――ユダヤ人とは
<総称としての〝ユダヤ人〟>
一般的に「ユダヤ人」という「人種」は存在しないとされている。ユダヤ教を信仰していれば、誰でも“ユダヤ人”で、ユダヤ人とは宗教的な集団=「ユダヤ教徒」を意味しているという。だから、ルーツが別民族であっても、ユダヤ教を信仰していれば、立派な“ユダヤ人”として認められる。
一般に、白人系ユダヤ人を「アシュケナジー系ユダヤ人」、オリエンタル(アジア・アフリカ系)ユダヤ人を「スファラディ系ユダヤ人」と呼んで区別しているが、実際にユダヤ人は実に様々な人間で構成されていて、イスラエル国内には黒人系(エチオピア系)のユダヤ人すら存在している。
旧約聖書に登場するユダヤ人に、白人は1人もいない。彼らは人種的に「セム系」と呼ばれ、黒髪・黒目で肌は浅黒い。モーセ、ダビデ、ソロモン、イエスも、みな非白人(オリエンタル)だった。8世紀以前は、ごくわずかな混血者を除いて、白人系ユダヤ人はほとんど存在していなかった。
ところが、8~9世紀を境に、突然、大量に白人系ユダヤ人が歴史の表舞台に登場する。
有名な思想家アーサー・ケストラー(アシュケナジー系ユダヤ人)は、1977年に「第13支族」を著し、白人系ユダヤ人のルーツはハザール(英語でカザールともいう)王国にあると主張した。この「第13支族」は世界史の常識を根底から揺さぶるほどの問題作で、翻訳出版を控えた国も出た。1983年3月、ケストラーは夫人とともに謎の自殺を遂げる。
ハザールよりも2・3年前、アルフレッド・リリアンソールは、「東ヨーロッパ及び西ヨーロッパのユダヤ人たちの正統な先祖は、8世紀に改宗したハザール人たちであり、このことはシオニストたちのイスラエルへの執着を支える一番肝心な柱を損ねかねないため、全力を挙げて暗い秘密として隠され続けて来たのである。」と述べた。
古典的SF小説『タイムマシン』の著者、H・G・ウェルズは、「ハザール人は今日ユダヤ人として偽装している」「ユダヤ人の大部分はユダヤ地方(パレスチナ)に決していなかったし、またユダヤ地方から来たのでは決してない」と述べた。
自然科学の教科書の翻訳者、ユダヤ人学者のN・M・ポロックは、1966年8月、その当時のイスラエル国内の60%以上、西側諸国に住むユダヤ人の90%以上は、何世紀か前にカスピ海沿岸(コーカサス地方)のステップ草原を徘徊していたハザール人の子孫であり、血統的に本当のユダヤ人ではないと言って、イスラエル政府に抗議した。イスラエル政府の高官は、ハザールに関する彼の主張は正しいと認めたが、後には、その重要な証言をもみ消そうと画策。ポロックは自分の主張を人々に伝えるため、その生涯の全てを費やした。
(文明の十字路に位置するコーカサス地方は、5000m級の山が連なるコーカサス山脈を境に北と南の地域に分かれる。)
<アダムからノアの3番目の息子ヤペテ(コーカソイド)の子孫までの血統図>
ヤペテの子孫に「アシュケナジー(アシュケナズ)」という民族名が含まれている。このように「アシュケナジー」という呼称は、もともと旧約聖書にルーツがあり、「ハザール」という呼称はアシュケナジーの弟にあたるトガルマの7番目の息子の名前が由来となっている。
現在、コーカサス地方に残っているコーカサス系ユダヤ人(別名:山岳ユダヤ人)は、20世紀になってから、同化や移住で少数派となって、主にロシアやイスラエルに分散している。
(コーカソイドは、世界三大人種の一つで、「コーカサス出自の人種」という意味)
イスラエルでは、他のユダヤ系移民との融合が進んでいる一方で、依然として独自の文化や伝統を持つ「山岳ユダヤ人」コミュニティも存在している。
<二級市民に落とされたスファラディ系ユダヤ人>
イスラエル建国時、スファラディ系ユダヤ人(スファラディム)のナイム・ギラディは、見たこともないユダヤ人と称する人々(東欧系白人/アシュケナジム)を見て、大変とまどった。そして、イスラエル国内では、スファラディ系は二級市民に落とされていた。彼は幾度も刑務所につながれながら、一貫して「本当のユダヤ人とは何か」を主張し続け、本当のユダヤ人に対する住宅、社会生活、就職などの改善を訴え続けた。
ナイム・ギラディ「イスラエルでは本当のユダヤ人たちが、どれほど惨めな生活を強いられていることか……アシュケナジムを名乗るハザール系ユダヤ人たちが、スファラディム、すなわちアブラハムの子孫たちを二級市民に叩き落としているのである。」
<ハザール帝国が起源のアシュケナジー系ユダヤ人>
9世紀末あたりからルス人(後のロシア人)の艦隊が、ハザールの海「カスピ海」沿岸を侵略するようになった。913年、965年のキエフ大公国による攻撃で、ハザールの防衛拠点「サルケル砦」が陥落し、ハザール王国の首都イティルも甚大な被害を受けた。
祖国を失ったハザール人は、“ユダヤ人”として生きることになったが、ハザール王ヨセフは、自分たちがセム系ではなく、非セム系(ヤペテ系)の「ゴメルの息子」にルーツを持っていることを自覚していた。現在、世界中に散らばっている“ユダヤ人”の90%以上がアシュケナジー系ユダヤ人(アシュケナジム)だが、彼らの大部分は、旧約聖書に登場する「本来のユダヤ人」とは全く関係のない異民族といえる。
◆明治大学の越智道雄教授
「アシュケナジム(アシュケナジー系ユダヤ人)は、西暦70年のエルサレムの『ソロモン第2神殿』破壊以後、ライン川流域に移住したといい伝えられたが、近年では彼らは7世紀に黒海沿岸に『ハザール王国』を築き、9世紀初めにユダヤ教に改宗したトルコ系人種ハザール人の子孫とされてきている。10世紀半ばには、キエフ・ロシア人の侵攻でヴォルガ下流のハザール王国の首都イティルが滅び、歴史の彼方へ消えていった。彼らこそ、キリスト教とイスラム教に挟撃された改宗ユダヤ教徒だったわけである。2つの大宗教に呑み込まれずに生き延び、後世ポグロムやホロコーストに遭遇したのが、このアシュケナジムだったとは不思議な因縁である。〈中略〉現在、スファラディムが数十万、アシュケナジムが一千万強といわれている」
聖地エルサレムへの巡礼途中で死ぬ1年前(1140年)、「歴史の終わりには全ての人民はユダヤ教に改宗するだろう。ハザール人の改宗はその最終的な出来事の象徴であり、しるしである。」
◆報道写真家の広河隆一氏
1992年8月20日付の朝日新聞夕刊「6世紀から11世紀にかけて、カスピ海と黒海にまたがるハザールというトルコ系の遊牧民帝国があった。9世紀ごろ支配階級がユダヤ教に改宗、ユダヤ人以外のユダヤ帝国という、世界史上まれな例としてロシアや欧米では研究されてきた。この発掘調査に参加した、広河隆一氏は次のように語っている。
「このハザールは世界史で果たした大きな役割にもかかわらず、ほとんど知られてこなかった。ビザンチンと同盟して、ペルシャやイスラム・アラブ軍の北進を妨げたのである。ハザールがなかったら、ヨーロッパはイスラム化され、ロシアもアメリカもイスラム国家になっていた可能性が高いという学者も多い」
「……しかしハザール王国の“ユダヤ人”はどこに消えたか。ダゲスタン共和国には今も多くのユダヤ人が住んでいる。彼らはコーカサス山脈の山間部に住むユダヤ人だったり、黒海のほとりからきたカライ派ユダヤ人の末裔だったりする。このカライ派ユダヤ人たちは明らかにハザールを祖先に持つ人々だと言われている。そして彼らはハザール崩壊後、リトアニアの傭兵になったり、ポーランドに向かった」「私はチェルノブイリの村でもユダヤ人の居住区の足跡を見たし、ウクライナ南部では熱狂的なハシディズムというユダヤ教徒の祭りに出合った。」
「ところでハザール王国消滅後、しばらくして東欧のユダヤ人の人口が爆発的に増えたのはなぜかという謎がある。正統派の学者は否定するが、ハザールの移住民が流入したと考えなければ、この謎は解けないと考える人が意外と多いのだ(中略)現代ユダヤ人の主流をなすアシュケナジーと呼ばれるユダヤ人は、東欧系のユダヤ人が中心である。神が約束した地に戻ると言ってパレスチナにユダヤ人国家イスラエルを建国した人々も、ポーランドやロシアのユダヤ人たちだ。〈中略〉ハザールの遺跡には、現在に至る歴史の闇を照らす鍵が隠されていることだけは確かなようである」
――パレスチナ問題
イギリスは第一次世界大戦中の1917年に、ユダヤ人に対して「連合国を支援すればパレスチナの地に、ユダヤ国家建設を約束する」という「バルフォア宣言」を行なった。第一次世界大戦後、それまでパレスチナを支配していたオスマン・トルコ帝国の敗北にともなってパレスチナは国際連盟の委任統治の形式でイギリスの支配下に置かれた。第二次世界大戦後にイギリスは深刻化するパレスチナ問題を国連に付託した。
1947年に国連総会はパレスチナに対するイギリスの委任統治を廃止し、パレスチナの地をアラブ国家とユダヤ国家に分割する決議を採択した。この分割決議はユダヤ人にとって有利なもので、翌年にユダヤ人が独立宣言(建国宣言)すると、アラブ諸国は猛反発し、すぐさま大規模な武力衝突(第一次中東戦争)が勃発した(新生ユダヤ国家であるイスラエルは米英の支持を得てアラブ諸国を打ち破り、イスラエルの建国は既成事実となった)。
この両者の紛争は1973年の第四次中東戦争まで続き、多くのパレスチナ先住民が土地を奪われ、イスラエルの支配地域は拡張していった。半世紀以上たった現在も450万人ものパレスチナ人がその土地を追われたまま、ヨルダンを始め、レバノン、シリア、エジプト、湾岸諸国などで難民生活を強いられている。100万人近いパレスチナ人がイスラエルの領内で人種差別的な厳重な監視下の生活を強いられている。ヨルダン川西岸、ガザ地区ではそれぞレ170万人、100万人ものパレスチナ人がイスラエル占領軍の極限的な抑圧のもとに置かれて苦しんでいる。
<パレスチナ問題の深刻さ>
主にアシュケナジムのシオニストが中心的に動いて、パレチスナに強引にユダヤ国家を作った。その時、彼らは、自分たちは「血統的」に旧約聖書によってたつ敬虔な「選民」であると主張してしまった。単なるユダヤ教を信仰する「ユダヤ教徒」ではなく、旧約聖書のユダヤ人と全く同一のユダヤ人としてふるまい、パレスチナに「祖国」を作る権利があると強く主張し、この主張は今でも続いている。
初期のシオニズム運動は「民なき土地に、土地なき民を」をスローガンにしていたから、本来なら、ユダヤ国家の建設地はパレスチナ以外でもよかった。ユダヤ教を信仰する者同士が、周囲と争いを起こすことなく仲良く集まれる場所でよかった。多くの先住民が住むパレスチナにユダヤ国家を作ったら、大きな問題が起きることぐらい誰でも予測がつくことだった。
事実、1897年に「第1回シオニスト会議」を開催して「世界シオニスト機構」を設立し、“近代シオニズムの父”と呼ばれたテオドール・ヘルツルは、パレスチナにユダヤ国家を建設することに難色を示し、アフリカのウガンダ、あるいはマダガスカル島にユダヤ国家をつくろうと提案していた。しかし、東欧のシオニストたちは、自分たちのアイデンティティの拠り所として、ユダヤ国家建設の候補地は“約束の地”であるパレスチナでしかあり得ないと主張し、ヘルツルの提案に大反対した。さらに東アフリカの「ウガンダ」が候補地として浮上し始めると、猛反発して、「世界シオニスト機構」を脱退するとまで言い出したが、翌1904年、ヘルツルが突然、44歳で死去し、シオニズム運動の内部崩壊はかろうじて避けられた。。「ウガンダ計画」に激怒したロシアのシオニストの一派は、ヘルツルの副官にあたるマクス・ノルダウを殺害しようとさえしていた。
今後も、彼らがパレスチナでシオニズム運動を続ける限り、彼らを「ニセユダヤ人」として批判する人は増えていくだろう。シオニズム運動が続く限り、「ユダヤ人」という定義は世界から厳しい目でにらまれ続けることになる。
誰が本当のユダヤ人で、誰が非ユダヤ人なのか。イスラエル国内でも、常に、「ユダヤ人」の定義を巡って大きく揺れている。
<ユダヤ人=ユダヤ教徒?>
ハザール系ユダヤ人問題に触れるとき、必ず「ユダヤ人という人種は存在しない。なぜならば、「ユダヤ人=ユダヤ教徒」だから。血統を問題にするのは全くのナンセンスだ」と強く反論する人がいる。しかし、「ユダヤ人=ユダヤ教徒」なら、なおさらパレスチナを「先祖の土地」と主張して、そこの先住民を追い払って国を作るのは、トンチンカンな連中。
単なるユダヤ教徒が、旧約聖書のユダヤ人の「故郷」だからといって、パレスチナの土地を奪う権利があるのか? 何十年にもわたって無駄な血を流す必要はあったのか?
<シオニズムとユダヤ思想は別物>
アシュケナジム全てが、シオニストではない。アシュケナジムの中には、自らのルーツがハザールであることを自覚して、シオニズムを批判している人もいる。
◆約束の地とは関係がないとわかった、ユダヤ人女性の安堵
ルティ・ジョスコビッツは、著書『私のなかの「ユダヤ人」』で、「私が自分のアイデンティティを探して、父母の国ポーランドに深く関わっていたとき、私につきまとって離れない一つの疑問があった。それは父母の祖先が、いつ頃どこからポーランドに渡ってきたのだろうか、という疑問である。ポーランドの歴史にユダヤ人の名が登場するのは、12世紀以降である。一体そのときに何があったのだろう。一般に信じられているユダヤ史では、ドイツにいたユダヤ人が十字軍に追われてポーランドに来たと説明されている。しかし証拠はない。〈中略〉ハザールの物語は、私に大きな衝撃を与えた。同時に私の心の中に何か安堵のような気持ちが湧き上がってきた。うまく言葉にできないが、私は自分と『約束の地』の関係がきっぱり切れたように思えたのである。私はダビデやソロモンとの血縁が無いことになった。ユダヤ民族の祖先がパレスチナを追われ、悲惨な迫害に生き残り、再びパレスチナに戻るというシオニズムの神話にわずらわされることがなくなるわけである。そして、パレスチナにではなくコーカサスに私の根が求められるということは、不正から自分が解放されることになる。それに私は小さい頃から、スラブの地方に言いようのない懐かしさを感じていたのである。」
ヴォルガ川はかつて“イティル川”と呼ばれ、カスピ海は今でもアラビア語やペルシア語で“ハザールの海”と呼ばれている。この地に残る巨大帝国の遺跡群は、シオニストたちに「おまえたちの故郷はパレスチナ地方ではなく、カスピ海沿岸(コーカサス地方)のステップ草原である」と訴えているように感じる。
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