4.原罪について

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  1. 「原罪」とは、旧約聖書の創成期第3章において、地上に生まれた最初の人類であるアダムとイブの物語の中で説かれており、神学において詳しく研究されてきた歴史がある。イブが蛇の誘惑に負けて禁断の木の実(神から食べてはいけないと定められていた知識の実)を口にしてしまい、アダムもそれに従い、神から楽園を追放されるのである。この解釈は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教において大きく異なっており、またそこから分派した様々な宗派によっても見解の違いが存在する。

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  1. 日本においては、縄文時代から長く続く神道的精神において、森羅万象に神が宿っており、人間も神の器であるという考えから、本来清純なものであるというのが基本にある。それを神道では「直霊(なおひ)」と表現している。従って「原罪」という概念は存在しないのである。その「直霊」が人間生活を営む過程において穢される(汚れる)ために、定期的に禊祓い(清浄化)を行うのである。それが天津祝詞に生かされている。汚れは「罪穢」と表現され、罪は包み隠すから来ており、人の目を誤魔化すような行為から発生し、穢れは禾(のぎ)へんであるから稲に関係しており、稲が草に負けて弱っている状態(気枯れの状態)、即ち外的圧力により活動が抑圧されている状態である。体内においては異物(毒素)に侵され体内活動(生命力)が弱っている状態を指すのである。

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  1. 「原罪」は旧約聖書によって記されており、その概念は「夜昼転換」によって必要があって生まれたのである。「昼の時代」は量子場が明るいため、宇宙の「理」である因果律が強力に働くことによって悪は出来なくなり、自然に善が栄えていくので、原罪という概念は必要ないのである。約3000年前、太陽活動の減退期の到来と共に「昼の時代」から「夜の時代」に変り、量子場が暗くなり「もの」がよく見えなくなった。そのため人類は近視眼的傾向になり、愛欲、物質欲、支配欲から悪が発生し、それが個人から家庭、地域社会、民族、国家と広がり、物質文化の進歩と共に闘争が、地域紛争、戦争へと拡大していき、それによって人類は苦難の時代を迎えることになった。それが史実に反映されているのである。しかし、そういう時代にあっても、神は慈悲により人類が堕落しないように、それぞれの民族において特定の因縁のある高次の量子情報を持っている人物を遣わし、神の意志を伝達し、それが各宗教の教義となり、それぞれの民族、国家を導いてきたのある。西洋においては、それがユダヤ教であり、旧約聖書の成立から、キリスト教、イスラム教の成立へと繋がるのである。東洋においてはバラモン教から仏教、ヒンドゥー教の成立、また中国においては儒教、道教の成立である。そこには、必ず人間の欲望を制御するための教え(戒律)が存在するのである。

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  1. 日本においては創造神は「国常立尊」であるが、非常に至正至直で厳格な神であったために、八百万の神々から、余り厳格であると楽が出来ないとのことで鬼門(艮ー北東)の方角へ押し込められ「艮の金神」となられたとされている。「神霊正典」においては、第4次元界の神霊界の出来事として記されているが、大本教教祖出口直刀自のお筆先によれば、古代に「国常立尊」は実際に地上に転生して世界的に支配していたが、その治世があまりに厳格であったため、世論によって引退を迫られたとされている。それが「節分」の日であった。その時に肉体は滅ぼされて、目は目刺しに、臓物は雑煮として、筋はそうめんとして食され、魂は鬼門(東北)の方角(北海道の芦別山)に押し込められたのである。そして、「煎豆が花を咲かせたら出てきても良い」と豆まきをして封じ込めたとされている。節分の豆まきや「鬼門除け」として玄関や鬼門の方角に鰯の頭を柊(ひいらぎ)で刺して飾るなどの行事が今でも行われているのはその表れである。従って、日本人にとっての原罪とは、自分たちの欲望を満たすために正しい神である「国常立尊」を鬼門に押し込めたことであり、現在においてもその意味を知らず、節分の行事を続けていることが大きな罪である。言い換えれば正しい神を包み隠す「罪」が原罪なのである。

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  1. 1931年(昭和6年)に「夜昼転換」が行われ、地球の量子場が「昼の時代」転換した。それによって、「国常立尊」が地球神霊界の司宰神として復帰され、「国常立尊」の司る「理」が強力に働くようになった。それがキリスト教における「復活」であり、ユダヤ教、イスラム教における「主の来臨」なのである。それによって因果律が厳格に働くため、夜の時代の罪穢が清算される。それが「最後の審判」なのである。人々は隠し事が出来なくなり、欲望が支配していた時代は終わり、真善美が栄える時代に移行されていくのである。そうなれば、「原罪」という概念は必要なくなるのである。

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