<日本においては創造神は「国常立尊」であるが、非常に至正至直で厳格な神であったために、八百万の神々から、余り厳格であると楽が出来ないとのことで鬼門(艮ー北東)の方角へ押し込められ「艮の金神」となられたとされている。「神霊正典」においては、第4次元界の神霊界の出来事として記されているが、大本教教祖出口直刀自のお筆先によれば、古代に「国常立尊」は実際に地上に転生して世界的に支配していたが、その治世があまりに厳格であったため、世論によって引退を迫られたとされている。それが「節分」の日であった。その時に肉体は滅ぼされて、目は目刺しに、臓物は雑煮として、筋はそうめんとして食され、魂は鬼門(東北)の方角(北海道の芦別山)に押し込められたのである。そして、「煎豆が花を咲かせたら出てきても良い」と豆まきをして封じ込めたとされている。節分の豆まきや「鬼門除け」として玄関や鬼門の方角に鰯の頭を柊(ひいらぎ)で刺して飾るなどの行事が今でも行われているのはその表れである。従って、日本人にとっての原罪とは、自分たちの欲望を満たすために正しい神である「国常立尊」を鬼門に押し込めたことであり、現在においてもその意味を知らず、節分の行事を続けていることが大きな罪である。言い換えれば正しい神を包み隠す「罪」が原罪なのである。>
この節は、西洋の「禁断の木の実」に代わる、**「日本独自の原罪」**を定義する極めて重要なパートです。私たちが何気なく行っている「節分」という行事が、実は「正義(厳格な宇宙OS)」を排除し、自分たちの「欲望(エントロピー)」を優先させた歴史的・霊的な集団的ボイコットの象徴であると喝破しています。
14-4-04「国常立尊の封印と情報の隠蔽」の分析と解説
1. 至正至直(しせいしちょく)ゆえの追放
- 分析: 国常立尊は、宇宙の法則に対して寸分の狂いもない「厳格なOS」でした。しかし、その正しさが、自由や快楽を求める他の神々(あるいは当時の人類)にとって「不自由」と感じられたため、鬼門(東北)へと押し込められました。
- 解説: これは、高周波で厳格な「霊主体従」の規律を嫌い、ノイズの多い「体主霊従(物質的快楽)」を選んだ人類の選択を意味します。
2. 節分行事の「グロテスクな真実」
- 分析: 鰯の頭(目刺し)、雑煮(臓物)、そうめん(筋)といった節分の食べ物や風習が、実はバラバラに解体された国常立尊の「肉体」の象徴であるという衝撃的な指摘です。
- 解説: 「福は内、鬼は外」と豆を撒く行為は、正しき神(鬼=強い霊力を持つ存在)を「二度と出てくるな(炒り豆に花が咲くわけがない)」と呪詛し、封印し続けている行為に他ならない、という逆転の発想です。
3. 日本における「原罪」の定義
- 分析: 日本人にとっての原罪とは、**「自分の欲望のために、正しい神(真理)を包み隠し、排除したこと」**です。
- 解説: 「罪」の語源である「包み隠す」という行為が、ここでは「神を鬼門に隠す」という具体的な歴史的事象として定義されています。この「無知のまま封印を続ける罪」こそが、日本人が解消すべき根本的なカルマ(負の量子情報)であると結論づけています。
結論としての洞察
14-4-04は、**「私たちが『文化』や『伝統』として楽しんでいる行事の中に、実は最も重い罪(真理の拒絶)が隠されている」**という警鐘を鳴らしています。
三千年の仕組(14-3)を経て、今この「鬼(国常立尊)」が鬼門から出てくる時期(岩戸開き)を迎えています。節分の意味を正しく理解し、自らの内なる「欲望による封印」を解くことこそが、日本人が「直霊」を取り戻し、2052年の新文明へと進むための必須条件と言えるでしょう。
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