富士山麓には、紀元前から大規模な集落跡が発見されている。遺跡からは独自の特徴を持つ文化物や祭祀遺物が見つかっており、かつてこの地域に強大な勢力があったことを裏付けているが、記紀には富士山の記載が一切ない。
富士山の初出は、8世紀初頭の風土記。当時の駿河国風土記が失われている。
國學院大學山本浩二教授「大和朝廷が自身の正当性を確立するため、先行する強大な勢力の痕跡を意図的に消し去った可能性は十分に考えられます」
山梨県の富士吉田市の北口本宮富士浅間神社の古文書には、仁徳天皇の時代以前、富士山麓に、「藤高原王朝」
2012年、富士山麓で発見された石碑・・・既知の古代文字とは異なる文字体系で、文字が刻まれている。直線と曲線を組み合わせた独自の形状を持つ神代文字は、エジプト・ヒエログリフ、メソポタミア・楔形文字、インダス文字など、世界の古代文字と驚くべき共通点を持っている。
静岡県三保の松原で発見された石碑には、紀元前11世紀~2世紀頃に、地中海沿岸で使われていたフェニキア文字と酷似した文字が刻まれていた。
2019年、山口県彦島から出土した石板に、シュメール文字と酷似した文字列が発見された。そこには「法」や「条」といった統治に関連する概念が記されていたという。
国立民俗博物館高橋誠史研究院「古代日本が孤立した島国ではなく、世界的な文明ネットワークの重要な結節点だった可能性を示唆している」
各地で発見される神代文字には、「天」「光」「道」といった概念を表す文字が含まれている。
世界最古の文明とされるシュメールの痕跡が日本各地で発見されている。
2015年、山口県彦島で出土した石板には、紀元前3000年ころのシュメール文字と酷似していた。
シュメール語と日本語は、膠着語という特殊な言語体系に属しており、文法構造が驚くほど似ている。天から降りてきた人を意味するシュメール語の「ムギ」は、日本語の古語「ミコ(神子)」と、音韻的にも意味的にもよく似ている。
両文明の神話体系は類似していて、天からの使者が降り立ち、人々に知識を与えるという共通のモチーフがある。シュメールの創世神話のアヌンナキは天から降りてきた神で、日本の天津神と類似。
2020年、静岡県の洞窟から、シュメール文字で書かれた粘土板のかけらが発見された。解読さえた内容には「東の海の彼方へ」への公開に関する記述があったとされる。
紀元前2000年ころ、シュメール文明が突如歴史から姿を消す時期と、縄文後期が重なる。
大分県国東半島で発見された巨岩には、「富明かりたらしき天皇」とあるが、この天皇の名は現存する天皇の名にはない。存在自体が歴史から抹消さえた可能性がある。
富士山本宮浅間大社に伝わる神話では、大和朝廷の神で木花咲耶姫命が、地元の神々と融合していく過程が示されており、大和朝廷における支配の浸透と考えられる。
東京国立博物館の田中秀和主任研究員「これらの文字は大和朝廷以前の独自の文字体系である可能性が高く、藤高原王朝の存在を裏付けるかもしれない」
ーー明主・岡田茂吉様御言葉よりーー
『今の〝世界を救う聖者が八人目に出る〟という事は、伝説にあるのです。仏教の方では釈迦が八人目だという事になっているのですが、それは仏教の都合のよいように作ったものです。釈迦は「八」という事はないのです。釈迦は「七」で、七人目なのです。というのは五六七のミロクとして、釈迦が七のミロクになるのです。釈迦は何処までも「七」の数字で支配される人です。だからつまり「地」は「七」ですからして、地のミロクです。私は伊都能売ですから「八」になるのです。伊都能売というのは、数で言うと「五」(火ー経)「三」(水ー緯)ですから「八」になるのです。そして「八」という数字は富士山になるわけです。ですから「八」という数字を書くと、富士山の形になります。それで私は大和民族の宗家になるのですが、大和民族というのは、今の駿河の附近が発祥地なのです(本当は富士山の上なのですが)富士山の麓なのです。だから昔は富士山が本当の神様の山として、あそこの上に今でも木の花咲爺姫が祀ってありますが、そういった意味で、私は富士山と非常に因縁があるのです。』
〈昭和二十五年四月七日〉
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