- 第2章「神々の実相論」の補足になるが、「量子情報論からの神々の真相」というテーマで深堀していきたい。宗教と科学の協調によって「真理」は解明され、より科学は発展していくと確信できる。それぞれの地域や民族、国家における神話や伝承のすべてに通じることは不可能だが、同じ神霊の働きを神格化し、神話として伝承している場合が多く、その共通点を探っていけば、そこに真理は見出されると感じる。世間にたくさんある宗教や信仰団体の教義が統一できれば、宗教紛争など無くなる訳で、世界平和に貢献できると信じるのである。
- 各地域や民族、国家に伝わる宗教や神話、伝承の中には、人類を正しい方向に導くために、特定の力ある神霊(高位の意識と情報体)が、人類の中から霊的に関係する(因縁のある)人間をその霊的資質(量子情報)に応じて選択し、霊線(量子的なもつれ)を通じて、何らかの方法(インスピレーション、夢、言葉、自動書記等)で意志(情報)を必要最小限に伝達されたもので、それを教義や神話として伝承されたものが多い。それは常にその時代の環境や世相を反映しており、全てを明かされることはなかったのである。
- 過去3000年間は太陽活動の減退期にあたり、太陽の量子的エネルギーが減少した時代である。太陽神を崇拝していた古代の4大文明は衰退し、夜の時代は星や月が信仰の対象となった。その初めがユダヤ教(ダビデの星)の成立である。そこからキリスト教(明けの明星)、イスラム教(三日月と星)。そして、東洋では仏教(真如―月の教え)が成立し、宗教的には「夜の時代」であった。人類は真理をはっきり認識することができなかった。即ち真如の時代である。
しかし、夜の時代にあっても月の満ち欠けの様に、文化の栄えた時代と戦乱の時代が繰り返されていた。西洋においては、ギリシャの時代やローマの時代には、ある程度科学や哲学が進歩していたが、その後の戦乱の時代には逆に科学が衰退し(地動説の否定など)、迷信がはびこる時代になった。日本においては、太陽神である天照大御神が岩戸隠れし、月の神である月読命、素戔嗚尊の治める時代となった。そうして6世紀には仏教が伝来し、聖徳太子、聖武天皇によって仏教が国教化された。その後、月の明るい時代は文化が栄え、暗い時代は戦乱の世となり、それが繰り返されたことが史実に顕れているのである。
日本の神道では月読尊が陽の部分であり、素盞鳴尊が陰の部分の働きとして信仰され、仏教では阿弥陀如来と不動明王として信仰されたのである。
- 一方、第4章「宗教的見地からの陰陽の周期」で説明したが、「神霊正典」においては、岩戸閉めというのは4次元界において地球の司宰神であった国常立大神「国万造主大神」がその施政があまりに厳格であったために、八百万の神々から引退を迫られ、5次元界の太陽神「天照日大神」と月神「撞之大神・霊之大神」の三神からも、あまりに厳格であれば、文化の発展を阻害するとのことで、引退を促されたことになっている。この時代を「自在の時代」と表現されている。人類は愛欲と支配欲から生まれる闘争と支配が家庭、集団、地域社会から民族、国家と拡大していき、戦争と平和を繰り返しながら物質文明を発展させてきた。そうして3000年の自在の時代を経て、いよいよ人類が真の平和で幸福な時代である「限定の時代」を迎えるために第6次元の神々の意志により、1931年に岩戸が開かれ、5次元界の司宰神である「天照日大神」が4次元界に「天照皇大御神」として降臨され、国常立大神が4次元界の司宰神として復帰されたのである。それが岩戸開きであると説明している。
- 国常立尊(国常立大神)は地球の「理」を司る神霊であり、地球の司宰神として復帰され「最後の審判」を執行されるのであるが、ユダヤ教においては「主」であり、キリスト教においては、「再臨したキリスト」であり、イスラム教においては「アッラー」が「最後の審判」を執行することになっているが、同じ神霊の働きである。一方、慈悲の救いとしては日本では観世音の救いであり、ユダヤ教においては「主の翼」の救いであり、キリスト教では「聖母マリア」の救いであり、イスラム教では「執り成し」の救いであるが、やはり同じ神霊の働きである。
- この宇宙は「宇宙論」、「神々の実相論」で述べた通り、第7次元の神霊は、現在観測されている宇宙を凌駕する、他のビッグバンによって発生した宇宙をも包含する意識とその存在である。そして現在観測されている宇宙は第6次元にあたり、アインシュタインの唱える時空を創造した神霊である高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)、神皇産霊尊(かみむすびのみこと)であり、その時空の中の霊質(情報体)と物質(量子と波動)を創造した神霊は神漏岐尊(かむろぎのみこと)、神漏美尊(かむろみのみこと)である。第5次元の神霊は時空の中で生成されたそれぞれの星雲、星団、恒星系における意識と存在であり、銀河系の霊的側面(引力を含む量子情報)は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)であり、物質的側面は伊弉冉尊である。太陽の霊的側面はミクラタナの神であり、物質的側面は太陽神である天照大御神である。月球の霊的側面は素盞鳴尊(すさのおのみこと)であり、物質的側面は月読尊(つくよみのみこと)である。地球の霊的側面が国常立尊(くにとこたちのみこと)であり、物質的側面は豊雲野尊(とよくもぬのみこと)になるのである。そうして、言霊的には高皇産霊尊の「タ」は「時」、「タイム」で時間を表し、「タタ」で父性を象徴する。神皇産霊尊「カ」は「カラ」、「囲い」、「空」で空間を表し、「カカ」で母性を象徴する。また、「ギ」は「気」で霊的側面を表し、男性を象徴する。「ミ」は「身」で物質的側面を表し、女性を象徴する。従って、伊弉諾尊は霊的側面で男性を表し、伊弉冉尊は物質的側面で女性を表す。太陽神である天照大御神は物質的側面であるから女性を表し、霊的側面である「ミクラタナの神」は男性を表す。また、月読尊は、西洋ではアルテミスであり女神であるから女性であるが、霊的側面は素盞鳴尊であるから男性を表す。国常立尊は霊的側面であるから男性を表し、豊雲野尊は物質的側面であるから女性を表す。また、霊は「ヒ」で「火」を表し、「経」に燃え、男性を表し、物質(身)は「ミ」で「水」で「緯」に流動し、女性を表す。「経」と「緯」が結んで力が発生するのである。地上の物質(水)を動かすのは月の引力であるから、素戔嗚尊の働きである。また、太陽も月も地球も創造したのは銀河系であるから、伊弉諾尊と伊弉冉尊の働きである。また、その力が地上に及んでいるのも事実である。日本の神話はその全てを物語っているのである。ユダヤ教における「主」、キリスト教における「父」、イスラム教における「アッラー」、インドにおける「シバ」、中国における「天帝」、日本における「天之御中主神」、「国常立尊」はすべて地球の司宰神であり、全宇宙の創造神と重ねて考えられているのである。
- 日本において、「神霊正典」や「日月神示」における「
」(ス[〇に﹅])の解釈であるが、「
」(ス[〇に﹅])は「日」であり、太陽の象形文字である。〇は体であり物質的側面を表し、〇の中の﹅は「黒点」であり、魂であり、霊的側面を表す。太陽の場合〇は「天照大御神」を表し、﹅は「ミクラタナの神」を表す。月も地球も同様であり、人間も体的側面と霊的側面(情報体)でできており、万物にもそれが適応できるのである。つまり、全てに神(霊性)が宿っているということである。霊性とは量子情報であり、その情報に従って物質は形成されているのである。また、その量子情報に従って、所属する量子場は異なっている。量子場は重力場に従って階層構造になっており、そのいずれかに所属しており、それによって運命は決定されるのである。
- 「神霊正典」や「日月神示」において、「〇」は外国であり「
」(ス[〇に﹅])は日の本、日本であると解釈されているが、実際は「〇」は物質主義的(体的)思考であり、「
」は精神主義的(霊的)思考である。物質主義は外国で栄え、日本に輸入されたので、そういう解釈になったのであるが、狭い意味の考え方である。本来は、後者であって、国家で区別するのは間違いである。本当の解釈は、過去3000年間は太陽活動の減退期であり、夜の時代であったため物質主義的な思考が優先し、物質欲、愛欲、支配欲が家庭から地域社会、民族、国家に広がり、紛争と戦争の繰り返しの歴史から唯物科学の発展を余儀なくされたのである。しかし、その間にあっても、人類が堕落しない様に神の慈悲から、各民族の優秀な人材を選んで神の意志を伝え、それが宗教や哲学となって人類を導いてきたのは事実である。そうして、約300年前から黎明期となり、霊界(量子場)が明るくなるに従って、ものがよく見えるようになり科学が発展したが、同時に戦争も苛烈になり、人類の存続も危うくなってきたので、この宇宙の最高神霊のご意志により1931年に岩戸が開かれ、「夜昼転換」が行われ、地球の司宰神が「天之御中主神」から「国常立尊」に交代されたのである。「国常立尊」の象徴が「
」(ス[〇に﹅])である。つまり、地球の創造時と同様に、形骸化した世界に対して「﹅」(魂、命、量子情報)を入れ、生きた世界に甦らせるのである。そして同時に、夜の時代に堆積した汚濁の大浄化、即ち「最後の審判」を執行されるのである。それが今後の世相に顕れてくるのである。
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