠点もない。人間業とは思えない緻密なものです。行って見れば分ります。その次の名人としては赤塚自得です。菊の御紋なんかついてますが、ダリヤの絵です。文台と硯箱です。その次は植松包美の料紙文庫と硯箱が出てます。之は又変った、言うに言われない上品なものです。それから、その次では硯箱が三つありますが、之は昔の模造したものですが、模造の名人としては小川松民です。之は、模造としては今迄で一番上手い人です。ですから模造でも堂々として、松民模したと書いてあります。贋物という意味ではないです。それと、京都の迎田秋悦という人で、之はもう亡くなりましたが、やはり名人で、此人のも出てます。松民のは左手の硯箱ですが、之は鎌倉の八満(幡)様にあるんです。たまに時代の頼朝の奥方の政子が愛用していた硯箱で、俗に政子の硯箱というんです。本物は鎌倉の八満(幡)様にあるんです。偶に宝物殿がありますが、其時に一番のものとして出しますが、それを模したものです。真中は有名な光悦の舟橋の硯箱の写しです。それは迎田秋悦の作です。あとは彫刻の佐藤玄々という人の彫刻で大黒様に鷹に観音様――之は絢爛たるものです。それから入口の側に猫がありますが、猫が馬鹿に良く出来ている。丸で本当の猫が居る様に思われるんです。一昨日アメリカの宗教調査に来たブラーデンという人に、此猫と鷹と同じ彫刻家だと言ったら吃驚してました。丸で違います。二室はそんなものです。三室はお茶のものです。お茶のものも色々あるんですが、どうもお茶の方はゴテゴテ飾っちゃいけないというので、茶道具屋に任せてやりましたが、此中で見るべきものとしては、一休の肖像画ですが、之は一休が生きている時に、当時の名人が良く画いてあります。此画家に画かしたんです。ですから想像画じゃない。だからして一休の通りに違いないです。全く一休という人は斯ういう人かと思われる様に画いてあります。もう一つ面白いのは大きな掛物で、大きな字で「帰雲」と書いてあるのがありますが、それは支那の無準という人が書いたので、之は日本にも来た事があるんです。鎌倉初期時分に来たんです。やはり、此人のは非常に珍重されていて引張凧です。値段も高いです。此掛物は昔――徳川初期に尾張の陶器師で古田織部という人がある。此人は元武士上りだそうです。織部焼の元祖です。で、お茶の会をした時に――大名の細川三斎という人があったですが、幽斎の子か孫でしょう。その殿様が見て、気に入って是非譲って呉れと言った。之は自分が愛玩しているので許して貰いたいと言うと、じゃ一字千金というから二字で二千両で譲れと言った処が、そうでもどうも駄目です。すると嫌でも俺は気に入ったんだから持って行くと言って、殿様は持って行った。それが、其時分には天下御免だった。大名は自分の気に入ったものは――掠奪じゃないが、自由に持って行っても差支えない。中にはそれを反って名与(誉?)とした位です。そこで、その殿様も持って帰って、二千両で承知しなかったから三千両やったら良いだろうと、家来に三千両持たしてやった。その位掛物が気に入った訳です。ですから成程そう思われる位良いです。私も非常に気に入って、相当高かったが手に入れたんです。その隣に大徳寺の開祖の大燈国師という坊さんですが、大燈の書と言って、日本では一番とされている。やはり非常に良く書いてあります。その反対の方には支那の虚堂という有名な坊さんの、自画讃といって観音さんを画いて、讃がしてありますが、之も非常に面白いものです、(。?)あとは茶碗も数点あります。茶碗の中に、一つアヤメという楽茶碗がありますが、之は楽の元祖の長二(次?)郎という名人の焼いたものの内で、先日――お茶の宗匠の官休庵という人が此間お茶会があるので貸しましたが、非常に褒めて、先ず長二(次?)郎の内では之が一等だろうと評をしてましたが、それに依ってみても、非常に良いものです。ああいう人が言うんですからお世辞でも何でもない。もう一つそれに匹敵するのに早船というのがあります。私も写真で見ましたが非常に良いものです。然し割れているんです。作は同じ位だが、私の方は毀がないから上だという事になります。他にも良いのがあります。その中に伊羅保と言うザラザラした黄色いのがあります。伊羅保では日本で一番です。それから青磁のお茶碗がありますが、青磁としては日本では一番だと言われています。それから、支那の天目、玳玻盞というのがあります。中に黄色味をもって、中に黒く鳳凰が出てます。玳玻盞も色々ありますが、之が一番だそうです。そんな事で、切りがないからその位にして置きます。あとは利休の作った竹の花生ですが、之は太閤閣下が、北條征伐の時に征伐してこっちに来る時に利休がお供をして、伊豆の菲山に良い竹があるというので、切って作ったと出てます。それから花生の内で徳利があります。白い徳利があります。之は支那の定窯という陶器――磁器です。定窯でそういう作は珍しいので、二つとないんです。之は外国にもないかも知れない。二階に上って第四室は絵ですが、掛物がずっとあります。此掛物は一つ一つ只の鼠じゃないです。まあ、曲物ずくめです。その中で主なるものは、光琳の達磨ですが、之は実に素晴しいものです。光琳の柔い筆で、そこにもっていって犯すべからざる力なんです。それから宮本武蔵の達磨も、さっき話した様に出てますから見れば分ります。あと光琳のもう一幅は秋草です。芙蓉に芒が画いてある。之が又実に素晴しい。此筆の使い方というのは、今の画家が見たら拝むだろうと思う。兎に角今日本画を画く人は筆を使えないんです。それは可哀想なものです。それで仕方がなく塗るんです。ですから私は塗末絵と言ってます。画くんじゃない、塗るんです。それ丈筆を使えないんです。そういう現代画家に見せたいと思ってます。見に来るでしょうがね。一筆でスーッと画くんです。それは塗ったよりかずっと効果的です。それから宗達の鷺と鶏と犬ですが、此犬なんかも――去年の琳派展に黒犬が出て大変評判になった。その黒犬よりもずっと良く出来ていると思う。
浮世絵ですが、真中にある大きいのは、浮世絵としては日本一なんです。之は掛物で、湯女と言って、昔の湯屋に――まあパンパンみたいなものですが、有楽町のガード下に居る様なあんなのではない。もっと高等なんです。それが散歩している処で、実に良いです。桃山時代の絵です。日本にその湯女と、彦根屏風がありますが、屏風の方は疎開するについて、剥がして――未だ出来ないでしょう。こっちは掛物ですから、之は日本一と言って差支えない。その隣が土佐光起の高尾の絵ですが、之も実に良く画いてあります。あとは蒔絵ですが、之も一つ一つみんな謂がある様なもの許りですが、それを今話すると時間がかかって何んですから、それは見て貰うとして、只其内に一つ素晴しい手箱があるんですが、それはそこに説明書がついてますから、それを読んで貰う。あとは印籠があります。之は珍しいものです。印籠一つ一つが最高のものです。今それが一つでも大変なものです。それが十二並んでます。それで蒔絵が画いてあって、それに印籠箪笥があります。私は一つ一つ蒐めたんですが、不思議に一致した。之は神様の御働きがあるんです。そこにある巻物ですが、巻物は二、三ありますが、住吉具慶という、昔の大和絵の名人です。その人の源氏物語ですが、歌と絵と交互になってますが、其時代の気分が実に良く表われている。それを見ると何んとも言えない気品に打たれます。宗達の巻物、光琳の団扇――それも珍しいです。光悦の書ですが、一つは漢字です。光悦は仮名書きの名人ですからね。支那の詩か何かです。あとは光悦の画帖です。之は色紙を何枚も貼ってあるんですが、之は近衛家の先祖が直かに光悦に画かしたんだそうです。ですから光悦の色紙でも最高のものです。幾らもありますが、此位のものは滅多にないです。次は第五室です。之は支那のものです。之は先ず道具屋やそういったものの専門の者でも驚いてました。掛物で、宋時代のものですが――元もあります。宋元時代のものです。その内の一番のものは、牧谿の画いた双幅で、鶺鴒と翡翠です――小鳥のね。之は実に良いです。何んでも、関雪の弟子の何んとか言う人――鉄香ですね。其人が二日続けて来たんです。それ丈を見にね。何時迄も見ているんだそうです。それは実に良いんです。あとはその隣に梁楷という人の寒山拾得があります。その隣りの三尊の弥陀ですが、之は国宝です。有名なものです。未だ色々あります。徽宗皇帝のものもあります。徽宗皇帝の本物というのは非常に少いんです。滅多にないんですが、之は本物です。それから馬遠だとか因陀羅、銭舜挙、高然睴、李安忠の鶁――これは鶁の名人です。支那のものは妙なもので、一つのもので名人がある。それ丈画いている。ですから日観の葡萄と言って葡萄許り画いている人、又檀芝瑞の竹と言って竹許り画いている人もある。そんな様で宋元画は大変なものです。それから陶器類も、今鎌倉の美術館で支那陶器の展覧会をやってますが、此間も各国大使を招んで、大変な名器を蒐めたという事になってますが、商売人が此処の美術館を見て、てんで鎌倉の美術館とは違うと言ってましたから、素晴しいものには違いないんです。第六室は普通ですが、此中で是非知って貰わなければならないのは、例の天平因果経です。之は、説明が昨日出てましたからそれを見たら分ります。只、千二百年位前で絵具なんかちっとも浅(褪?)せてないです。之は不思議なんです。そういった絵巻物の中では日本一です。沢山因果経はありますが、之は最高のものです。知らない人はない位です。アメリカでも珍重しているんです。それで、アメリカ人が欲しがって大変です。之は非常に欲しがって、幾ら高くても買うそうです。之を知っている人は決して売らないです。之は国宝以上のものです。何故国宝にならないかというと切ってあるからです。纏まっていないからです。切ってあるのは国宝にならない。それから推古仏で、一番古い――千三百年位前です。肘をついている観音さんで、金銅仏ですが、之は日本で四十九体出来た。で、四十八体丈法隆寺から献上した。ですから四十八体仏と言って、御仏になっている。その内一体丈、余計出来たのが、或る処に非常に大事に隠されていた。それが旨い工合に私の手に入った。ですから民間にあるのでは之が最高です。それから旗があります。之も奈良朝ですから千年以上前です。持統天皇の――其自分の錦の御旗です。ですから、もうボロボロになってますが、肝腎な処丈は残ってます。之は歴史的に面白いです。あそこに出てます。それから、仏画の中で一寸面白いのは、不動さんの絵があったのを、宗達が矜羯羅童子と制多迦童子を画いたんです。矜羯羅童子と制多迦童子は可成り大きく画いてありますが、それは宗達の仏画です。それは珍しいんです。良く画いてあります。あとの仏画は大した事はないです。
「作者が入ってを(お?)りませんが――」
ああいう仏画は作者というのがないんです。大抵坊さんが画いたものです。一つ、鎌倉時代の阿弥陀さんの立ったのが出てますが、それは切金細工です。金を細かく切って置くんです。それを実に――よくも根良く身体全体に置いてあります。袖の裏迄置いてあります。ですから切金細工としては恐らく日本にないです。切金細工の代表物です。大体そんなものです。細かく話したら切りがないが、百聞一見に如かずです。
「湯女というのは作者は誰で御在いましょうか」
浮世絵の、古い時代は作者を入れないものです。ですから、桃山時代の浮世絵の作者の銘はないんです。
「又兵衛じゃないかと言って居りますが――」
又兵衛は似た処がありますが、又兵衛とは違います。ああいう強い筆は使わないです。又兵衛のがありますが、又兵衛を出す丈の余地がないんです。むしろ、又兵衛はあれからヒントを得てやったんです。又兵衛よりあの方が古いです。
浄霊は斯ういう時はしない積りですが、どうも非常に希望があるというので、断り切れないのでやります。
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